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【第二部】魔王覚醒編
43)カーテンコール
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夕方の晩餐会。案の定、グレンはまたしても他国の貴族、それどころか国内の貴族にも囲まれてもみくちゃにされていた。
しかし、先ほどと違うのは。護衛騎士と言う名目で、ドーヴィがぴたりとそばにいる点である。
本来、平民であるドーヴィは王城で行われる宮廷晩餐会へは出席できない。例え護衛騎士であっても、だ。以前なら、ティモシーがその役割を担っていた。
だが、今回ばかりは出席を許されている。あの悪魔の一撃を防いだ剛の者、自身の命を賭けてクランストン宰相を守り抜いた忠義の者。と、なれば、例え平民と言えども貴族達から「ぜひ一目見てみたい」と要望も上がるもので。
「ほう、貴殿が『平民勇者』であるか……」
なんだその名前、とドーヴィは内心でズッコケながらも、覚えた貴族に対する平民としての礼を卒なくこなした。相手は国外の貴族夫妻。残念ながら、ドーヴィはグレンほど貴族の名前も顔も地位も、理解していない。とりあえずは口を開かずに黙って頭を下げておく。
「ほほほ、傭兵という話でしたが、なかなかどうして、礼儀も知っているじゃありませんの」
「おお、そうだな。さすがクランストン宰相が見込んだ男、ということか」
そうして固まっていると、揉まれていたグレンがドーヴィを救出にやってきた。自分の話となると途端に口数が少なくなるグレンだが、ドーヴィを自慢する話となると逆に饒舌になるのである。
その貴族夫妻と大いにドーヴィの話で盛り上がり、グレンはにこやかに握手をして別れた。
……すっかり見世物にされているドーヴィとしては、全くもって面白くないのだが。しかし、この契約主はちょっとでも目を離すとすぐに死んでしまうので、ぐっと耐えてグレンから絶対に離れないように気を付けている。
(こりゃあ、二人きりになれるのはまだまだ後かね……)
次なる賓客の相手をするグレンを見ながら、ドーヴィは顔には出さずに心の中で嘆いておいた。百七十六年ぶりなのだから、早く抱きしめたくて仕方がないと言うのに、全く、貴族と来たら……。
☆☆☆
舞台の幕が下りる。観客のいないその舞台の上で、フィルガーは優雅にお辞儀をした。
「ヤレヤレ……大赤字どころか、とんだ大損害ですヨ」
シルクハットの鍔に手を掛け、気障ったらしくステッキを床に突き立て。舞台の上から見渡すのは、観客席――ではなく、更地。そう、更地。何度見ても、更地。
頭痛を堪えるようにこめかみあたりに手を当てたフィルガーは、頭を振った。
ここはフィルガーの自宅……だった場所。今は、人間の世界に入り込むための舞台装置しか残っていない。
というのも。つい先日、優雅に紅茶を嗜んで悪魔新聞を読んでいたところ、どこぞの脳筋悪魔に自宅を爆破されたのであった。
何事かと思う間もなく屋敷は崩壊し、そこからフィルガーは脳筋悪魔ことドーヴィに世界の果てまで追いかけ回され、最終的に数えるのも面倒になるころには千三百回ほど殺されていた。
これ以上殺されたらさすがに活動に支障が出る、というところでフィルガーは何とか暴走するドーヴィを止めて、会話をすることに成功。で、聞けば、フィルガーはもうすっかり忘れていた以前の人間の世界での遺恨の復讐に来たらしい、と。
「全く、愛に狂うは悪魔も同じ、とはよく言ったものデス」
そういえば悪魔新聞にドーヴィが天使の施設を襲撃し、かなりの損害を与えたと記事になっていた、とフィルガーはその時にようやく思い出したのであった。そこから、ドーヴィがなぜ襲撃したのか、襲撃した結果どうなったのかを聞き。
……ちなみに、その間に追加で三回ほど殺された。残念ながら、純粋な戦闘能力となるとドーヴィの方がフィルガーより相当に格上なのだ。
とにかく。そこで、フィルガーはドーヴィに交渉を持ちかけた。ドーヴィの契約主、グレン・クランストンの利になるように仕組むから、それで和解しよう、と。
さすが愛に狂った悪魔である。契約主の事を持ち出せば、二つ返事で了承してくれた。……もちろん、約束を違えれば次は本当に消滅するまで殺す、とフィルガーを脅してはきたが。
そうしてフィルガーが脚本を作り、演出して見せたのが――例の、モア・クレイア処刑時の騒動だ。
ドーヴィには詳細を伏せ「アナタがあの世界に来るちょうど良いタイミングに合わせますヨ」と言って、完璧にフィルガーは演劇を脚本通りに進めたのだ。
見たか、あのドーヴィの完璧なタイミングでの滑り込み。聴衆たちの反応。その後のグレン・クランストンの評判を!
