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第四章 すれ違う想い
71. 王宮
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第022日―2
【彼女】は、空中に浮遊したまま、眼下で燃え盛る炎の海を眺めていた。
能面のように整ったその顔には、いかなる感情も見出せない。
ここは帝国北方支配限界領域にもほど近いヴィンダの街……だった場所。
400年前、三人の勇者達の活躍により、数千のモンスターの群れを撃退したこの街は、今、たった一人の黒髪の少女によって滅ぼされたところであった。
「ば、化け物め!」
【彼女】に対して、生き残りの衛兵達が、最後の絶望的な攻撃を実施した。
しかし斉射された矢は、【彼女】を護る不可視の力場によって阻まれ、決して【彼女】を傷付ける事は出来ない。
【彼女】は右手を高々と掲げ、そしておもむろに振り下ろした。
同時に発せられた不可視の力が、この街最後の生き残り達の命を、いとも簡単に摘み取って行く。
と、唐突に【彼女】の右腕がひび割れ、崩れ去った。
【彼女】はその己が右腕を、少しの間不思議そうに眺めていたけれど、すぐにその顔からは感情が消え去った。
やがて街の壊滅を見届けた【彼女】は命令通り、北方へと帰還して行った……
――◇―――◇―――◇――
第023日―1
翌朝、僕とハーミルが朝食を終えたタイミングで、クレア様が宿舎を訪ねて来た。
「おはようございます。昨夜はゆっくりお休みになられましたか?」
ハーミルと共にクレア様を出迎えた僕は、頭を下げた。
「おはようございます、クレア様。生まれて初めてな位、とても楽しませてもらっています」
「カケル様は、お世辞がお上手でいらっしゃいますね。でも、そう言って頂けると、クレアも嬉しゅうございます」
「あの……クレア様は一国の王女様なのですから、僕なんかに敬語を使うのは変ですよ」
ハーミルも僕の言葉に同調した。
「そうそう、カケルの事はともかく、私の事は呼び捨てで良いよ」
「何をおっしゃいますか。カケル様は、私の大切な宝物を取り戻して下さったお方。それに、皇帝陛下からも御信任が厚い冒険者様と剣聖様のお二人に、敬意を払わないわけには参りません」
そう言えば皇帝ガイウス直々に、クレア様の招待を受けるように頼まれたっけ?
皇帝ガイウスが、僕とハーミルの事を必要以上に持ち上げて、クレア様に伝えているのかもしれない。
「コイトスは海だけではなく、山にも美しい所があるのですよ。今日は午前中、マリサの滝へご案内しますので、お昼御飯をそこで頂きましょう。午後からは王宮の方にも御案内出来ればと考えております」
1時間後、準備を終えた僕達は、クレア様の用意してくれた馬車に乗り込み、マリサの滝を目指して出発した。
今日も天気が良く、朝からよく晴れている。
街中は少し汗ばむような陽気だった。
しかし馬車がよく整備された山道に入って行くと、涼しい風が車内に吹き込んできた。
マリサの滝へは二時間ほどで到着した。
落差三十メートル位であろうか。
豪快と言うより、繊細と言った言葉が似合いそうなその滝は、僕の心をとてもリラックスさせてくれた。
滝壺は少し広目の天然のプールになっており、水は澄んで綺麗であった。
水底が見え、中を泳ぐ小魚達の姿もはっきりと見える。
僕達は早速水着に着替えて滝壺に飛び込んだ。
クレア様の連れて来た侍女達が、キラさんの指示の下《もと》、てきぱきとお昼の準備を進めていく。
ちょうど正午ごろ、皆で昼食を頂く事になった。
滝壺傍の河原に設置されたテーブル上には、所狭しとフルーツやパンが並べられ、侍女達が手際よく魚介類を焼いていく。
「この魚、凄く美味しいね」
ハーミルはいつになくはしゃいで見えた。
幼い頃から剣の修行一筋って言っていたし、お父さんが倒れた後はその介護に専念していたみたいだし、多分、彼女にとって生まれて初めての“バカンス”なのではないだろうか?
