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第一章 気が付いたら異世界
9.皇女(挿絵付)
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第002日―2
街を出て、南に向かって歩く事30分。
僕達は事前に聞いていた通りの場所で、ヒール草の群生地を見付ける事が出来た。
幸いな事に、周囲に他の人の姿は見当たらない。
つまり、ここに群生しているヒール草は、今この瞬間。僕達の独り占め状態という事だ。
さっさと終わらせてしまえば、日暮れまでに、もう一つくらいは依頼をこなせるかも?
そんな事を考えつつ、僕はメイと手分けして、早速ヒール草の採集を開始した。
そして小一時間もかからない内に、目標の50本を採集する事が出来た。
これで今夜の宿代は確保できたはず。
僕は額の汗を拭いながら、メイに声を掛けた。
「よし、じゃあ街に戻ろうか」
僕は採集したヒール草で膨らんだリュックを背負って立ち上がった。
そしてメイと一緒に街に向かって歩き出そうとして……
唐突に、どこからともなく、何かの物音が耳に届いている事に気が付いた。
大きな街道から少し離れたこの場所。
周囲には、ひたすら草原が広がっている。
先程までは、聞こえてくるのは草原を吹き渡る風の音だけだったはず。
僕はじっと耳を澄ませてみた。
どうやらその物音は、彼方に見える森の方から聞こえてくるようであった。
森の木々がこすれあう音とは明らかに違う、何か金属的な物音。
森の方に視線を向けてみたけれど、距離がある為か、特段変わった様子は感じられない。
街に向かおうと声を掛けて来た直後、立ち尽くす形になった僕に違和感を抱いたのだろう。
メイが不思議そうな顔をして、こちらを見上げて来た。
僕は彼女にたずねてみた。
「メイ、何か聞こえない?」
しかしメイはしばらく耳を澄ませる素振りを見せた後、ふるふると首を振った。
この物音、彼女の耳には届いていないらしい。
もしかして、空耳だろうか?
或いは、昨日から連続して発生している異常事態に、僕の五感が少々おかしくなっている、とか?
少しの間逡巡した後、僕はメイに声を掛けた。
「メイ、ちょっとここで待っていて。あの森を見てくるから」
とりあえず、音の正体だけでも確かめてこよう。
僕はそんな軽い気持ちで、森に向かって歩き出したのだが……
森に近づくにつれ、音は段々と確かなものになっていった。
誰かが叫び、何かが唸り、金属が打ち合うような音、そして……
森の脇を通る街道沿いで、馬程もある巨大な狼?の群れが、馬車を襲撃していた!
襲撃は、あらかた決着がつきつつあるように感じられた。
それも襲撃者側の勝利の形で。
馬車の周りには、巨狼の群れに殺されたのであろう、大勢の武装した人々が、物言わぬ骸と化して転がっていた。
そしてついに最後の一人が引き裂かれ、地面に叩きつけられるのが見えた。
その人物は、それっきり動かなくなってしまった。
巨狼の群れの中に1体、人狼のように二足歩行する化け物が混じっていた。
身の丈は優に3mを越えている。
その巨大な人狼が、ゆっくりと馬車に近付いて行った。
「フハハ サア ノルンヨ 護衛ハ全滅ダ。宝珠ヲ 寄越セ」
人狼はそのまま馬車の扉に手を掛けようとして……
突然、僕の方を振り向いた。
「人間?」
人狼は少し不思議そうに首をかしげた後、いきなりその場で跳躍した。
そして次の瞬間には、僕のすぐ目の前に着地していた。
人狼と僕との間には、10m以上の距離があったはず。
その凄まじいまでの身体能力を見せつけられても、僕はただその場に立ち尽くす事しか出来なかった。
人狼は残忍な笑みを浮かべながら、無造作に僕を薙ぎ払った。
刹那の浮遊感の後、僕は地面に叩きつけられていた。
全身の骨が砕かれたような激痛が走り、口の中一杯に血の味が広がっていく。
この感じ、なんだか懐かしいな……
場違いな感慨が沸き起こる中、僕は必死にこの場から逃げようと試みた。
「ホウ 我ガ一撃ニ耐エルトハ 苦痛ノ時ガ長引クダケ 己ノ頑健サヲ悔ヤムガ良イ」
人狼が右腕を振りかざすのが見えた。
しかしその右腕は、僕では無く、突然飛び出してきた誰かを代わり薙ぎ払った。
「メイ!?」
ボロ雑巾のように宙を舞ったメイは、そのまま地面に叩きつけられてしまった。
知らない間について来ていたのだろうか?
