上 下
12 / 239
第一章 気が付いたら異世界

12.宝珠

しおりを挟む

第002日―5

ミーシアさんはこちらに向かって手を振りながら、受付カウンターとロビーとの間の間仕切まじきりを開け、僕等の方に近付いて来た。
よく見ると彼女は私服姿であった。
そして昼間、彼女が座っていた受付カウンターには、僕の知らない初老の男性の姿が有った。
僕は、傍までやってきたミーシアさんに話しかけた。

「ミーシアさん! 今日は遅いんで、もうお会い出来ないかと思っていました」
「仕事はもう終わったんだけどね。ちょっと友達と話していたら、ついついこんな時間。でも、こんなに遅くなるなんて、教えた場所にヒール草なかった?」
「ミーシアさんの情報通り、ヒール草はすぐ見つけられたんですが……」

僕はリュックの中のヒール草と共に、魔結晶も見せながら、今日の出来事を手短にミーシアさんに説明した。
彼女が驚いたような表情になった。

「キラーウルフにウルフキングまで!?」

話していると、向こうからガスリンさんが、僕等の方に近付いて来た。
彼はミーシアさんに、よっという感じで軽く手を上げた。

「ミーシア! 久しぶりだなぁ」
「ガスリンさん!? 本当にお久しぶり。ここ数年どうされていたんですか?」
「色々わしも忙しくてな。ついつい、この街に立ち寄りそびれていたんだ」

どうやら、ミーシアさんとガスリンさんは、見知った間柄のようだ。
まあ、ミーシアさんは何十年(本人談)も受付しているって言っていたし、ガスリンさんも相当の有名人らしいし、お互い知り合いじゃないほうが不思議かも?

「ウルフキングは、確かにそこのカケルが斃したみたいだぜ? キラーウルフの魔石は、行きがけの駄賃みたいなもんだ」

僕は、少し気になっていた事を聞いてみる事にした。

「あの……ウルフキングはともかく、キラーウルフ達を斃したのは、多分、僕じゃ無くて、ノルン様を護衛していた人達だと思うんですよ」
「まあ、わしは見てないから何とも言えんが、お前がそう言うのなら、そうかもしれんな。それがどうかしたのか?」
「だったらその……」

僕はガスリンさんとミーシアさんの反応を確かめながら言葉を続けた。

「護衛の人達の御家族さんとかにお渡しした方が……」
「ガッハッハッハ!」

ガスリンさんが豪快に笑った。

「お前は意外とせせこましい事を考えるんだな。あの姫さんの護衛の遺族たちには、リュート公アルザスの知事から慰留の金品が送られるはずだから、お前がそんな事心配する必要は無いぞ」
「そうね、経緯はどうあれ、犯罪絡みでなければ、魔結晶は持ち込んだ人の所有物ってみなされるわ」

なんだか釈然としない思いが残るが、二人がそう言うのなら、それがこの世界のルールって事なのだろう。
改めてミーシアさんが、僕の見せた魔石を手に取りながら説明してくれた。

「キラーウルフの魔結晶は、金貨1枚、ウルフキングの魔結晶なら、金貨10枚にはなるわね」

金貨1枚は、銀貨100枚、銅貨なら10,000枚だったはず。
という事は……!

「そ、そんなに?」

思わず素っ頓狂すっとんきょうな声が出てしまった。
もしかして、いきなり自転車操業からの卒業達成!?

「キラーウルフ、人語を話していたでしょ? 特に高位のモンスターにならないと人語を話せないのよ。そういう魔物の魔結晶は特に高値で取引されるの」

確か、リュックの中にはキラーウルフのは9個、ウルフキングのが1個入っているはず。
僕は隣に立つメイに声を掛けた。

「良かったなメイ、今夜も宿屋に泊まれそうだよ」

僕の言葉を聞いたミーシアさんが噴き出した。

「ちょっと、カケル君! 宿屋どころか、安い家なら買えちゃうわよ?」

そして少し眉をひそめながら言葉を続けた。

「それにしても変ね。この辺でウルフキングって聞いたことも無いわ」

確か知事のリュートさんも、ウルフキングは北方のモンスターだって話していたっけ?
そんな事を考えていると、僕はあのウルフキングがノルン様に“宝珠を寄越せ”と要求していた事を思い出した。
僕はその事について、二人に話してみた。
途端に、なぜか二人の表情が険しくなった。

