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プロローグ 結婚から3年、夫の浮気、そして離婚

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 晴れやかな空には雲は1つも無い。まさに快晴である。
 ここはアルテマ王国。四方を海に囲まれた島国で、温暖かつ四季のあるこの国は王族や貴族、財を成した商人達が華やかな暮らしを送っている。

「今日もいい天気だわ」

 私はシュネル・アイリクス。アイリクス伯爵家に嫁いで早3年になろうとしていた。時の流れは早いって言うけど最近はますます本当にそう感じる。
 窓のカーテンを開くと温かな日の光が部屋の中に差し込んで来る。

「よし。勉強でもしようかしらね」

 私は机の上に置かれた本の山に目を向けた。この屋敷に元々あった古びた分厚い医学本を一冊手に取った所でメイドが部屋の中に入ってくる。

「ソアリス様のお母様がおいでです」
「……わかったわ」

 途端に胸の中が重くなった。しかもどんよりとした気分になる。彼女に何を言われるかは分かりきっているので出来れば相手にしたくないのだけど。

(はあ、お義母様と会わなきゃいけないのか)

 お義母様のいる応接室に入ると紺色の首元までぴっちりと締まったドレスを着たお義母様がピリピリとした空気を纏わせながら椅子に座っていた。

「お義母様。ご機嫌よう」
「シュネルさんご機嫌よう。本当はここに来たく無かったのだけど、あの人が言いに行けと言うから」
(あの人……お義父様の事ね)

 私の夫であるソアリス様はアイリクス伯爵家の当主。彼の両親は今は領地内にある屋敷で隠居生活を送っている。
 そのままここに来ないでひっそりと暮らしてくれたらいいのに。だけど現実はそうは行かないのが歯がゆい。

「お義母様。それでご要件は?」
「決まっているじゃない。後継ぎよ。あなた結婚して何年経ったと思ってる?!」
「もう3年ですが、何か?」
「3年よ! 3年! なんで子供が出来ないのよ?! いい加減にして頂戴!」

 お義母様は金切り声を上げながら白髪の髪を振り乱して叫ぶ。ああ、またヒステリーが始まったようだ。
 はあ……。めんどくさい人だわ。

「そこまで言うならソアリス様に仰って頂けませんか? お義母様も神様に祈りを捧げるだけで赤ちゃんが出来るては思っていないでしょう?」

 お義母様にそうはっきりと言ってやった。
 そう。私はずっと今まで処女なのだ。ソアリス様とは結婚してこの方ベッドを共にした事は一度もない。一応私から誘った事はあるが、相手にもされない。

「私から言ってもソアリス様は全く聞いてくださらないんです! そんなに私に子供を産んで欲しいならお義母様からも一言二言言ってくださいよ!」
「あなた、私に指図する気?!」
「だってお義母様は私に子供産んで欲しいんでしょ?!」

 私に子供を産んでもらいたいなら、ソアリス様からの努力も必要なのだ。私だけではどうにもならない。それはお義母様にも理解して頂く必要がある。

「わかったわ。ソアリスにもそう伝えておくわ。じゃあね」

 お義母様は不機嫌そうな表情を隠しきれないまま応接室を後にした。私は彼女が屋敷から出ていくのを確認してからはあ。と大きなため息を吐いた。
 
「はあ……疲れた」

 応接室から自室に戻る。読もうとした本に手をかけた時脳裏にソアリス様の姿が浮かび上がった。
 金髪に碧眼。貴族らしい華やかな出で立ちをした彼。彼との結婚は両親によって決められていたものだったが、私は貴族はそう言うものだと納得していた。それに欲しがりでわがままな妹ジュリエッタが彼には手を出していなかったのも良かった点かなと思う。
 しかし結婚してからは禄に会話をした事はまだ無い。挨拶くらいだ。初夜も無かったしベッドを共にした事も無い。そんな状態がずっと続いている。
 しかもソアリス様は屋敷を留守にしがちだ。たまにしかこの屋敷には帰って来ない。