それとも、僕が殺されそうになっているのに気が付いて、慌てて駆け付けてきてくれたのか。
とにかくメイは、僕を庇おうとして、代わりに……!
「オ前ノ 仲間カ?」
人狼は、地面の上でもがいているメイに視線を向けた。
そして僕をそのままに、メイの方に近付いて行った。
「仲間ヲ庇ッテ 飛ビ出シテクルトハ クックック、望ミ通リ オ前カラ 始末シテヤロウ」
人狼が、右腕を振り上げるのが見えた。
「なんとかしないと。なんとか……ああ、あの人狼を打ち倒す力が欲しい!」
突如、何の前触れも無く、目の前に輝く光球が現れた。
僕はなぜかこれをどう使えばよいのか“知っていた”。
ゆっくりとその光球に手を伸ばすと、それは手の中で一本の剣へと姿を変えた。
身体の中を、得体の知れない力が駆け巡るのを、はっきりと感じた。
先程まで、全身の骨が砕けた感覚が確かにあったのに、今それは完全に消えていた。
後はこの剣を振りかざし、そこに宿りし“殲滅の力”を開放するのみ。
剣身が、揺らめく不可思議な紫色のオーラに包まれていく。
そして、僕は人狼目掛けて剣を振り抜いた!
---------------------------------------
少し離れた場所で様子を伺っていたハーフエルフの少女が、そっと右耳のピアスに指を添えた。
「彼が……『力』を開放……しました……」
『おおっ! これほど早く『力』を振るう事が可能になるとは、さすがはカケルじゃ』
「でも……現場をこのまま……放置すれば……『力』の存在に……気づく者が……現れるかも……」
---------------------------------------
「いてて……ってあれ?」
激しい頭痛が襲う中、僕はふいに意識を取り戻した。
つい今しがた、何かが起こったはずだけど、なぜか僕の記憶はあやふやであった。
そしてその事に軽い苛立ちを覚えた。
僕は上半身を起こしてみて……
先程までは確かに感じていたはずの全身の激痛が、なぜかきれいさっぱり消え去っている事に気が付いた。
そして少し離れた場所に、これもなぜか身体の右半分を失ったあの巨大な人狼が倒れている事にも気が付いた。
ピクリとも動かない所を見ると、既に息絶えているのかもしれない。
さらに、人狼と共に馬車を襲っていたあの巨狼たちが、悲鳴を上げながら逃げ去って行く姿も。
状況の理解に頭が追い付かず、一瞬混乱しかけたけれど、僕はすぐに大切な事を思い出した。
「そうだ! メイ!?」
飛び起きた僕は、そのままメイの元に駆け寄った。
メイは頭から血を流し、顔面蒼白で身じろぎ一つしない。
なんとかしないとメイが死……!
どうすれば良いのか?
しかし混乱するばかりで何も思いつかない。
と、僕の頭上に、影が差した。
「見せてみよ」
顔を上げると、そこには一人の若い女性が立っていた。
肩よりわずかに長い青い髪、身体を覆う白っぽいドレスには、美しい装飾が施され、その頭にはティアラが輝いていた。
彼女はメイの傍で腰を下ろした。
そして何かを唱えながら、彼女の傷口に右手をかざした。
と、彼女の手の平が淡い光を発し、みるみるうちに、メイの傷口が塞がっていく。
やがて彼女が微笑んだ。
「これで当面大丈夫なはず。じき目も覚めるであろう。あとは街に戻って、一応治療院で診てもらうが良い」
「ありがとうございます」
「なに、礼を言いたいのはこちらの方だ。命がけで私を救ってくれたこと、重ねて礼を申すぞ。城に戻れば、改めて恩賞の沙汰があろう」
城?
それにこの物言い?
もしかして、どこかの貴族の御令嬢とかだろうか?
