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【第二部】魔王覚醒編
28)作戦準備、完了
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レオン陣営は率いてきた軍の再編成と、今後の戦略に従っての再配置を。クレイア子爵陣営は、グレンを使って屋敷周辺を囲う巨大な防壁を作り出し、防御を固めていた。
「……この状況で籠城して、どうする気なんだクレイア子爵は」
「何も考えていない可能性が高いですね」
グレンとの対峙、そして無茶苦茶な魔力譲渡から丸二日が経過して、ようやく体調が戻ってきたレオンは偵察からの報告を聞いて呆れた様に言った。それに応じた副官のグスタフも、目頭を指で揉んでいる。
今、レオンはクレイア子爵の屋敷を取り囲むように部隊を分けて配置している。レオンが寝込んでいる間にも既に部隊は少しずつ移動を始めており、予定であればそろそろ配置が終わるはずだ。
そして、本日に教会からの援軍が到着する予定となっている。魔王を討伐するための、討伐部隊が。
――方針として、レオン達は教会の部隊を受け入れることにした。
もちろん、グレンが『魔王』である、という点については断固否定するとして。それはそれとして、グレンが悪魔によって操られていることは事実と認め、教会の助力を願う。
魔王ではないが、悪魔によって操られて人民に危害を加えようとしている状態。故に、教会に悪魔祓いをして貰い、グレン・クランストンを救出する必要がある。
それが、レオンの考えた妥協案だった。
グレンが『魔王』であることは絶対に認めてはならない。そうしてしまえば、クランストン辺境家はもちろん、クラスティエーロ王国自体も『魔王を生んだ国』として世界中から攻撃されることになる。
だが、グレンが王国の騎士達に魔法を向けたのも事実。その点は、悪魔に操られているだけ、としておく。
それが一番、話の通りが良かった。あくまでも、グレンがクレイア子爵陣営にいるのは悪魔に操られているだけであり、そこに何の政治的意図も存在しない、と。
「政治っつーのは本当に面倒だな」
「仕方ないだろう、人間が集まれば自然と発生するものだ」
朝の軍議を終え、テント内に一人となったレオンのもとにドーヴィが姿を現して耳打ちする。ちなみに、教会の部隊が到着する前にドーヴィはこの野営地を離脱する予定だ。
その後、レオンが軍を使って誘き出したグレンを、横から攫っていく手筈になっている。待機している戦闘能力皆無の天使マルコに引き渡して、グレンの洗脳を解除すれば、ドーヴィとしてはミッションコンプリート、である。
後の事はレオンがどうにかすればよいとドーヴィは思っている。……そしてそれをレオンも薄々感じているから、ドーヴィの事は戦力に入れずに今後の方針を決めていた。
そこがまた、勝手にフィルガーの力を当てにしているザトーやモアと違うところなのだろう。
「政治は俺がやる。ドーヴィは、グレンを頼むぞ。……信じているからな?」
レオンはじろりとドーヴィを見上げた。どことなくグレンを思い出させる見上げ方だが……目の鋭さが違う。もっとグレンのおねだりは可愛いもんなぁ、とドーヴィが若干の現実逃避をしつつ、レオンの『おねだり』に頷く。
「任せろ。教会の連中にグレンはやらせねえよ」
天使マルコの事は伏せてあるが、レオンだけには「洗脳解除の当てがある」とだけ言ってある。便利な言葉『悪魔のルールで話せない』でレオンの追及は躱した、はず。
まあ、グレンほどピュアではないレオンは、ドーヴィの言い方に引っ掛かっていたようだが。そこは合理主義のレオンの事、詳細はどうあれ自分たちに不利益が無く、かつ、弟を救出してくれると言うなら多少の謎は黙って飲み込んでくれるようだ。
レオンは朝の軍議に使用した最新の情報が追記された地図を示す。
「防壁の構築具合からしても、屋敷の裏から攻めるのが手っ取り早い」