「カケル、そいつは本当に、あの姫様に宝珠を寄越せと?」
「確かそう言いながら馬車に近づいていたような……」

二人の(僕にとっては)過敏に見える反応に、やや戸惑っていると、ミーシアさんとガスリンさんが、険しい表情のまま言葉を交わし始めた。

「宝珠って、そもそも奪えるものか? よしんば、奪えたとして、モンスターが持っていても何の役にも立たないはずだが」
「魔王が宝珠を欲しているという事かしら? でも何のために?」
「魔王にとっても、通常は何の役にも立たないがはずだが……まさか?」

そう言えば、宝珠って何だろう?
僕がその疑問を口にしようとした矢先、隣に立つメイに袖を引かれた。

「カケル ネムイ」

見ると、すっかり退屈した感じのメイのまぶたが、明らかに重くなっていた。
それに気付いたらしいミーシアさんが微笑んだ。

「そうね。今夜は遅いし、ちゃっちゃと換金しちゃって、宿でゆっくり休んだら?」


僕達は換金所でヒール草採集の報酬を受け取り、ついでに魔結晶の換金も行った。
お金が入った袋がずっしり重い。

「うわぁ……いきなりお金持ちになってしまった」
「ガハハ、貴族御用達の高級宿泊施設も泊まり放題だな」
「いきなり豪勢過ぎると落ち着かないですよ。普通の宿屋でいいですよ」

ミーシアさんに見送られて冒険者ギルドを出ると、ガスリンさんが口を開いた。

「カケル、わしの馴染みの宿があるんだが、行ってみないか?」
「それはもう、是非お願いします」

時間も遅いし、地理不案内なこの街で今から宿探しせずに済むのは、正直滅茶苦茶助かる話だ。


ガスリンさんの“馴染みの宿”は、冒険者ギルドから歩いて10分程の場所にあった。
看板には『宿屋タイクス』とある。
宿屋の主人であろう、恰幅の良い初老の男性が、僕達を出迎えてくれた。

「ガスリン! 久し振りじゃないか」
「ルビドオ! お前もまた一段と額の面積が広がったな」

旧知の間柄だという二人は互いの体を叩き合って、久方ひさかたぶりの再開を喜び合っていた。
若干、ルビドオさんの手に力がこもっている気がしないでもないが、多分額云々の発言とは無関係であろう。

「一泊、1部屋朝夕食事つきで銀貨1枚だ。1部屋にベッドは二つまで置けるがどうする?」

ルビドオさんの問い掛けに、メイが口を開いた。

「カケルト オナジヘヤ」
「メイはカケルとほんと仲良いな。もしかしてデキてるのか?」

ガスリンがニヤニヤしながら茶化してきた。

「違いますよ。ただ、メイは記憶喪失なので、一人は不安ってだけの話ですよ」
「じゃあ、ガスリンの部屋とカケル君、メイちゃんの部屋、合計二部屋でいいかな?」

ルビドオさんの問い掛けに、ガスリンさんが言葉を返した。

「おう、それでいいぜ。あと、飯はいつもので頼む」
「分かったよ。ほれ、これが部屋の鍵だ」

部屋の鍵を受け取った僕達は、明日起きた後、階下の食堂で一緒に朝食をとる約束を交わしてから、二階の客室に続く階段に向かった。



---------------------------------------

深夜、皆が寝静まった中、食堂で二人の男が話していた。

「で、彼が例の?」
「そうだ。昼間はウルフキングを一撃でほふった」
「ほう……まあ、『力』を振るったのであれば、ウルフキング如きでは相手にはなるまい」
「それよりも、魔王が宝珠に関心を示している……らしい」
「宝珠なんかどうするんだ……まさか?」
「イクタスの話では、どうも、そのまさからしい。もう一度こじ開けても、せいぜい霊晶石補給する位しか目的思い当たらんが……ところで、当代の魔王を何と見る?」
「今までの伝承の中の魔王とは受ける印象が異なるな。そう、非常に狡猾、かつ用意周到に見える」
「数カ月前に北方に向かった勇者ナイアも、いまだはかばかしい成果を挙げられずにいるらしい」
「勇者と言えば、アレルという若者が、新たに試練を突破したとか」
「それは私も聞いたが、勇者が二人という事は……」

二人の右耳のピアスを通じて念話が届く。

『心配は無用だ。伝承は完全にお伽噺とぎばなしになった。二度と再現されぬ』

---------------------------------------

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

処理中です...