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第六章 神に行き会いし少年は世界を変える

147. 勝利

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7日目―――2


『汝に問う。次の数字は?』

またも数字。
前回が『3』だったから、順当に考えれば……

「4」

レリーフは閃光を発しない。
代わりに僕と『彼女』の周囲に、黒い何かが生成され始めた。

「こ、これは?」

不正解だったのだろうか?

僕は『彼女』に声を掛けた。

「とにかく、逃げよう……ってあれ?」

唐突に身動きが取れなくなっている事に気が付いた。

これは霊力による拘束!

隣りで『彼女』も同じように拘束されてもがいている。
やがて黒い何かが視界を完全に覆い尽くした次の瞬間、僕は硬い床に思いっきり叩きつけられた。
痛みをこらえながら床に手をついた僕は、黒い何かが消え去り、代わりに、自分が今、黒い大理石張りのような滑らかな床の上にいる事に気が付いた。

また転移させられた?

僕は、すぐ傍で僕と同じく地面に叩きつけられていたらしい『彼女』に手を貸し、一緒に立ち上がった。
周囲に視線を向けてみると、どうやら僕達は今、直径100m程の円形闘技場のような空間にいるようだった。

「ここは一体……?」

戸惑っていると、少し離れた場所に上から何かが降って来た。
それは優に20mはあろうかと思われる、巨大なイソギンチャクの化け物だった。

「ジャイアントアネモネ!?」

『彼女』が上ずった声を上げると同時に、化け物が雄叫びを上げた。


―――グォォォォ!


霊力を満足に使用出来ない状態で、アレと戦うのはまずい!
とにかくここから逃れないと!

僕は改めて周囲をぐるりと取り囲む壁に視線を向けた。
すると壁面に、いくつかのレリーフが彫られているのが目に留まった。

もしかすると、別の空間へ逃れる事が出来るかもしれない!

僕は一番距離の近い壁面に彫られたレリーフを指差しながら、『彼女』に声を掛けた。

「あそこまで走ろう!」

僕の意図を理解してくれたらしい『彼女』がうなずいた。
僕達は一目散に駈け出した。
しかし半分も行かない内に、足に何かが絡みつき、僕は床に引き倒されてしまった。
足元に絡みついて来ていたのは、ジャイアントアネモネの触手だった。
僕はそのまま、ジャイアントアネモネの方へと、ずるずる引き摺られ始めた。
慌てて剣を抜き、なけなしの霊力を込めて触手を斬り払おうとしたけれど、恐らく絶対的な攻撃力不足で全くうまくいかない。

と、先行していた『彼女』がこちらを振り返った。
意外な事に、『彼女』は僕の方へと引き返してくると、裂帛の気合と共に触手を斬り払ってくれた。

「ありがとう」
「礼は後だ、走れ!」

僕は起き上がると、夢中で壁際のレリーフ目掛けて再び走り出した。
今度は触手に捕捉される事なく、壁面までたどり着き、レリーフに触れる事に成功した。

レリーフが口を開いた。

『汝に問う。次の数字は?』

やはりどこか他の空間へ転移できそうだ。

「何にしよう? って、あれ!?」

振り返った僕の後ろに、そこにいるはずの『彼女』の姿が無い。

まさか……!?

視線をジャイアントアネモネの方に向けると、触手にがんじがらめにされた『彼女』が、化け物の口へと運ばれようとしているところだった。

「サツキ!!」

『彼女』はサツキではない。
頭で分かってはいても、思わず叫んでしまっていた。
『彼女』が逃げ遅れた、とは考えにくい。
恐らく僕を先行させるために、後ろから触手の追撃を振り払いながら走っていたのであろう。
そして僕の代わりに捕まって、今、化け物に食われそうになっている。
『彼女』は霊力が使えなくなった、と言っていた。
ならば、殺されれば、そこで終わりかもしれない。
なのに……なんで!?

今の僕に、一人だけこの空間からレリーフを使って逃げる、という選択肢は無い。
かと言って、『彼女サツキ』を助けられるほどの霊力も展開出来ない。
だがそれでも、だからこそ、『サツキ』を目の前で失うのは耐えられない!
『サツキ』は、“必ず救ってみせる”

一瞬のはずの時間の流れが、なぜか凄まじく引き伸ばされた不思議な感覚の中、ついに“光球”が僕の傍に顕現した。
右腕の腕輪にはめ込まれた紫の結晶が、凄まじい輝きを放った。
そしてあの銀色のドラゴンの声が、頭の中に響いた。


―――人の子よ。弱き者であるお前達の、その強き想念こそが、力の源であると知れ



触手にがんじがらめにされた『彼女』は、身動き一つ出来なくなっていた。


戦闘に不得手ふえてそうなあの異世界人の少し後ろを、自分が走りながら、迫る触手を迎撃すれば、二人とも生き残る確率が上がる。
そう思っての行動だったのだが、つい不覚を取ってしまった。

二人とも生き残る?