彼女の様子に釣られるように、心が浮き立つのを感じた僕は、彼女に言葉を返した。
「うん、それにフルーツもパンもとても美味しいよ」
そんな僕達に、クレア様が優しい笑顔を向けてきた。
「お二人に喜んで頂けて、クレアも嬉しゅうございます」
「なんか、想像以上に贅沢させてもらって、本当にありがとうございます」
御礼の言葉を伝える僕の隣で、ハーミルがクレア様の胸元を指差した。
「そう言えば、クレア様のそれ、カケルが取り返したっていうネックレス?」
「そうなんですよ。これは母から頂いた大事な宝物なのです」
クレア様が愛おしそうに胸元のネックレスに手をやった。
そして、少し居住まいを正してから話し始めた。
「実は私の母は……」
クレア様の母親は、十年前、クレア様がまだ七歳だった時に、若くして世を去った。
病床で日に日に衰えて行く母親に、クレア様はただ縋りついて泣きじゃくる事しか出来なかった。
そんなクレア様に、母親が自身の身に着けていたネックレスを、手ずから掛けてくれたのだという。
「これを失くした時には、足元から世界が崩れ去った気分でした。ですから、これを取り戻して下さったカケル様は、私の英雄様なのです」
そう話すと、クレア様はにっこり微笑んだ。
マリサの滝でのピクニックを存分に楽しんだ僕とハーミルは、午後、街に戻ってそのまま王宮に招待された。
コイトスの王宮は、壮麗な帝城のそれとは異なり、やや大き目の商館のような質素な造りであった。
そこかしこに南国の植物が植えられ、手入れの行き届いた中庭を囲むような形で、建物が配置されている。
国王陛下の居室へは、クレア様自らが案内してくれた。
居室に通されると、クレア様と目元のよく似た優しい顔立ちの、20代と思われる若い男性が、僕達を笑顔で出迎えてくれた。
「コイトスにようこそ。私が国王のドテルミです」
ドテルミと名乗ったその男性に促されて、僕達は部屋に置かれたソファに腰を下ろした。
僕達は改めて自己紹介を行い、今回の招待について、ドテルミ様に感謝の言葉を伝えた。
「帝都と比べたら何もない所だけど、自然の美しさだけは自信があるんだ。ゆっくりしていってくれ」
ドテルミ様は国王という肩書を感じさせない位、気さくな人柄であった。
しばしの間、彼と歓談した後、王宮内を見学させて貰える事になった。
ドテルミ様、そしてクレア様と一緒に歩いて行くと、王宮勤めの衛兵や侍女達と時折すれ違った。
しかし彼等は必要以上に畏まることなく、そして僕とハーミルには人懐っこい笑顔で話しかけてくれた。
ここは帝城と違い、南国特有ののんびりした雰囲気に包まれているようだった。
僕達が宿舎に戻ると、丁度夕食の支度が出来ていた。
水平線に沈みつつある夕陽に照らされて、全てが美しい茜色に染め上げられていく。
「なんだか、最高の贅沢だね」
こうしてコイトスでの休暇二日目も、何事も無く終わろうとしていた。
…………
……
第024日―1
夜半、僕はふと目が覚めてしまった。
まだ日付が変わった頃合いであろうか?
