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chapter 1 // 悪徳貴族の人身売買事件
8話 ノンベルは思う
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紅茶と焼き菓子を頬張っていた6号が、ふと眉を顰める。それに気づいたノンベルは、どうしましたか、と声をかけた。
「……12号といると、どうも心がざわめく……と表現すれば良いのだろうか、どこか、落ち着かない気分になる。悪い気持ちはしないのだが……」
「ブフォッ!」
荒波の様な会話もようやく落ち着いたか、と紅茶を味わっていたノンベルは、落とされた新たなる爆弾にまたしても噴き出しそうになった。咽るノンベルに、6号が心配そうに「どこか内臓を痛めているのではないか? 病気ではないか?」と尋ねるが首を振って否定する。
……いや確かに、12号の愛を自覚して欲しい、とはノンベルも僅かながらに思ってはいた。だからと言って、こう、いきなり、宣言されると心の準備が……、と慌てるノンベルを他所に、6号は難しそうな顔をする。
「メンタルコントロールの機能が低下しているのかもしれん」
「は、はあ……どうされます、研究所にメンテナンスを依頼しますか?」
6号の無機質な言葉に拍子抜けをしつつも、ノンベルは立ち直って有能な副官としての顔を見せた。すぐに脳内で6号のこれから先のスケジュールと、メンテナンスにかかる費用、それらの調整についてを検討する。
しかし、そんなノンベルの働きを遠慮するかのように、6号は首を振った。
「それには及ばん。わが隊の予算を無駄遣いするわけにはいかない」
「それはそうですが……大丈夫なのですか?」
「うむ、今のところ、稼働に問題は出ていない。君から見て、私は異常行動を取っているだろうか?」
逆に聞かれ、ノンベルは首を横に振った。まったくもって、6号隊長に異変は感じられない。普段と変わらない姿だ。
「経過観察で良いだろうと思うが……どうだろうか」
「……そうですね、問題が出てきたら研究所に行きましょう。私も隊長の様子に異常がないか、注意するようにします」
「そうしてくれると助かる。頼りにしているぞ、ノンベル」
6号の言葉にノンベルは自尊心をくすぐられて、背筋を伸ばして軽く頭を下げた。敬愛する隊長に頼られるということの、嬉しさは他では味わえない甘美なものだ。
今度こそ6号は会話を終えたと思ったのか、報告書の書類を片手に、もう片手で焼き菓子を口に運んでいる。それをノンベルは複雑な気持ちで眺めていた。
国に尽くせ、と刷り込みをされているからなのか、6号はどうにも、自分の身を犠牲にして周囲を助ける思考が非常に強い。今回も、メンテナンスが必要であるというなら、予算をしっかり使えば良いのだ。なんなら、隊員の給与を一部カットしても問題はない。それほどまでに、隊の予算のほとんどは隊員のために割り振られている。
そして、隊員達も自らの隊長の為なら、と進んで給与を差し出すだろう。そういう、信頼関係がこの隊には出来上がっている。
だが、それを6号は良しとしなかった。隊員は大切な帝国民であり、大切な部下である。だからこそ、常に良いものを食べて、健康的で、そして大きく育ってもらわなければ、と半ば盲目的に信じ込んでいるところがあった。ノンベルなどはもうとっくに成人して、成長期は終わった人間であるというのに。
できれば、その御身を大切にして欲しい、とノンベル含む隊員達は思っている。なかなか、6号にその思いが伝わらずやきもきしている日々だ。
6号達旧世代の猟犬は、本実験開始前の段階で感情は不要なものとして消去される。これは過酷な実験の末に、能力を身に着けても発狂してしまう失敗作が多発したからだと言われている。また、猟犬として世に送り出された後に、国や研究所に対して「憎しみ」「恨み」といった感情を持たせないための措置でもあった。