なぜ私は、そんな風に思ったのだろうか?
しゅからは、あの異世界人災厄を処断し、自力で神都に戻って来れば、赦しを与えると言われていた。
だがあの男の話を聞き、ともに行動する中で、自分の中に、最初は考えもしなかった感情が生まれてしまったようだ。

ジャイアントアネモネが、大きく口を開くのが見えた。

霊力を使用出来なくなっている私が復活することは、望み薄だろう……
あの異世界人が叫んでいるのが聞こえる。
『サツキ』とは、誰の事だろう?
もう少しあの男の話を聞いてみたかった。
そう言えば、まだ名前も聞いていなかったな……


突如、『彼女』は凄まじい力の奔流が、こちらに向かってくるのを感じた。
間違いない。
これは殲滅の力!
それも、守護者である自分達が使うものと比較にならない程強力な……まさか、しゅが!?



次の瞬間、ジャイアントアネモネは弾け飛んだ。



……
…………
……誰かの手がそっと頬に触れた。
懐かしい感覚……
段々意識が戻って……

そうだ、『彼女』とあの化け物は!?

「!」

僕は飛び起きた。
すぐ傍には腰を下ろし、微笑む『彼女』の姿があった。
それを確認出来た僕の目から、自然と涙がこぼれ出て来た。

「生きている……良かった……」

『彼女』が優しい笑顔を向けてきた。

「何を泣いておる。妙な男だ」
「いや、つい」

見た所、『彼女』に大きな怪我は無さそうだった。
視界の中、すぐ近くの壁面に彫られたレリーフが、僕をじっと見下ろしていた。

僕は改めて『彼女』に聞いてみた。

「あの化け物、どうなったの?」
「なんだ、意識を取り戻したかと思うと、今度は記憶喪失か? お前が吹き飛ばしたではないか」
「そうなの?」

円形闘技場の中央付近に目をやると、あのイソギンチャクの化け物――ジャイアントアネモネ――だったと思われるむくろが、バラバラに散らばっていた。

確かに、自分が何かをした感覚は残っているのだけど……?
またいつぞやのように、無意識に殲滅の力を放ったのだろうか?

首を捻っていると、『彼女』が口を開いた。

「直接お前が殲滅の力を放ったのは見ておらん。しかしジャイアントアネモネが吹き飛んだ時、右手に殲滅の力の残滓ざんしまとった剣を持つお前の姿を見た。凄まじい力だった。最初は、しゅがお力を振るわれたのかと思った位だ」
「もしかして、その直後に僕は気絶した?」
「そうだ。剣が溶けるように消え去るのと同時に、お前は床に倒れ込んだ。本当に、何も覚えていないのか?」

『彼女』が僕の顔を覗き込むように、自分の顔を寄せてきた。
彼女の綺麗な瞳に自分の顔が映り込んでいるのが見えて、自然、顔が赤く……って、あれ?
このシチュエーション、なんだか懐かしい第46話……

それはともかく、『彼女』の言葉通りなら、僕は再度光球を顕現出来るようになった、という事だろうか?

それを確認しようと、僕は右腕に嵌めた腕輪に意識を集中してみた。
ところがどういうわけか、微弱な霊力しか展開出来ない。
それでも光球の顕現を試みようと、目を閉じ意識の深淵に光球を探してみた。
しかし…….

「ダメか……」

光球は顕現しない。

僕の一連の行動が挙動不審に見えたらしい『彼女』が、いぶかしげな顔で問い掛けてきた。

「どうかしたのか?」
「いや、霊力が前みたいに使えるようになっているかな~って試してみたんだけど、ダメみたいだ」
「そう言えば、霊力の展開がこの世界ではうまくいかない、と話していたな」
「そうなんだよね。理由は不明だけど」

本当に自分があのジャイアントアネモネを倒したのなら、潜在的には、霊力を操る能力が弱まっているとかは無いはずだ。
という事は、何かの原因で、その潜在的な力を引き出せなくなっているって事になるわけだけど。
そう言えば、『彼女』も霊力を使えなくなったと言っている。
何か関係があるのだろうか?

そんな事を考えていると、『彼女』が話しかけてきた。

「お前の名前を聞いても良いか?」
「僕はカケル。君は? 確か、アルファって呼ばれていたよね?」
「私は守護者だからな。名前は無い。アルファは、しゅが我等守護者達を識別するのに用いてらっしゃる符号のようなものだ」

『彼女』は一度そこで言葉を切り、僕に試すような視線を向けてきた。

「ところで……“サツキ”とは何者だ?」

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