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【第一部】国家転覆編
15)新しい朝がきた!
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グレンが朝、すっきりと目覚めた時。目の前には見慣れない壁が広がっていて――
「起きたかグレン。今日は結構良く眠れたんじゃねえの」
「ドッ、ド、ドーヴィ!!」
――そうだった、自分はドーヴィに抱きしめられながら眠ったのだった。目の前の壁は、ドーヴィの分厚い胸板だ。
それを思い出したグレンは、寝る直前に自覚した気持ちのことを思い出して、顔を真っ赤にした。ぎゅっと抱えたあの想いは、一晩明けても間違いなくまだグレンの胸の中に残っている。
対して、腕の中で真っ赤に茹で上がっているグレンを見て、ドーヴィは今日も実に可愛いなぁ、とのんびり思っていた。……まあ、あまりのんびりもしていられないのだが。さすがに、この光景をメイドやじいや達に見られるわけにはいかない。
グレンを腕の中から解放して、起きるように促す。……が。グレンは、ドーヴィの腕に逆にしがみつくと、真っ赤な顔のままにドーヴィを見上げた。
「グレン?」
「……ドーヴィ、僕は……僕も、たぶん、ドーヴィの事が好きだ。その、ドーヴィが思うような大人の好きとは違うかもしれないけど、ドーヴィがそばにいると嬉しいし、抱きしめられると……気持ちがいい」
「グレン、お前……お前なあ……っ!」
朝っぱらから、こんな熱烈の愛の告白をされて我慢できる男がいるだろうか、いやいない。ドーヴィは口元を手で覆って、ぐっと漏れ出そうになるいろいろなものを必死に我慢する。
「ドーヴィ、その、仮契約でもないけど、お前とキ、キス、したい、のだが……だめだろうか?」
だめじゃないがだめである。はっきり言って、今、グレンからキスを迫られたらそれはもう一気に大人の世界までぶっ飛んでいく未来しかない。
……だがしかし、こんなにも顔を真っ赤にして、目を潤ませて、一生懸命に自分の気持ちを伝えたグレンの思いを無下にできる男がいるだろうか、いやいない。とにかくいない。
「……………だめじゃない」
だめじゃないがだめであるけどだめじゃない。
グレンがドーヴィの服をきゅっ、と掴み、ん、と唇を伸ばしてくる。
(これ舌ぐらい入れても許されるだろなんならもう成人済みなんだから全部いいだろアアン!?)
先日に出会った天使の顔を思い浮かべて心の中でキレ散らかしながら、ドーヴィはそっとグレンの後頭部に手を回して自らの唇まで運んでやった。
ちゅ、と軽くリップ音をたて――すぐに、グレンの顔は離される。舌を出す暇もなかった。
「な、なんだか……ふわふわするな」
照れながらも嬉しそうにグレンは微笑んだ。そして、速やかにドーヴィの腕の中から抜け出して、ベッドからも出ていく。残されたのはグレンを抱きしめた形に腕を伸ばしたままのドーヴィだけ。
「……そうだな、お前にはまだディープキスは早いよな……キスって言ったらキスだよな、うん……」
「? ドーヴィ、何か言ったか?」
「いいや、何も」
腕の中のグレンのぬくもりが消えていくのを寂しく思いながら、ドーヴィも起床する。
(まあいいさ、どう転ぼうともそのうちお前にはゼロから大人の愛ってやつを体に教えこんでやる)
ずっと夜の間、グレンを抱きかかえていた体を伸ばして解しながらドーヴィは大あくびをした。グレンはまだ顔を赤くしつつも、身支度のためのメイドを呼んでいる。
……どちらに転んでも。ドーヴィはまだ、ケチャにどう返事するか決めかねていた。ケチャの計画は悪くない、悪くはないし、あのケチャが描いた道筋なら間違いなく成功するだろう。
それはわかっている事だが、ケチャは盤面しか見ていない。その上の駒がどうなるかには興味がない、つまりケチャの計画に乗ってグレンが無事に済むかどうかはわからないのだ。
(あいつの事だから、情報を伏せてはいないだろうが)
ケチャは盤面を綺麗に仕上げる。その盤面にドーヴィが組み込まれているのであれば、基本的にはドーヴィが極端に不利益を被る事にはならないはずだ。もし、ドーヴィが大きく不利益を受ける計画だった場合。怒り狂ったドーヴィに盤面どころか自分すら殺される可能性をあの黒猫が考慮しないわけがないだろう。
