上 下
7 / 79

第7話 後宮へ 

しおりを挟む
「いや、その……桃玉はだな……われらの村をあやかしから守るべく生贄として……」

 村長が声を震わせながら若い男へと声を発する。

「それがどうした? 俺は皇帝ぞ。我が命令が聞けぬと申すか?」

 若い男……この華龍国の皇帝・龍環ロンファンはにやりと口角をあげた笑みを浮かべると、村長は慌てふためきながら手をじたばたと動かすという挙動不審な動きを見せる。

「こ、皇帝陛下?! ど、どうしてこの地に訪れ……!」
「それは内緒。ほら、桃玉。こっちに飛び込んでおいで」
「へっ?!」
(こ、皇帝陛下がなんでここに来て私の名前も知ってるのかわからないけど……! で、でもこれは死なずに済む良い機会かもっ……!)

 桃玉は困惑した表情を浮かべながらも、御輿から立ち上がって、いつの間にかすぐ隣まで馬に跨ったまま駆け寄って来た龍環に抱き着くようにして飛び込んだ。龍環は桃玉をお姫様抱っこで受け止める。
 長く艶々とした黒髪にきらめく翡翠のような瞳。長身美形の龍環の顔がすぐ近くに見えた事で、桃玉の心臓がどきっと跳ねる。

(わっすごい……美形でかっこいい……!)
「良い子だ。桃玉。じゃあ後宮へと行こうか。君を妃として迎えよう」
(きっ妃?……今、妃っていった?)
「へ、へいか……! え、えっとその……!」
「理由は後宮に到着したら聞かせてあげる。ああ、君に一目惚れとかそう言うのではないんだけどね。ほら、しっかり捕まって」
(一目惚れじゃないんだ……じゃあ、なぜ?)

 桃玉は龍環の前に跨る。桃玉を抱きしめるようにして馬の手綱を握る龍環は引き連れていた部下達に、宮廷へと戻るように指示を出した。

「はっ!」

 馬が勢いよく疾駆していく。その様子を村長達は口をぽかんと開けたまま見つめるより他なかった。
 しかし、桃玉のおじだけはしっかりとした目つきで遠ざかっていく桃玉の背中を目に焼き付けている。

「桃玉……幸せになるんだよ」

 桃玉のおじは担いでいた御輿から手を離し、合掌をして桃玉の幸せを祈ったのだった。

◇ ◇ ◇

「あ、あの……私、本当に後宮入りするんですか? 皇帝陛下の妃になるのですか?」

 桃玉は自分が後宮入りするという事に対して驚きとちょっとした恐怖心を抱いていた。

(後宮ってあれよね? 皇帝陛下の妃や女官達がいるところよね? 一度後宮入りしたら二度と戻ってこれなくて、妃達が皇帝陛下からのご寵愛を得ようとばちばちしてるって噂の……!)

 ぐるぐると思案している桃玉を、後ろから龍環がにこやかな顔をしながら「そうだよ」と語る。

「そうなのですね……私、本当に後宮入りするんだあ……妃になるんだ……わわわ」
「実感が無いようだな。でも決まった事だ。あのまま生贄に捧げられて死ぬよりかはましだろう?」
「そっそれは確かに……そうですけどね……でも、自分が後宮入りするだなんて思った事無かったので。ましてや妃だなんて」

 後宮で妃又は女官として働く女達は、大体は家柄が良い者だ。下女なら庶民でも農民でもなれるが、農民から妃として迎え入れられた者はこれまで一度も存在しない。

「安心しろ。君には俺がいる。いくらでも頼れば良いさ」
「こ、皇帝陛下……」
「桃玉。2人でいる時は龍環と呼んでくれ。その方が親しみやすいだろう?」
「わ、わっわかりました……龍環様……」
「よろしい。それにしてもかわいい声をしているじゃないか」
「そ、そうでしか?」
(か、噛んでしまった)

 桃玉の頭をぽんと後ろから撫でる龍環。彼の顔には穏やかさと何かを企んだようなあくどい表情の2つが入り混じっていた。

◇ ◇ ◇

 桃玉達が華龍国の宮廷へと到着したのは、昼過ぎの事だった。目の前に現れた朱塗りの巨大な扉と壁は、人の5倍の高さはあるだろうか。

「すごい……これが、宮廷……!」

 桃玉は口と目をぱっと開き、驚いた。巨大な扉がぎぎ……と開かれると、目の前には扉と壁と同じ朱塗りに絢爛豪華な瓦屋根や装飾に彩られた建物群が現れる。
 
「桃玉、ここからが後宮だ」
「ここが、後宮……!」
「ここからは徒歩になる。歩けるか?」
「はい、龍環様」
「では、共に行こうか」

 桃玉は龍環に手を引かれ、門を潜ると後宮の中へ歩いていく。

「あの建物が照天宮。今日から君はそこで暮らしてもらう」
「照天宮?」
「あの左側に見える建物がそう。君は今日から九嬪のひとつである、昭容だ」

 華龍国の妃の位は最高位が皇后。次に貴妃、淑妃、徳妃、賢妃の四夫人。その次に昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛の九嬪。更にその次には倢伃、美人、才人の二十七世婦がいる。そしてこの二十七世婦の下にも宮官達の位があったりするのだ。
 
(昭容って……! 私、そんな高い位につくの!?)

