72 / 81
第62話
しおりを挟む
部屋の扉がいきなり開かれた。扉の前には黒い軍服を身に纏ったイリアス様が入ってきた。イリアス様の姿を見たソヴィは目を輝かせながら立ち上がる。
「イリアス様!」
「……目覚めたのか」
イリアス様の目線は完全に私へと向けられている。ソヴィには全く目線を向ける様子も見受けられない。イリアス様は私に近づき、左手を取ると私の身体を隅から隅までじっくりと観察していく。
「あの、私何か……」
「……」
イリアス様は黙ったままだ。ソヴィもイリアス様の様子に気がついたのか喜ぶのをやめて口を真っ直ぐに結び、じっと私を凝視する。
「これが聖女か」
「……何か用で?」
「ああ。ずっと君が欲しかったからな」
その言葉は背中の産毛ゾッと逆立つほど邪悪で、恐怖が籠もっていた。更にソヴィは私に嫉妬を感じたのか、私へ対して殺気混じりの鋭い視線を浴びせてくる。
「だから両親祖父母を殺して、リリーネ子爵家の地下牢に入れたのですね」
「……誰から聞いた」
「ザパルディ国の者が調査した結果です。全てはあなたの指示通り。違いますか?」
「ふん、聖女に知られたとなるともはや隠し立てする必要も無いか。そうだ、私が全て命令した」
イリアス様の笑みはあの親善交流パーティーで見せたあの穏やかな笑みとは遠くかけ離れていた。目を見開き時折舌なめずりする。まるで私が肉食動物の獲物のようだ。
「やはり」
「……ふん。だがもう君はザパルディ国には帰れないし返すつもりもない。一生をここで過ごすのだ」
「地下牢には入れないでくださいますか?」
「それは約束する。ただし、君がずっと私の言う事を聞く良い子でいればの話だがね」
「分かりました。良い子でいます。それと少し質問いいですか?」
イリアス様は私の顎にそっと手を乗せ、そして唇を重ねて来る。彼の唇が私の唇に重なった瞬間、バチバチとした衝撃が唇から身体全体に流れ出す。
「っ!!」
私はその衝撃に思わずベッドの上に吹き飛ぶようにして倒れてしまう。私の様子に気がついたのかソヴィは目を丸くさせた。ベッドの上に倒れてからも、手足の小刻みな震えが収まらないでいる。
これは魔術だ。私にも分からないが私へ危害を与える魔術なのは理解出来た。これは嫌な予感がする。
「ソヴィ」
「はい、イリアス様!」
「紅茶を持って来て欲しい」
「待ってください」
私は2人を制する。これからイリアス様が私にしようとする事は分かっている。それはソヴィからすればこの上なく嫌な事でもあるだろう。もっと言うと私だって嫌だ。だって私はクリス様が好きなのだ。
「イリアス様。私が紅茶をお持ちします。その間は王太子妃であるソヴィと仲良くしてください。お願いします」
「……マリーナ」
「だって私がイリアス様に抱かれたら、あなたは嫉妬するでしょう?」
様々な感情が混ざった目で私を見るソヴィ。私は臆する事無く彼女を見る。
「……そうね。言ってくれるじゃない」
「イリアス様。どうかお聞きを。私が逃げ出すと疑っておいででしたら、メイドなり執事なり兵なり付けて下さい」
「……」
イリアス様は何度か確かめるようにして首を縦に振る。
「分かった。ただし、メイドを付けよう」
「ありがとうございます」
イリアス様が指を鳴らすと部屋をノックする音が聞こえてくる。イリアス様が入れ。と促すと若いメイドが部屋に入室してきた。
「案内するように」
「畏まりました」
私は彼女と共に部屋を出る。彼女に紅茶を入れる事を伝えると、分かりました。と静かに返事をしたのだった。
「イリアス様には好みの紅茶がございますのでそれを淹れましょう」
「分かりました」
廊下には誰もいない。人が近くにいるような雰囲気も感じられない。金色の装飾だらけの壁には所々巨大な鏡が設置されている。
「鏡、あるんですね」
「綺麗でしょう?」
「ええ……」
なんだか鏡にいる自分に見つめられているような気がして胸の中がざわめく。それに鏡が灯りをキラキラと反射していてやや眩しい。ザパルディ国の宮廷と違い、どこか冷たく攻撃的な雰囲気を感じてしまう。
「こちらです」
メイドに案内されて入った部屋にはガラスのケースに入った茶葉が本棚と似た棚の中に大切に置かれている。棚は天井まで届く高さだ。
(すごいな……)
その時、私は茶葉も何も置かれていない空きスペースを発見した。高さは私の顔くらいだ。試しに空きスペースを覗くと奥には何やら黒い扉が見えた。
(何だろう)
私がその扉を開いた瞬間、メイドが私の腕に手を伸ばす。
「それを開けては……!」
だが時すでに遅し。私は扉から放たれた竜巻のような何かに吸い込まれていく。しかもメイドも一緒だ。
「わああああああ!」
そこで視界は全て真っ暗になる。しばらくして視界が開くと周囲には大量の本棚に金色とワインレッドの天井が飛び込んでくる。
「こ、ここは……」
「ここは記録室です。ロイナ国の歴史や王族にまつわる記録が書物として収められています」
「あ、あなたも来てたんですね」
どうやら、メイドも一緒に吸い込まれていたようだ。
「イリアス様!」
「……目覚めたのか」
イリアス様の目線は完全に私へと向けられている。ソヴィには全く目線を向ける様子も見受けられない。イリアス様は私に近づき、左手を取ると私の身体を隅から隅までじっくりと観察していく。
「あの、私何か……」
「……」
イリアス様は黙ったままだ。ソヴィもイリアス様の様子に気がついたのか喜ぶのをやめて口を真っ直ぐに結び、じっと私を凝視する。
「これが聖女か」
「……何か用で?」
「ああ。ずっと君が欲しかったからな」
その言葉は背中の産毛ゾッと逆立つほど邪悪で、恐怖が籠もっていた。更にソヴィは私に嫉妬を感じたのか、私へ対して殺気混じりの鋭い視線を浴びせてくる。
