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第123話 熱い夏の日~終戦~
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梅雨も終わり、あっという間に7月が来て、8月が来た。その間にも竹槍訓練に定期的に参加したり、クジラ肉を食べたりする日が続いてきた。
「ごちそうさまでした」
今朝の朝ご飯は変わらず麦ごはん。ごはんだけとはいえ食べるのと食べないのとでは大違いである。食べ終えてお皿を洗って片づけをする。その辺もずっと変わらない。
そして、夕食が終わり寝る前。私は自室にて布団を広げて寝る準備をしていると、玄関からこんばんはー。という声が響いてきた。
「はーーい」
私は沼霧さんとともに玄関に向かった。扉の先にいたのは陸軍兵士2名。しかも片方は魚道さんだった。
「あっ魚道さん! 久しぶりです!」
「どうも沼霧さん、千恵子さん、こんばんは。お元気そうで何よりです。実は皆さんにお伝えしなければならない事がありまして」
魚道さんがそれまで朗らかだった表情を、すっと神妙そうな表情へと変えた。
「明日の正午に重大放送があります。ここにラジオはありますか? 一応軍の施設からも放送は行う予定です」
重大放送。という言葉を聞いて私の胸の中がざわついた。
何だろうか。
「ラジオ……沼霧さんラジオあったかな」
「この後探しておきます」
「沼霧さん、お願い」
それを言い残して2人は別荘から去り、別の家へと歩いていった。
その後。かつて篝先生がいた離れからラジオを取り出して食卓のある居間へと移動させた。ここなら皆へも伝わりやすいだろう。
「こんなとこにラジオ置いて何するの?」
不思議そうな顔つきを見せるぬらりひょんに、私は明日大事な放送があると伝えたのだった。
「絶対に聞かないといけないやつ?」
「うん」
「そうなんだ、何だろう」
「気になるよね」
夕食後。自室に戻り、布団を広げていた時、またも玄関からごめんくださーいと若い男性の声が聞こえてきた。
「こんばんは、夜分遅くにすみません」
玄関の扉の向こうにいたのは、魚道さんと先程とは別の陸軍兵士だった。魚道さんが口を開く。
「明日の放送の件ですが、天皇陛下自らなさる放送となります。必ず聞き逃さないようにしてください」
その言葉に、私と沼霧さんは了解です。と返事する。天皇陛下が直々に放送するという事は余程の事だろう。
(まさか、戦争が終わるとか?)
と、一瞬だけ考えがよぎっては、シャボン玉のように消えた。
「何でしょうね? 天皇陛下からの放送」
沼霧さんが首を傾げながら私にそう声をかけてきた。
「何だろう」
「まさか、この国が消えるとか……?」
「いや、それは無いでしょ」
(……無いよね?)
「もしくは、最後の1人になるまで戦え。とか?」
「あーー……」
(なんだかそっちの方が有りうるかもしれない)
夜。布団の中。私の頭の中は明日の正午の放送の話で一杯になっていた。
はたして天皇陛下は何を話されるのだろうか。そして話の内容によっては、これから先私達はどうなるのか。
(これからどうなるのかな)
「先」が見えないというのは、こんなに不安にさせるものなのか。
(私も、戦わなくちゃいけないのかな)
いくら竹槍訓練をしてきたとはいえ私は戦えるだけの腕は無い。体が弱い財閥令嬢に出来る事なんて正直ほとんど無い。
(戦えと言われても……無理だ)
そして時間が経ち、あっという間に正午が訪れる。昼食は早めに済ませて置いたので、後は黙って聞くだけだ。
「朕深く世界の帝国の現状とに鑑み……」
放送が始まる。私達は黙ってラジオや島内放送から流れる音声に耳を傾ける。陛下の声を聴くのは勿論初めての事だ。
「堪えがたきを堪え、忍び難きを忍び……」
放送はあっという間に終わった。内容からして……多分、戦争が終わったという事は理解できた。
「……お母さん、戦争終わったって事?」
「……そうだと思う」
「終わったんだね……」
静かな空気が、別荘の中を支配している。波の音だけがずっと聞こえていた。
「……みんな、夕ご飯まで好きに過ごしてていいわよ」
母親にそう言われて、私はとりあえず別荘の外に出て島を散歩してみる事にした。島では島民がぽつぽつと2人3人程が集まって立ち話をしている様子が見て取れる。
「日本、負けたんですってね」
「もう、戦争終わったんだな」
「終わったのかあ」
皆、それぞれにあの放送を受け止めていたのがわかる。私はそのままふらふらと桟橋まで歩き、近くを漂うように泳いでいた光さんと雨月を呼んだ。
「おう、さっきのはなんなんだ?」
「……戦争が終わったんだって」
「そう……」
光さんと雨月も口をつぐんだ。そして雨月が口を開く。
「これからどうなるのかしらね?」
「わからない。ここにも兵隊さんが来たりするのかな」
「……まあ、なるようになるわよ。きっと大丈夫。根拠がないけどそんな気はするのよね」
雨月の変わらぬ艶々とした唇から吐き出された言葉に、私はなぜか安心感を覚えたのだった。
「そっか……そうだよね」
