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第29話 今更愛していると言われても困ります。

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「……ソアリスのお出ましですか。シェリーさんはここにいてください。俺が相手します」
「待ってください」
「シェリーさん?」
「……離婚してくださるようにお話します。けど、もし離婚に応じなかったらどうしたら……」
「言わなくとも分かっています。父上には申し訳ないですけど最悪の場合はもう奥の手を使うより他ない。観念しましょう」
「……覚悟を決めました。すみませんが、そのようにお願いします。ここではっきりさせなければまたあの男は来るでしょうから」

 そうだ。今更かもしれないけどいつまでも逃げているばかりじゃいけない。ようやく私はそれに気づかされた。
 馬車をギルテット様の手を借りてゆっくりと降りるとソアリス様の目は私に向けられた。

「……シュネル? シュネルだよな?」
「……すう……はあ……はい。シュネルです」
「やっぱり……! 良かった、本当に良かった! ずっと探し続けてきて本当に良かった! さあ、僕と一緒に屋敷に帰ろう!」

 ソアリス様が私の手を握ろうと手を伸ばした所で、私はその手を思いっきり叩いて振り落とした。

「お断りいたしますわ」
「え……? なんで」
「ソアリス様。結論から言います。離婚してくださいませ」
「……嫌だ。何を言っているんだ? 僕はシュネルの事を愛しているというのに」

 この期に及んでまだ愛してるだなんて言うのか。

「あなたは私を愛していると言いますけど、その為に何か行動はしましたか?」
「え? それはどういう意味なんだ?」
「そんな事もわからないのですか? あなたは純粋な子供か何かで?」
「なっ!」

 私に馬鹿にされるとは思ってなかったのか、ソアリス様は顔を赤く染める。

「おいおい、義理の弟がそんなんじゃ困るよ」
「バティス義兄さん! あなたまさか……シュネルがいたのを知ってたのですか?!」
「勘が良いようで助かるよ。でもシュネルの気持ちだけは分からないんだな。馬鹿すぎるよ。アイリクス伯爵家の名が泣くな」
「うちの家を馬鹿にしないでください!」

 ソアリス様がバティス兄様に怒鳴る。バティス兄様は肩をすくめながら私へ話を続けるように促した。
 シュタイナーとギルテット様は眉をひそめながら様子を見ている。

「例えば……私にプレゼントを渡したり、ベッドで一夜を共にしたりキスをしたりしましたか? していませんよね?」
「だって! 僕はシュネルに傷1つ付けたくなくて!」
「だから愛人を囲っていたのですか? 私の処女に傷を付けたくないからという理由で!」
「なっ、なんでそれを知ってるんだ!」

 どうやら愛人の話はバレていないと思っていたようだがそれは甘い。甘すぎる。

「ジュリエッタや今は元娼婦の方などと関係を持っていた事くらい知っています。そして子供が生まれたら私に養育させようとしていたんでしょう? だったらなんで私を抱かなかったんですか! そこまでするくらいなら私と子供を儲けていていたら……!」
「それは無理だよ。だって君の大事な身体に傷がつくだろう? 君は死ぬまで処女じゃないといけないんだよ」

 ああ、この人は間違いなく狂ってる。この人は……私と愛を交わす事よりも自分の愛の方が良いんだ。

「ふふっ……あははははっ!!!」

 どうしようもなく乾いた笑いが腹の底から湧き出てきて止まらない。ああ、こんなに狂った人と私は結婚していたんだ。ああ、さっさと気が付いて離婚していればよかった。

「? シュネル、どうしてそんなに笑うんだい?」
「あははははっ! あなた、どうしようもなく狂ってるのね! さっさと離婚すればよかった! ねえ、早く離婚してくれない? 私ね……好きな人が出来たの。だからもういいでしょ? 早く離婚するって言いなさいよ!!」

 自分でも情緒がおかしくなってるのはちょっとだけ理解できてる……けどもう理性が効かない。

「ふふっ! やっぱりシュネルはそうでなくちゃ!」
「……は?」
「そんな君が見られて僕は今とっても嬉しいよ。ずっと僕は君の全てを愛していた! 今でも愛している! だから……離婚しない! 一緒に屋敷に帰ろう!」

 彼は性懲りもなく両手を私に伸ばす。この男。ここまで狂っていたなんて……!

