1 / 130
第1話 今日も1日
しおりを挟む
昭和17年初冬。本土は米英を倒さんと飛んで火にいる虫の如く修羅の道を歩んでいる。本土から離れたここ、月館島にも軍のニュースが定期的に飛び込んで、時々島民を熱くさせている。
朝、私は自室の布団の中でゆっくりしていると、部屋の戸を開ける音が聞えた。
「おはようございます、千恵子さん。朝食が出来ました」
私……川上千恵子を起こしにやってきたのは、水色の着物に割烹着姿の若い女性。この人は沼霧さんと言って、要はお手伝いさんで、1階の空いた部屋に居候して住み込みで働いている。
「はい、今行く」
「ゆっくりでいいですからね」
「はい」
眩暈を起こさないように慎重に布団から起き上がって、布団を畳むと階段を降りて1階の居間に向かう。そこには小さな海坊主3匹とに沼霧さん、そして母親が食卓に向かって座っている。
「おはよう」
「千恵子おはよう。よく眠れた?」
「うん、少しは寝られたかな」
今日の朝ごはんは、豆腐とわかめの味噌汁と麦ごはん、それに納豆とたくあん。わかめは沼霧さんが海で取ってきたものだ。
私は納豆には必ずからしを辛くなり過ぎない程度にかけて食べる。からしは身体を温める効果があると、沼霧さんが教えてくれたからだ。
私は昔っからの冷え性だが、からしの効果は流石と言えるだろう。
「わかめはとれたて新鮮ですよ」
「うん、美味しい!」
小さな海坊主もわかめをかじりながら、跳ねて喜んでいる。その様子を母親と沼霧さんは笑って見ている。
ここで我が家の説明をしよう。私達の家・川上家は財閥の家で、私はその娘だ。私は幼い頃から喘息持ちでよく発作を出していた。女学校も何とか卒業はしたものの、喘息のせいか縁談には恵まれずにいた。
「千恵子さんは、空気の澄んだところでゆっくりした方がいいかもしれませんねえ」
という医者からの言葉が転機となり、母親で華族かつ代々続く名家出身のヨシと共にこの島に別荘を建ててもらいやってきた。
「千恵子、別に縁談にはこだわらなくていいぞ。お前が結婚せずとも暮らしていけるようにはする」
という川上家の当主である父親の言葉も救いだし、弟が2人いるので、跡取りも気にしなくていいのもそうかもしれない。
そしてこの別荘には、「あやかし」が住み着くようになった。最初は驚いていたが今はもう慣れている。
そんな沼霧さんも実はあやかしである。濡れ女…要は人魚のあやかしだ。いつもは人間の女性の姿をしているが海に入ると下半身が元の姿に戻る。沼霧さんはよく魚や海藻を取って料理してくれるのだが、それがまた美味しい。しかも沼霧さんは、薬膳や漢方にも詳しい。
こうして家族とあやかし達に囲まれて、私は静かに暮らしている。
「千恵子、今日のお昼は何にする?」
「うーん……」
母親に聞かれて、私は何にしようかと悩む。
「おにぎりと、あと何か……」
「千恵子さん、カキもありますよ」
沼霧さんはそう言って、桶に入ったカキを見せる。カキの貝殻がごろっとしているのが見える。
「沼霧さん。それ、煮つけにしよっか」
こうしてお昼ごはんが決まった。おにぎりは焼きおにぎりにしてそれと、カキの煮つけ。昼食が決まると私は箸を動かす速度を上げた。
納豆は島の島民から貰ったもので、醤油をかけて頂くととても美味しい。わかめもつるっとしていて美味しいし味噌汁のだしもしっかり効いている。
「ごちそうさまでした」
食器を流しに片付けると、私と沼霧さんは魚を持ってある場所に向かう。
「いるかな、光さん。昨日いなかったけど」
「あっさっきいましたよ。海でカキ一緒に取ったので」
家を出てすぐ目の前にある桟橋。そこに彼はいた。黒い二等辺三角形型の背びれが海面に現れている。
「光さん!」
「おっ、来たかあ」
彼は光さん。オスのシャチで、この海に居着いている。なぜか人語が話せてあやかしとも仲が良い。言葉はややぶっきらぼうだけど親切でよく沼霧さんと一緒に海産物を取ってきてくれる。
「光さん、朝ごはんの魚あげる」
「おっ千恵子助かるわ。ちょうど腹が減ってたとこだったのよ」
光さんに沼霧さんが取ってきたアジを一束分放り投げる。光さんは丸のみにしたのだった。
「千恵子、今日も1日頑張れよ」
「うん、頑張る」
今日も良い日になりますように。
朝、私は自室の布団の中でゆっくりしていると、部屋の戸を開ける音が聞えた。
「おはようございます、千恵子さん。朝食が出来ました」
私……川上千恵子を起こしにやってきたのは、水色の着物に割烹着姿の若い女性。この人は沼霧さんと言って、要はお手伝いさんで、1階の空いた部屋に居候して住み込みで働いている。