「うーむ」
「ドーヴィ、どうした? ……やはり、その、僕の気持ちは、めいわく、だったのか……?」
「いや! 違う違う、別件だ別件!! お前の気持ちは最高に嬉しいよ」
ウンウンとドーヴィ唸っていたら、知らぬ間に身支度を整えたグレンが心配そうに顔を覗き込んできた。それどころか、一気に飛び越えて顔を青くして不安そうに瞳を揺らしている。
ドーヴィは慌ててそう言って、誰も見ていないことを確認してからグレンを抱きしめた。頭一個分、あるいはそれ以上に下にあるグレンのつむじに唇を落として撫でてやりながら「昨日、他の悪魔と情報交換した内容が気になってただけだ」となるべくグレンを怖がらせないように、静かに言う。
「そ、そうか……何か僕にもできることがあるなら、いつでも言って欲しい」
「おう。まあ、ちょいとまだ人間には教えられない情報が多いから……そのうちお前の力を借りることになると思う」
ドーヴィの言葉にグレンは嬉しそうに顔を綻ばせた。ドーヴィに頼られる、というのが嬉しくて仕方がないのだろう。先ほどまでの不安な表情は消し飛んで、ニコニコしながら胸を叩く。
「ふふふ、このグレン・クランストン辺境伯に任せろ!」
「おーおー、頼りになるねえ。じゃあ今日の朝食はちゃんと全部食べろよ、辺境伯様」
「……それとこれとは別だ。いや、ニンジンがなければ、一人で食べられるぞ」
頬を膨らませて反論するグレンをはいはい、といなして食堂へ連れだって歩く。グレンの護衛もとい子守係として完全に認知されたドーヴィは、朝食も雇い主であるはずのグレンと一緒に食べているのだ。
執事のじいやから今日の予定を聞くグレンを見つつ、ドーヴィは嘆息する。
昨夜の涙を流す様子も、今朝の不安そうな顔も。グレンは実年齢の割に幼いところが見え隠れしていたが、それ以外にも情緒が不安定な様子が見られる。特に、ふとした瞬間に坂を転げ落ちるようにあっという間にネガティブな感情に支配されることが多い。
それはここ数年の激動で負った多くの心の傷が原因なのだろうとドーヴィはあたりをつけている。時とともに塞がるはずの傷は、一向に改善しないどころか悪化し続ける環境のせいで今もぱっくりと開いたままだ。
グレンが夜、眠れずにぽろぽろと流す涙は、心から落ちる血でもある。
(それを考えると、やっぱギャンブルすぎんだよな、ケチャの案は……)
過保護だとなんだと言われようとも、ドーヴィは気に入った契約者には傷一つつけたくない。美しい宝石に傷をつけることは、ドーヴィの美意識が許さないのだ。
ぼんやり考えている間に、グレンは食事を終えてじいやの本日のご予定説明も終わりを迎えていた。
「――今日は以上です」
「うむ」
「……それと、そろそろ貴族会議出席の準備を進めませんと」
「もうそんな時期か……今回はドーヴィを連れて行こうと思う」
それがよろしゅうございます、と答えたじいや……アーノルドはずいぶんと固い顔をしていた。グレンもどことなく沈んだ空気を出して、朝食のテーブルに重い雰囲気が流れる。
「あー……貴族会議ってあれか、三ヵ月に1回、王族と辺境伯以上の貴族で行われるやつ」
確か、以前アーノルドに願って貴族のマナーやしきたりについて学習した中にあった内容を思い出しながらドーヴィは口を挟んだ。
「ああ、そうだ。……いつもは王都まで、馬車で移動するのだが……ドーヴィがいるならドーヴィと二人で野営しながら馬で移動した方が良いのではないかと思ってな」
普段は複数人の元・クランストン辺境騎士団のメンバーと一緒に馬車で移動している。しかし、舗装されていない道を馬車で、それも複数人で移動となると小回りも利かず、なかなか金銭的にも痛い。
その点、たった一人であれだけの戦闘能力を持つドーヴィなら護衛兼従者として十分であるとグレンとアーノルドは考えたのだ。魔物が出ない道とは言え、山賊や野生動物の襲撃には備えが必要だ。その為の騎士団メンバーであったが、睡眠を必要としないドーヴィであれば一人で夜も昼もグレンの身を守れる。
「だいたい、馬で5,6日と言ったところだろうか?」
「それぐらいでしょう。途中、寄る必要のある貴族領を後で計画しますが、それでも7日あれば足りるかと」