心身ともに徹底的に痛めつけられる生活を強制させられて、負の感情を持たずにすむ人間などはあり得ない、との判断だった。
ノンベルは学んだ猟犬の歴史を思い返しながら、真面目に仕事をこなす6号を見る。猟犬の実験内容やその成り立ちについては、どこかぼかされているところも多い。それは機密として帝国外に流出してはいけない情報の部分であるとか、はたまた、そういった実験を国民に対して行ったという非道を批判されないためであるとか。
だとして、猟犬はここに存在している、生きている。
戦争中からの付き合いであるノンベルとて、6号の全てを知っているわけではない。それでも、非人間的な扱いに文句ひとつ言わず、がむしゃらに戦場を駆け抜け、ノンベル達帝国軍兵士の命を守り、帝国の平和と安寧を取り戻した英雄なのだ、彼は。
だから、その栄誉の分だけでも6号には幸せになってほしいと願ってやまない。それを願うのは、6号隊の隊員もみな同じだ。
6号隊長の幸せを考えるなら、今、芽生えつつある感情は大切にしたいところ。しかし、その感情のせいで6号が苦しんだり、職務を全うできなくなっては本末転倒だ。
いつか、6号の申し出で、彼を研究所に連れていく日が来るかもしれない。メンタルコントロール機能のメンテナンスは非常にシンプルで、再度、感情を完全に消去するだけだ。費用こそかかるが、効果は絶大。
以前にも、メンテナンスを受けた直後の6号に接したことは何度もある。その時の、違和感と言ったら。理性では理解していても、ノンベルの人間としての感情が追い付かない。ほんの昨日までは、手柄をあげた部下を見守る温かい視線を投げかけてくれていたはずなのに。今は、まるで物でも見るかのように何の感情も浮かばない視線をノンベルにくれる。
(あれは、できれば避けたいところだ……)
誰にも相談ができないだろう、重大な事案を胸に抱えて、ノンベルは紅茶を飲み干した。一瞬、相談相手として12号が脳裏に浮かぶが、頭を振ってその顔を追い出す。
12号に相談するのは、まだ時期尚早だろう。何しろ――今のアレは、自分たちの大切な6号隊長を独り占めしようとする敵なのだから。
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第一章完結まで予約投稿済みです。
「……12号といると、どうも心がざわめく……と表現すれば良いのだろうか、どこか、落ち着かない気分になる。悪い気持ちはしないのだが……」
「ブフォッ!」
荒波の様な会話もようやく落ち着いたか、と紅茶を味わっていたノンベルは、落とされた新たなる爆弾にまたしても噴き出しそうになった。咽るノンベルに、6号が心配そうに「どこか内臓を痛めているのではないか? 病気ではないか?」と尋ねるが首を振って否定する。
……いや確かに、12号の愛を自覚して欲しい、とはノンベルも僅かながらに思ってはいた。だからと言って、こう、いきなり、宣言されると心の準備が……、と慌てるノンベルを他所に、6号は難しそうな顔をする。
「メンタルコントロールの機能が低下しているのかもしれん」
「は、はあ……どうされます、研究所にメンテナンスを依頼しますか?」
6号の無機質な言葉に拍子抜けをしつつも、ノンベルは立ち直って有能な副官としての顔を見せた。すぐに脳内で6号のこれから先のスケジュールと、メンテナンスにかかる費用、それらの調整についてを検討する。
しかし、そんなノンベルの働きを遠慮するかのように、6号は首を振った。
「それには及ばん。わが隊の予算を無駄遣いするわけにはいかない」
「それはそうですが……大丈夫なのですか?」
「うむ、今のところ、稼働に問題は出ていない。君から見て、私は異常行動を取っているだろうか?」
逆に聞かれ、ノンベルは首を横に振った。まったくもって、6号隊長に異変は感じられない。普段と変わらない姿だ。
「経過観察で良いだろうと思うが……どうだろうか」
「……そうですね、問題が出てきたら研究所に行きましょう。私も隊長の様子に異常がないか、注意するようにします」
