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第59話 後宮から去ってください

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「よいしょ……」

 細筆で描いた線に沿って紙に切れ込みを入れていく。切り絵の模様は女官が本を持ってきてくれたのでそれを見ながら桃玉が考えたものだ。
 昼食代わりに点心をつまみながら作業を進めていくと、右側の模様を切り終える事が出来た。

「よし! どうでしょうか?」
「良いと思います……! 桃玉様は器用でございますね」
「いやいや、そんな……」
(農作業色々していたからかな?)
「そうだ! 皇帝陛下にもお渡ししてみてはいかがでしょうか?」

 女官からの発案に、桃玉は花が咲くように顔を綻ばせた。

「いいですね! ぜひお送りしてみます……! 喜んでくださるかな……」
「桃玉様がお作りになったものなら必ずやお喜びになると信じております! これまで夜伽やお茶会にも招かれたのですから……!」
「そ、そっか……」

 女官からすれば桃玉は龍環からの寵愛を受けている立場ととらえているのが普通だろう。彼女達が閨で何を行っているのかは知らないのだからそう考えるのは当然である。
 だが、桃玉からすれば女官達に望まれているような行為は全くないので複雑に思う部分もあった。

「では、完成したら皇帝陛下にお渡ししてみます。喜んでくださったら嬉しいのですが……」
「お喜びになるはずです!」
「そうでございますよ、桃玉様!」
「皆……」

 にこやかに笑う女官達を見た桃玉は、ありがとうございます。と笑顔で答えたのだった。

 そして桃玉は全ての線を切り終え、美しい切り絵を完成させたのである。完成した蝙蝠の切り絵は左右対称の細やかな模様に彩られ、まるで衣服の繊細な刺繍を髣髴とさせる出来だ。

「美しい出来栄えでございます、桃玉様!」
「これは美しゅうございます……! 私は失敗してしまいました……」

 などと語る女官達だが彼女達の出来栄えも桃玉に勝るとも劣らないくらいの立派なものである。また、それぞれ蝙蝠の翼部分の模様が違っており、個性を感じさせてくれる代物だ。

「皆さんの作った切り絵も綺麗ですね。ずっと見たくなっちゃいます」
「そんなそんな、恐れ多い……」
「桃玉様、光栄でございます……!」

 女官達が喜びの声を挙げているのを桃玉は穏やかに笑いながら見つめていた。

「よし、この作品皇帝陛下にお渡ししたいと思います。それでなんですが……直接お渡しに行っても大丈夫でしょうか?」
(せっかくだし、龍環様の反応も見てみたい)

 桃玉からの問いに女官達は大丈夫でしょう! と口々に返す。

「私達もご同行いたします!」
「ありがとうございます、では参りましょう」

 完成した桃玉作の切り絵を女官が用意してきた漆塗りの箱に入れ、封をする。箱の上から布で包み、女官が大事に持って部屋から出た。

(ドキドキする……)

 顔を少し紅潮させた桃玉が照天宮から出た時。目の前に力分が現れた。

「李昭容様。ちょうどお話したい事がございました!」
「あの、なんでしょうか……?」
「結論からおっしゃるとあなたはこの後宮から去って頂きたいのです」
「……え?」
(何を言っているんだ?)

 桃玉が困惑していると、彼女の後ろに控えていた女官達が次々と目を吊り上げて力分に怒りの表情を見せた。

「あなた何言ってるの? 桃玉様は皇帝陛下からご寵愛を受けていらっしゃるお方よ?」
「それに妃含め後宮の女達は一度後宮入りすれば二度と元の世界に戻る事はありません。あなた、後宮の規則をちゃんとご存じでいらっしゃるのですか?」
「ありえませんね。桃玉様、このようなお方は無視しましょう。きっと嫉妬によるものですわ」
「あ、え……っと」

 桃玉が苦笑いを浮かべるほどのものすごい剣幕で力分に迫る女官達。しかし力分は困ったような笑みこそ浮かべていたが余裕な態度は変わらなかった。
 いや、なるべく人間達に吞まれないように余裕であろうとしていたのかもしれない。

「これは皇帝陛下直々のご命令でございます。ですから……」
「証拠はあるのですか?」

 女官からの問いに、力分は一瞬顔をぐしゃっと歪ませる。

「証拠となる命令書があるのでしたらお見せくださいませ」
「ああ、それは……」
「無いのでしたらこれにて失礼いたします。桃玉様、参りましょう!」
「そ、そうですね……」

 力分を無視して龍環の元へと行こうとする女官達に慌てて桃玉もついていく。するとお待ちなさい! と女性の声が周りをつんざくようにして聞こえてきた。

「あ……」
「皇太后陛下……」

 気が付けば桃玉の後ろには皇太后がやってきていた。力分は助かったと言わんばかりに皇太后に近寄る。

「李昭容。今日からあなたには暇を命じます。これは私からの命令です。いいですね?」

 暇を命じた皇太后は桃玉に対し容赦なく指を差した。

(いきなりそう言われても納得できない。どうして?)
「理由をお聞かせ願えますか?」
「あの子がそう望んだの。だからもういいでしょ?」
「なぜそのように皇帝陛下がお思いになったのかが、私には理解できません……!」
(だって、一緒に頑張ろうって言ったじゃない! それに私と龍環様はそういう契約を交わしているのだし、理解できない……!)

 突然の命令に理解が追い付かない桃玉を、皇太后はあからさまに疎ましい目で見ていた。
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