魔王と言う汚名も、洗脳されたと言う汚点も、見事に全て雪いで見せた。
「……マ、たまには悪役として舞台に上がるのも悪くはありませんでしたネ。助演男優賞でも頂くとしまショウ」
何もない灰色の、魔力不定空間に向かってそう呟いたフィルガーはステッキを片手に歩き始める。
まずは自宅の再建。そのために大工仕事が得意な悪魔へ相談しに行かなければ。
悪魔としての活動は、しばらく休演だ。
☆☆☆
「陛下」
直接、そうアルチェロに呼び掛けられる人間は数えるほどしかいない。もちろん、聞き知ったその声の主にアルチェロは視線を向け、もう少し近くへ来るように、と手招きした。
「やあ、お疲れ、シルヴェザン元帥」
「陛下も、お疲れ様でございます」
お互い、持っていたワインを合わせ、軽いグラスの音を立てる。口を湿らせるように一口。芳醇な香りが口から鼻に抜けていき、アルチェロはほう、と満足そうに息を吐いた。
「一時はどうなることかと思いましが……本当に、やってくれる男ですよ」
「タイミングが良すぎたねえ。後ろで待ってた? って思うぐらい」
「ハハハ、そうかもしれません」
二人の視線の先には、主に女性貴族に囲まれるドーヴィがいた。ただでさえ『平民勇者』と呼ばれ、実力を示し、礼儀も持っているのだ。さらに他に類を見ないほどの美形と色気を持った男となれば、女性が放っておかない。それどころか、他の男性ですらそわそわしながらドーヴィの周囲で様子を伺っていた。
「まあ、これでグレン君も落ち着くといいね」
アルチェロはドーヴィから、隣で貴族の相手をしているグレンに目を向ける。
アルチェロから見ても、グレンはかなり憔悴していた。もちろん時が経ち、多少は落ち着いたと言えども……やはり常に顔色は悪いし、ストレスでずいぶんと痩せたようだ。
グレンが痩せれば痩せる程、アルチェロが逆にストレスでどんどん太っていく。そうならないように、グレンには何とか健康的でストレスの無い平和な生活を送って欲しいと、アルチェロは心底思う。
「そうですね。……なかなか、夜泣きも酷かったですから」
少しばかり茶化しつつ、レオンはそう言う。
王城住まいのグレンを支えたのは、レオンであり、両親のクランストン公爵だった。毎晩のように「国政について話がある」と交互に呼び出し、グレンが寝付くまで見守る日々。
それができなかった日のグレンは、一睡もできなかったようで。翌朝に、目を真っ赤に充血させて隈を作りながら執務室に出勤してきたというのだから、推して図るべきだ。
「ドーヴィが来てくれれば、グレンもゆっくりできるでしょう」
「うーん、これはまた、休暇でも与えた方がいいかな?」
「……ああ、そういえば、グレン、もうすぐ十八歳の誕生日なんですよ」
「ほう!」
レオンからもたらされた良い情報に、アルチェロは目を輝かせた。クラスティエーロ王国の成人年齢は十六歳のままだが、十八歳は旧成人年齢であり、慣習としてそれなりに大きいお祝いをすることになっている。
「じゃあ、そのタイミングでちょっと長めの休暇、って事にしようかな」
「陛下。そうなると、クランストン一家が全員同時休暇になりますよ」
外相を務めるクランストン公爵と、目の前の軍部を司るシルヴェザン元帥。そして当人であるクランストン宰相。国の中枢がごっそり、休暇で不在となる。
「……いやー、それはまずいよ、うん。また何か良い案、考えておいて」
「ははは、かしこまりました。まあ、王城内で誕生日パーティーをして、グレン本人だけ、長めの休暇、というのが落としどころですかね」
未だかつて、王族以外で王城で誕生日パーティーを敢行した貴族は存在しない。王城はあくまでも王族の物、なのだ。
その慣例を破って、どうやらグレンが前代未聞の王城誕生日パーティーをすることになりそうである。
「いいよいいよ、それぐらい。王族って言ったって、今はボクしかいないからね~」
のほほん、と笑うアルチェロに、レオンもつられて軽く笑う。あの、公開処刑時に「首を落とせ!」と怒鳴った王と同一人物とは思えないほどだ。
