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第一章 気が付いたら異世界
10.伝承
しおりを挟む第002日―3
ノルン様の自己紹介を受けて、僕も改めて自己紹介をした。
「僕はカケルと言います。一応、駆け出しの冒険者で、その女の子はメイといって……」
と、そこで僕は少し言葉に詰まった。
メイは自分にとって、どういった存在なのだろう?
なりゆきで連れまわしている迷子?
それとも友達?
でも、さっきは命がけで自分を庇ってくれて……
なので、僕は一番無難な言葉を選んだ。
「大切な仲間です」
ノルン様が微笑んだ。
「駆け出しとは謙遜も甚だしい。そなた、名のある冒険者であろう? ウルフキングを一撃で屠ったではないか」
僕はやや焦りながら言葉を返した。
「そ、そうなんですか?」
確かに、自分が何かをした、という感覚は残っている。
ノルン様の言葉と、今の状況から類推すれば、あの人狼――ウルフキングとかいうモンスターらしいけれど――が死んだのは、僕が何かをしたからだ、という事になりそうだけど……
ただ、自分が何をしたのか、記憶に靄がかかっているようで、全く思い出せない。
仕方なく、僕は正直に説明する事にした。
「実は……無我夢中だったものでして、どうやってそこのウルフキングを斃したのか、よく覚えていないんです」
ノルン様が大きく目を見開いた。
「なんと、火事場の馬鹿力みたいなものだったのか? それにしても、遠目にも凄まじい斬撃であったぞ」
どうやら彼女は戦いの最中、馬車の中からこちらの様子を伺っていたらしい。
そうこうしている内に、メイが目を覚ました。
「メイ!」
僕は思わずメイを抱きしめてしまった。
「カケル クルシイヨ……デモ ブジデ ヨカッタ」
腕の中のメイが、少し頬を赤らめて軽く身を捩った。
そんな彼女の姿に、今更ながら少し気恥ずかしさを覚えた僕は、慌てて彼女を解放した。
「ご、ごめん! 嬉しくてつい……」
と、ノルン様が突然立ち上がり、身を強張らせるのが見えた。
僕は彼女に声を掛けてみた。
「どうしました?」
「何者かが、こちらに向かってきておる」
警戒心を露わにしたノルン様は、どうやら街道の向こうに視線を向けているようであった。
まさかさっきの巨狼達が、増援を連れて戻って来たんじゃ……
僕も慌てて立ち上がり、ノルン様の視線の先に目を向けてみた。
巨大な戦斧を背負った、2m近くある戦士風の男が一人、街道沿いをこちらに向かって歩いて来ているのが見えた。
どうやら向こうも僕達に気が付いた様子であった。
思わず身構えてしまった僕の視界の中、しかしその男の顔には、敵意など微塵も感じさせないような笑顔が浮かんでいた。
やがて僕達の傍までやってきたその男は、周囲をきょろきょろ見回しながら、おどけた感じで口を開いた。
「よっ! こりゃまた派手にやったな」
しかしノルン様は、警戒心を露わにしたまま、その男に問い掛けた。
「……おぬしは何者ぞ?」
「わしはドワーフの戦士ガスリン。ちょいと所用で、アルザスの街に向かっていたところよ」
なおも警戒の色を隠さないノルン様をよそに、ガスリンと名乗ったその男は、右半身が吹き飛んだウルフキングの死体に視線を向けた。
「ぼうず、おまえがこいつをやったのか? 大したものだな!」
僕はチラっとノルン様に視線を向けた。
そして彼女が軽く頷くのを確認してから、自分が覚えている範囲内で、僕達の事情について簡単に説明した。
「ほう……では、襲撃されている馬車の様子を見に来て、よくわからん内に、ウルフキングを倒してしまったってか?」
ガスリンさんは心底面白い話を聞いたかのように、ひとしきり豪快に笑った。
そして、ふと真剣な表情に戻ると、ノルン様に話しかけた。
「しかし、なら姫様よ。そのキラーウルフ――どうやら、あの巨狼もまた、モンスターだったようだ――共が増援を連れて舞い戻ってくる可能性もあるんじゃないかい?」
ノルン様が頷いた。
「おぬしの言う通りだ。兵らの遺体はあとから回収させるとして、ここは一刻も早うここを立ち去り、街に戻らねばならぬ」
「なら急ごう……とその前に」
ガスリンさんが、僕の方に向き直った。
「ぼうず、折角倒したモンスター共の魔結晶、回収していったらどうだ?」
「魔結晶……ですか」
僕は固まってしまった。
選定の神殿で魔結晶の話は教えてもらったし、イリアが回収するのも目にはしたけれど、実際の取り出し方が分からない。
「なんだ、そんな事も分からんでは、冒険者としてやっていけんぞ」
ガスリンさんは少し呆れたような顔をしたけれど、僕に実際のやり方を教えてくれながら、手早くモンスター達から魔結晶を抜き取り始めた。