「ああ。そこにローデン達の騎兵隊を配置してくれてあるんだな?」
うむ、とレオンは頷く。ドーヴィの正体を知っているローデンがいた方が、何かあった時にまだマシだろうというレオンの判断だ。
レオンはそのまま、屋敷の表に指を移動させてトントンと叩く。
「俺達は正面から。教会の部隊も一緒に同行してもらう。……なるべく、一緒に移動するように依頼してみるが……」
「どうだろうなぁ。あいつら、魔王討伐だってだいぶ息巻いているみたいだぜ?」
「……教会の方々が、そんなに血気盛んだとは知らんぞ」
苦虫を噛み潰したような顔をするレオンに、ドーヴィは思わず笑いだしそうになる。笑っている場合ではなくても、グレンによく似たその顔を見ていると笑いたくもなるという物だ。
教会から派遣される部隊について、ドーヴィは夜のうちにチラッと見てきた。天使は四人ほど、残りの数十人は普通の人間らしい。恐らく、天使がいるという事も知らないだろう、本当に何も知らない普通の人間である。
天使四人、というのはなかなかの戦力だ。グレン以外に、悪魔二人が存在していることも考慮して、なのだろう。
あまり近づいて感づかれると面倒であったからドーヴィは遠くから見るだけであったが、予想するにその四人の中にも相当な手練れが混ざっているはず。何しろ、悪魔二人のうちは超武闘派で知られるドーヴィなのだから。
(つっても、今の体じゃフィルガーより弱いけどな)
あんな病気を振りまくしか能の無い悪魔より弱体化するとは、目も当てられない。ドーヴィは一人ひっそりとため息をつき、レオンにフィルガーについて話を向ける。
「ローデンが先陣を切って突撃し、グレンを誘い出す。その後は他の部隊で一斉攻撃、だな? フィルガーの目を戦場に向けさせるために」
「うむ。そのフィルガーという悪魔が満足してくれるかはわからんが。……少なくとも『戦争』の様な形にはする予定だ」
「あー……あいつは血がド派手に飛び散る方が好みだからなぁ……」
「……やはり悪魔の好みと言うのはわからんな……」
わざわざ部隊を分けて攻め入るのは、フィルガー戦場に夢中にさせるため。そうでなければ、精鋭部隊を正面から突撃させた方が早い。特にグレンを誘い出した後であれば、クレイア子爵陣営にまともな兵力が無いのだから。
すでにシャノン達、諜報部隊の働きもあり、クレイア子爵の屋敷には碌な武器も兵力も無い事が明らかになっている。そもそも、こうして偵察されているのにそれを防ごうともしない程度の戦力しかないのだ、相手には。
ふと、ドーヴィが地図から顔を上げて何もないテントの壁を見る。その仕草に一瞬、レオンは目を丸くするが、すぐにドーヴィが人間ならぬ瞳の持ち主であることを思い出して丸くした目を元に戻した。
「……そろそろか」
「教会か」
どうやら、敵でもあり味方でもある教会からの応援部隊が到着したようだ。
ドーヴィはもう一度だけ、地図を見て周囲の人員配置などを頭に叩き込んでおく。何が起きるかわからないが……どこにグレンを託せる人間がいるかぐらいは、知っておいた方がいい。
「後は予定通りに頼むぞ」
「そっちこそ。うちの弟を何とか助けてやってくれ」
「言われなくても。俺にとっても大事な契約者様だからな」
そう言うドーヴィに、レオンは拳を上げた。グレンならやらないだろう、少しばかり男らしい仕草に、ドーヴィも思わずニヤリと口角を上げる。
そのレオンの拳にドーヴィも拳をコツンと突き当てて、その場から姿を消した。
☆☆☆
すでに移動を終えたローデンの部隊にドーヴィは追いつく。転移は封じられているから、天使やフィルガーに気づかれない程度に相当な大回りをして自分の足で辿り着いた。
どこからともなく現れたクランストン宰相の筆頭護衛官に、ローデンの部下たちはぎょっとした顔をする。それはそうだろう、自分たちは馬で移動してきたと言うのに、なぜか馬を連れていない護衛の人間が普通に立っているのだから。
