上 下
9 / 53

第8話 彼が私を探すなんてありえない

しおりを挟む
「ソアリス様が? 私を?」
「ええ、そうです……! 警察と共に探していらっしゃるみたいで」 

 シュタイナーの語る言葉が飲み込めずにいる。あのソアリス様が私を探しているだなんて正直あり得ない。

(お父様に言われて渋々私を探している……とか?)
「シュタイナーさん。ソアリス様が私を探しているだなんてあり得ないと思います。おそらく私の父親に言われて渋々探しているのでは?」
「俺もその可能性を考えて王都で聞き取りしてきたんすよねぇ。しかしながらどうやら違うようでして」
「ソアリス様が自主的に私を探している、と?」
「その通りです。ソアリス様はシュネル夫人を心の底から愛していると仰っているようです。そこには他の人物の介入は無さそうなんすよ」
「えぇ……?」

 ソアリス様が私を心の底から愛している? そんなのありえなさ過ぎる。だって一度も夜を共にしてくれなかったし会話も禄にしていないのに。

「私はソアリス様の語る言葉を信用する事が出来ませんね」
「……シェリーさん。気持ちはわかります。確かにソアリスを信用するのは難しいでしょう。俺だってそうだ。だからこれには何か裏があるのでは? と勘繰ってしまいますね」

 ギルテット様は苦笑しながらもそう語ってくれた。私の胸の中で荒れていた気持ちが少しは凪いできたように感じた。

「シュタイナー」
「はい、王子」
「しばらくは王都で情報収集してくれませんか?」
「御意」
「それと、捜査の手はこのデリアの町まで及びそうでしょうか?」
「この町まではすぐには来ないと俺は予想します。しかしなかなか見つからないとなるとここまで手が及ぶ可能性は否定出来ませんがね」
「そうでしょうね……まあ、その時に考えますか」
(ここには来ないのを祈るわ……)
「よし、じゃあピクニックを再開しますか。シュタイナーも何か食べます?」

 ギルテット様が両手をパンパンと叩いて敷布を砂浜の上に敷いてその上に座る。そしてバスケットから食事やらを取り出して並べ始めた。

「座っていいですか?」
「シェリーさんどうぞ。シュタイナーも」
「へいへい、失礼しますよっと」

 3人で海を眺めながらピクニック。海の向こう側は何も見えない。島や陸地が広がってもいない。まさしく青だけが広がっている景色だ。
 それに寄せては返す波の静かな音を聞いていると、心が落ちつく。

(私はシュネル・アイリクスじゃない。シェリー。そう、シェリーなんだ。だからもし誰かに言われてもシェリーだと言えば良いんじゃない?)

 そうポジティブな考えが頭の中に浮び上がる。これももしかしたらこの海やギルテット様達のおかげかもしれない。

「皆さんのおかげですね」
「シェリーさん? いかがなされましたか?」
「王子、あれですか? 俺達またなにかやっちゃいました的なやつっすか?」
「シュタイナーさんの言う通りです。ギルテット様とあなたのおかげで少しポジティブになれました」
「そうですか。お役に立てて何よりです」

 ギルテット様の頬が少し赤くなっている。それをシュタイナーがからかいながら指摘すると、ギルテット様は彼の右脇腹をこちょこちょと掻いたので、彼はひいひいと笑いながら砂浜の上を転げ回っていたのだった。
 食事を終え、一息付きながら海を眺める。

「静かで良いですね……ギルテット様」
「そうですね。この町に死ぬまでいたいですよ」
「ああ、ギルテット様は王子だからゆくゆくは戻らないといけないんでしょうか?」
「今はまだ帰ってこいとは言われてないです。俺は第5王子で母親も側妃なので王家の中でも立場は低い方ですから。でも王家に……父上か兄さん達に何かあれば戻らないといけないんでしょうね……」
「ギルテット様……」
「そりゃあ、俺としては死ぬまでこの町で静かに暮らしたいですよ。でも王家の立場もありますからね。難しい部分もあるんです。シェリーさんは?」

 ギルテット様が私の方を見た。彼が浮かべる笑顔は優しいけれど少しだけ寂しさも浮かんでいる。

「私も……死ぬまでこの町で暮らしたいです。この地を終の棲家にしたい。そう思っています。私はもうシェリーという人間ですから」
「そうですか。少し安心しました。シュタイナーは?」
「俺も王子についていきますよ! 王都は堅苦しくてあんまり性に合わないんでね」

