上 下
15 / 61

第15話 海にて

しおりを挟む
 あのアンナの姿……朝帰りだろうか?

「あれ、アンナ嬢か?」
「レアード様?」
「フローディアス侯爵の愛人だろう? まさかこんな所にいたとはな。穢らわしい。汚いものは見ないに限る」

 レアード様に促され、私はアンナから目を逸らした。
 そうだ、あんなもの見る必要なんてない。

「メアリー。辛いなら楽しい事だけを考えろ」
「はい、レアード様……」
「あの女はいつか必ず地獄に落ちる。自業自得と言うやつだな」

 レアード様は口角を上げながらそう語った。
 馬車は市街地を離れ郊外へと差し掛かる。建物の数が減り変わりに畑に森林の数が多くなる。
 時折木々が風に揺られて、木の葉からはざわざわと音が鳴る。これがどこか涼しさを演出してくれているような気がした。

「……?」

 レアード様はいつの間にか腕組みしたまま眠っていた。

(お疲れなのね。ここは休ませておこう。出来るだけ体力を回復させておかないと)

 眠ったままのレアード様を起こさないように、窓の景色を眺めつつ、羽織っていた羽織物をレアード様の肩周りに掛けておいた。

(これでよし、と)

 風景は郊外からのどかな農村部、そして山々に貴族の別荘が点在する箇所へと変わるといよいよ海が見えてきた。

(遠くからでも海が綺麗に見える。青い空に青い海のコントラストが綺麗……)

 多分ここが目的地のはず。あちこちに畑や大きな貴族の別荘らしきものが点在し、その中でもひときわ大きい茶色い建物があるのが見える。

(あれが離宮……!)
「ん……」

 ここでレアード様が目を開く。

「おはようございます。レアード様」
「ん、良く寝た……これ、メアリーのか?」
「はい、気持ちよく寝てらっしゃったので……お疲れでしたか?」
「ありがとう。おかげで気持ちよく眠れた。もしかしたら疲れが溜まっていたのかもしれないな……」

 王太子という立場上、公務はたくさんあるし忙しいのも無理はない。それにレアード様は1人の人間で神様ではない。疲れが溜まってしまうのも仕方ない。

「お気になさらないでください。休める時に休んだ方が良いですよ」
「……メアリーの言う通りだな。あ、そろそろ到着するな」
(やっぱりここが目的地か。お腹すいた……)
 
 ぐうーーとお腹が鳴る音が私とレアード様のお腹から同時に聞こえた。一瞬静寂が馬車の中に満ちるがすぐにレアード様がふふっと軽く笑ってその静寂を吹き飛ばす。

「俺達はどうやら空腹のようだな」
「そ、そうみたいですね……」
「よし、到着したらピクニックでもするか? 浜辺でのランチは格別だ」
「! いいですね、ぜひ!」

 そして茶色い離宮の目の前で馬車は止まった。私はレアード様からエスコートされながら馬車を降りる。荷物はメイド達が入れてくれるようなので、この時間を利用して私とレアードは離宮のすぐそばにある王家のプライベートビーチにてピクニックに行った。

「メイドが後で食事を持ってきてくれるそうだ」
「そうなのですね。楽しみです」

 目の前には寄せては返す穏やかな波とどこまでも広がる水平線、そして青空。風も心地よく吹いていてとても爽やかな景色だ。
 それにここは北部なのも相まって、暑くなくて涼しい。

「良い風ですねえ……」

 両手を広げて、船の帆のように風をその身に一心に受ける。それだけで風に乗って空を飛べるような気さえしてきた。
 なので砂浜を両手を広げて駆け巡ってみた。けど、飛べる事は出来ない。
 それでもほんの少しだけ、風に乗れたような気分を味わえた。

