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第四章 すれ違う想い

62. 突入

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第019日―4


「メイちゃん待って。それを直接カケル君に渡すつもり? そんな事をしたら、あっちにいられなくなるわよ?」

ミーシアの言葉に、アルラトゥはあわてて転移のための詠唱を中断した。
確かに、自分が直接カケルに紫の結晶を渡すのを見られれば、自分の立場は極めてまずい事になるだろう。

ミーシアが微笑みを浮かべたまま語り掛けて来た。

「それは私達がカケル君に届けるわ。あなたは、何食わぬ顔であっちに戻れば、ここでの事は気付かれずに済むと思う」
「……勇者のアレル達ですら苦戦している。あなた達があそこの防備を突破して、カケルのもと辿たどり着けるとは思えない」
「私が届けるわ」

それまで静かに話を聞いていただけだったハーミルが進み出た。

「いかなる相手であろうと、私が斬り伏せて、カケルのもと辿たどり着いて見せるわ」

ハーミルはじっとアルラトゥを見つめた。
彼女ならやり遂げるのではないか?
そう思わせる強い意思がその瞳には宿って見えた。
アルラトゥは少しの逡巡の後、ハーミルに紫の結晶を手渡した。

「あなた達は、アレル達の転移した座標、知っているのよね?」

ハーミルがうなずいた。

「知っているわ。北の塔に戻ったら、常設型の転移の魔法陣を構築してあるし、イクタスさんもいるから、私達もすぐそこへ飛べるはず」
「北の塔まではどうやって戻るの?」
「それは歩いて……だけど」
「……時間がかかり過ぎるわ。私が直接アレル達の所へ転移させてあげる」
「でもそれって、メイが私達と一緒に転移してきた事、魔王達にばれちゃうんじゃないの? それとも、私達だけ転移させたりできるの?」

常設型の魔法陣を使用しない転移の魔法の場合、術者も一緒に転移を余儀なくさせられる。
アルラトゥ程の術者を以ってしても、対象のみを即座に遠方の正確な座標へ転移させる事は不可能であった。
余程心に余裕が無くなっているのであろう。
先程から敵であるはずのミーシアやハーミルに、自分の魔王側での立ち位置を気遣きづかわれている。
アルラトゥは、思わず自嘲で口元をゆがませた。

「じゃあ、北の塔まで一緒に転移させて? そうすれば、そこからは別々にカケルのもとに向かえるでしょ?」

ハーミルの提案にうなずいたアルラトゥは、改めて全員を自分の周囲に集め、転移の詠唱を開始した。


――◇―――◇―――◇――


一方、アレル達は危機に陥っていた。
頑強な巨大モンスターの群れ、城から放たれる魔族達の大魔法、そして不規則な間隔で襲い掛かって来る『殲滅の力』。
交戦を開始して一時間以上が経過し、既に全員満身創痍であった。

「いざとなったら、ノルン殿下だけでも離脱して頂かないと」

アレルが、イリアとエリスに声をかけた。

「何を申すか! 勇者アレルを見捨てて逃げる位なら、ここで自害する」

ノルンがアレル達に激しい言葉を吐いた瞬間……

少し向こうの原野に転移の光がともり、ハーミル、ガスリン、ミーシア、ネバトベ達の姿が現れた。
ちなみにレルムスも転移してきているのだが、その姿は誰にも感知できない。


転移して来てすぐ、ハーミルは緊迫した状況下にあるノルンに駆け寄った。

「ノルン! 大丈夫!?」

同時に、ネバトベが強力な全体回復の魔法を無詠唱で展開し、それはノルンやアレル達を優しく包み込んだ。
彼等の体力がゆっくりと回復していく。
ガスリンは雄叫びを上げながら巨大なモンスター達に立ち向かい、ミーシアも詠唱を開始した。