そんな部下たちに陣地作りの指示を出して気を反らしてから、ローデンはドーヴィの元へやってきた。
顎で示し、ドーヴィはローデンを人気の少ない隅へと連れだす。……ローデンの顔が今にも死にそうな表情になったのは、気のせいだろうか。
「ローデン、作戦はレオンから聞いているな?」
「もちろんであります! 対象を発見したら挑発し、自分たちは真っ先に逃げます!」
声を潜めたままに、ローデンは勢いよく作戦を復唱する。器用な事だ。
「対象……クランストン宰相閣下が十分にクレイア子爵の屋敷から離れてから……ド、ドーヴィ殿が、攫いに来る、と」
「おう、合ってる」
ごくり、と唾を飲み込むような仕草をしつつ、ローデンは何度も頷いた。
……まあ、彼にしてみれば生きた心地はしないだろう。ほとんど面識のない『悪魔』が目の前にいるのだから。
(そうだよなぁ、これが悪魔に対する普通の反応だよナァ……)
アルチェロやレオン含めたクランストン辺境関係者に平然と対等に扱われていることですっかり忘れていたが、そういえば普通の人間からしてみれば自分は恐ろしい存在なはずなのだ。ドーヴィは久々に自分が『悪魔』であることを思い出したような気分になった……。
クランストン辺境関係者からは完全にグレンの子守もとい恋人扱いされているし、アルチェロからは便利な臣下だと思われている。
「ローデン、お前いいやつだな」
「ヒッ、は……へ?」
「いやなんでもねない」
思わずしみじみと言ってしまったが、ローデンからしてみれば何のことやら。
まあいい、と頭を振ってドーヴィは忙しそうに様々な準備をするローデンの部下たちを眺める。
「グレンの魔法については、どの程度知っている?」
「……無詠唱で、高火力広範囲長射程の魔法を間髪入れず放ってくるということを知っております。あと魔力が無尽蔵なのでその魔法を無限に放てると……」
「……そうだな」
そうして言葉にしてみると、何と恐ろしい魔術師であることか。ドーヴィも思わず、天を仰ぎそうになる。
グレンの可愛さに覆われていたが、腐っても大魔術師、それも王国一どころか世界一と言っても過言ではないほどの実力の持ち主。
いわゆる火薬が無いこの世界において、その大火力をほぼ無限に撒き散らせると言うのは、確かに兵器と言って差し支えないものだ。
「ですが、必ず前動作として『手を振り上げる』というのがありますので、そうした動作をした時点で全力で回避行動に移れば、回避も可能かと。シルヴェザン元帥閣下から御指南頂きました」
お、とドーヴィは少しばかり目を見開いた。レオンはちゃんとグレンの癖を見抜いていたらしい。
そう、無敵に思えるグレンにも弱点はある。言わずと知れた体力面と運動能力。そして、必ず前動作がある事。
無詠唱と言えども、魔法を使う際に腕を振る、手を挙げる、と言った前動作がグレンの癖であり、弱点だ。
……とは言え、そもそも人間が無詠唱で魔法を使うにしても、悪魔であるドーヴィのように完全に前動作なしでいきなり魔法を出すのは難しい。人間なら誰でも同じだ。必ず、何かアクションをする前にそれなりに身構えたりするもの。
それを直そうと思えば、かなりの時間をかけて訓練する必要があるだろう。だからこそドーヴィはグレンのその癖を注意だけするに留めておいた。
(結果的に、矯正しなくて良かったってオチかよ……)
もし完全に矯正してノーモーションからの無詠唱発動であったら……魔力の流れを検知できない人間は、全く対策を取れずにグレンに焼かれて終わりだ。
「ローデン、グレン対策はそれで合っている」
「ハッ!」
「……お前の『釣り』に全てが掛かっているからな」
ローデンがいかにグレンだけを誘い出して、一本釣りできるか。明日以降の作戦進行は、この男に掛かっていると言っても過言ではない。
「ハッ! 全力を尽くすであります!」
ドーヴィの低い声に、ローデンは元気よく敬礼をして答えた。
----
ローデンいいやつ!