 ははは……と笑い声が湧いて海へと流れていく。私はこの凪いだ穏やかな町で死ぬまで暮らす事を改めて決意したのだった。
 それから月日はあっという間に流れていった。私がデリアの町に来てから約半年と1年の2回、私……シュネル・アイリクス伯爵夫人の捜索がデリアの町でも行われた。捜索は警察や軍、それにソアリス様の親戚も交えて行われた。私の容姿はありきたりな容姿で特に特徴も無いのが幸いしたのか、ついぞバレる事は無かった。まあ、ソアリス様の親戚とは結婚式くらいしか顔を合わせた事が無いし、私の顔を覚えていない可能性はある。まあ、ソアリス様本人や父親が来なかっただけ全然ましだ。
 また、バティス兄様とジュリエッタは私の捜索には消極的らしい事をシュタイナーから聞いた。ジュリエッタは多分ソアリス様との結婚を狙っているから、私を亡き者として扱いたいのだろうけど、バティス兄様の意図はわからない。

(もしかして、私が家出した理由を察してるとか?)

 しかしながら相変わらずソアリス様と父親、ソアリス様のご両親は私を必死に探している。ソアリス様はなんとギルテット様の父親である国王陛下に直々に私の捜索を訴えたようで国王陛下も協力を約束したそうだ。
 最初この話をシュタイナーから聞いた時、私とギルテット様は同じタイミングで頭を抱えてしまった。

「嘘でしょ……!」
「父上がこんな判断くだすとは…いやあ、どうしましょうかねこれ」
「ソアリス様はなんでこんなに私を探すんでしょうか?」
「貴族の男、ひいては当主が妻に逃げられたとなると体裁が悪いのは確かにあるでしょう。しかしこうも執念を見せるとなると何か別の理由があるような気がしてなりませんね」

 貴族の体裁とは別の理由? そう言われても心当たりが思いつかない。

「うーーん、別の理由ですか。ちょっと心当たりが思い浮かばないです」
「シェリーさん、あくまで俺個人の考えなので話半分でいいですよ。あまりにもソアリスが熱心にシュネル夫人を探すものだから」
「そうですよね。あそこまで彼が熱心になるだなんて私もちょっとおかしいような気がします。でもってそこにはうちの父親やソアリス様のご両親の介入はないんですよね、シュタイナーさん?」
「そっすね。むしろ熱心深さで言うならソアリス様が一番じゃあないですか?」
「えっそんなに?」
「シュネル夫人の父親であるグレゴリアス子爵やソアリス様のご両親以上にソアリス様の捜索同行数がずば抜けているとは警察関係者からのたれこみっすね」
「そ、そうなんですか……」

 となると、このデリアの町にもソアリス様が来るかもしれない。親戚が訪れても見つからなかったという事は今度は自分の目で見て確かめるべく訪れる可能性があるのではないかと頭の中によぎってしまう。

「まさか、ここにソアリス様が……」
「いつかは来るかもしれない。でも……おびえているだけではだめでしょう」
「ギルテット様?」
「あなたはシュネル・アイリクス伯爵夫人ではなく診療所の看護婦シェリーなのですから。そのように自信を持って振舞えば良い事です。いいですか? あなたはシェリー。復唱して」
「はい、私はシェリー。看護婦のシェリー」
「ふふっ良くできました」

 ギルテット様はそう言って、私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。彼の顔がちょっとだけ紅潮しているのは勿論目でとらえていた。
 ああ、そうだ。私はシェリー。誰が何と言おうとシェリーだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伯爵令嬢は婚約者として認められたい

Hkei
恋愛
伯爵令嬢ソフィアとエドワード第2王子の婚約はソフィアが産まれた時に約束されたが、15年たった今まだ正式には発表されていない エドワードのことが大好きなソフィアは婚約者と認めて貰うため ふさわしくなるために日々努力を惜しまない

偽りの婚姻

迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。 終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。 夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。 パーシヴァルは妻を探す。 妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。 だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。 婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……

見捨てられたのは私

梅雨の人
恋愛
急に振り出した雨の中、目の前のお二人は急ぎ足でこちらを振り返ることもなくどんどん私から離れていきます。 ただ三人で、いいえ、二人と一人で歩いていただけでございました。 ぽつぽつと振り出した雨は勢いを増してきましたのに、あなたの妻である私は一人取り残されてもそこからしばらく動くことができないのはどうしてなのでしょうか。いつものこと、いつものことなのに、いつまでたっても惨めで悲しくなるのです。 何度悲しい思いをしても、それでもあなたをお慕いしてまいりましたが、さすがにもうあきらめようかと思っております。

転生貴族可愛い弟妹連れて開墾します!~弟妹は俺が育てる!~

桜月雪兎
ファンタジー
祖父に勘当された叔父の襲撃を受け、カイト・ランドール伯爵令息は幼い弟妹と幾人かの使用人たちを連れて領地の奥にある魔の森の隠れ家に逃げ込んだ。 両親は殺され、屋敷と人の住まう領地を乗っ取られてしまった。 しかし、カイトには前世の記憶が残っており、それを活用して魔の森の開墾をすることにした。 幼い弟妹をしっかりと育て、ランドール伯爵家を取り戻すために。

【完結】クズな男にさようなら!~恋心を失ったら運命の人に出会いました~

かのん
恋愛
 幼い頃に一目ぼれをして、好きになった。それからは初恋に縛られて、ずっとクズな男に愛を注ぐ日々。  けれど、魔女様にそんな恋心を取ってもらってすっきり!   クズな男と婚約破棄をして、運命の人に出会うセリーナの物語。  全12話 完結 9/11から毎日更新していきます。お時間ある方はお時間つぶしに読んでいただけたら嬉しいです。

人の顔色ばかり気にしていた私はもういません

風見ゆうみ
恋愛
伯爵家の次女であるリネ・ティファスには眉目秀麗な婚約者がいる。 私の婚約者である侯爵令息のデイリ・シンス様は、未亡人になって実家に帰ってきた私の姉をいつだって優先する。 彼の姉でなく、私の姉なのにだ。 両親も姉を溺愛して、姉を優先させる。 そんなある日、デイリ様は彼の友人が主催する個人的なパーティーで私に婚約破棄を申し出てきた。 寄り添うデイリ様とお姉様。 幸せそうな二人を見た私は、涙をこらえて笑顔で婚約破棄を受け入れた。 その日から、学園では馬鹿にされ悪口を言われるようになる。 そんな私を助けてくれたのは、ティファス家やシンス家の商売上の得意先でもあるニーソン公爵家の嫡男、エディ様だった。 ※マイナス思考のヒロインが周りの優しさに触れて少しずつ強くなっていくお話です。 ※相変わらず設定ゆるゆるのご都合主義です。 ※誤字脱字、気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません!

〈第一部完・第二部開始〉目覚めたら、源氏物語(の中の人)。

詩海猫
キャラ文芸
ある朝突然目覚めたら源氏物語の登場人物 薫大将の君の正室・女二の宮の体に憑依していた29歳のOL・葉宮織羽は決心する。 この世界に来た理由も、元の体に戻る方法もわからないのなら____この世界の理(ことわり)や思惑など、知ったことか。 この男(薫)がこれ以上女性を不幸にしないよう矯正してやろう、と。 美少女な外見に中身はアラサー現代女性の主人公、誠実じゃない美形の夫貴公子、織羽の正体に勘付く夫の同僚に、彼に付き従う影のある青年、白い頭巾で顔を覆った金の髪に青い瞳の青年__謎だらけの物語の中で、織羽は生き抜き、やがて新たな物語が動き出す。 *16部分「だって私は知っている」一部追加・改稿いたしました。 *本作は源氏物語ではありません。タイトル通りの内容ではありますが古典の源氏物語とはまるで別物です。詳しい時代考証などは行っておりません。 重ねて言いますが、歴史小説でも、時代小説でも、ヒューマンドラマでもありません、何でもありのエンタメ小説です。 *平安時代の美人の定義や生活の不便さ等は忘れてお読みください。 *作者は源氏物語を読破しておりません。 *第一部完結、2023/1/1 第二部開始 !ウイルスにやられてダウンしていた為予定通りのストックが出来ませんでした。できる範囲で更新していきます。

【完結】キズモノになった私と婚約破棄ですか?別に構いませんがあなたが大丈夫ですか?

なか
恋愛
「キズモノのお前とは婚約破棄する」 顔にできた顔の傷も治らぬうちに第二王子のアルベルト様にそう宣告される 大きな傷跡は残るだろう キズモノのとなった私はもう要らないようだ そして彼が持ち出した条件は婚約破棄しても身体を寄越せと下卑た笑いで告げるのだ そんな彼を殴りつけたのはとある人物だった このキズの謎を知ったとき アルベルト王子は永遠に後悔する事となる 永遠の後悔と 永遠の愛が生まれた日の物語

処理中です...