「さて、陛下。そろそろクランストン宰相は疲れを癒すために退席頂いた方が良いではないかと思いますが、どうでしょう?」
「ああ、それがいいねえ。あんな大魔法を使って、疲れているだろうからねえ」
ドーヴィも貴族に囲まれ、グレンに至っては囲まれすぎてもはや埋もれてしまっている。
あの二人を、いつまでもこの会場に縛り付けておくのもかわいそうだ。たかが半年と言えども、離れ離れになってしまったあの二人を。
「じゃあ、クランストン宰相の代わりはシルヴェザン元帥にやって貰おうか」
「御免被りたい……と言うところですが、可愛い弟のため、一肌脱ぐといたしましょう」
軽く力こぶを作るレオンを、アルチェロは笑いながら見送った。
貴族の人込みを優雅にかき分け、グレンらしき凹み部分で何やら屈んで話している姿が王座に座るアルチェロからも見える。
その後、ドーヴィと連れ立ち。グレンは会場の出口で、大きく礼をして見送りの拍手と共に退室して行った。
「まあ、ごゆっくり、ってやつだね~。……よかったよかった、ドーヴィが戻ってきてくれて」
アルチェロはまた、ワインを口に運ぶ。一流の高級ワインは常時でも十分に美味しい。しかし、盟友のあの嬉しそうな笑顔を見れば、ワインもますます美味しくなるというもの。
会場内ではシルヴェザン元帥が貴族の相手を務めている。彼は彼で「私はグレン・クランストンの実兄でして」と関係性を知らぬ貴族たちに自己紹介をして、人脈を築いているようだ。
いつだったか、ドーヴィが「グレンの強か成分は全部兄の方が持って行った」と苦々しく言っていたことを、アルチェロはふと思い出し、くすりと小さく笑いを零した。
--
明日も更新ございますので!
しかし、先ほどと違うのは。護衛騎士と言う名目で、ドーヴィがぴたりとそばにいる点である。
本来、平民であるドーヴィは王城で行われる宮廷晩餐会へは出席できない。例え護衛騎士であっても、だ。以前なら、ティモシーがその役割を担っていた。
だが、今回ばかりは出席を許されている。あの悪魔の一撃を防いだ剛の者、自身の命を賭けてクランストン宰相を守り抜いた忠義の者。と、なれば、例え平民と言えども貴族達から「ぜひ一目見てみたい」と要望も上がるもので。
「ほう、貴殿が『平民勇者』であるか……」
なんだその名前、とドーヴィは内心でズッコケながらも、覚えた貴族に対する平民としての礼を卒なくこなした。相手は国外の貴族夫妻。残念ながら、ドーヴィはグレンほど貴族の名前も顔も地位も、理解していない。とりあえずは口を開かずに黙って頭を下げておく。
「ほほほ、傭兵という話でしたが、なかなかどうして、礼儀も知っているじゃありませんの」
「おお、そうだな。さすがクランストン宰相が見込んだ男、ということか」
そうして固まっていると、揉まれていたグレンがドーヴィを救出にやってきた。自分の話となると途端に口数が少なくなるグレンだが、ドーヴィを自慢する話となると逆に饒舌になるのである。
その貴族夫妻と大いにドーヴィの話で盛り上がり、グレンはにこやかに握手をして別れた。
……すっかり見世物にされているドーヴィとしては、全くもって面白くないのだが。しかし、この契約主はちょっとでも目を離すとすぐに死んでしまうので、ぐっと耐えてグレンから絶対に離れないように気を付けている。
(こりゃあ、二人きりになれるのはまだまだ後かね……)
次なる賓客の相手をするグレンを見ながら、ドーヴィは顔には出さずに心の中で嘆いておいた。百七十六年ぶりなのだから、早く抱きしめたくて仕方がないと言うのに、全く、貴族と来たら……。
☆☆☆
舞台の幕が下りる。観客のいないその舞台の上で、フィルガーは優雅にお辞儀をした。
「ヤレヤレ……大赤字どころか、とんだ大損害ですヨ」
シルクハットの鍔に手を掛け、気障ったらしくステッキを床に突き立て。舞台の上から見渡すのは、観客席――ではなく、更地。そう、更地。何度見ても、更地。