「私はナレタニア帝国第一皇女、ノルンだ。故あって、帰路を急いでおったところ、モンスター共の群れに急襲されてしまったのだ。私には戦う力が無い故、皆が……っ」
ノルンと名乗った女性は、悔しそうな表情で唇をぎゅっと噛みしめた。
街を出て、南に向かって歩く事30分。
僕達は事前に聞いていた通りの場所で、ヒール草の群生地を見付ける事が出来た。
幸いな事に、周囲に他の人の姿は見当たらない。
つまり、ここに群生しているヒール草は、今この瞬間。僕達の独り占め状態という事だ。
さっさと終わらせてしまえば、日暮れまでに、もう一つくらいは依頼をこなせるかも?
そんな事を考えつつ、僕はメイと手分けして、早速ヒール草の採集を開始した。
そして小一時間もかからない内に、目標の50本を採集する事が出来た。
これで今夜の宿代は確保できたはず。
僕は額の汗を拭いながら、メイに声を掛けた。
「よし、じゃあ街に戻ろうか」
僕は採集したヒール草で膨らんだリュックを背負って立ち上がった。
そしてメイと一緒に街に向かって歩き出そうとして……
唐突に、どこからともなく、何かの物音が耳に届いている事に気が付いた。
大きな街道から少し離れたこの場所。
周囲には、ひたすら草原が広がっている。
先程までは、聞こえてくるのは草原を吹き渡る風の音だけだったはず。
僕はじっと耳を澄ませてみた。
どうやらその物音は、彼方に見える森の方から聞こえてくるようであった。
森の木々がこすれあう音とは明らかに違う、何か金属的な物音。
森の方に視線を向けてみたけれど、距離がある為か、特段変わった様子は感じられない。
街に向かおうと声を掛けて来た直後、立ち尽くす形になった僕に違和感を抱いたのだろう。
メイが不思議そうな顔をして、こちらを見上げて来た。
僕は彼女にたずねてみた。
「メイ、何か聞こえない?」
しかしメイはしばらく耳を澄ませる素振りを見せた後、ふるふると首を振った。
この物音、彼女の耳には届いていないらしい。
もしかして、空耳だろうか?
或いは、昨日から連続して発生している異常事態に、僕の五感が少々おかしくなっている、とか?
少しの間逡巡した後、僕はメイに声を掛けた。
「メイ、ちょっとここで待っていて。あの森を見てくるから」
とりあえず、音の正体だけでも確かめてこよう。
僕はそんな軽い気持ちで、森に向かって歩き出したのだが……
森に近づくにつれ、音は段々と確かなものになっていった。
誰かが叫び、何かが唸り、金属が打ち合うような音、そして……
森の脇を通る街道沿いで、馬程もある巨大な狼?の群れが、馬車を襲撃していた!
襲撃は、あらかた決着がつきつつあるように感じられた。
それも襲撃者側の勝利の形で。
馬車の周りには、巨狼の群れに殺されたのであろう、大勢の武装した人々が、物言わぬ骸と化して転がっていた。
そしてついに最後の一人が引き裂かれ、地面に叩きつけられるのが見えた。
その人物は、それっきり動かなくなってしまった。
巨狼の群れの中に1体、人狼のように二足歩行する化け物が混じっていた。
身の丈は優に3mを越えている。
その巨大な人狼が、ゆっくりと馬車に近付いて行った。
「フハハ サア ノルンヨ 護衛ハ全滅ダ。宝珠ヲ 寄越セ」
人狼はそのまま馬車の扉に手を掛けようとして……
突然、僕の方を振り向いた。
「人間?」
人狼は少し不思議そうに首をかしげた後、いきなりその場で跳躍した。
そして次の瞬間には、僕のすぐ目の前に着地していた。
人狼と僕との間には、10m以上の距離があったはず。
その凄まじいまでの身体能力を見せつけられても、僕はただその場に立ち尽くす事しか出来なかった。
人狼は残忍な笑みを浮かべながら、無造作に僕を薙ぎ払った。
刹那の浮遊感の後、僕は地面に叩きつけられていた。
全身の骨が砕かれたような激痛が走り、口の中一杯に血の味が広がっていく。
この感じ、なんだか懐かしいな……
場違いな感慨が沸き起こる中、僕は必死にこの場から逃げようと試みた。
「ホウ 我ガ一撃ニ耐エルトハ 苦痛ノ時ガ長引クダケ 己ノ頑健サヲ悔ヤムガ良イ」
人狼が右腕を振りかざすのが見えた。
しかしその右腕は、僕では無く、突然飛び出してきた誰かを代わり薙ぎ払った。
「メイ!?」
ボロ雑巾のように宙を舞ったメイは、そのまま地面に叩きつけられてしまった。
知らない間について来ていたのだろうか?