「はい、今行く」
「ゆっくりでいいですからね」
「はい」
眩暈を起こさないように慎重に布団から起き上がって、布団を畳むと階段を降りて1階の居間に向かう。そこには小さな海坊主3匹とに沼霧さん、そして母親が食卓に向かって座っている。
「おはよう」
「千恵子おはよう。よく眠れた?」
「うん、少しは寝られたかな」
今日の朝ごはんは、豆腐とわかめの味噌汁と麦ごはん、それに納豆とたくあん。わかめは沼霧さんが海で取ってきたものだ。
私は納豆には必ずからしを辛くなり過ぎない程度にかけて食べる。からしは身体を温める効果があると、沼霧さんが教えてくれたからだ。
私は昔っからの冷え性だが、からしの効果は流石と言えるだろう。
「わかめはとれたて新鮮ですよ」
「うん、美味しい!」
小さな海坊主もわかめをかじりながら、跳ねて喜んでいる。その様子を母親と沼霧さんは笑って見ている。
ここで我が家の説明をしよう。私達の家・川上家は財閥の家で、私はその娘だ。私は幼い頃から喘息持ちでよく発作を出していた。女学校も何とか卒業はしたものの、喘息のせいか縁談には恵まれずにいた。
「千恵子さんは、空気の澄んだところでゆっくりした方がいいかもしれませんねえ」
という医者からの言葉が転機となり、母親で華族かつ代々続く名家出身のヨシと共にこの島に別荘を建ててもらいやってきた。
「千恵子、別に縁談にはこだわらなくていいぞ。お前が結婚せずとも暮らしていけるようにはする」
という川上家の当主である父親の言葉も救いだし、弟が2人いるので、跡取りも気にしなくていいのもそうかもしれない。
そしてこの別荘には、「あやかし」が住み着くようになった。最初は驚いていたが今はもう慣れている。
そんな沼霧さんも実はあやかしである。濡れ女…要は人魚のあやかしだ。いつもは人間の女性の姿をしているが海に入ると下半身が元の姿に戻る。沼霧さんはよく魚や海藻を取って料理してくれるのだが、それがまた美味しい。しかも沼霧さんは、薬膳や漢方にも詳しい。
こうして家族とあやかし達に囲まれて、私は静かに暮らしている。
「千恵子、今日のお昼は何にする?」
「うーん……」
母親に聞かれて、私は何にしようかと悩む。
「おにぎりと、あと何か……」
「千恵子さん、カキもありますよ」
沼霧さんはそう言って、桶に入ったカキを見せる。カキの貝殻がごろっとしているのが見える。
「沼霧さん。それ、煮つけにしよっか」
こうしてお昼ごはんが決まった。おにぎりは焼きおにぎりにしてそれと、カキの煮つけ。昼食が決まると私は箸を動かす速度を上げた。
納豆は島の島民から貰ったもので、醤油をかけて頂くととても美味しい。わかめもつるっとしていて美味しいし味噌汁のだしもしっかり効いている。
「ごちそうさまでした」
食器を流しに片付けると、私と沼霧さんは魚を持ってある場所に向かう。
「いるかな、光さん。昨日いなかったけど」
「あっさっきいましたよ。海でカキ一緒に取ったので」
家を出てすぐ目の前にある桟橋。そこに彼はいた。黒い二等辺三角形型の背びれが海面に現れている。
「光さん!」
「おっ、来たかあ」
彼は光さん。オスのシャチで、この海に居着いている。なぜか人語が話せてあやかしとも仲が良い。言葉はややぶっきらぼうだけど親切でよく沼霧さんと一緒に海産物を取ってきてくれる。
「光さん、朝ごはんの魚あげる」
「おっ千恵子助かるわ。ちょうど腹が減ってたとこだったのよ」
光さんに沼霧さんが取ってきたアジを一束分放り投げる。光さんは丸のみにしたのだった。
「千恵子、今日も1日頑張れよ」
「うん、頑張る」
今日も良い日になりますように。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
【完結】生贄娘と呪われ神の契約婚
乙原ゆん
キャラ文芸
生け贄として崖に身を投じた少女は、呪われし神の伴侶となる――。
二年前から不作が続く村のため、自ら志願し生け贄となった香世。
しかし、守り神の姿は言い伝えられているものとは違い、黒い子犬の姿だった。
生け贄など不要という子犬――白麗は、香世に、残念ながら今の自分に村を救う力はないと告げる。
それでも諦められない香世に、白麗は契約結婚を提案するが――。
これは、契約で神の妻となった香世が、亡き父に教わった薬草茶で夫となった神を救い、本当の意味で夫婦となる物語。
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる