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第五章 正義の意味
97. 隠蔽
しおりを挟む第035日―9
ノルン様とメイは、少し離れた場所で二人だけで何かを話した後、僕達の下に戻って来た。
ハーミルがノルン様にそっと声を掛けた。
「ちゃんと話は出来た?」
「うむ。色々メイの気持ちも聞く事が出来た」
「良かった。メイの事で、私が何か出来る事があれば、協力するからね」
ノルン様が僕達を前にして、改めて口を開いた。
「メイの救出、カケルとハーミルがついに成し遂げてくれた。ついては皆にお願いがある」
ノルン様は、僕達の反応を窺うような素振りを見せながら言葉を続けた。
「この事、しばらく伏せておいてもらえないだろうか?」
アレル達、そしてジュノが怪訝そうな表情になった。
「ノルン様、お言葉通り受け取ると、メイ救出成功について、帝国へは報告しない……と聞こえますが?」
「そうだ。何も聞かずに、メイの件は私に任せて貰えないだろうか? 頼む」
そう言うと、ノルン様は頭を下げた。
「……何か事情があるんですね。分かりました。ノルン様がそうおっしゃるなら、我々は何も申しません」
「そうよね。元々、私達の目的って魔王討伐で、メイ救出はあくまでも臨時の依頼みたいなものだったしね」
アレルと仲間達は、ノルン様の要望通り、メイが救出された件に関しては、沈黙を守る事を約束した。
しかしジュノは腑に落ちない、という顔のままであった。
「我々は元々、そこのメイを救い出すため、ここに来たはず。それなのに、なぜわざわざ救出成功の事実を隠すのでしょうか? そもそも、陛下にはなんとご報告するおつもりでしょうか?」
「皇帝陛下には、メイ救出は失敗した、と報告してもらいたい。時期が来れば理由は説明する。得心してもらえないだろうか?」
ジュノはノルン様の言葉に、納得がいかないようであった。
しかし、周囲の皆がノルン様の意を尊重する様子を見て、不承不承頷いた。
結局、皇帝ガイウスへは、選定の神殿の祭壇でメイの救出に失敗した後、さらに追跡した僕とハーミルは、手ぶらで帰還した、と報告する事を申し合わせた。
話が一段落した所で、ノルン様は僕の方に向き直った。
「カケル、そなたも既に承知しておろうが、メイはおぬしと一緒にいたいと申している。メイの事、お願い出来るだろうか?」
「お任せください。元々、メイは僕の大切な仲間ですから」
僕は笑顔で即答した。
「それと、メイの住む場所だが……」
言いかけて、ノルン様はちらっとハーミルに視線を向けた。
彼女がにっこり微笑んだ。
「いいわよ。どのみちウチは広いし、メイ一人増えてもどうってこと無いわ」
ハーミルの言葉に、メイが顔を輝かせた。
「ハーミル、ありがとう。カケル、これでまた一緒の部屋で寝泊まりできるね」
メイが僕に抱きついてこようとした。
しかしそれは滑るように僕達の間に割って入ったハーミルによって阻止された。
「よく考えたら、他の部屋、リフォームする予定だったんだ。残念残念。メイは、どこかの宿で……」
その話は初耳だ。
「ハーミルの家、リフォームしようとしていたんだ。気付かなくてごめんね。じゃあ、僕も別の宿で……」
「あ、カケルの部屋はリフォーム予定無いし、大丈夫!」
「私はカケルと同じ部屋だったら、どこでもいいよ?」
「……メイ、あなた、絶対分かっていてそういう事言っているでしょ?」
「何の事かわからないわ。カケル~、ハーミルが虐める」
ハーミルがメイを睨み、メイが少々大袈裟に見えるぐらい怯えて僕にしがみついて来ようとして、それをさらにハーミルが阻止して……
ジュノやアレル達が何故か呆れたような表情で見守る中、ノルン様の裁定で、メイはハーミルの家に住ませてもらう事、但し、夜は一人別の部屋でちゃんと寝る事が申し渡された。
「後は勇者ナイアの救出だな」
ノルン様の言葉に、皆の顔が再び引き締まった。
ナイアさんは、ナブーが苦し紛れに放った転移魔法により、南半球へと飛ばされていた。
自力でも戻って来る事は出来るかもしれないけれど、悪くすると、数ヶ月はかかるかもしれない。
メイが口を開いた。
「私なら、座標さえ分かれば、南半球でも転移できるわ」
ノルン様がメイに優しい笑顔を向けた。
「そうか。では、メイに頼もう。しかしメイだけ転移しても、警戒心の強い勇者ナイアなれば、容易に信用しないかもしれない。すまぬがカケルとハーミルも、一緒に行って来てくれぬか?」
快諾した僕達は、メイの傍に立った。
メイが転移の詠唱を開始し、やがて視界が切り替わった。
しかしその瞬間……!
