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第六章 神に行き会いし少年は世界を変える
138. 銀貨
しおりを挟む4日目―――2
「見て! あれが神都だよ」
セリエが指し示す先には、大きな湖の真ん中に浮かぶ島に築かれた、巨大な円形都市が霞んで見えた。
その中心には、天にも届かんばかりの高さの塔が立っている。
その壮麗な情景に、僕の疲れも一挙に吹き飛んだ。
「こんな遠くからでもあんなによく見えるなんて、凄いね」
感心していると、セリエが得意げな顔になった。
「当たり前だよ。なにせ神様が住んでらっしゃるんだから」
あの高い塔が、神様を祭る大聖堂か何かなのだろう。
あそこに行けば、今回の事態の打開策が見つかるかもしれない。
そんな事を考えていると、心が少し明るくなるのを感じた。
その日の夕方、僕達は神都からも程近い、ヨーデの街に到着した。
この世界では、ナレタニア帝国での身分証みたいなものは存在せず、街への出入りをチェックする衛兵もいない。
街は、さすがに神都に近いせいか、多くの民家や商店が軒を連ね、賑わっていた。
ここもマーバの村同様、住民の大部分は普通の人間に見えたけれど、少数ながら、獣人やドワーフと思われる人々も街中を歩いている。
逆に神都では多数派と聞く、魔族やエルフの姿は全く見かけない。
「魔族やエルフって、この街には来ないのかな?」
「魔族やエルフは、神様から選ばれて特別だから神都に住んでいるんだよ? わざわざ人間の街なんか来ないよ」
「でも神都の住民も、他の周りの街や村と取引したりしないと、生活に困るんじゃないの?」
「神都には何でも揃っているし、必要なら、周りの街や村の人が届けに行くから、魔族もエルフも困らないよ」
どうやら神都の住民は、この世界の特権階級に当たるらしい。
基本的に働くことなく、ただぶらぶら遊んで暮らしている、という事だろうか?
何だか随分、歪な世界の臭いが……
それはさておき、僕は大きな街に着いたら、是非行ってみたい場所があったのを思い出した。
まずはセリエに聞いてみよう。
「この街で、冒険者ギルドみたいな場所って知らない?」
お金を稼ぐ手段を見つけておかないと。
いつまでもセリエにばかり払わせるのも悪いしね。
「ボウケン……?」
「え~と、届け物したり、モンスターとか倒してお金稼いだりする仕事を斡旋する場所って無いのかな?」
しかし僕の言葉に、セリエは首を傾げるばかり。
そう言えばセリエの生活圏は、基本的に獣人達の村とその周辺のみだ。
冒険者については、知らなくて当然かもしれない。
そう考えた僕は、近くで果物を販売している露店の男性店員に聞いてみる事にした。
「すみません、この街に冒険者ギルドって無いですか?」
「ボウケンシャ? 何だそれは?」
他の場所でも聞き込みを行ってみたけれど、どうやらこの世界には“冒険者”という概念自体が存在しないらしい。
これは、困った。
セリエと一緒の今はまだ良いかもしれない。
しかし今後一人になった時、武器や食料を調達するのに、お金は絶対に必要となるだろう。
この世界に来て、僕の記憶が正しければ今日で4日が過ぎている。
にも関わらず、謎のリュックサックが現れる事も無く、僕はいまだに一文無しのまま。
すっかり意気消沈していると、セリエが不思議そうな顔で問い掛けてきた。
「どうして、そんなに“ボウケンシャ”になろうとしているの?」
「まあ、無理矢理冒険者にならなくても良いんだけどね。でも、何かお金を稼ぐ手段を手に入れないと……」
「だったら、神都での用事が終わったら、一緒に私の村に帰ろうよ。カケルなら、いつまでもウチにいて良いよ。そうすればウサギ捕まえたり、木の実拾ったり、森の草木で服編んだりして、お金無くても生活に困らないでしょ?」
そう言うと、セリエがにっこり微笑んだ。
ううっ、なんて良い子なんだろう。
ともあれ、セリエの提案は最終手段として取っておくとして……
そうだ!
アレはお金にならないのだろうか?