貴族、それも当主ともなればただ移動すれば良いというわけでもなく。特に、辺境からほとんど出ることが無いグレンにとっては、このタイミングでまとめて社交もこなすのが常であった。
「うむ。いつも護衛についてくれていた騎士団の騎士達には、その分魔物の間引きに参加してもらうよう依頼を出そう」
「かしこまりました。手続きは私がしておきましょう。……では、ドーヴィ殿は出立の準備を進めて頂きたく」
「あいよ」
あいつに聞けばいいよな? と事務を担当している補佐官の名前を出せばアーノルドは頷く。
食料に馬の準備に野営装備に、意外と準備するものは多そうだ。
「転移でパッと行っちまえば楽なのにな~」
「仕方ないだろう、私は社交もしなければならんのだ。それに、通る街道がどうなっているかの視察も兼ねている」
(おお、一人称が私になっている)
きりっとした面持ちでドーヴィの発言を窘めるグレンは、すっかり辺境伯モードのようだ。席を立ち、背筋を伸ばして執務室に向かう姿からは、夜に泣いていたことも朝に拙い愛の告白をしたことも感じられない。
……その振る舞いから、一枚捲ればそこにいるのは傷だらけの心を抱えた泣き虫なただの少年だ。
「いかんともしがたいねえ……」
グレンがアーノルドを連れて出て行った食堂、一人残ったドーヴィはまたしても深いため息をついたのだった。
----
【設定変更について】
姉のセシリアと月に1回面会している、という設定でしたが、辺境と言う立地と往復移動時間を考えたら月1は結構きついな?と思ったので3か月に1回に変更しました。
その代わり、月に1回は手紙でのやり取りが許されている、ということにします
(設定ガバガバですみません)
世界観についてろくに説明していませんが、この世界は(自称)神が作ったお手軽テンプレート世界なので基本的なところは全部こっちの世界と同じです
その辺もどっかに入れたかった(書くの忘れてた(ぇ
こう……恋愛慣れしてない受けちゃんが一生懸命に拙い言葉で好きを伝えるのが大変に好きでしてね……
今週は土日も更新ありますたぶん
次回から世間一般的に言うところの陰鬱不穏モードしばらく入ります
「起きたかグレン。今日は結構良く眠れたんじゃねえの」
「ドッ、ド、ドーヴィ!!」
――そうだった、自分はドーヴィに抱きしめられながら眠ったのだった。目の前の壁は、ドーヴィの分厚い胸板だ。
それを思い出したグレンは、寝る直前に自覚した気持ちのことを思い出して、顔を真っ赤にした。ぎゅっと抱えたあの想いは、一晩明けても間違いなくまだグレンの胸の中に残っている。
対して、腕の中で真っ赤に茹で上がっているグレンを見て、ドーヴィは今日も実に可愛いなぁ、とのんびり思っていた。……まあ、あまりのんびりもしていられないのだが。さすがに、この光景をメイドやじいや達に見られるわけにはいかない。
グレンを腕の中から解放して、起きるように促す。……が。グレンは、ドーヴィの腕に逆にしがみつくと、真っ赤な顔のままにドーヴィを見上げた。
「グレン?」
「……ドーヴィ、僕は……僕も、たぶん、ドーヴィの事が好きだ。その、ドーヴィが思うような大人の好きとは違うかもしれないけど、ドーヴィがそばにいると嬉しいし、抱きしめられると……気持ちがいい」
「グレン、お前……お前なあ……っ!」
朝っぱらから、こんな熱烈の愛の告白をされて我慢できる男がいるだろうか、いやいない。ドーヴィは口元を手で覆って、ぐっと漏れ出そうになるいろいろなものを必死に我慢する。
「ドーヴィ、その、仮契約でもないけど、お前とキ、キス、したい、のだが……だめだろうか?」
だめじゃないがだめである。はっきり言って、今、グレンからキスを迫られたらそれはもう一気に大人の世界までぶっ飛んでいく未来しかない。
……だがしかし、こんなにも顔を真っ赤にして、目を潤ませて、一生懸命に自分の気持ちを伝えたグレンの思いを無下にできる男がいるだろうか、いやいない。とにかくいない。
「……………だめじゃない」
だめじゃないがだめであるけどだめじゃない。
グレンがドーヴィの服をきゅっ、と掴み、ん、と唇を伸ばしてくる。
(これ舌ぐらい入れても許されるだろなんならもう成人済みなんだから全部いいだろアアン!?)
