元聖女候補の監禁令嬢は元婚約者の王子から一途な溺愛を注がれる。

二位関りをん

文字の大きさ
上 下
78 / 81

ロイナ国side②

しおりを挟む
「到着しました。エルシドの街です」
「ありがとう」

 ソヴィがエルシドの街に到着したのは、日も暮れてからの事だった。馬車から降りると御者に礼をしたソヴィはトランクを持って石畳の道を歩く。すると御者が馬車を止め、ソヴィの元へと向かっていった。

「ソヴィ様。夜の街は危ないのでお供します」
「あら、じゃあお願いしようかしら」
「かしこまりました」

 彼は魔術で馬車を小さくミニチュアサイズにした後、ズボンのポケットの中に大事そうにしまった。ここでソヴィはある事に気が付く。それは彼の名前をまだ聞いていないという事だった。

「あなた名前は?」
「イデルと申します。よろしくお願いします」
「イデルね。覚えたわ」
(イリアス様より、気さくで話しかけやすいわね。気を使わなくていいって感じがするというか)
「とりあえず、この街に宿は無いの?」
「ありますよ。ほらあそこ」
「ふん、もうちょっとランクの高そうな宿は無いかしら。私あの程度では満足できないわよ」

 実際イデルの示した宿は、全体的に狭く外観もやや古めでお世辞にも綺麗とは言えない雰囲気の宿だ。人もそこまで集まってはいない。
 ソヴィは一応子爵家の令嬢で王太子妃である。こんな宿では満足できないのは確かだ。

「ではもう少し歩いてみましょうか」

 イデルはきょろきょろと顔を動かしながら熱心に宿を探してくれている。そんな彼をソヴィは横目で見ていた。イリアスのように輝かしい顔。だが、まとっている雰囲気は庶民のそれと近く、イリアスのような高貴さは微塵も感じられない。

「あっ。あれはどうですか? あのアパルトマン全体が宿のようです」
「どれどれ」

 イデルが指し示しているのは、大きなアパルトマンだった。建物すべてが宿で、1階の玄関ホールには黄色いドレスを身に纏った貴族の令嬢が従者と共に出入りしている。

「へえ、貴族も出入りしてるのね。じゃあ、そこでいいわ」
「わかりました。では掛け合ってみましょう」

 早速イデルはその宿に向かって走り出したので、彼と手をつないでいたままのソヴィは慌てながらも彼を追って走り出す。

「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ! あとこれ重いから持って!」
「あっすみません!」

 イデルは走るのをやめて立ち止まり、ソヴィが持っていたトランクを持って再度ソヴィの手を握った。ソヴィは彼の微笑みを真正面から見た後、思わず顔を赤らめてしまう。

(何よ、この感情)

 胸のときめきを覚えたソヴィは、そのときめきを半分はやや不快に、半分は悪くないと捉えていたのだった。宿に到着するとイデルは受付嬢に部屋は2つ空いているかと尋ねたが、1つしか空いていないと言われてしまう。

「そ、そうですか……じゃ、じゃあ一緒に泊まりませんか?」
「は、はあ?」
「いやだって、何かあるかもしれませんし。大丈夫です、変な事はしませんので」
「あなたが馬車で寝泊まりしたらいいんじゃないの?」
「それもそうですね。じゃあそうします」

 イデルが受付嬢に宿のそばで馬車を置いても良いかと尋ねると、受付嬢は笑顔で大丈夫だと許可をくれた。受付嬢がカウンター横の小さな扉から出てきた時、ソヴィは宿を出ようと歩き出したイデルに向けて口を開く。

「せ、せっかくだし同じ部屋にいなさい。危ないでしょうし」
「……良いのですか?」
「私が言うのだから構わない」
「……じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」

 ふふっと笑うイデルにふんと鼻息を鳴らすソヴィだった。2人は部屋に案内され、ベッドの上に座る。ベッドは幸い2つ設置されており、部屋の広さも宮廷でのソヴィの部屋よりかは狭いものの、それでも貴族の令嬢が泊まる分には申し分ない広さだった。内装も白を基調としており、汚れは無い。

「これならよさそうだわ」
「お喜び頂けて何よりです」
「いや、当たり前じゃない」

 ソヴィはトランクを開いて、魔術書を取り出すとベッドの上に座って読み始める。その様子をイデルは何もしないまま穏やかに見守っていた。

「寝る時が来たら言ってください。お守りしますので」
「寝ないの?」
「もし何かあればすぐに対応するつもりです」
「わかったわ、もう少ししたら寝る。それよりもおなかが減ったわ。何か食べたい」
「では宿の者に聞いてみます」

 イデルは部屋の外に出、たまたま廊下を歩いていた宿の者に何か食べ物は出ないかと聞いた所、用意すると気さくに応じてくれた。しばらくして部屋に持ち込まれたのは、サラダに鳥肉のローストにスープにパン。丸い机に乗らないくらいの量が運ばれてきた。

「こ、こんなに……?」

 ソヴィは一瞬たじろぐが、彼女を気遣ったイデルが食べられる分だけ食べて後はこちらが全て食べるという事を申し出たのでそのまま食事を受け取ったのだった。
 ソヴィは丸いパンをかじり、鳥肉のローストをナイフとフォークで切り分けて口の中に入れた。

「柔らかくて美味しいわね。宮廷のステーキより食べやすいじゃない」
「そうですか?」
「ええ。これなら沢山食べられそうだわ」
「おかわり頼みます?」
「……ちょっと考えさせて」

 結局鳥肉のローストが美味しすぎたのか、2人はパンと共におかわりを頼んだのだった。
 ソヴィの笑みからは毒気も誰かを馬鹿にするような部分もすっかり消え去っていた。それにソヴィの胸と頭の中にはイリアスの姿が消え、代わりにイデルの姿が浮かび上がっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢は騎士団長に溺愛される

狭山雪菜
恋愛
マリアは学園卒業後の社交場で、王太子から婚約破棄を言い渡されるがそもそも婚約者候補であり、まだ正式な婚約者じゃなかった 公の場で婚約破棄されたマリアは縁談の話が来なくなり、このままじゃ一生独身と落ち込む すると、友人のエリカが気分転換に騎士団員への慰労会へ誘ってくれて… 全編甘々を目指しています。 この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

公爵家のご令嬢は婚約者に裏切られて~愛と溺愛のrequiem~

一ノ瀬 彩音
恋愛
婚約者に裏切られた貴族令嬢。 貴族令嬢はどうするのか? ※この物語はフィクションです。 本文内の事は決してマネしてはいけません。 「公爵家のご令嬢は婚約者に裏切られて~愛と復讐のrequiem~」のタイトルを変更いたしました。 この作品はHOTランキング9位をお取りしたのですが、 作者(著者)が未熟なのに誠に有難う御座います。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...