【一章完結】猟犬12号は6号を愛している

あかのゆりこ

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chapter 1 // 悪徳貴族の人身売買事件

3話 キャック・ド・ルーラル伯爵

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 キャック・ド・ルーラル伯爵は執務机の前に積みあがった金貨袋を前にして気色の悪い笑みを浮かべていた。

「フ、フフフ……これだけの金があれば、伯爵位も安泰よ」

 それらは全て、違法な人身売買で得た金。その辺の子供を海外へ輸出するだけで金貨一袋、見た目が良かったり異能持ちであったりすれば、二袋にもなった。

「無駄飯ぐらいの始末をしてやっているのだから、これぐらいは稼がせてもらわんんとなあ」

 主人の独り言とも取れる呟きに、控えていた執事は無言のまま軽く頭を下げる。
 ルーラル伯爵にとって、領地にある孤児院は実に邪魔なものであった。それらを支援する金は領主である自分が負担しなければならない。そのくせ、金をかけて育てても孤児などという生き物は何の役にも立たなかった。遠くの領地では孤児から騎士まで出世した人間や、世界を股に掛ける大冒険家が出たという話もあるらしいが……そのような『博打』をする気には到底なれない。
 そもそも、今すぐにでも金を揃えなければ男爵に降格する可能性が高いのだ。そんな何年も先まで待っていられない。
 孤児を集めて海外に売るという行為は、実に理にかなったものであるとルーラル伯爵は考えている。何しろ、領地のゴミを金に変換しているのだ。
 孤児が少なくなってきた今、孤児院もいくつか閉鎖させるように手はずを整えている。そうすれば、伯爵家の財政状況はより一層、明るいものになるだろう。

「時に、カミラはしっかりと働いているか」
「はっ……本日も朝から地下でお勤めをこなしております」

 執事の回答に、ルーラル伯爵は満足そうに頷いた。顎についた贅肉が形を変えて押し出される。金がない金がない、と騒ぐ割に節制をしないルーラル伯爵は、見た目としては誠に裕福な貴族に見えた。端的に言えば、全身贅肉だらけ。

「ふん、アレも男ならまだ使い道があったものの……せめて、あの魔力で家の為に働いてもらわねば釣りに合わん」

 吐き捨てるようにルーラル伯爵が言った。その言葉に対しては、執事は無反応を貫く。例え主人が実の娘であるカミラ・ド・ルーラルを虐げたとしても、執事はそれに同意することはできない。執事にとって、カミラもまた、仕えるべきルーラル伯爵家の一員だからだ。
 
 カミラ・ド・ルーラルは間違いなく、キャック・ド・ルーラル伯爵の血を受け継いだ正真正銘の実子だ。しかし、キャック・ド・ルーラル伯爵は実の娘であるカミラを虐げている。
 カミラは、ルーラル伯爵と政略結婚の相手に生まれた娘だ。ルーラル伯爵の目的であった膨大な魔力は母の血筋から受け継ぐことはできたが、よりにもよって性別は女。女では、他所へ嫁がせて支度金をせしめる事ぐらいにしか使い道がない。

 かと言って、あの魔力量の女をそう簡単に外に出すわけにはいかない。魔力の多さは貴族の強さ。迂闊なところに出せば、優秀な跡継ぎを生ませて他勢力を増大させてしまう可能性がある。
 旧然たる貴族的思考を常とするキャック・ド・ルーラル伯爵にとって、カミラは実の娘と言えども『役に立たない駒』の一つに過ぎなかった。
 
 せめて、性別が男であれば、後継ぎとして育て上げただろう。せめて、魔力が人並みであれば、普通の女として教育して嫁に出しただろう。
 カミラは、そのどちらも満たすことができなかった。

 主人の顔色を窺いつつも、執事は何通かの手紙を取り出す。

「そのカミラお嬢様宛てに茶会の誘いが来ております」
「ああ、いらんいらん。そんなもの、全て病気のため欠席で返しておけ」
「……かしこまりました」

 面倒くさそうに手を払うルーラル伯爵に対し、執事はまた頭を下げた。そのまま、用件が済んだ故に退室の許可を主人に求める。伯爵は執事に目もくれず、ぞんざいに頷くとまたしても金貨袋に夢中になった。銀行に預けられないそれを、伯爵は楽しそうに自らの手で数えては裏帳簿につけている。それで、主人は働いた気になっているようだ。