 驚きを隠しきれないまま照天宮に入った桃玉を待ち構えていたのは、左右に列を成した十数人もの女官達だった。

「李昭容様。お待ちしておりました」
「わっ、あっ、その……!」
「桃玉、怖がらなくて良いぞ。彼女達は今日から君に仕える忠実な女官達だ」
「そ、そうなのですね。は、はじめまして。李桃玉とも、申します」

 桃玉がおどおどと挨拶すると、女官達は一斉によろしくお願いします。と返事したのだった。

「じゃあ、中に入ろうか」

 龍環に促されるまま照天宮に入る桃玉。照天宮に入り、桃玉の部屋となる区画へと向かうと金銀財宝によって彩られた内装と家具があった。
 龍環は朱塗りの椅子にどかっと座り足を組むと、人払いをしてからふうっと息を吐く。

「桃玉。君を後宮に迎えた理由……それは君が持っている能力にあるんだよ」
「能力……ですか?」

 龍環は棒立ち状態の桃玉をじっと見つめていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~

硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚 多くの人々があやかしの血を引く現代。 猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。 けれどある日、雅に縁談が舞い込む。 お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。 絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが…… 「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」 妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。 しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

九尾の狐に嫁入りします~妖狐様は取り換えられた花嫁を溺愛する~

束原ミヤコ
キャラ文芸
八十神薫子(やそがみかおるこ)は、帝都守護職についている鎮守の神と呼ばれる、神の血を引く家に巫女を捧げる八十神家にうまれた。 八十神家にうまれる女は、神癒(しんゆ)――鎮守の神の法力を回復させたり、増大させたりする力を持つ。 けれど薫子はうまれつきそれを持たず、八十神家では役立たずとして、使用人として家に置いて貰っていた。 ある日、鎮守の神の一人である玉藻家の当主、玉藻由良(たまもゆら)から、神癒の巫女を嫁に欲しいという手紙が八十神家に届く。 神癒の力を持つ薫子の妹、咲子は、玉藻由良はいつも仮面を被っており、その顔は仕事中に焼け爛れて無残な化け物のようになっていると、泣いて嫌がる。 薫子は父上に言いつけられて、玉藻の元へと嫁ぐことになる。 何の力も持たないのに、嘘をつくように言われて。 鎮守の神を騙すなど、神を謀るのと同じ。 とてもそんなことはできないと怯えながら玉藻の元へ嫁いだ薫子を、玉藻は「よくきた、俺の花嫁」といって、とても優しく扱ってくれて――。

マンドラゴラの王様

ミドリ
キャラ文芸
覇気のない若者、秋野美空(23)は、人付き合いが苦手。 再婚した母が出ていった実家(ど田舎)でひとり暮らしをしていた。 そんなある日、裏山を散策中に見慣れぬ植物を踏んづけてしまい、葉をめくるとそこにあったのは人間の頭。驚いた美空だったが、どうやらそれが人間ではなく根っこで出来た植物だと気付き、観察日記をつけることに。 日々成長していく植物は、やがてエキゾチックな若い男性に育っていく。無垢な子供の様な彼を庇護しようと、日々奮闘する美空。 とうとう地面から解放された彼と共に暮らし始めた美空に、事件が次々と襲いかかる。 何故彼はこの場所に生えてきたのか。 何故美空はこの場所から離れたくないのか。 この地に古くから伝わる伝承と、海外から尋ねてきた怪しげな祈祷師ウドさんと関わることで、次第に全ての謎が解き明かされていく。 完結済作品です。 気弱だった美空が段々と成長していく姿を是非応援していただければと思います。

太陽と月の終わらない恋の歌

泉野ジュール
キャラ文芸
ルザーンの街には怪盗がいる── 『黒の怪盗』と呼ばれる義賊は、商業都市ルザーンにはびこる悪人を狙うことで有名だった。 夜な夜な悪を狩り、盗んだ財産を貧しい家に届けるといわれる黒の怪盗は、ルザーンの光であり、影だ。しかし彼の正体を知るものはどこにもいない。 ただひとり、若き富豪ダヴィッド・サイデンに拾われた少女・マノンをのぞいては……。 夜を駆ける義賊と、彼に拾われた少女の、禁断の年の差純愛活劇!

【完結】非モテアラサーですが、あやかしには溺愛されるようです

  *  
キャラ文芸
疲れ果てた非モテアラサーが、あやかしたちに癒されて、甘やかされて、溺愛されるお話です。

処理中です...