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第68話 王妃アネーラの死

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 王妃アネーラはあれから体調は持ち直したが、時々ベッドで横になって過ごしている。公務にもほとんど顔を見せなくなった。彼女が国王陛下との子供を懐妊したという話は貴族にも知れ渡っている。

「あの王妃やってくれたな」
「どうせアダン王太子殿下を排除するに決まっている」
「あの女狐め」

 貴族の間ではあまり喜ばれてはいなさそうな反応も宮廷には届いている。よほど彼女は嫌われているのだろう。

(まあ出自もそうだけどかなり癖がある人だからなあ……)

 それに、アダン様が如何に貴族達から慕われているかも、改めて理解する事が出来た。貴族達の中には国王陛下よりもアダン様を支持する人間もいると、宮廷のメイドから聞いた。

(後継者争いに発展しなければいいけど)

 また、国王陛下の体調もあまり良いとは言えない。私達が調合した薬がたまたまあっていたようで、症状はだいぶ落ち着いたが、それでも夜中に発作的に息切れを起こす事があるらしい。

「国王陛下に何かあっては困るので、24時間体制で見ていく事にしましょう」

 私達と医師は交代で、夜国王陛下のいる部屋の横に待機して何かあった時に備える事が決まった。要は夜勤であるがこればかりは仕方ない。
 この国王陛下の体調についても、宮廷内へ一気に知れ渡り、貴族達の間にも知られる事となった。

「アダン様がそのまま即位してくれれば」
「アネーラの子が男子だったら、大変な事になるかもしれない」
「アネーラの子が女の子だったらなあ」

 アダン様からも、父親である国王陛下を心配する声を頂いた。

「父上にはまだ健在でいてもらいたい。俺はまだまだだし」
「そんな……アダン様は皆さんから慕われていますし、武芸も素晴らしいと思います」
「でもさ、いざ急に国王になるってなったら、ちょっとなんかこう……ドキドキするというか、心の準備がまだできていないというか」

 アダン様の顔には不安が作り笑いと共に浮かんでいる。私は無意識に彼をそっと抱きしめた。アダン様は一瞬驚くように目を見開くと、そのまま私の背中に腕を回した。

「私がいますから大丈夫です」
「ありがとう、ジャスミン。落ち着いてきた……」

 アダン様が私にそっと口づけをして、そのまま唇を割って互いに舌を絡ませていく。するとドンという何か大きなものが落ちたような、そんな音が響いてきたので、私達は驚きながら唇を離す。

「何か落ちましたか?」
「そんな風に聞こえたけど……」

 すると今度は女性の悲鳴が聞こえてきた。それに、誰か医師を連れてきてと懇願する声も併せて響いてくる。

「行ってきます!」
「俺もいく!」

 音がした方へと急いで駆け寄ると、そこは階段だった。中年くらいのメイドが2人、泣きながら半ばパニック状態になっている。

「お、王妃様が、王妃様が……」

 下の階に目線を向けると、そこには王妃アネーラが頭から血を流して倒れていた。私はすぐに医務室へ向かい医師を呼ぶ。医師が王妃アネーラの元に近づき容態を見るが、首を横に振った。

「即死かと」

 王妃アネーラは頭の周囲だけでなく、下半身辺りにも出血が見られた。とにかく彼女の身体からは夥しい量の血があふれ出ている。私も階段を降りて、彼女の元に駆け寄ったが、ぶつけたと思わしき頭の部分が深く割れていた。もしかするとこれが致命傷になったのかもしれない。更に鼻からも出血の後が見られる。

「……」

 アダン様は口を結んだまま、国王陛下を呼びに行った。すぐに到着した国王陛下は王妃アネーラを見て膝から崩れ落ちる。

「な、なにが……起こったんだ……」

 彼の悲痛な、現実を受け入れられないと言ったような声が、あたりにこだましたのだった。
 王妃アネーラはすぐさま医師達により検死にかけられた。彼女の死にあたって、死因を明らかにする必要があるからである。しかも誰かに殺されたのか、自ら落ちた不運な事故なのかどうかも調べ上げる必要がある。
 あの場にいたメイド2人はすぐさま取り調べを受けた。彼女らは音がした近くにたまたまいたという。

「私達がそのような事はしていません」
「そうです!」

 という事で彼女達は無罪となったのだった。だが、数日後。あるメイドが自白を始めたのである。そのメイドはカットニア。そう、あの時ウィリアと共にいた女性である。
 カットニアは王妃アネーラ付きのメイドでは無かったはずなのだが。

「私はアダン様が王太子じゃなくなるのが、嫌なんです」

 そう、震える声で動機を語ったという。更に国王陛下及びアダン様主導の元、行われた取り調べた結果、彼女は衝動的に王妃アネーラを突き落とした事も判明した。
 カットニアはこことは別の国の男爵家出身で、実家が後継者争いを起こした事があり、その事がややトラウマになっているようだった。
 取り調べがおわり夜。アダン様は肩を落として見るからに疲れた様子を私に見せた。

「取り調べ疲れた……甘えさせて」
「私の足で良ければ」
「なんか、言葉にするのが難しいというか、そんな気分」

 その後。王妃アネーラは国葬にて王家の墓地に葬られカットニアは流刑に処された。本来であればカットニアは死刑しか考えられない程の罪を犯しているのだが、なんと彼女は妊娠していた為、流刑に減刑されたのだった。相手は恋人で同じく宮廷に仕える人物だという。彼もまた、流刑先に赴いていった。カットニアを置いては行けなかったのだろう。
 とはいっても流刑先は離島と、中々に過酷な場所ではあるが。
 王妃アネーラの死による喪が明けるまでは、行事も殆どが中止となり、宮廷内の空気もいつもよりひんやりと、静かなものに変わったのだった。

「カットニアさんがあのような事をするなんて……」

 ウィリアの寂しそうな呟きが、医薬庫にて空虚に響く。

「ウィリアさん……」
「すみません医薬師長」
「いえ……」
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