「だから両親祖父母を殺して、リリーネ子爵家の地下牢に入れたのですね」
「……誰から聞いた」
「ザパルディ国の者が調査した結果です。全てはあなたの指示通り。違いますか?」
「ふん、聖女に知られたとなるともはや隠し立てする必要も無いか。そうだ、私が全て命令した」
イリアス様の笑みはあの親善交流パーティーで見せたあの穏やかな笑みとは遠くかけ離れていた。目を見開き時折舌なめずりする。まるで私が肉食動物の獲物のようだ。
「やはり」
「……ふん。だがもう君はザパルディ国には帰れないし返すつもりもない。一生をここで過ごすのだ」
「地下牢には入れないでくださいますか?」
「それは約束する。ただし、君がずっと私の言う事を聞く良い子でいればの話だがね」
「分かりました。良い子でいます。それと少し質問いいですか?」
イリアス様は私の顎にそっと手を乗せ、そして唇を重ねて来る。彼の唇が私の唇に重なった瞬間、バチバチとした衝撃が唇から身体全体に流れ出す。
「っ!!」
私はその衝撃に思わずベッドの上に吹き飛ぶようにして倒れてしまう。私の様子に気がついたのかソヴィは目を丸くさせた。ベッドの上に倒れてからも、手足の小刻みな震えが収まらないでいる。
これは魔術だ。私にも分からないが私へ危害を与える魔術なのは理解出来た。これは嫌な予感がする。
「ソヴィ」
「はい、イリアス様!」
「紅茶を持って来て欲しい」
「待ってください」
私は2人を制する。これからイリアス様が私にしようとする事は分かっている。それはソヴィからすればこの上なく嫌な事でもあるだろう。もっと言うと私だって嫌だ。だって私はクリス様が好きなのだ。
「イリアス様。私が紅茶をお持ちします。その間は王太子妃であるソヴィと仲良くしてください。お願いします」
「……マリーナ」
「だって私がイリアス様に抱かれたら、あなたは嫉妬するでしょう?」
様々な感情が混ざった目で私を見るソヴィ。私は臆する事無く彼女を見る。
「……そうね。言ってくれるじゃない」
「イリアス様。どうかお聞きを。私が逃げ出すと疑っておいででしたら、メイドなり執事なり兵なり付けて下さい」
「……」
イリアス様は何度か確かめるようにして首を縦に振る。
「分かった。ただし、メイドを付けよう」
「ありがとうございます」
イリアス様が指を鳴らすと部屋をノックする音が聞こえてくる。イリアス様が入れ。と促すと若いメイドが部屋に入室してきた。
「案内するように」
「畏まりました」
私は彼女と共に部屋を出る。彼女に紅茶を入れる事を伝えると、分かりました。と静かに返事をしたのだった。
「イリアス様には好みの紅茶がございますのでそれを淹れましょう」
「分かりました」
廊下には誰もいない。人が近くにいるような雰囲気も感じられない。金色の装飾だらけの壁には所々巨大な鏡が設置されている。
「鏡、あるんですね」
「綺麗でしょう?」
「ええ……」
なんだか鏡にいる自分に見つめられているような気がして胸の中がざわめく。それに鏡が灯りをキラキラと反射していてやや眩しい。ザパルディ国の宮廷と違い、どこか冷たく攻撃的な雰囲気を感じてしまう。
「こちらです」
メイドに案内されて入った部屋にはガラスのケースに入った茶葉が本棚と似た棚の中に大切に置かれている。棚は天井まで届く高さだ。
(すごいな……)
その時、私は茶葉も何も置かれていない空きスペースを発見した。高さは私の顔くらいだ。試しに空きスペースを覗くと奥には何やら黒い扉が見えた。
(何だろう)
私がその扉を開いた瞬間、メイドが私の腕に手を伸ばす。
「それを開けては……!」
だが時すでに遅し。私は扉から放たれた竜巻のような何かに吸い込まれていく。しかもメイドも一緒だ。
「わああああああ!」
そこで視界は全て真っ暗になる。しばらくして視界が開くと周囲には大量の本棚に金色とワインレッドの天井が飛び込んでくる。
「こ、ここは……」
「ここは記録室です。ロイナ国の歴史や王族にまつわる記録が書物として収められています」
「あ、あなたも来てたんですね」
どうやら、メイドも一緒に吸い込まれていたようだ。
3
お気に入りに追加
243
あなたにおすすめの小説
偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら
影茸
恋愛
公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。
あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。
けれど、断罪したもの達は知らない。
彼女は偽物であれ、無力ではなく。
──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。
(書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です)
(少しだけタイトル変えました)
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
純潔の寵姫と傀儡の騎士
四葉 翠花
恋愛
侯爵家の養女であるステファニアは、国王の寵愛を一身に受ける第一寵姫でありながら、未だ男を知らない乙女のままだった。
世継ぎの王子を授かれば正妃になれると、他の寵姫たちや養家の思惑が絡み合う中、不能の国王にかわってステファニアの寝台に送り込まれたのは、かつて想いを寄せた初恋の相手だった。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる