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第116話 魚道さん出征祝い
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3月下旬。大分気候も穏やかになり、温かさが前よりも出始めて来た。
「おはようございます。千恵子さん」
「おはよう、沼霧さん」
篝先生がいなくなってからは、沼霧さんが私を起こしに来てくれている。篝先生が来る前に戻った形だが、診察が無いのはまだ完全には慣れずにいる。
「体調はどうですか?」
「ぼちぼちかなあ……」
「また何かありましたら言ってくださいね」
「うん、わかった」
私服は最近、もんぺ姿で過ごす事が大半になった。こちらの方が着物やスカートよりも動きやすいのはある。
着替えた後は、1階に降りて母親とぬらりひょんに挨拶を済ませてから朝食を頂く。
「頂きます」
麦ごはんに沼霧さん特製のお漬物。頂いた後は食器を洗って母親は外出していく。
「じゃあ、お昼と晩の分も買ってくるから」
母親が手提げ袋を持って玄関の扉をガラガラと開けた時だった。
「あっ、川上さん。おはようございます」
なんと、魚道さんが別荘にやって来たのだ。魚道さんの髪は地肌が若干髪の間から透けて見えるくらいの坊主頭になっていた。
「魚道さんおはようございます。どうかしました?」
「あっヨシさん……実はですね、皆様にお伝えしたい事が、ございまして……」
魚道さんがたどたどしい敬語と神妙な面持ちで、そう母親に告げた。母親は魚道さんへ別荘に上がっていくように言い、居間に通す。
「すみません……」
「いえいえ。大事な話みたいだから……」
私も居間の畳の上に座り、彼の話を聞く事にする。
彼の髪型からして、彼の話の内容はなんとなく見当がつき始めてはいるのだが。
「あの、結論から言いますと。赤紙……召集令状が届きました」
そう言って魚道さんは、自身に届いた赤紙を私達の前に差し出す。
彼もまた、戦場へと駆り出される時が来たのか。そう考えていた時、魚道さんの口が開く。
「ですが、配属されるのはこの島の施設みたいで」
「え?」
思わず私達女性陣からそのような声が出てしまった。
「この島に住んでるので、その辺土地勘とか色々島民として頼りにしてるらしくて……昨日部隊長とは挨拶してきました」
「じゃあ、会えるって事?」
「千恵子さん……向こうの施設で暮らすから前よりかは会えなくなるかもだけど……」
「そ、そっか……」
だが、戦場には行かずにしかも島で暮らすのは変わらないという訳だ。なんだか、嬉しくなった。
「それで、皆さんにお願いがあるんです。良かったら……ここで出征祝いをしたいなって。施設に行くとはいえ、今後どうなるかはわからないですし……」
頭を下げてそう懇願する魚道さん。勿論私としては賛成の気持ちだ。
「勿論! お母さんも良いよね?」
「せっかくだし、ぱあっとやっちゃいましょ!」
こうして、この別荘にて魚道さんの出征祝いを行う事になったのだった。
出征祝いを行うのは夜。この別荘に魚道さんと彼の母親で濡れ女のあやかしを招いて行われる。
「よし、早速準備しよっか」
私と沼霧さんは桟橋に向かう。沼霧さんが食材を取りに素潜り漁を行うので、その見送りに向かう為だ。
あと自分でも何か出来ないかと言う事で、釣り竿を別荘の倉庫から引っ張りだして取って来た。
「光さん!」
「千恵子と沼霧か、なんだなんだ?」
「魚道さん、出征する事になって。それで出征祝いに食材を調達しに来たの」
「出征って……戦場に行くのか?」
「いや、配属されるのはこの島の施設だって」
「そうか、それならまた会えるかもな」
光さんは安堵の表情を浮かべていた。頭にある白い楕円の模様の下にある目が細くなっているのが見えた。
「沼霧は素潜りだろうが、千恵子はそれ釣りかあ?」
「そうだよ?」
「じゃあ、一反木綿に乗って沖まで向かった方がいいんじゃね? この辺じゃあ、まともなのは釣れねえよ」
光さんにそう言われたので、私は別荘から一反木綿を連れてきて沖まで移動して釣りをする事に決めた。
沼霧さんは早速海に入って、素潜り漁を始めている。時折彼女のひれが海面から見えて、鱗が太陽光を反射してきらきらと輝いている様子が見えた。
「よし、この辺でいっかな」
「良いと思うぞ」
一反木綿に乗って沖合まで移動し、そこでエサをつけ釣り糸を垂らす。エサは光さんが先ほど用意してくれたものを使っている。
エサはパッと見エビっぽく見えるが、それらよりかはずっと小さい身体つきだ。
「どうかなあ」
釣り糸を海の中に垂らして大体10分ほどした時、釣り糸が勢いよく海底へと引っ張られていく。獲物がかかった瞬間だ。私は海から落ちないように一反木綿に支えられつつ、釣り糸を巻き上げる。
「よいしょ……!」
「おっ、見えて来たぞ!鯛だ!」
「光さん、咥えて持ち上げてくれる?」
「あいよ!」
釣れたのは大きな鯛。赤っぽい桜色の鱗がぴかぴかと輝いている。
「やった!」
「良かったなあ、この大きさなら1匹でも十分じゃねえの?」
「もう1匹釣っておきたいかな、魚道さんとこも来るし」
その後。私は鯛をもう1匹釣り上げてから桟橋へと戻り、そこで素潜り漁を終えた沼霧さんと合流したのだった。
「おはようございます。千恵子さん」
「おはよう、沼霧さん」
篝先生がいなくなってからは、沼霧さんが私を起こしに来てくれている。篝先生が来る前に戻った形だが、診察が無いのはまだ完全には慣れずにいる。
「体調はどうですか?」
「ぼちぼちかなあ……」
「また何かありましたら言ってくださいね」
「うん、わかった」
私服は最近、もんぺ姿で過ごす事が大半になった。こちらの方が着物やスカートよりも動きやすいのはある。
着替えた後は、1階に降りて母親とぬらりひょんに挨拶を済ませてから朝食を頂く。
「頂きます」
麦ごはんに沼霧さん特製のお漬物。頂いた後は食器を洗って母親は外出していく。
「じゃあ、お昼と晩の分も買ってくるから」
母親が手提げ袋を持って玄関の扉をガラガラと開けた時だった。
「あっ、川上さん。おはようございます」
なんと、魚道さんが別荘にやって来たのだ。魚道さんの髪は地肌が若干髪の間から透けて見えるくらいの坊主頭になっていた。
「魚道さんおはようございます。どうかしました?」
「あっヨシさん……実はですね、皆様にお伝えしたい事が、ございまして……」
魚道さんがたどたどしい敬語と神妙な面持ちで、そう母親に告げた。母親は魚道さんへ別荘に上がっていくように言い、居間に通す。
「すみません……」
「いえいえ。大事な話みたいだから……」
私も居間の畳の上に座り、彼の話を聞く事にする。
彼の髪型からして、彼の話の内容はなんとなく見当がつき始めてはいるのだが。
「あの、結論から言いますと。赤紙……召集令状が届きました」
そう言って魚道さんは、自身に届いた赤紙を私達の前に差し出す。
彼もまた、戦場へと駆り出される時が来たのか。そう考えていた時、魚道さんの口が開く。
「ですが、配属されるのはこの島の施設みたいで」
「え?」
思わず私達女性陣からそのような声が出てしまった。
「この島に住んでるので、その辺土地勘とか色々島民として頼りにしてるらしくて……昨日部隊長とは挨拶してきました」
「じゃあ、会えるって事?」
「千恵子さん……向こうの施設で暮らすから前よりかは会えなくなるかもだけど……」
「そ、そっか……」
だが、戦場には行かずにしかも島で暮らすのは変わらないという訳だ。なんだか、嬉しくなった。
「それで、皆さんにお願いがあるんです。良かったら……ここで出征祝いをしたいなって。施設に行くとはいえ、今後どうなるかはわからないですし……」
頭を下げてそう懇願する魚道さん。勿論私としては賛成の気持ちだ。
「勿論! お母さんも良いよね?」
「せっかくだし、ぱあっとやっちゃいましょ!」
こうして、この別荘にて魚道さんの出征祝いを行う事になったのだった。
出征祝いを行うのは夜。この別荘に魚道さんと彼の母親で濡れ女のあやかしを招いて行われる。
「よし、早速準備しよっか」
私と沼霧さんは桟橋に向かう。沼霧さんが食材を取りに素潜り漁を行うので、その見送りに向かう為だ。
あと自分でも何か出来ないかと言う事で、釣り竿を別荘の倉庫から引っ張りだして取って来た。
「光さん!」
「千恵子と沼霧か、なんだなんだ?」
「魚道さん、出征する事になって。それで出征祝いに食材を調達しに来たの」
「出征って……戦場に行くのか?」
「いや、配属されるのはこの島の施設だって」
「そうか、それならまた会えるかもな」
光さんは安堵の表情を浮かべていた。頭にある白い楕円の模様の下にある目が細くなっているのが見えた。
「沼霧は素潜りだろうが、千恵子はそれ釣りかあ?」
「そうだよ?」
「じゃあ、一反木綿に乗って沖まで向かった方がいいんじゃね? この辺じゃあ、まともなのは釣れねえよ」
光さんにそう言われたので、私は別荘から一反木綿を連れてきて沖まで移動して釣りをする事に決めた。
沼霧さんは早速海に入って、素潜り漁を始めている。時折彼女のひれが海面から見えて、鱗が太陽光を反射してきらきらと輝いている様子が見えた。
「よし、この辺でいっかな」
「良いと思うぞ」
一反木綿に乗って沖合まで移動し、そこでエサをつけ釣り糸を垂らす。エサは光さんが先ほど用意してくれたものを使っている。
エサはパッと見エビっぽく見えるが、それらよりかはずっと小さい身体つきだ。
「どうかなあ」
釣り糸を海の中に垂らして大体10分ほどした時、釣り糸が勢いよく海底へと引っ張られていく。獲物がかかった瞬間だ。私は海から落ちないように一反木綿に支えられつつ、釣り糸を巻き上げる。
「よいしょ……!」
「おっ、見えて来たぞ!鯛だ!」
「光さん、咥えて持ち上げてくれる?」
「あいよ!」
釣れたのは大きな鯛。赤っぽい桜色の鱗がぴかぴかと輝いている。
「やった!」
「良かったなあ、この大きさなら1匹でも十分じゃねえの?」
「もう1匹釣っておきたいかな、魚道さんとこも来るし」
その後。私は鯛をもう1匹釣り上げてから桟橋へと戻り、そこで素潜り漁を終えた沼霧さんと合流したのだった。
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