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第39話 春の中で

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 季節は巡り、暖かな春が訪れた。私はそれから実家でイーゾルと暮らしていたが、私が実家に戻って1週間後、マルクも実家に戻って来たのだった。
 マルクは相変わらず左目がぼやけたままで、イーゾルの手作り眼帯を身に着けている。そんな2人はなぜ私が実家に戻って来たのかについては詮索しないでくれている。その方がありがたい。

「姉ちゃん、今日の夕食はシチューにしようぜ!」
「あら、いいわね」
「シチューか。ちょうど僕も温かい食べ物が食べたかった所だ」

 畑から戻ってきたイーゾルが陽気に笑う。実家にはメイドが2人いるがコックはいない。ウィルソン様の元へ嫁ぐ前はいた。話を聞くとどうやらイーゾルが人件費削減の為にメイド含めて何人かリストラしたそうだ。
 ちなみに彼らは全員、イーゾルが紹介した再就職先で労働を続けている。全員分手配したのは大変だっただろう……。

「私も手伝うわ」
「姉ちゃんいいの? じゃあお願いしよっかな」

 実家に戻ってからは料理を手伝うようになった。最初は野菜を包丁で切るだけでもなかなかうまくいかずに大変だったし、その他の作業も失敗だらけだったが、イーゾルやメイド2人の力も借り、何とか人並みには出来るようになった。
 料理1つ作るだけでも大変なのを知れたのは、良かったと思う。

「姉ちゃん、野菜切るの手伝ってもらえる? 気を付けてよな」
「はいはい、わかってるって」
 
 包丁で野菜をざく切りにしていく。ひと口サイズにカットした鳥肉と、イーゾルが近くの山で採ってきたキノコも入れた。
 イーゾルはキノコにも詳しい。毒キノコか否か瞬時に見分ける事が出来る。
 その後あれこれ工程を得てシチューが完成した。これが今日の夕食のメインとなる。他にはパンと前菜のサラダ、デザートの果物もある。

「頂きます」

 前菜のサラダはイーゾルお手製ドレッシングが野菜の風味をかき立てていて美味しい。酸味も効いていて、食欲が増してくる。

「サラダ美味しいわね。イーゾルの作るドレッシング本当に美味しいわ」
「でしょーー?」

 シチューもとても美味しい! パンとも合う味わいだ。パンをちぎってシチューに付けて食べるのがやめられなくなるくらいにパンと合う。

「すごい美味しいわ。それに身体も温まって来た……!」
「姉さんの言う通りだな。とても美味しいよ」
「へへっ、でも姉ちゃんのおかげでもあるよ。自信持ちなって」

 イーゾルからそう言われた時、私の胸の中から重だるい何かが少しだけすとんと落ちたような気がした。
 そうだ。もっと自信を持てば良いのではないか。王太子妃としてもっと自信に満ち溢れながら行動すれば……。

「姉ちゃん? どうしたの?」
「イーゾル?」
「なんか変な顔してたように見えたけど」
「ううん、なんでもない」

 にこっと作り笑いを浮かべてイーゾルに嘘をついたのだった。
 その後も穏やかに時間は流れていく。穏やかな気候が続く中、この日は朝からイーゾルの提案により領地内にある山でキノコ狩りをしている。

「姉ちゃん、これは毒だよ」
「えっそうなの?」
「茶色くてシンプルな見た目のキノコだけど、これは毒。なんなら昔からカルドナンド王国や近隣諸国の間では毒殺用のキノコとして使われてるもの。1年中生えてるからってのもあるね」
「え……」

 茶色くてシンプルだから食べられそうと思ったが……これはえげつないハズレくじを引いてしまったようだ。

「イーゾル、この丸っこいやつは?」
「兄貴が持ってるやつは食べられるキノコだと思うけど……ちょっと貸して」

 イーゾルがマルクからキノコを受け取り、ひっくり返したりして全体をくまなく見ている。そして真っぷたつに引き裂いてそこから更にじっくりと観察する。

「ん、問題ない。大丈夫だよ」
「そっか。なら良かった」

 それから春の山の中を3人で散策しながらキノコを採ったりしていた時だった。

「……ん?」

 3人分以外にも何か足音が近づいてきている予感がする。

「……おい兄貴、もしかして」
「クマかもしれない……静かにここから離れよう……!」

 後ずさりしながら静かにその場から離れる。私の前にイーゾル、後ろにマルクが付いている状態だ。しかしクマらしき足音は徐々にこちらへと近づいていっている……!

「ぐおおおっ!」
「うわっ出た!!」

 ついに目の前に大きなクマが現れた! イーゾルがすぐさま剣を抜き、クマの横腹付近へとステップで移動して切り付ける。その隙にマルクに促される形で私達はその場から距離を取る。

「イーゾルならクマ1頭余裕で仕留められる。もっと距離を取ろう……!」
「ええ、そうね……!」

 遠目からイーゾルを見ていると、ヒットアンドアウェイを繰り返しながら着実にクマへとダメージを与え、そして出会ってから20分ほどでクマを仕留めたのだった。

「……イーゾル!」
「姉ちゃん、兄貴! もう大丈夫だよ! あ、屋敷に持ち帰ってもいい?!」

 こんな状況下でもいつものテンションっぷりにふっと笑いが出てしまった。私とマルクは急いでイーゾルの元へと駆け寄ったのだ。
 
 山から戻ってきた後は中庭でクマを弟達とメイド1人の4人がかりで解体していると、もう1人のメイドが私宛の手紙が届いたと駆け寄って来る。

「どなたから?」
「王太子殿下と、ウィルソン様からです」

 このタイミングで2人同時に手紙が届くなんて。そんな奇跡めいた事あるだろうか? 手紙を受け取ろうとするとドアを叩くような音が聞こえてきた。

「はーーい!」

 メイドがその場からあわただしく去っていく。私は先にレアード様からの手紙の封を破り、中身を取り出す。

『そちらでの生活は楽しめているか? 体調には十分気を付けるように』

 短い文章。だがそこには私を心配している彼の気持ちが籠っているように見えた。それに待っているとか頑張れとかそういった類の言葉を使っているのか? と最初は怖さもあったが使っていない事に少しだけ安堵している自分もいる。
 焦らず、待っていてくれているんだ……。

「こんにちはーー。お久しぶりです」

 中庭に見た事が無い女性がメイドに案内される形で現れた。茶色い髪に茶色い瞳の小柄な女性。年は私と同じくらいには見える。
 白い服に茶色いカーディガンを羽織っていて、髪型はどちらかと言うと平民の女性に近い。化粧もシンプルでぱっと見は貴族令嬢には見えない人物だ。

 
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