「千恵子さん心配だと思うけど……大丈夫よ」
「ありがとう。なんかよくわかんないけど雨月さんにそう言われたら、落ち着いてきた」
大丈夫。きっと大丈夫。
「ごちそうさまでした」
今朝の朝ご飯は変わらず麦ごはん。ごはんだけとはいえ食べるのと食べないのとでは大違いである。食べ終えてお皿を洗って片づけをする。その辺もずっと変わらない。
そして、夕食が終わり寝る前。私は自室にて布団を広げて寝る準備をしていると、玄関からこんばんはー。という声が響いてきた。
「はーーい」
私は沼霧さんとともに玄関に向かった。扉の先にいたのは陸軍兵士2名。しかも片方は魚道さんだった。
「あっ魚道さん! 久しぶりです!」
「どうも沼霧さん、千恵子さん、こんばんは。お元気そうで何よりです。実は皆さんにお伝えしなければならない事がありまして」
魚道さんがそれまで朗らかだった表情を、すっと神妙そうな表情へと変えた。
「明日の正午に重大放送があります。ここにラジオはありますか? 一応軍の施設からも放送は行う予定です」
重大放送。という言葉を聞いて私の胸の中がざわついた。
何だろうか。
「ラジオ……沼霧さんラジオあったかな」
「この後探しておきます」
「沼霧さん、お願い」
それを言い残して2人は別荘から去り、別の家へと歩いていった。
その後。かつて篝先生がいた離れからラジオを取り出して食卓のある居間へと移動させた。ここなら皆へも伝わりやすいだろう。
「こんなとこにラジオ置いて何するの?」
不思議そうな顔つきを見せるぬらりひょんに、私は明日大事な放送があると伝えたのだった。
「絶対に聞かないといけないやつ?」
「うん」
「そうなんだ、何だろう」
「気になるよね」
夕食後。自室に戻り、布団を広げていた時、またも玄関からごめんくださーいと若い男性の声が聞こえてきた。
「こんばんは、夜分遅くにすみません」
玄関の扉の向こうにいたのは、魚道さんと先程とは別の陸軍兵士だった。魚道さんが口を開く。
「明日の放送の件ですが、天皇陛下自らなさる放送となります。必ず聞き逃さないようにしてください」
その言葉に、私と沼霧さんは了解です。と返事する。天皇陛下が直々に放送するという事は余程の事だろう。
(まさか、戦争が終わるとか?)
と、一瞬だけ考えがよぎっては、シャボン玉のように消えた。
「何でしょうね? 天皇陛下からの放送」
沼霧さんが首を傾げながら私にそう声をかけてきた。
「何だろう」
「まさか、この国が消えるとか……?」
「いや、それは無いでしょ」
(……無いよね?)
「もしくは、最後の1人になるまで戦え。とか?」
「あーー……」
(なんだかそっちの方が有りうるかもしれない)
夜。布団の中。私の頭の中は明日の正午の放送の話で一杯になっていた。
はたして天皇陛下は何を話されるのだろうか。そして話の内容によっては、これから先私達はどうなるのか。
(これからどうなるのかな)
「先」が見えないというのは、こんなに不安にさせるものなのか。
(私も、戦わなくちゃいけないのかな)
いくら竹槍訓練をしてきたとはいえ私は戦えるだけの腕は無い。体が弱い財閥令嬢に出来る事なんて正直ほとんど無い。
(戦えと言われても……無理だ)
そして時間が経ち、あっという間に正午が訪れる。昼食は早めに済ませて置いたので、後は黙って聞くだけだ。
「朕深く世界の帝国の現状とに鑑み……」
放送が始まる。私達は黙ってラジオや島内放送から流れる音声に耳を傾ける。陛下の声を聴くのは勿論初めての事だ。
「堪えがたきを堪え、忍び難きを忍び……」
放送はあっという間に終わった。内容からして……多分、戦争が終わったという事は理解できた。
「……お母さん、戦争終わったって事?」
「……そうだと思う」
「終わったんだね……」
静かな空気が、別荘の中を支配している。波の音だけがずっと聞こえていた。
「……みんな、夕ご飯まで好きに過ごしてていいわよ」
母親にそう言われて、私はとりあえず別荘の外に出て島を散歩してみる事にした。島では島民がぽつぽつと2人3人程が集まって立ち話をしている様子が見て取れる。
「日本、負けたんですってね」
「もう、戦争終わったんだな」
「終わったのかあ」
皆、それぞれにあの放送を受け止めていたのがわかる。私はそのままふらふらと桟橋まで歩き、近くを漂うように泳いでいた光さんと雨月を呼んだ。
「おう、さっきのはなんなんだ?」
「……戦争が終わったんだって」
「そう……」
光さんと雨月も口をつぐんだ。そして雨月が口を開く。
「これからどうなるのかしらね?」
「わからない。ここにも兵隊さんが来たりするのかな」
「……まあ、なるようになるわよ。きっと大丈夫。根拠がないけどそんな気はするのよね」
雨月の変わらぬ艶々とした唇から吐き出された言葉に、私はなぜか安心感を覚えたのだった。
「そっか……そうだよね」
「千恵子さん心配だと思うけど……大丈夫よ」
「ありがとう。なんかよくわかんないけど雨月さんにそう言われたら、落ち着いてきた」
大丈夫。きっと大丈夫。
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