「風が気持ちいいか?」
「はい、レアード様! すんごい気持ちいいです!」
「もし、風に乗って空を自由に飛べたらどれくらい気持ちいいんだろうな」

 レアード様は敷物を砂浜の上に敷き、その上に足を投げ出すようにして座りながら海を見ている。

「そうですね、きっとしがらみが全て消えてしまう位には気持ちいいんでしょうね」
「そうかもな。空を飛ぶ乗り物があったらいいのに」

 ふっと笑いながらレアード様は空を見上げながらそうこぼした。もし、馬車に鳥のような羽が生えて空を駆け巡ったら面白そうだ。眼下の景色を眺めながら飛ぶ鳥を間近に見られて、雲だって掴めるかもしれない。

「なんだか空想が止まりませんね」

 しばらくしてメイド2人が食事を持ってきてくれた。軽食ではなくちゃんと白いお皿に乗ったランチだ。

「お肉のローストとサラダ、あとはパスタ入りのスープになります。こちらパンと水です」
「ありがとうございます」。どれも美味しそうですね
「離宮の専属コックが腕によりをかけて作ったものになります。どうぞお召し上がりください」
「メアリー、食べようか」
「ええ! いただきます!」

 靴を脱いで敷物の上へと座り、用意されたお手拭きタオルで手を拭いてからランチを頂く。
 パンには切れ込みが入っており、そこにお肉のローストを挟んで食べる事が出来るのだ。試してみた所これがなんとも美味しくていくらでも食べられそうな気がしてしまう!

「おいしい!」
「む、ローストも良い硬さでソースが効いていて美味しいな」

 スープも塩気が効いていてさらりと味わえて美味しい。穏やかな凪いだ海を眺めながらのランチ。はじめてのシチュエーションに胸が高鳴っている。
 ちなみにこのランチを持ってきてくれたメイド2人も、離宮の専属メイドで出身地もこの街だそうだ。せっかくなので彼女達から話を聞いてみる事にした。

「ここは冬は寒くてよく吹雪いているくらいですけど、夏は涼しくて過ごしやすいので気に入っています。ね、シャロン?」
「ええ。カミアとはよく釣りをして過ごしていました。ここは魚もよく釣れますし、イルカやクジラがよく見れますね。彼らがいると魚が釣れなくなったり、海鳥がたくさんやってきたりする時もあります。あとシャチがクジラを襲って食べたりする場面も船から見た事がありました」

 聞くだけでワクワクしてきた。この海にはそんな自然がたくさん詰まっているというのか!

「あれは……」

 話の途中、レアード様の目線が海の方へと向いているのが見えた。そこにはグレー色の鎌形の何かが波間から見え隠れしている。

「あれはイルカですね……迷い込んだのかも」

 とカミアが言うので私達は靴を履いて近くまで駆け寄って見る。

「やはりイルカですね。それに背中には傷跡があります。おそらく仲間に襲われたものかと」
「そうなの……」

 心做しかイルカには元気が無いように見える。何とかして癒してあげたいが……。

「カミア、近くに仲間のイルカいない?」
「いないね、シャロン。もしかしたら虐められたのかな。皆さんあまり近づきすぎないようにお願いします。イルカに噛まれたりして襲われる事例は時々ありますから」
(そうなんだ、見た目はかわいいけど油断ならないわね)

 イルカも仲間同士でそのような事をするのか。なんだか複雑だ。

「とりあえず、何か食べさせた方が良いだろうな。保護出来るなら保護した方が良い」

 レアード様の指示により、傷ついたイルカは保護される事になった。
 離宮の中庭には海水を引いた池のような箇所がある。十分広いスペースだし、そこなら虐められる心配も無い。