「……この状況で籠城して、どうする気なんだクレイア子爵は」
「何も考えていない可能性が高いですね」
グレンとの対峙、そして無茶苦茶な魔力譲渡から丸二日が経過して、ようやく体調が戻ってきたレオンは偵察からの報告を聞いて呆れた様に言った。それに応じた副官のグスタフも、目頭を指で揉んでいる。
今、レオンはクレイア子爵の屋敷を取り囲むように部隊を分けて配置している。レオンが寝込んでいる間にも既に部隊は少しずつ移動を始めており、予定であればそろそろ配置が終わるはずだ。
そして、本日に教会からの援軍が到着する予定となっている。魔王を討伐するための、討伐部隊が。
――方針として、レオン達は教会の部隊を受け入れることにした。
もちろん、グレンが『魔王』である、という点については断固否定するとして。それはそれとして、グレンが悪魔によって操られていることは事実と認め、教会の助力を願う。
魔王ではないが、悪魔によって操られて人民に危害を加えようとしている状態。故に、教会に悪魔祓いをして貰い、グレン・クランストンを救出する必要がある。
それが、レオンの考えた妥協案だった。
グレンが『魔王』であることは絶対に認めてはならない。そうしてしまえば、クランストン辺境家はもちろん、クラスティエーロ王国自体も『魔王を生んだ国』として世界中から攻撃されることになる。
だが、グレンが王国の騎士達に魔法を向けたのも事実。その点は、悪魔に操られているだけ、としておく。
それが一番、話の通りが良かった。あくまでも、グレンがクレイア子爵陣営にいるのは悪魔に操られているだけであり、そこに何の政治的意図も存在しない、と。
「政治っつーのは本当に面倒だな」
「仕方ないだろう、人間が集まれば自然と発生するものだ」
朝の軍議を終え、テント内に一人となったレオンのもとにドーヴィが姿を現して耳打ちする。ちなみに、教会の部隊が到着する前にドーヴィはこの野営地を離脱する予定だ。
その後、レオンが軍を使って誘き出したグレンを、横から攫っていく手筈になっている。待機している戦闘能力皆無の天使マルコに引き渡して、グレンの洗脳を解除すれば、ドーヴィとしてはミッションコンプリート、である。
後の事はレオンがどうにかすればよいとドーヴィは思っている。……そしてそれをレオンも薄々感じているから、ドーヴィの事は戦力に入れずに今後の方針を決めていた。
そこがまた、勝手にフィルガーの力を当てにしているザトーやモアと違うところなのだろう。
「政治は俺がやる。ドーヴィは、グレンを頼むぞ。……信じているからな?」
レオンはじろりとドーヴィを見上げた。どことなくグレンを思い出させる見上げ方だが……目の鋭さが違う。もっとグレンのおねだりは可愛いもんなぁ、とドーヴィが若干の現実逃避をしつつ、レオンの『おねだり』に頷く。
「任せろ。教会の連中にグレンはやらせねえよ」
天使マルコの事は伏せてあるが、レオンだけには「洗脳解除の当てがある」とだけ言ってある。便利な言葉『悪魔のルールで話せない』でレオンの追及は躱した、はず。
まあ、グレンほどピュアではないレオンは、ドーヴィの言い方に引っ掛かっていたようだが。そこは合理主義のレオンの事、詳細はどうあれ自分たちに不利益が無く、かつ、弟を救出してくれると言うなら多少の謎は黙って飲み込んでくれるようだ。
レオンは朝の軍議に使用した最新の情報が追記された地図を示す。
「防壁の構築具合からしても、屋敷の裏から攻めるのが手っ取り早い」
「ああ。そこにローデン達の騎兵隊を配置してくれてあるんだな?」
うむ、とレオンは頷く。ドーヴィの正体を知っているローデンがいた方が、何かあった時にまだマシだろうというレオンの判断だ。
レオンはそのまま、屋敷の表に指を移動させてトントンと叩く。
「俺達は正面から。教会の部隊も一緒に同行してもらう。……なるべく、一緒に移動するように依頼してみるが……」