頭痛を堪えるようにこめかみあたりに手を当てたフィルガーは、頭を振った。
ここはフィルガーの自宅……だった場所。今は、人間の世界に入り込むための舞台装置しか残っていない。
というのも。つい先日、優雅に紅茶を嗜んで悪魔新聞を読んでいたところ、どこぞの脳筋悪魔に自宅を爆破されたのであった。
何事かと思う間もなく屋敷は崩壊し、そこからフィルガーは脳筋悪魔ことドーヴィに世界の果てまで追いかけ回され、最終的に数えるのも面倒になるころには千三百回ほど殺されていた。
これ以上殺されたらさすがに活動に支障が出る、というところでフィルガーは何とか暴走するドーヴィを止めて、会話をすることに成功。で、聞けば、フィルガーはもうすっかり忘れていた以前の人間の世界での遺恨の復讐に来たらしい、と。
「全く、愛に狂うは悪魔も同じ、とはよく言ったものデス」
そういえば悪魔新聞にドーヴィが天使の施設を襲撃し、かなりの損害を与えたと記事になっていた、とフィルガーはその時にようやく思い出したのであった。そこから、ドーヴィがなぜ襲撃したのか、襲撃した結果どうなったのかを聞き。
……ちなみに、その間に追加で三回ほど殺された。残念ながら、純粋な戦闘能力となるとドーヴィの方がフィルガーより相当に格上なのだ。
とにかく。そこで、フィルガーはドーヴィに交渉を持ちかけた。ドーヴィの契約主、グレン・クランストンの利になるように仕組むから、それで和解しよう、と。
さすが愛に狂った悪魔である。契約主の事を持ち出せば、二つ返事で了承してくれた。……もちろん、約束を違えれば次は本当に消滅するまで殺す、とフィルガーを脅してはきたが。
そうしてフィルガーが脚本を作り、演出して見せたのが――例の、モア・クレイア処刑時の騒動だ。
ドーヴィには詳細を伏せ「アナタがあの世界に来るちょうど良いタイミングに合わせますヨ」と言って、完璧にフィルガーは演劇を脚本通りに進めたのだ。
見たか、あのドーヴィの完璧なタイミングでの滑り込み。聴衆たちの反応。その後のグレン・クランストンの評判を!
魔王と言う汚名も、洗脳されたと言う汚点も、見事に全て雪いで見せた。
「……マ、たまには悪役として舞台に上がるのも悪くはありませんでしたネ。助演男優賞でも頂くとしまショウ」
何もない灰色の、魔力不定空間に向かってそう呟いたフィルガーはステッキを片手に歩き始める。
まずは自宅の再建。そのために大工仕事が得意な悪魔へ相談しに行かなければ。
悪魔としての活動は、しばらく休演だ。
☆☆☆
「陛下」
直接、そうアルチェロに呼び掛けられる人間は数えるほどしかいない。もちろん、聞き知ったその声の主にアルチェロは視線を向け、もう少し近くへ来るように、と手招きした。
「やあ、お疲れ、シルヴェザン元帥」
「陛下も、お疲れ様でございます」
お互い、持っていたワインを合わせ、軽いグラスの音を立てる。口を湿らせるように一口。芳醇な香りが口から鼻に抜けていき、アルチェロはほう、と満足そうに息を吐いた。
「一時はどうなることかと思いましが……本当に、やってくれる男ですよ」
「タイミングが良すぎたねえ。後ろで待ってた? って思うぐらい」
「ハハハ、そうかもしれません」
二人の視線の先には、主に女性貴族に囲まれるドーヴィがいた。ただでさえ『平民勇者』と呼ばれ、実力を示し、礼儀も持っているのだ。さらに他に類を見ないほどの美形と色気を持った男となれば、女性が放っておかない。それどころか、他の男性ですらそわそわしながらドーヴィの周囲で様子を伺っていた。
「まあ、これでグレン君も落ち着くといいね」
アルチェロはドーヴィから、隣で貴族の相手をしているグレンに目を向ける。
アルチェロから見ても、グレンはかなり憔悴していた。もちろん時が経ち、多少は落ち着いたと言えども……やはり常に顔色は悪いし、ストレスでずいぶんと痩せたようだ。