「ソアリス様にはシュネル様以外に想い人がいるのよ」

 そんな噂もまことしやかに囁かれるようになった。ソアリス様に限ってそのような事しないとは思ってるし、信じている。でも正直怖い。

(確かめたい、けど怖い。だけどさっさと確かめて浮気してるなら早くこの屋敷から出たい気持ちもある)

 死ぬまで孤独にこの屋敷にいるくらいなら、屋敷を出て自由に暮らしたい気持ちは無いと言えば嘘になる。本当はすぱっと離婚してもいいんじゃないかという気持ちもそりゃああるけど、そうすると次の居場所を確保しないといけない。私はあの実家には戻りたくない。
 ただ私は医学薬学に興味があるので、ならいっそ令嬢の地位も捨てて診療所か薬屋で働くのも良さそうかも。なのでひっそりとではあるが勉強していた。まだ自分の未来は漠然といや、それ以上にぼんやりしているけど。

(勉強しなきゃね)

 私は、帰りもしない夫の帰りを待ちながら医学と薬学の勉強に励んでいた。
 夕方。案の定ソアリス様は戻らない。1人で夕食を済ませようとしていた時。使用人がひそひそと廊下で話しているのを見た。

「ソアリス様、街でお見かけしたわよ」
「ええ、ジュリエッタ様と腕を組んで歩いていたわね」

 ああ、やっぱり。そうか。私の中で何かがぷつんと切れる音がした。

「その話、詳しく聞かせて」
「! 奥方様!」

 屋敷を出て、メイドにソアリス様とジュリエッタを見かけたという場所を案内させた。大通りには平民や貴族、兵隊に商人らが絶えず行き交っている。
 すると私の右前方に見たくないものを見つけてしまう。

「あ……ソアリス様」

 ソアリス様は確かに妹・ジュリエッタと手をつなぎまるで夫婦のように路地裏へと歩いていったのだった。

「嘘でしょ……ソアリス様、ソアリス様……!」

 私の事なんてはなから愛していなかったんだ。そしてジュリエッタはまた、私の大事なものを奪っていった。

「ううっ……うわああああっ!!」

 涙が溢れ出しては止まらない。それにここにはもういたくない。メイドが静止するのも聞かず私はただ走り出した。
 走って、走って、走った先に到着したのはアイリクス家の屋敷。

「はあ……はあ、ははっあははははは!」
 
 涙と同時に、乾いた笑い声が口から解き放たれていくのが分かる。何が面白いのか、それさえもわからない。
 なのに涙と笑いが同時に出る。

「ははははっ! 私は最初からこの屋敷にはいらない存在だったのね……!」

 屋敷の前で一通り笑って泣いた後。私にはある考えが浮かび上がった。
 こんな家、出ていってやろう。
 そうだわ。ソアリス様なんてもう知らない。こんな屋敷から出ていって自由に生きてやる。実家にも戻らないし令嬢としての地位も捨ててやる。
 
「お望み通り離婚してやるわ。そしてこんな家出ていってやる!」

 私は早速屋敷に入り、自室のクローゼットから嫁入りの際に持って来たトランクを取り出し、その中にへそくりの入った袋に屋敷に元々あったり誰にも内緒で集めたりしてた医学薬学の本に着替えを適当に入れた。そして白い無地の紙を机から取り出して、こう書いた。

「私、シュネルはあなたと離縁させて頂きます。探さないでください……と」

 紙にそう書きなぐって誰もいない静かな廊下を荷物を持って歩き、ソアリス様の書斎にある古びた机の上に置いた。

「これでよし」

 そして私は屋敷の外に出た。とりあえず外は暗いので明るい大通りの方へと向かおう。ソアリス様に出くわさないようにしないと。

「ではごきげんよう。もう2度と戻ってやるものか。クズ妹とどうぞお幸せに!」

 さあ、これからは何して生きていこうか。
 医学薬学の知識を使って診療所にでも働くか、最悪修道院に入ってシスターになるのもあり、か。
 さっきはあれだけ地獄の底に落とされたかのような気分だったのに、胸の中はいつの間にか晴れやかな気分になっていた。
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