上 下
74 / 81

第64話

しおりを挟む
「さあ、どうやったら出られますかね?」
「もういいんですか? 聖女について調べなくてもよろしいので?」

 そう言えばそうだった。あの聖女がどうなったのか、調べてからにしよう。
 それらしき書物を探し、1冊1冊呪いを解除してからページをめくって探し出す。5冊目くらいにようやく記述が見つかった。

「世界中を旅して、途中で消息不明になった……」

 とだけ、簡潔に記されていた。となると墓は残ってなさそうだ。更に7冊目の文献には、彼女は建国の聖女として敬われる事を拒否していた。更に家族との仲もあまり良くはなく、家から追い出された結果ザパルディ国の建国に繋がったとも記されていた。思った以上に不遇な状況に置かれていたようだ。
 確かに聖女として敬われる事を拒否したのなら彼女について語られる事も少ないだろう。

(そんな事情があったのか……なんだか複雑だな)

 その記述についても簡潔にメモにまとめてから、改めてメイドと共に出口を探そうとしているとどこからか靴音が聞こえてきた。

「……どうやらここに落ちていたようだな」
「イリアス様」

 私の後ろからこつこつと歩いてきたのはイリアス様だった。どうやらソヴィは連れてきていない。今の所彼と私とメイドの3人しかこの部屋にはいないようだ。

「すみませんイリアス様! 聖女様が間違って扉を開いてしまったようで……!」
「まあ、聖女はこの宮廷を知らない。わざと開けた訳ではないのなら許す」
「……イリアス様。お話があります」

 切り出すなら今しかない。
 この時。私はとある策に辿りついていた。それはロイナ国へ私達が開発し、生産している畑の栄養剤を輸出ないし
ロイナ国の土地にあった栄養剤を更に開発するという事だ。
 私にはそれまでの聖女と違って老獪というか、戦争に勝つ策を思いつく自信が無い。それにロイナ国がこれまでザパルディ国の聖女に打ち負かされているのなら、今回は打ち負かさない方法が必要だと感じたのだ。
 勿論、私は両親祖父母を殺すよう命じたイリアス様を許す事が出来ない。しかし彼の動機の元となったかもしれない負の連鎖は断ち切っておきたいとう気持ちが芽生え始めている。

「私、今ザパルディ国にて魔法薬の開発と生産をやっています」
「……ああ、そうみたいだな」
「結論から言いますとうちで開発している畑の栄養剤をロイナ国に輸出したいと考えています。そうすればロイナ国もザパルディ国ももっと豊かになります。今、ロイナ国はかなり疲弊しているんじゃないですか?」
「……やはり、ここの記録を読んだか」
「勝手に読まさせて頂きました。それにあなたは私が嫌いなようですね?」
「……ロイナ国の者なら聖女を好む者はいないだろう」

 私はメイドに目線を向ける。彼女は私と目線があった瞬間びくっと肩を震わせる。しかし私を見る目自体には力と熱がこもっていた。

「そうじゃないみたいですね」
「……まあいい。その条件、簡単に飲むとでも?」
「飲むと思っています。ロイナ国なら。栄養剤だけでなく、家畜への栄養剤も持ち込ませるようにします」
「……」
「利益を独占せず、共に手を取り合って……それではダメでしょうか? 戦争よりかは遥かに精神は保たれると思います。これ以上傷つけあっても何も産みません」
「実に聖女らしい考えだ。私は戦ってこそだと考えている。その方が鬱憤も晴れるというものだ」

 イリアス様は氷のような冷たい笑みを崩さない。すると後方からどたどたどたという足音が複数こちらに向かってやって来る。まさか増援だとでも言うのか。

「マリーナ!」

 違った。この聴きなじんだ声はクリス様だ。クリス様と杖を両手に抱えたようにして走るジュリーにクリス様におんぶされているクララ様合わせて3人がこちらへと駆け寄って来る。私の姿を見つけたクリス様は改めてもう一度大きな声で私の名を呼んだ。

「マリーナ! 見つけた!」
「クリス様!!」

 クリス様が私を抱き寄せ、守るような構図を取った。

「マリーナ、もう大丈夫だ」
「ありがとうございます……」
「なぜこちらが分かった」
「……ロイナ国の兵を捕まえて聞いたのと、魔力のパスを追ってこちらまで来ました。聖女は返して頂きます」
「クリス王子、それはどうかな?」
「お待ちくださいイリアス様。先ほどの話はお忘れで?」

 イリアス様が右手を天井に掲げ、右手の甲を中心に魔法陣が展開される。何か攻撃しようとしているのを察知した私はそれを止めるべく彼に声をかけた。

「畑の栄養剤と家畜用の栄養剤をロイナ国へ輸出します。それと並行してロイナ国の土地にあった魔法薬を新たに開発します」
「マリーナ、正気か?」

 クリス様は目を見開いて驚きの表情を浮かべる。そして口をパクパクさせながら私の考えを何とか飲み込もうとしていた。実際この行為は敵を支援する行為でもある。驚くのも無理はないか。

「……ええ。これからは前の聖女とは違って戦争ではなくもっと、こう……えっと……」
「わかったわマリーナ、交易を活発にする。って事であってるかしら?」
「そ、そうです。今、私達が他国と同盟を結んでいるように、共に助け合っていければロイナ国も豊かになるはずです。それに……」
「そんなものは生ぬるい。戦争をしなければ真の意味では豊かにならない」

 イリアス様の言葉が、冷ややかに部屋中に響き渡る。私は反論したいが、良い言葉が浮かばないでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

処理中です...