結果、巨大なウルフキングの魔結晶1個と、キラーウルフの魔結晶10個が、僕のリュックに収められることになった。
僕はガスリンさんに頭を下げた。
「手伝って頂きましてありがとうございます。お礼をしたいんですが」
「お礼? ガハハハ、魔結晶の抜き方教えただけだぜ? じゃあ、さっきの授業料と、ここからアルザスの街までの護衛料って事で、キラーウルフの魔結晶1個だけ貰っておこうか」
僕は、キラーウルフの魔結晶を1個差し出した。
それを受け取りながら、ガスリンさんが口を開いた。
「出発前にもう一度だけ、周囲の状況を確認して来るから、お前達は少しここで待っていてくれ」
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ガスリンは、他の三人から少し離れて周囲を警戒する素振りを見せながら、耳元のピアスにそっと手を添えた。
「現場の処理は無事終了した。『力』が振るわれた事には誰も気づかぬはずだ」
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「しかしなんだって第一皇女様ともあろうお方が、そんな少人数で移動していたんだ? 帝都に戻るんなら、転移の魔法陣使えば、すぐなんじゃねえのかい?」
アルザスへの道すがら、ガスリンさんがノルン様に話しかけた。
「……こちらにも色々事情があったのだ。しかしあのタイミングで襲撃を受けるとは……もしや、情報そのものが罠であったのか?」
ノルン様は思案げに目を細めた。
「とにかく、まずはアルザスの街へ急いで戻ろう。知事のリュート公と善後策を相談したい」
「アルザスの街からなら、転移の魔法陣で帝都にも一瞬で戻れそうですしね」
相槌がてら、二人の会話に口を挟んだ僕に、ガスリンさんがおどけた雰囲気で話しかけてきた。
「ほう、ぼうず、魔結晶の取り出し方は知らんくせに、転移の魔法陣の事は知っとるとは、どこぞのボンボンか?」
ボンボンって……
僕は苦笑しながら言葉を返した。
「違いますよ。ただ昨日、勇者の皆さんに、選定の神殿からアルザスの街まで転移で送ってもらったので、知識として知っているってだけの話ですよ」
僕の話を聞いたノルン様が、怪訝そうな表情になった。
「勇者とな? 昨日、勇者ナイアは選定の神殿におったのか? 彼女は確か数カ月前に、北方に向かったはずだが……」
勇者ナイア?
昨日、勇者の試練を突破したと話していたのは、確かアレルと名乗る男性だった。
彼の仲間達にも、“ナイア”という名前の人物はいなかったはず。
もしかすると、あの場にいなかっただけかもしれないけど……
僕は改めて、昨日の出来事について、ノルン様とガスリンさんに話して聞かせた。
僕の話を聞き終えたノルン様の顔に、驚きとともに困惑している感じの表情が浮かぶのが見えた。
僕はおずおずとたずねてみた。
「アレルさん達の話、何かまずかったですか?」
ノルン様が首を振った。
「いや、まずくはない。勇者の試練を乗り越える者が現れること自体は僥倖だ。しかし、それが二人目となると……」
どうやら神殿で出会ったアレルさん以外に、ノルン様が口にした“ナイア”という勇者が別に存在するらしい。
でも勇者が二人いれば、それだけ魔王とやらを倒しやすくなりそうな……?
「ガハハ、ぼうず、そこの姫様は、恐らく伝説の事を気にしているんだろうよ」
「伝説ではない。古き時代より伝承された、かつて何度も起こりし史実だ」
ノルン様はガスリンさんにそう言葉を返した後、僕にその“伝説”について、簡単に説明してくれた。
古来より、魔族の側に魔王が現れると、必ず人間の側にも勇者が現れ、闇を打ち払ってきた。
ただ、運命の悪戯か、時折、複数の魔王、複数の勇者が同時代に現れる事がある。
その場合、『大いなる力の干渉』が行われ、必ず魔王も勇者も最終的には1人ずつになり、最後の決戦に臨む事になる。
ちなみに『大いなる力の干渉』が具体的に意味するところは、伝承の霞の彼方に隠され、誰も知る者はいない……
どうやら、ノルン様が懸念している事が、『大いなる力の干渉』とやらである事は理解出来た。
しかし、そもそも魔王も勇者も、今の僕にとっては、あまりピンとこない話題だ。
ガスリンさんもあまり関心が無い様子であり、自然と話題は別へと移って行った。
ちなみにメイは相変わらずぼーっとした雰囲気のまま、僕達の話に加わる事も無く、ただ黙々とついてきている。
こうして僕達は、西日の中、アルザスの街へと戻って来た。
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