 イルカは使用人達により、担架に乗せられて離宮の中庭へと移動されたのだった。

「仮に本当に仲間から虐められたとなれば、元の群れには戻せられないだろうからな」
「そうですよね、私でも戻りたくないですもん」

 このイルカが早く元気になってくれるのを祈るばかりだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

せっかくの婚約ですが、王太子様には想い人がいらっしゃるそうなので身を引きます。

木山楽斗
恋愛
侯爵家の令嬢であるリルティアは、王太子である第一王子と婚約をしていた。 しかしある時、彼がある令嬢と浮気している現場を目撃してしまった。 リルティアが第一王子を問い詰めると、彼は煮え切らない言葉を返してきた。 彼は浮気している令嬢を断ち切ることも、妾として割り切ることもできないというのだ。 それ所か第一王子は、リルティアに対して怒りを向けてきた。そんな彼にリルティアは、呆れることしかできなかった。 それからどうするべきか考えていたリルティアは、第二王子であるイルドラと顔を合わせることになった。 ひょんなことから悩みを見抜かれたリルティアは、彼に事情を話すことになる。すると新たな事実を知ることになったのである。 第一王子は、リルティアが知る令嬢以外とも関係を持っていたのだ。 彼はリルティアが思っていた以上に、浮気性な人間だったのである。 そんな第一王子のことを、リルティアは切り捨てることに決めた。彼との婚約を破棄して、あらたなる道を進むことを、彼女は選んだのである。

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

王宮で虐げられた令嬢は追放され、真実の愛を知る~あなた方はもう家族ではありません~

葵 すみれ
恋愛
「お姉さま、ずるい! どうしてお姉さまばっかり!」 男爵家の庶子であるセシールは、王女付きの侍女として選ばれる。 ところが、実際には王女や他の侍女たちに虐げられ、庭園の片隅で泣く毎日。 それでも家族のためだと耐えていたのに、何故か太り出して醜くなり、豚と罵られるように。 とうとう侍女の座を妹に奪われ、嘲笑われながら城を追い出されてしまう。 あんなに尽くした家族からも捨てられ、セシールは街をさまよう。 力尽きそうになったセシールの前に現れたのは、かつて一度だけ会った生意気な少年の成長した姿だった。 そして健康と美しさを取り戻したセシールのもとに、かつての家族の変わり果てた姿が…… ※小説家になろうにも掲載しています

妹のように思っているからといって、それは彼女のことを優先する理由にはなりませんよね?

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルリアは、婚約者の行動に辟易としていた。 彼は実の妹がいるにも関わらず、他家のある令嬢を心の妹として、その人物のことばかりを優先していたのだ。 その異常な行動に、アルリアは彼との婚約を破棄することを決めた。 いつでも心の妹を優先する彼と婚約しても、家の利益にならないと考えたのだ。 それを伝えると、婚約者は怒り始めた。あくまでも妹のように思っているだけで、男女の関係ではないというのだ。 「妹のように思っているからといって、それは彼女のことを優先する理由にはなりませんよね?」 アルリアはそう言って、婚約者と別れた。 そしてその後、婚約者はその歪な関係の報いを受けることになった。彼と心の妹との間には、様々な思惑が隠れていたのだ。 ※登場人物の名前を途中から間違えていました。メレティアではなく、レメティアが正しい名前です。混乱させてしまい、誠に申し訳ありません。(2024/08/10) ※登場人物の名前を途中から間違えていました。モルダン子爵ではなく、ボルダン子爵が正しい名前です。混乱させてしまい、誠に申し訳ありません。(2024/08/14)

「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

愛されたのは私の妹

杉本凪咲
恋愛
そうですか、離婚ですか。 そんなに妹のことが大好きなんですね。

辺境の獣医令嬢〜婚約者を妹に奪われた伯爵令嬢ですが、辺境で獣医になって可愛い神獣たちと楽しくやってます〜

津ヶ谷
恋愛
 ラース・ナイゲールはローラン王国の伯爵令嬢である。 次期公爵との婚約も決まっていた。  しかし、突然に婚約破棄を言い渡される。 次期公爵の新たな婚約者は妹のミーシャだった。  そう、妹に婚約者を奪われたのである。  そんなラースだったが、気持ちを新たに次期辺境伯様との婚約が決まった。 そして、王国の辺境の地でラースは持ち前の医学知識と治癒魔法を活かし、獣医となるのだった。  次々と魔獣や神獣を治していくラースは、魔物たちに気に入られて楽しく過ごすこととなる。  これは、辺境の獣医令嬢と呼ばれるラースが新たな幸せを掴む物語。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

処理中です...