 伯爵の執務室から出た執事は、大きくため息をつく。廊下には、メイド長が不安そうな顔で執事を待っていた。

「ご主人様はなんと……」
「全て欠席で返せ、だそうだ。お嬢様を社交に出すつもりはないらしい」
「嗚呼……おいたわしや、カミラお嬢様……」

 メイド長は目尻に涙を浮かべながら嘆く。その様子に、執事は無念そうに首を振った。

「社交の誘いがあったことはお嬢様には伝えぬよう頼む」
「はい、そういたします……」

 執事に頭を下げ、メイド長はしずしずと下がった。『お勤め』の為、カミラは今日も地下で昼食を取ることになるだろう。
 下働きの様な服を身にまとい、薄暗い地下で朝から晩まで過ごすカミラが不憫でならない。せめて、今日の昼食に彼女の好物を入れらるように料理長に頼みましょう、とメイド長は決心するのであった。



 首都ラッサを走る巡回馬車の中。ルーラル伯爵邸がある貴族街へと、12号とクリフは向かっていた。小柄なクリフに対して、成人男性としても長身で体格の良い12号はどことなく狭そうにしながら、窓の外を見ている。
 今すぐ突入、とは言わないが、敵情視察は必要だろ~、と言う12号の一声で、クリフはこうして12号と共にルーラル伯爵邸を目指していた。
 公共馬車の中で機密の書類を広げるわけにも、12号と話し合うわけにもいかず。クリフは出かける前に頭に叩き込んだ伯爵家にまつわるデータを何度も反芻していた。

「おーい、着いたぞ」
「っ! は、はい!」

 そうしているうちに、馬車は目的地に着いたようで。12号に促されて、クリフは慌てて背筋を伸ばした。

 首都ラッサの貴族街は、皇族が住まう城を中心に円状に広がっている。さらにそれらを取り囲むように広がっているのが、クリフ達が住んでいる市民街だ。警察署や治安維持部隊の詰め所も市民街の方にある。
 貴族街と市民街を隔てる巨大な城壁を見上げ、クリフは緊張で喉を鳴らした。貴族街に立ち入るのは、初めてだ。

「お前、ちゃんと身分証明カード持ってきたよな?」
「だだだ大丈夫です!」

 緊張のあまり、全身カチコチになっているクリフを見て12号は声を掛けようかと迷って、やめておいた。まあこれも経験だろう、と生暖かく見守ることにする。

 城壁の一部に門があり、そこで身分確認と身体検査をしてようやく、貴族街に入れる。もちろん、それは貴族でない人間のみ。貴族は家紋を見せればそれだけでスムーズに入ることができる。まあ、首都と自分の領地を行き来する以外に貴族が貴族街を出入りすることはほとんどないからこその制度とも言えた。

 入場の列に並んだ二人に、奇異なものを見る視線が刺さる。猟犬部隊の制服を着た二人は、非常に目立っていた。その視線に、クリフはどことなく萎縮してしまう。
 12号の方を見れば、いつもと変わらない眠そうな表情だ。ついでに、大あくびまでしている。

「次! 身分証明カードを提示しろ!」

 野太い声で呼ばれて、クリフは肩をびくつかせた。目の前に立っているのは、鎧に身を包んだアレグリア帝国所属の騎士。
 貴族街では、警察ではなく騎士団が警備に当たっているという。それを知識では知っていたが、こうして騎士に会うのは初めてだ。思わず、じろじろと見てしまい、目があった瞬間に睨まれる。クリフは思わず、首を竦めた。
 騎士の男は12号の身分証明カードを受け取り、目を通した。

「……猟犬か」
「はいはい、ちょいと野暮用でね。悪いけど、機密だから具体的な内容は明かせない」
「チッ」

 12号の尊大な物言いに、騎士の男はあからさまに嫌そうな顔をして、聞こえるほどの大きさで舌打ちをした。そのまま、乱暴にクリフの身分証明カードを引っ手繰る。裏表を確認し、一点に目を止める。