「どうだろうなぁ。あいつら、魔王討伐だってだいぶ息巻いているみたいだぜ?」
「……教会の方々が、そんなに血気盛んだとは知らんぞ」
苦虫を噛み潰したような顔をするレオンに、ドーヴィは思わず笑いだしそうになる。笑っている場合ではなくても、グレンによく似たその顔を見ていると笑いたくもなるという物だ。
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天使四人、というのはなかなかの戦力だ。グレン以外に、悪魔二人が存在していることも考慮して、なのだろう。
あまり近づいて感づかれると面倒であったからドーヴィは遠くから見るだけであったが、予想するにその四人の中にも相当な手練れが混ざっているはず。何しろ、悪魔二人のうちは超武闘派で知られるドーヴィなのだから。
(つっても、今の体じゃフィルガーより弱いけどな)
あんな病気を振りまくしか能の無い悪魔より弱体化するとは、目も当てられない。ドーヴィは一人ひっそりとため息をつき、レオンにフィルガーについて話を向ける。
「ローデンが先陣を切って突撃し、グレンを誘い出す。その後は他の部隊で一斉攻撃、だな? フィルガーの目を戦場に向けさせるために」
「うむ。そのフィルガーという悪魔が満足してくれるかはわからんが。……少なくとも『戦争』の様な形にはする予定だ」
「あー……あいつは血がド派手に飛び散る方が好みだからなぁ……」
「……やはり悪魔の好みと言うのはわからんな……」
わざわざ部隊を分けて攻め入るのは、フィルガー戦場に夢中にさせるため。そうでなければ、精鋭部隊を正面から突撃させた方が早い。特にグレンを誘い出した後であれば、クレイア子爵陣営にまともな兵力が無いのだから。
すでにシャノン達、諜報部隊の働きもあり、クレイア子爵の屋敷には碌な武器も兵力も無い事が明らかになっている。そもそも、こうして偵察されているのにそれを防ごうともしない程度の戦力しかないのだ、相手には。
ふと、ドーヴィが地図から顔を上げて何もないテントの壁を見る。その仕草に一瞬、レオンは目を丸くするが、すぐにドーヴィが人間ならぬ瞳の持ち主であることを思い出して丸くした目を元に戻した。
「……そろそろか」
「教会か」
どうやら、敵でもあり味方でもある教会からの応援部隊が到着したようだ。
ドーヴィはもう一度だけ、地図を見て周囲の人員配置などを頭に叩き込んでおく。何が起きるかわからないが……どこにグレンを託せる人間がいるかぐらいは、知っておいた方がいい。
「後は予定通りに頼むぞ」
「そっちこそ。うちの弟を何とか助けてやってくれ」
「言われなくても。俺にとっても大事な契約者様だからな」
そう言うドーヴィに、レオンは拳を上げた。グレンならやらないだろう、少しばかり男らしい仕草に、ドーヴィも思わずニヤリと口角を上げる。
そのレオンの拳にドーヴィも拳をコツンと突き当てて、その場から姿を消した。
☆☆☆
すでに移動を終えたローデンの部隊にドーヴィは追いつく。転移は封じられているから、天使やフィルガーに気づかれない程度に相当な大回りをして自分の足で辿り着いた。
どこからともなく現れたクランストン宰相の筆頭護衛官に、ローデンの部下たちはぎょっとした顔をする。それはそうだろう、自分たちは馬で移動してきたと言うのに、なぜか馬を連れていない護衛の人間が普通に立っているのだから。
そんな部下たちに陣地作りの指示を出して気を反らしてから、ローデンはドーヴィの元へやってきた。
顎で示し、ドーヴィはローデンを人気の少ない隅へと連れだす。……ローデンの顔が今にも死にそうな表情になったのは、気のせいだろうか。
「ローデン、作戦はレオンから聞いているな?」
「もちろんであります! 対象を発見したら挑発し、自分たちは真っ先に逃げます!」