「うわっ!?」
僕達は冷たい海へと落下していた。
そう言えば、この世界の南半球は大半を大洋が占めていたはず。
ナイアさんが飛ばされた先もまた、海上だったという事だろう。
僕はすぐさま霊力を展開し、海に落ちてしまったメイとハーミルを抱え上げると、空中に浮上した。
冷たい海水に濡れた身体から、吹き抜ける寒風が容赦なく体温を奪っていく。
つい先程まで僕達がいたナレタニア帝国は初夏の頃合いだった。
と言う事は、季節の逆転したここ、南半球は初冬の頃合いのはず。
そんな事を考えていると、ふいに身体が暖かくなった。
僕の右腕にしがみついているメイが囁いてきた。
「どう? もう少し温度上げた方が良い?」
どうやらメイが魔力を器用に操って、僕達を暖かい空気で包み込んでくれているらしい。
「ありがとう。ちょうど良い感じだよ。それにしてもメイは凄いね」
メイがはにかんだような笑顔を見せた。
メイとは反対側、僕の左腕にしがみついているハーミルが口を開いた。
「海は海でも、コイトスの海とは随分違うわね」
「多分、こっちは、僕達がいた所と季節が逆なんだと思うよ」
「ナイアは、大丈夫かしら?」
と、突然、僕は眼下の海中から、巨大なモンスターが浮上してくるのを感知した。
「気を付けて! 海中から何か出てくる!」
僕は二人に声をかけ、さらに上空へと浮上した。
やがて巨大な小島のようなモンスターが海面へ浮上してきた。
まるでクラーケンのようなそのモンスターは、海中に沈んでいた己の触腕の一つに、気泡を抱え込んでいた。
その気泡を背中に乗せると、弾けて中から僕達の探し人が姿を現した。
「ようやく助けが来たみたいだね~」
クラーケンの背中に立ったナイアさんが、笑みを浮かべながら、上空の僕達に手を振ってきた。
「で、なんでそいつが一緒に居るんだい?」
クラーケンの背中に降り立った僕達が、メイと一緒にいる事に気が付いたナイアさんは、不信感丸出しで問い質してきた。
彼女はここへ転移させられる直前まで、選定の神殿でメイ達と交戦していた。
「色々あって、メイはもう敵じゃないわ」
そう前置きして、ハーミルが、メイ救出の顛末をナイアさんに語って聞かせた。
そしてメイ救出の事実もしばらく伏せて欲しい、とノルン様が話していた事も付け加えた。
「ふ~ん。まあ、ノルンがそう言うなら、あたしもそう言う方向で話を合わせて上げるよ」
「でもナイア、よく無事だったわね。転移したらいきなり海の上で、焦らなかった?」
するとナイアさんは、胸元からタリスマンを取り出して、にやりと笑った。
「あんたも知っての通り、あたしは、魔物と仲良くなる能力持っているからね。偶然いたこのクラーケンを仲間にして、誰かが助けに来てくれるのを待っていたのさ」
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「三日待って誰も来なかったら、自力で戻るしかないなって考えていたんだけどね。だけどさすがに、そのコが助けに来るとは思わなかったよ」
そう口にしたナイアさんは、メイに視線を向けつつ苦笑した。
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