「なんだ、ヒトモドキか」
「!」

 そう言われて、クリフは顔を赤くした。恥ずかしさではない、怒りだ。自分に流れるエルフの血を馬鹿にされたことによる怒り。
 クリフはエルフと人間のハーフである。しかし、その容姿は普通の人間と全く変わらず、初対面でハーフエルフだと気付かれたことはない。今回のように、明確に出身国と種族を確認されればわかる程度だ。

 思わず、怒鳴り返しそうになったところで12号の手が背中を叩く。ハッと我に返ったクリフは、怒りに赤くなった顔を見られぬように俯いた。唇を噛みしめてぐっと堪える。

「――よし、通れ。問題ごとを起こすなよ」

 顎で出口を指され、12号とクリフは騎士達からの友好的とは言えない刺々しい視線に見送られて貴族街に足を踏み入れた。

「悪かったな、我慢させちまって」
「……いえ、すみません、僕が短気なせいで……」
「そう言うなよ、俺はお前のそういうプライドの高さを案外気に入ってんだ」

 12号の慰めが、心に染みる。クリフは緊張していた体を解すように伸びをして、大きく息を吐いた。目の前には、市民街とは全く異なる光景が広がっている。全面石畳のまばゆいほどの道路。脇に立つ建物はどれもが気品に溢れており、また、大声での呼び込みもけばけばしい客寄せの看板もなかった。
 見れば、行きかう人々も服装がどことなく上品なものであり、明らかに空気が違う。

「これが、貴族、なんですね」

 アレグリア帝国に来るにあたって、何度も貴族制度や貴族に関する情報は勉強してきた。自分の生まれ故郷でも、貴族制度こそ無けれども似たように敬うべき上位の存在はあった。それでも、ここまで貴族とそれ以外ではっきり分かれている空気は、クリフにとって実に異文化としか言えなかった。

「そう、これがアレグリア帝国をずっと支えてきた貴族ってやつ」

 12号はそう言った後に、声を潜めた。

「いいか、貴族にはどうしても古い考えを持つ人間が多い。さっきの騎士団も、たいていは貴族の関係者だからな」
「……はい」
「そういう意味じゃ、見た目は華美で洒落ていても、俺達にとっちゃここは魔窟だ。……気をつけろよ」

 つまり。これから出会うかもしれない人間たちは、全て先ほどの騎士の男のような態度をとる可能性が高い、ということ。クリフは12号の言葉に静かに頷き、覚悟を新たにする。

 アレグリア帝国も公的には人種差別を禁止している。というのも、近隣諸国を支配下に置き、奴隷ではなく帝国民として迎え入れると当時の皇帝が決を下したのだから、全ての『人間』は種族にかかわらず帝国民として扱わなければならない。
 だが、理性ではそう考えていても思想というものは一朝一夕で変わるものではなかった。特に、新しく流入してきた異能を持つ『亜人』が特権階級に据えられるようになってからは、貴族の反発は非常に大きかったという。今でこそ表立って差別をする貴族はいないが、その陰ではいまだに迫害は続いている。

 貴族街を二人で歩いていても、市民街に比べれば好意的な視線は非常に少なく、どちらかと言えば睨みつけたり、汚らわしいものを見たと言わんばかりにすぐに視線を逸らされたり、どうにも居心地が悪いと言わざるを得なかった。
 とは言え、それらの視線はすべて12号に向かっているもの。見た目上は普通の人間、旧来の帝国民とそこまで変わらないクリフに対しては、興味深そうな視線が飛んでくるに限られていた。

「ま、こういうのは慣れだよ慣れ」
「う、そうですか……」
「帝国で働く限り、どこでは貴族と関わる事になるからなぁ……」

 ぼんやりと呟く12号に、クリフも微妙な相槌を打った。望んで帝国に移住してきたのだから、それぐらいで故郷に帰るとは思わないものの……それでも、今後の生活についてクリフはどことなく暗澹たる気持ちを抱えることになった。



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誤字脱字誤用その他ミスについては、一度完結してからまとめて直す予定です。
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