グレンが痩せれば痩せる程、アルチェロが逆にストレスでどんどん太っていく。そうならないように、グレンには何とか健康的でストレスの無い平和な生活を送って欲しいと、アルチェロは心底思う。
「そうですね。……なかなか、夜泣きも酷かったですから」
少しばかり茶化しつつ、レオンはそう言う。
王城住まいのグレンを支えたのは、レオンであり、両親のクランストン公爵だった。毎晩のように「国政について話がある」と交互に呼び出し、グレンが寝付くまで見守る日々。
それができなかった日のグレンは、一睡もできなかったようで。翌朝に、目を真っ赤に充血させて隈を作りながら執務室に出勤してきたというのだから、推して図るべきだ。
「ドーヴィが来てくれれば、グレンもゆっくりできるでしょう」
「うーん、これはまた、休暇でも与えた方がいいかな?」
「……ああ、そういえば、グレン、もうすぐ十八歳の誕生日なんですよ」
「ほう!」
レオンからもたらされた良い情報に、アルチェロは目を輝かせた。クラスティエーロ王国の成人年齢は十六歳のままだが、十八歳は旧成人年齢であり、慣習としてそれなりに大きいお祝いをすることになっている。
「じゃあ、そのタイミングでちょっと長めの休暇、って事にしようかな」
「陛下。そうなると、クランストン一家が全員同時休暇になりますよ」
外相を務めるクランストン公爵と、目の前の軍部を司るシルヴェザン元帥。そして当人であるクランストン宰相。国の中枢がごっそり、休暇で不在となる。
「……いやー、それはまずいよ、うん。また何か良い案、考えておいて」
「ははは、かしこまりました。まあ、王城内で誕生日パーティーをして、グレン本人だけ、長めの休暇、というのが落としどころですかね」
未だかつて、王族以外で王城で誕生日パーティーを敢行した貴族は存在しない。王城はあくまでも王族の物、なのだ。
その慣例を破って、どうやらグレンが前代未聞の王城誕生日パーティーをすることになりそうである。
「いいよいいよ、それぐらい。王族って言ったって、今はボクしかいないからね~」
のほほん、と笑うアルチェロに、レオンもつられて軽く笑う。あの、公開処刑時に「首を落とせ!」と怒鳴った王と同一人物とは思えないほどだ。
「さて、陛下。そろそろクランストン宰相は疲れを癒すために退席頂いた方が良いではないかと思いますが、どうでしょう?」
「ああ、それがいいねえ。あんな大魔法を使って、疲れているだろうからねえ」
ドーヴィも貴族に囲まれ、グレンに至っては囲まれすぎてもはや埋もれてしまっている。
あの二人を、いつまでもこの会場に縛り付けておくのもかわいそうだ。たかが半年と言えども、離れ離れになってしまったあの二人を。
「じゃあ、クランストン宰相の代わりはシルヴェザン元帥にやって貰おうか」
「御免被りたい……と言うところですが、可愛い弟のため、一肌脱ぐといたしましょう」
軽く力こぶを作るレオンを、アルチェロは笑いながら見送った。
貴族の人込みを優雅にかき分け、グレンらしき凹み部分で何やら屈んで話している姿が王座に座るアルチェロからも見える。
その後、ドーヴィと連れ立ち。グレンは会場の出口で、大きく礼をして見送りの拍手と共に退室して行った。
「まあ、ごゆっくり、ってやつだね~。……よかったよかった、ドーヴィが戻ってきてくれて」
アルチェロはまた、ワインを口に運ぶ。一流の高級ワインは常時でも十分に美味しい。しかし、盟友のあの嬉しそうな笑顔を見れば、ワインもますます美味しくなるというもの。
会場内ではシルヴェザン元帥が貴族の相手を務めている。彼は彼で「私はグレン・クランストンの実兄でして」と関係性を知らぬ貴族たちに自己紹介をして、人脈を築いているようだ。
いつだったか、ドーヴィが「グレンの強か成分は全部兄の方が持って行った」と苦々しく言っていたことを、アルチェロはふと思い出し、くすりと小さく笑いを零した。
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