ノルンはその様子を横目で眺めながら、ハーミルに問い掛けた。

「ハーミル! どうしてここへ?」

ハーミルが要塞のような巨城を指差した。

「カケルがあそこに捕えられているの」

そしてふところに忍ばせた紫の結晶をノルンに見せて微笑んだ。

「でも大丈夫、これを彼が手にすればきっと……」


ハーミルは城の方を見据えると、腰の剣を抜き放った。
彼女はレルムスの援護を受けながら、強行突破してカケルの元に辿たどり着く事を、事前に打ち合わせていた。

「レルムス、援護頼むわよ!」

レルムスの返事を待つ事無く、ハーミルは疾風の如く城に向かって駆け出した。
立ちふさがる巨大なモンスター達を斬り倒し、城門に近付くと、そこには魔族の弓兵達が待ち構えていた。
彼等が放った矢の雨が、ハーミル目掛けて雨のように降り注いだ。
しかし彼女は尋常では無い剣さばきで、それら全てを打ち落とした。
最初の斉射でハーミルを仕留める事が出来なかった弓兵達は、第二射を次々とつがえていった。
しかしそれらが放たれる事は無かった。
ハーミルのすぐ後ろ、一見何も無い虚空から、矢の雨が逆に弓兵達に降り注いだのだ。
それらは全て異常な速度と正確さで、一撃で彼等の急所を打ち抜いていった。
ハーミルが視えざる伴走者に声を掛けた。

「レルムス、やるじゃない」
『……』

城門を守護していた弓兵達を全滅させたハーミルは、レルムスと共に、一挙に城内に突入した。
通路を駆け抜けようとするハーミルに対して、魔族の戦士や魔術師達が、次々と襲い掛かって来た。
しかし戦士達はハーミルに全て斬り伏せられ、魔術師達も詠唱を開始する前に、レルムスに射倒されていく。
特にレルムスは一瞬たりとも一所ひとところに留まらず、絶えず移動しながら矢を放つため、魔族達も射出点に居るはずの彼女を捕捉しきれない。
大混乱の中、上層への階段を二人は一挙に駆け上がって行く。
カケルのもとまであと一層となった所で、ハーミルの前に、魔族達を従えたマルドゥクが立ち塞がった。

「久しぶりだなぁ。剣聖」

酷薄な笑みを浮かべたマルドゥクが、いつかと同じく、魔力の刃を作り出していく。
周りの魔族達も魔力を錬成し、場を凶悪な魔力が満たし始める。
ハーミルは降り注ぐ魔力の刃を全て打ち落としながら、マルドゥク目がけて突進した。
そんな彼女を、マルドゥクは余裕の笑顔で迎え撃とうとした。

「私の加護を忘れたのか? 残念ながらお前の剣は、決して私に届かない」
「それはどうかしら?」

唐突に、虚空より放たれた一本の矢が、マルドゥクに襲い掛かった。
その矢は、マルドゥクを守る加護の壁に触れた瞬間、凄まじい閃光を発して消滅した。
レルムスの放った霊晶石の矢が、マルドゥクの加護を瞬間打ち消したのだ。
そのコンマ1秒の刹那せつなに、ハーミルは九つの斬撃をマルドゥクに浴びせかけた。
その斬撃を、マルドゥクは尋常ならざる自身の身体能力によって、八つまではかわし切った。
しかし最後のそれが、ついにマルドゥクをとらえた。


―――ギャァァァ!


右の肩口から袈裟斬りを浴びたマルドゥクは、苦悶の絶叫を上げて床に崩れ落ちた。
配下の魔族達が慌ててハーミルとマルドゥクの間に割って入り、自ら盾となった。

「マルドゥク、覚悟!」

しかしハーミルの剣は、次々と彼女の前に立ち塞がる魔族達を斬り伏せるのみ。
熱くなるハーミルに、レルムスの念話が届けられた。

『……ハーミル!』
「レルムス、援護して! あいつだけは許さない!」

阿修羅の如く、魔族達を血の海に沈めながらハーミルが絶叫した。
彼女の脳裏には、マルドゥクがカケルを魔剣で貫き、ぼろきれのように放り投げたあの時第23話の情景がよみがえっていた。

マルドゥクだけは、どうしてもここで殺さないと!

『霊晶石の矢は……一本だけ……それに……カケル様救出が……最優先のはず!』

その念話で、ハーミルは我に返った。
マルドゥクはまだ絶命していない。
と言う事は、あの加護が再び彼を守っているはずだ。
ハーミルは血だまりの中で身をよじるマルドゥクと、彼に懸命に回復の魔法をかける魔族達を一瞥した。
そして踵を返し、カケルが拘束されている広間への階段を急いで駆け上って行った。

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