先日に出会った天使の顔を思い浮かべて心の中でキレ散らかしながら、ドーヴィはそっとグレンの後頭部に手を回して自らの唇まで運んでやった。
ちゅ、と軽くリップ音をたて――すぐに、グレンの顔は離される。舌を出す暇もなかった。
「な、なんだか……ふわふわするな」
照れながらも嬉しそうにグレンは微笑んだ。そして、速やかにドーヴィの腕の中から抜け出して、ベッドからも出ていく。残されたのはグレンを抱きしめた形に腕を伸ばしたままのドーヴィだけ。
「……そうだな、お前にはまだディープキスは早いよな……キスって言ったらキスだよな、うん……」
「? ドーヴィ、何か言ったか?」
「いいや、何も」
腕の中のグレンのぬくもりが消えていくのを寂しく思いながら、ドーヴィも起床する。
(まあいいさ、どう転ぼうともそのうちお前にはゼロから大人の愛ってやつを体に教えこんでやる)
ずっと夜の間、グレンを抱きかかえていた体を伸ばして解しながらドーヴィは大あくびをした。グレンはまだ顔を赤くしつつも、身支度のためのメイドを呼んでいる。
……どちらに転んでも。ドーヴィはまだ、ケチャにどう返事するか決めかねていた。ケチャの計画は悪くない、悪くはないし、あのケチャが描いた道筋なら間違いなく成功するだろう。
それはわかっている事だが、ケチャは盤面しか見ていない。その上の駒がどうなるかには興味がない、つまりケチャの計画に乗ってグレンが無事に済むかどうかはわからないのだ。
(あいつの事だから、情報を伏せてはいないだろうが)
ケチャは盤面を綺麗に仕上げる。その盤面にドーヴィが組み込まれているのであれば、基本的にはドーヴィが極端に不利益を被る事にはならないはずだ。もし、ドーヴィが大きく不利益を受ける計画だった場合。怒り狂ったドーヴィに盤面どころか自分すら殺される可能性をあの黒猫が考慮しないわけがないだろう。
「うーむ」
「ドーヴィ、どうした? ……やはり、その、僕の気持ちは、めいわく、だったのか……?」
「いや! 違う違う、別件だ別件!! お前の気持ちは最高に嬉しいよ」
ウンウンとドーヴィ唸っていたら、知らぬ間に身支度を整えたグレンが心配そうに顔を覗き込んできた。それどころか、一気に飛び越えて顔を青くして不安そうに瞳を揺らしている。
ドーヴィは慌ててそう言って、誰も見ていないことを確認してからグレンを抱きしめた。頭一個分、あるいはそれ以上に下にあるグレンのつむじに唇を落として撫でてやりながら「昨日、他の悪魔と情報交換した内容が気になってただけだ」となるべくグレンを怖がらせないように、静かに言う。
「そ、そうか……何か僕にもできることがあるなら、いつでも言って欲しい」
「おう。まあ、ちょいとまだ人間には教えられない情報が多いから……そのうちお前の力を借りることになると思う」
ドーヴィの言葉にグレンは嬉しそうに顔を綻ばせた。ドーヴィに頼られる、というのが嬉しくて仕方がないのだろう。先ほどまでの不安な表情は消し飛んで、ニコニコしながら胸を叩く。
「ふふふ、このグレン・クランストン辺境伯に任せろ!」
「おーおー、頼りになるねえ。じゃあ今日の朝食はちゃんと全部食べろよ、辺境伯様」
「……それとこれとは別だ。いや、ニンジンがなければ、一人で食べられるぞ」
頬を膨らませて反論するグレンをはいはい、といなして食堂へ連れだって歩く。グレンの護衛もとい子守係として完全に認知されたドーヴィは、朝食も雇い主であるはずのグレンと一緒に食べているのだ。
執事のじいやから今日の予定を聞くグレンを見つつ、ドーヴィは嘆息する。
昨夜の涙を流す様子も、今朝の不安そうな顔も。グレンは実年齢の割に幼いところが見え隠れしていたが、それ以外にも情緒が不安定な様子が見られる。特に、ふとした瞬間に坂を転げ落ちるようにあっという間にネガティブな感情に支配されることが多い。
それはここ数年の激動で負った多くの心の傷が原因なのだろうとドーヴィはあたりをつけている。時とともに塞がるはずの傷は、一向に改善しないどころか悪化し続ける環境のせいで今もぱっくりと開いたままだ。
グレンが夜、眠れずにぽろぽろと流す涙は、心から落ちる血でもある。