「嫌です。今更愛していると言われても困ります。私はあなたの事なんてどうでもいいしむしろ邪魔です嫌いです」
「……ソアリス」

 ここでギルテット様が我慢ならないと言わんばかりにソアリス様に口を開いた。

「離婚してください。これは王子からの命令です。応じない場合あなたは王子の命令に違反したという事になります」
「嫌です。たとえすべてを敵に回しても僕はシュネルとは離婚しません」
「たとえ、俺との間に子供を儲けたとしても、ですか?」
「……!」

 ソアリス様の顔が怒りと動揺に彩られた顔つきへと変わる。ふうん、私が他の男のものになるのは嫌なのね。

「そうなったら……僕はあなたを殺すでしょう」
「へえ、嫉妬だけはあるんですね」
「だって、シュネルは僕のものですから。他の男に穢されるなんてたまったもんじゃないです」

 ソアリス様が歪んだ笑顔を浮かべている。人間はここまで不気味な表情を見せる事が出来たのか。てかこんな人と結婚していたのか……。

「そうですかそうですか。あなたはシュネル夫人の美しさに執着しているのですか? ソアリス?」
「いえ、全てです」
「じゃあ、亡くなってしまったらどうするんですか? その時は他の女性を妻に迎えるのですか?」
「いいえ。彼女の身体に防腐処理を施してガラスの棺に入れ、屋敷の広間に飾ります。そして僕はそこに毎朝挨拶をキスを送る……完璧でしょう?」
「うぇっ」

 胃の中が全て口から出てきそうなくらいの吐き気を催す。そこまで気持ち悪い事考えてただなんて! うそでしょ、とんでもない人と結婚してたのか……自分……。 

「じゃあ、そんな愛する妻の為に離婚はする。という事は考えられないのですか?」
「だって手放す事になってしまうでしょう? いくら彼女がそれを望んだとしても僕は嫌です。だから何度も言いますが僕は絶対に離婚しましぇん!!!」
(最後噛んだな……)

 まさかここまで話が通じないとは。ギルテット様は私へと向き直り、どうしますか? と問う。

「ギルテット様。覚悟を決めております。なのでお願いします」
「わかりました。ソアリス。これからこの事を国王陛下に全てお話しします。どうなるか分かっていますよね?」
「どうなるんだ? 僕には分からないよ」
「あなたはシュネル夫人と強制的に離婚して頂くようになります」
「嫌だね」
「わからないのですか? 強制的に。と言いましたよ? あなたの意志は関係ないんです!」
「嫌に決まってるだろ! 嫌嫌嫌嫌嫌!!!!」

 ソアリス様はだんだんだんと地団駄を思いっきり踏む。そんなに私を独占したいのだろうか……。

「どうしましょうか、ギルテット様……」
「……シュタイナー。バティス」
「はっ王子。何すか? あのわがまま坊ちゃまに何かするんですか?」
「王都まで護送して父上の所に叩きつけてください」
「へいへい」
「はあ、ソアリスマジでキモイわあ、シュタイナーさんにお願いしてもいいですか?」
「ええ、バティス様も手伝ってくださいよ。あんなに暴れまくられたら1人じゃあ無理ですって」
「まあ、そうだよなあ……」

 という事でソアリス様は王都までバティス兄様とシュタイナーによって連れ戻される事になる。ソアリス様の近くにいた警察の人達はもう観念してそれぞれ馬に乗っていくがソアリス様はいやだいやだの1点張りだ。結局シュタイナーがソアリス様を抱えてさっき彼らが乗ってた馬車に放りこんだのだった。
 
(よし、これでとりあえずは……)

 だが、嫌な予感だけが少しだけ背中にまとわりついている。
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