それとも、僕が殺されそうになっているのに気が付いて、慌てて駆け付けてきてくれたのか。
とにかくメイは、僕を庇おうとして、代わりに……!
「オ前ノ 仲間カ?」
人狼は、地面の上でもがいているメイに視線を向けた。
そして僕をそのままに、メイの方に近付いて行った。
「仲間ヲ庇ッテ 飛ビ出シテクルトハ クックック、望ミ通リ オ前カラ 始末シテヤロウ」
人狼が、右腕を振り上げるのが見えた。
「なんとかしないと。なんとか……ああ、あの人狼を打ち倒す力が欲しい!」
突如、何の前触れも無く、目の前に輝く光球が現れた。
僕はなぜかこれをどう使えばよいのか“知っていた”。
ゆっくりとその光球に手を伸ばすと、それは手の中で一本の剣へと姿を変えた。
身体の中を、得体の知れない力が駆け巡るのを、はっきりと感じた。
先程まで、全身の骨が砕けた感覚が確かにあったのに、今それは完全に消えていた。
後はこの剣を振りかざし、そこに宿りし“殲滅の力”を開放するのみ。
剣身が、揺らめく不可思議な紫色のオーラに包まれていく。
そして、僕は人狼目掛けて剣を振り抜いた!
---------------------------------------
少し離れた場所で様子を伺っていたハーフエルフの少女が、そっと右耳のピアスに指を添えた。
「彼が……『力』を開放……しました……」
『おおっ! これほど早く『力』を振るう事が可能になるとは、さすがはカケルじゃ』
「でも……現場をこのまま……放置すれば……『力』の存在に……気づく者が……現れるかも……」
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「いてて……ってあれ?」
激しい頭痛が襲う中、僕はふいに意識を取り戻した。
つい今しがた、何かが起こったはずだけど、なぜか僕の記憶はあやふやであった。
そしてその事に軽い苛立ちを覚えた。
僕は上半身を起こしてみて……
先程までは確かに感じていたはずの全身の激痛が、なぜかきれいさっぱり消え去っている事に気が付いた。
そして少し離れた場所に、これもなぜか身体の右半分を失ったあの巨大な人狼が倒れている事にも気が付いた。
ピクリとも動かない所を見ると、既に息絶えているのかもしれない。
さらに、人狼と共に馬車を襲っていたあの巨狼たちが、悲鳴を上げながら逃げ去って行く姿も。
状況の理解に頭が追い付かず、一瞬混乱しかけたけれど、僕はすぐに大切な事を思い出した。
「そうだ! メイ!?」
飛び起きた僕は、そのままメイの元に駆け寄った。
メイは頭から血を流し、顔面蒼白で身じろぎ一つしない。
なんとかしないとメイが死……!
どうすれば良いのか?
しかし混乱するばかりで何も思いつかない。
と、僕の頭上に、影が差した。
「見せてみよ」
顔を上げると、そこには一人の若い女性が立っていた。
肩よりわずかに長い青い髪、身体を覆う白っぽいドレスには、美しい装飾が施され、その頭にはティアラが輝いていた。
彼女はメイの傍で腰を下ろした。
そして何かを唱えながら、彼女の傷口に右手をかざした。
と、彼女の手の平が淡い光を発し、みるみるうちに、メイの傷口が塞がっていく。
やがて彼女が微笑んだ。
「これで当面大丈夫なはず。じき目も覚めるであろう。あとは街に戻って、一応治療院で診てもらうが良い」
「ありがとうございます」
「なに、礼を言いたいのはこちらの方だ。命がけで私を救ってくれたこと、重ねて礼を申すぞ。城に戻れば、改めて恩賞の沙汰があろう」
城?
それにこの物言い?
もしかして、どこかの貴族の御令嬢とかだろうか?
「私はナレタニア帝国第一皇女、ノルンだ。故あって、帰路を急いでおったところ、モンスター共の群れに急襲されてしまったのだ。私には戦う力が無い故、皆が……っ」
ノルンと名乗った女性は、悔しそうな表情で唇をぎゅっと噛みしめた。
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