もう一度眠ろうとしたけれど、何故か目が冴えて中々寝付けない。
「ちょっと夜風にでも当たってこようかな」
僕はそっと起き上がると、部屋のベランダから浜辺に下りた。
宿舎は中心街からは少し距離があるせいか、周辺に人工的な明かりは少なかった。
見上げると、満天の星空に、僕の知らない星座が輝いていた。
僕は浜辺を少し散歩してみる事にした。
水平線には漁火が見え、夜風が心地良い。
しばらく夜の浜辺で散歩を楽しんでいた僕は、唐突に何者かに見られている気がして足を止めた。
慎重に周囲に目を凝らす……
しかし見える範囲で、怪しい影は見当たらない。
僕は少し迷った後、右腕に嵌めている腕輪に意識を集中した。
霊力が身体に漲り、感覚が鋭敏になっていく。
そのまま感知の網を周辺に広げようとして……
突然数メートル先に、一人の少女が佇んでいる事に気が付いた。
【彼女】は、空中に浮遊したまま、眼下で燃え盛る炎の海を眺めていた。
能面のように整ったその顔には、いかなる感情も見出せない。
ここは帝国北方支配限界領域にもほど近いヴィンダの街……だった場所。
400年前、三人の勇者達の活躍により、数千のモンスターの群れを撃退したこの街は、今、たった一人の黒髪の少女によって滅ぼされたところであった。
「ば、化け物め!」
【彼女】に対して、生き残りの衛兵達が、最後の絶望的な攻撃を実施した。
しかし斉射された矢は、【彼女】を護る不可視の力場によって阻まれ、決して【彼女】を傷付ける事は出来ない。
【彼女】は右手を高々と掲げ、そしておもむろに振り下ろした。
同時に発せられた不可視の力が、この街最後の生き残り達の命を、いとも簡単に摘み取って行く。
と、唐突に【彼女】の右腕がひび割れ、崩れ去った。
【彼女】はその己が右腕を、少しの間不思議そうに眺めていたけれど、すぐにその顔からは感情が消え去った。
やがて街の壊滅を見届けた【彼女】は命令通り、北方へと帰還して行った……
――◇―――◇―――◇――
第023日―1
翌朝、僕とハーミルが朝食を終えたタイミングで、クレア様が宿舎を訪ねて来た。
「おはようございます。昨夜はゆっくりお休みになられましたか?」
ハーミルと共にクレア様を出迎えた僕は、頭を下げた。
「おはようございます、クレア様。生まれて初めてな位、とても楽しませてもらっています」
「カケル様は、お世辞がお上手でいらっしゃいますね。でも、そう言って頂けると、クレアも嬉しゅうございます」
「あの……クレア様は一国の王女様なのですから、僕なんかに敬語を使うのは変ですよ」
ハーミルも僕の言葉に同調した。
「そうそう、カケルの事はともかく、私の事は呼び捨てで良いよ」
「何をおっしゃいますか。カケル様は、私の大切な宝物を取り戻して下さったお方。それに、皇帝陛下からも御信任が厚い冒険者様と剣聖様のお二人に、敬意を払わないわけには参りません」
そう言えば皇帝ガイウス直々に、クレア様の招待を受けるように頼まれたっけ?
皇帝ガイウスが、僕とハーミルの事を必要以上に持ち上げて、クレア様に伝えているのかもしれない。
「コイトスは海だけではなく、山にも美しい所があるのですよ。今日は午前中、マリサの滝へご案内しますので、お昼御飯をそこで頂きましょう。午後からは王宮の方にも御案内出来ればと考えております」
1時間後、準備を終えた僕達は、クレア様の用意してくれた馬車に乗り込み、マリサの滝を目指して出発した。
今日も天気が良く、朝からよく晴れている。
街中は少し汗ばむような陽気だった。
しかし馬車がよく整備された山道に入って行くと、涼しい風が車内に吹き込んできた。
マリサの滝へは二時間ほどで到着した。
落差三十メートル位であろうか。
豪快と言うより、繊細と言った言葉が似合いそうなその滝は、僕の心をとてもリラックスさせてくれた。
滝壺は少し広目の天然のプールになっており、水は澄んで綺麗であった。
水底が見え、中を泳ぐ小魚達の姿もはっきりと見える。
僕達は早速水着に着替えて滝壺に飛び込んだ。
クレア様の連れて来た侍女達が、キラさんの指示の下《もと》、てきぱきとお昼の準備を進めていく。
ちょうど正午ごろ、皆で昼食を頂く事になった。
滝壺傍の河原に設置されたテーブル上には、所狭しとフルーツやパンが並べられ、侍女達が手際よく魚介類を焼いていく。
「この魚、凄く美味しいね」
ハーミルはいつになくはしゃいで見えた。
幼い頃から剣の修行一筋って言っていたし、お父さんが倒れた後はその介護に専念していたみたいだし、多分、彼女にとって生まれて初めての“バカンス”なのではないだろうか?