声を潜めたままに、ローデンは勢いよく作戦を復唱する。器用な事だ。
「対象……クランストン宰相閣下が十分にクレイア子爵の屋敷から離れてから……ド、ドーヴィ殿が、攫いに来る、と」
「おう、合ってる」
ごくり、と唾を飲み込むような仕草をしつつ、ローデンは何度も頷いた。
……まあ、彼にしてみれば生きた心地はしないだろう。ほとんど面識のない『悪魔』が目の前にいるのだから。
(そうだよなぁ、これが悪魔に対する普通の反応だよナァ……)
アルチェロやレオン含めたクランストン辺境関係者に平然と対等に扱われていることですっかり忘れていたが、そういえば普通の人間からしてみれば自分は恐ろしい存在なはずなのだ。ドーヴィは久々に自分が『悪魔』であることを思い出したような気分になった……。
クランストン辺境関係者からは完全にグレンの子守もとい恋人扱いされているし、アルチェロからは便利な臣下だと思われている。
「ローデン、お前いいやつだな」
「ヒッ、は……へ?」
「いやなんでもねない」
思わずしみじみと言ってしまったが、ローデンからしてみれば何のことやら。
まあいい、と頭を振ってドーヴィは忙しそうに様々な準備をするローデンの部下たちを眺める。
「グレンの魔法については、どの程度知っている?」
「……無詠唱で、高火力広範囲長射程の魔法を間髪入れず放ってくるということを知っております。あと魔力が無尽蔵なのでその魔法を無限に放てると……」
「……そうだな」
そうして言葉にしてみると、何と恐ろしい魔術師であることか。ドーヴィも思わず、天を仰ぎそうになる。
グレンの可愛さに覆われていたが、腐っても大魔術師、それも王国一どころか世界一と言っても過言ではないほどの実力の持ち主。
いわゆる火薬が無いこの世界において、その大火力をほぼ無限に撒き散らせると言うのは、確かに兵器と言って差し支えないものだ。
「ですが、必ず前動作として『手を振り上げる』というのがありますので、そうした動作をした時点で全力で回避行動に移れば、回避も可能かと。シルヴェザン元帥閣下から御指南頂きました」
お、とドーヴィは少しばかり目を見開いた。レオンはちゃんとグレンの癖を見抜いていたらしい。
そう、無敵に思えるグレンにも弱点はある。言わずと知れた体力面と運動能力。そして、必ず前動作がある事。
無詠唱と言えども、魔法を使う際に腕を振る、手を挙げる、と言った前動作がグレンの癖であり、弱点だ。
……とは言え、そもそも人間が無詠唱で魔法を使うにしても、悪魔であるドーヴィのように完全に前動作なしでいきなり魔法を出すのは難しい。人間なら誰でも同じだ。必ず、何かアクションをする前にそれなりに身構えたりするもの。
それを直そうと思えば、かなりの時間をかけて訓練する必要があるだろう。だからこそドーヴィはグレンのその癖を注意だけするに留めておいた。
(結果的に、矯正しなくて良かったってオチかよ……)
もし完全に矯正してノーモーションからの無詠唱発動であったら……魔力の流れを検知できない人間は、全く対策を取れずにグレンに焼かれて終わりだ。
「ローデン、グレン対策はそれで合っている」
「ハッ!」
「……お前の『釣り』に全てが掛かっているからな」
ローデンがいかにグレンだけを誘い出して、一本釣りできるか。明日以降の作戦進行は、この男に掛かっていると言っても過言ではない。
「ハッ! 全力を尽くすであります!」
ドーヴィの低い声に、ローデンは元気よく敬礼をして答えた。
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家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
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