思い付いた僕は、近くのお店の人に聞いてみた。
「魔結晶って買ってくれる所、ありますか?」
「魔結晶なら、二つ先のベアザんトコで買取りしてくれると思うよ」
幸い魔結晶は売り物になるらしい。
懐には、2日前にケルベロスを倒して手に入れた、あの黒い魔結晶が収めてある。
換金できれば、心に余裕も生まれると言うもの。
僕はセリエと連れ立って、紹介された店に向かった。
結局、魔結晶は神聖銀貨20枚で売れた。
ただし僕はこの世界の物価には疎い……というより、さっぱり分からないので、当然この貨幣の価値も分からない。
しかしセリエは、僕が手にした銀貨の袋を見て、自分の事のように喜んでくれた。
「すご~い。カケルって、すっかりお金持ちだね!」
そんなセリエに、僕は袋の中から銀貨の半分、10枚を取り出した。
そしてそれをセリエに差し出した。
「はいこれ。ここまでの旅費と、色々お世話になったお礼だよ」
セリエが目を丸くした。
「え~、こんなに? 多過ぎるよ。お爺ちゃんから貰ったのは銀貨1枚だし」
どうやら銀貨1枚あれば、節約すれば、往復1週間の旅費にはなるらしい。
「是非受け取って欲しいんだ。セリエがいてくれて、ホント感謝している。セリエに出会えていなかったら、今頃、野垂れ死にしていてもおかしくなかったしね」
これは今の僕の正直な気持ちだ。
まあ実際は、霊力の効果で、多分、野垂れ死ぬのは無いとは思うけど。
セリエの頬が少し赤くなった。
「だったら、なおさらだよ。カケルはまだ記憶が曖昧なんでしょ? さっきもお金の事、心配していたし。ちゃんと自分ちに帰れるまで、お金は持っておいた方が良いよ」
そう言って頑なに銀貨の受け取りを拒むセリエに、僕は根負けした。
「じゃあさ、ここから先の旅費は僕に出させてよ。それと今夜は美味しいモノを食べて、ふかふかのベッドに寝よう」
「美味しいモノ!?」
セリエの目が輝き、耳が嬉しそうにピコピコ動いた。
うん、可愛い。
それに性格もこんなに良くて、ある意味最強なのでは?
そんな彼女の姿に癒されながら、僕は彼女を連れて、街の食堂へと向かった。
僕達が入った食堂は、丁度ご飯時でほぼ満席であった。
店の隅にようやく空いている席を見つけた僕達は、店員の持ってきたメニューに目を通した。
ここで僕は、重要な事実に気が付いた。
「よ、読めない……?」
街の看板を目にした時から危惧していた事だけど、どうやらこの世界の文字は、僕の知るナレタニア帝国の文字とは、全く別物のようであった。
ちなみに、何故か言葉は通じている。
一方、セリエの方はこうした店自体が初めてらしく、周りにキョロキョロ視線を送りながら、耳をせわしなく動かしている。
僕は、傍から見ればきっと挙動不審気味の彼女に、メニューを見せながら聞いてみた。
「セリエ、ごめん。コレ、何て書いてあるか分かる?」
「ひゃっ?」
声を掛けられる事を予期していなかったようで、セリエが素っ頓狂な声を出して仰け反った。
その様子が微笑ましく、思わず笑ってしまった僕に対し、セリエがふくれっつらになった。
「笑うなんてひどい」
「ごめんごめん。でも、ふくれっつらしているセリエも可愛いよ」
「か、かわ……!?」
褒めておけば機嫌悪くならないかな、位の軽い気持ちで口にした言葉だったけれど、セリエは赤くなって俯いてしまった。
う~ん、照れているって判断で良いのだろうか?
のんきにそんな事を考えていると、店の入り口で何やら揉めているのが聞こえてきた。
「……ですからお客さん、満席なんですよ」
「なんだと? この剛腕のガルフ様に飯も出せねえってか?」
見ると、赤ら顔で既に出来上がっている感じのドワーフと思われる巨体の男性が、店員の胸倉を掴み、何か因縁をつけていた。
見るとは無しにその様子を窺っていると、その“剛腕のガルフ様”と目が合ってしまった。
するとその巨漢のドワーフは、店員を離し、ずかずかとこちらに近付いてきた。
「おう、兄ちゃん、その席どきな。獣人風情を連れている奴なんかに、店ん中で飲み食いする権利なんか無いんだよ!」
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