彼女の様子に釣られるように、心が浮き立つのを感じた僕は、彼女に言葉を返した。
「うん、それにフルーツもパンもとても美味しいよ」
そんな僕達に、クレア様が優しい笑顔を向けてきた。
「お二人に喜んで頂けて、クレアも嬉しゅうございます」
「なんか、想像以上に贅沢させてもらって、本当にありがとうございます」
御礼の言葉を伝える僕の隣で、ハーミルがクレア様の胸元を指差した。
「そう言えば、クレア様のそれ、カケルが取り返したっていうネックレス?」
「そうなんですよ。これは母から頂いた大事な宝物なのです」
クレア様が愛おしそうに胸元のネックレスに手をやった。
そして、少し居住まいを正してから話し始めた。
「実は私の母は……」
クレア様の母親は、十年前、クレア様がまだ七歳だった時に、若くして世を去った。
病床で日に日に衰えて行く母親に、クレア様はただ縋りついて泣きじゃくる事しか出来なかった。
そんなクレア様に、母親が自身の身に着けていたネックレスを、手ずから掛けてくれたのだという。
「これを失くした時には、足元から世界が崩れ去った気分でした。ですから、これを取り戻して下さったカケル様は、私の英雄様なのです」
そう話すと、クレア様はにっこり微笑んだ。
マリサの滝でのピクニックを存分に楽しんだ僕とハーミルは、午後、街に戻ってそのまま王宮に招待された。
コイトスの王宮は、壮麗な帝城のそれとは異なり、やや大き目の商館のような質素な造りであった。
そこかしこに南国の植物が植えられ、手入れの行き届いた中庭を囲むような形で、建物が配置されている。
国王陛下の居室へは、クレア様自らが案内してくれた。
居室に通されると、クレア様と目元のよく似た優しい顔立ちの、20代と思われる若い男性が、僕達を笑顔で出迎えてくれた。
「コイトスにようこそ。私が国王のドテルミです」
ドテルミと名乗ったその男性に促されて、僕達は部屋に置かれたソファに腰を下ろした。
僕達は改めて自己紹介を行い、今回の招待について、ドテルミ様に感謝の言葉を伝えた。
「帝都と比べたら何もない所だけど、自然の美しさだけは自信があるんだ。ゆっくりしていってくれ」
ドテルミ様は国王という肩書を感じさせない位、気さくな人柄であった。
しばしの間、彼と歓談した後、王宮内を見学させて貰える事になった。
ドテルミ様、そしてクレア様と一緒に歩いて行くと、王宮勤めの衛兵や侍女達と時折すれ違った。
しかし彼等は必要以上に畏まることなく、そして僕とハーミルには人懐っこい笑顔で話しかけてくれた。
ここは帝城と違い、南国特有ののんびりした雰囲気に包まれているようだった。
僕達が宿舎に戻ると、丁度夕食の支度が出来ていた。
水平線に沈みつつある夕陽に照らされて、全てが美しい茜色に染め上げられていく。
「なんだか、最高の贅沢だね」
こうしてコイトスでの休暇二日目も、何事も無く終わろうとしていた。
…………
……
第024日―1
夜半、僕はふと目が覚めてしまった。
まだ日付が変わった頃合いであろうか?
もう一度眠ろうとしたけれど、何故か目が冴えて中々寝付けない。
「ちょっと夜風にでも当たってこようかな」
僕はそっと起き上がると、部屋のベランダから浜辺に下りた。
宿舎は中心街からは少し距離があるせいか、周辺に人工的な明かりは少なかった。
見上げると、満天の星空に、僕の知らない星座が輝いていた。
僕は浜辺を少し散歩してみる事にした。
水平線には漁火が見え、夜風が心地良い。
しばらく夜の浜辺で散歩を楽しんでいた僕は、唐突に何者かに見られている気がして足を止めた。
慎重に周囲に目を凝らす……
しかし見える範囲で、怪しい影は見当たらない。
僕は少し迷った後、右腕に嵌めている腕輪に意識を集中した。
霊力が身体に漲り、感覚が鋭敏になっていく。
そのまま感知の網を周辺に広げようとして……
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