(それを考えると、やっぱギャンブルすぎんだよな、ケチャの案は……)
過保護だとなんだと言われようとも、ドーヴィは気に入った契約者には傷一つつけたくない。美しい宝石に傷をつけることは、ドーヴィの美意識が許さないのだ。
ぼんやり考えている間に、グレンは食事を終えてじいやの本日のご予定説明も終わりを迎えていた。
「――今日は以上です」
「うむ」
「……それと、そろそろ貴族会議出席の準備を進めませんと」
「もうそんな時期か……今回はドーヴィを連れて行こうと思う」
それがよろしゅうございます、と答えたじいや……アーノルドはずいぶんと固い顔をしていた。グレンもどことなく沈んだ空気を出して、朝食のテーブルに重い雰囲気が流れる。
「あー……貴族会議ってあれか、三ヵ月に1回、王族と辺境伯以上の貴族で行われるやつ」
確か、以前アーノルドに願って貴族のマナーやしきたりについて学習した中にあった内容を思い出しながらドーヴィは口を挟んだ。
「ああ、そうだ。……いつもは王都まで、馬車で移動するのだが……ドーヴィがいるならドーヴィと二人で野営しながら馬で移動した方が良いのではないかと思ってな」
普段は複数人の元・クランストン辺境騎士団のメンバーと一緒に馬車で移動している。しかし、舗装されていない道を馬車で、それも複数人で移動となると小回りも利かず、なかなか金銭的にも痛い。
その点、たった一人であれだけの戦闘能力を持つドーヴィなら護衛兼従者として十分であるとグレンとアーノルドは考えたのだ。魔物が出ない道とは言え、山賊や野生動物の襲撃には備えが必要だ。その為の騎士団メンバーであったが、睡眠を必要としないドーヴィであれば一人で夜も昼もグレンの身を守れる。
「だいたい、馬で5,6日と言ったところだろうか?」
「それぐらいでしょう。途中、寄る必要のある貴族領を後で計画しますが、それでも7日あれば足りるかと」
貴族、それも当主ともなればただ移動すれば良いというわけでもなく。特に、辺境からほとんど出ることが無いグレンにとっては、このタイミングでまとめて社交もこなすのが常であった。
「うむ。いつも護衛についてくれていた騎士団の騎士達には、その分魔物の間引きに参加してもらうよう依頼を出そう」
「かしこまりました。手続きは私がしておきましょう。……では、ドーヴィ殿は出立の準備を進めて頂きたく」
「あいよ」
あいつに聞けばいいよな? と事務を担当している補佐官の名前を出せばアーノルドは頷く。
食料に馬の準備に野営装備に、意外と準備するものは多そうだ。
「転移でパッと行っちまえば楽なのにな~」
「仕方ないだろう、私は社交もしなければならんのだ。それに、通る街道がどうなっているかの視察も兼ねている」
(おお、一人称が私になっている)
きりっとした面持ちでドーヴィの発言を窘めるグレンは、すっかり辺境伯モードのようだ。席を立ち、背筋を伸ばして執務室に向かう姿からは、夜に泣いていたことも朝に拙い愛の告白をしたことも感じられない。
……その振る舞いから、一枚捲ればそこにいるのは傷だらけの心を抱えた泣き虫なただの少年だ。
「いかんともしがたいねえ……」
グレンがアーノルドを連れて出て行った食堂、一人残ったドーヴィはまたしても深いため息をついたのだった。
----
【設定変更について】
姉のセシリアと月に1回面会している、という設定でしたが、辺境と言う立地と往復移動時間を考えたら月1は結構きついな?と思ったので3か月に1回に変更しました。
その代わり、月に1回は手紙でのやり取りが許されている、ということにします
(設定ガバガバですみません)
世界観についてろくに説明していませんが、この世界は(自称)神が作ったお手軽テンプレート世界なので基本的なところは全部こっちの世界と同じです
その辺もどっかに入れたかった(書くの忘れてた(ぇ
こう……恋愛慣れしてない受けちゃんが一生懸命に拙い言葉で好きを伝えるのが大変に好きでしてね……
今週は土日も更新ありますたぶん
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