「そうしてくれると助かる。頼りにしているぞ、ノンベル」
6号の言葉にノンベルは自尊心をくすぐられて、背筋を伸ばして軽く頭を下げた。敬愛する隊長に頼られるということの、嬉しさは他では味わえない甘美なものだ。
今度こそ6号は会話を終えたと思ったのか、報告書の書類を片手に、もう片手で焼き菓子を口に運んでいる。それをノンベルは複雑な気持ちで眺めていた。
国に尽くせ、と刷り込みをされているからなのか、6号はどうにも、自分の身を犠牲にして周囲を助ける思考が非常に強い。今回も、メンテナンスが必要であるというなら、予算をしっかり使えば良いのだ。なんなら、隊員の給与を一部カットしても問題はない。それほどまでに、隊の予算のほとんどは隊員のために割り振られている。
そして、隊員達も自らの隊長の為なら、と進んで給与を差し出すだろう。そういう、信頼関係がこの隊には出来上がっている。
だが、それを6号は良しとしなかった。隊員は大切な帝国民であり、大切な部下である。だからこそ、常に良いものを食べて、健康的で、そして大きく育ってもらわなければ、と半ば盲目的に信じ込んでいるところがあった。ノンベルなどはもうとっくに成人して、成長期は終わった人間であるというのに。
できれば、その御身を大切にして欲しい、とノンベル含む隊員達は思っている。なかなか、6号にその思いが伝わらずやきもきしている日々だ。
6号達旧世代の猟犬は、本実験開始前の段階で感情は不要なものとして消去される。これは過酷な実験の末に、能力を身に着けても発狂してしまう失敗作が多発したからだと言われている。また、猟犬として世に送り出された後に、国や研究所に対して「憎しみ」「恨み」といった感情を持たせないための措置でもあった。
心身ともに徹底的に痛めつけられる生活を強制させられて、負の感情を持たずにすむ人間などはあり得ない、との判断だった。
ノンベルは学んだ猟犬の歴史を思い返しながら、真面目に仕事をこなす6号を見る。猟犬の実験内容やその成り立ちについては、どこかぼかされているところも多い。それは機密として帝国外に流出してはいけない情報の部分であるとか、はたまた、そういった実験を国民に対して行ったという非道を批判されないためであるとか。
だとして、猟犬はここに存在している、生きている。
戦争中からの付き合いであるノンベルとて、6号の全てを知っているわけではない。それでも、非人間的な扱いに文句ひとつ言わず、がむしゃらに戦場を駆け抜け、ノンベル達帝国軍兵士の命を守り、帝国の平和と安寧を取り戻した英雄なのだ、彼は。
だから、その栄誉の分だけでも6号には幸せになってほしいと願ってやまない。それを願うのは、6号隊の隊員もみな同じだ。
6号隊長の幸せを考えるなら、今、芽生えつつある感情は大切にしたいところ。しかし、その感情のせいで6号が苦しんだり、職務を全うできなくなっては本末転倒だ。
いつか、6号の申し出で、彼を研究所に連れていく日が来るかもしれない。メンタルコントロール機能のメンテナンスは非常にシンプルで、再度、感情を完全に消去するだけだ。費用こそかかるが、効果は絶大。
以前にも、メンテナンスを受けた直後の6号に接したことは何度もある。その時の、違和感と言ったら。理性では理解していても、ノンベルの人間としての感情が追い付かない。ほんの昨日までは、手柄をあげた部下を見守る温かい視線を投げかけてくれていたはずなのに。今は、まるで物でも見るかのように何の感情も浮かばない視線をノンベルにくれる。
(あれは、できれば避けたいところだ……)
誰にも相談ができないだろう、重大な事案を胸に抱えて、ノンベルは紅茶を飲み干した。一瞬、相談相手として12号が脳裏に浮かぶが、頭を振ってその顔を追い出す。
12号に相談するのは、まだ時期尚早だろう。何しろ――今のアレは、自分たちの大切な6号隊長を独り占めしようとする敵なのだから。
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