虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ

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【第一部】国家転覆編

10)デートコースに教会を含めるな by悪魔

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 昼食を終え、市場の視察に向かったグレンとドーヴィ。歩いていると、様々な領民がグレンに挨拶をしてくる。会釈をするだけの者、挨拶だけの者、一言二言、言葉を交わす者。

「いやあ、慕われてんのな、お前」
「なんだその言い方は。……とは言え、実際、これは私への信頼というよりは父と母の功績だろうよ」

 苦笑するグレンは涙こそ見せないが寂しそうに肩を落とす。しかし、思い直すかのように首を振ると胸を張っていかに両親が素晴らしい領主であったかを滾々と語った。

 グレンの両親、さらにその前も含めてクランストン辺境家は領民の為に働いてきた。他領の貴族の中には、領民を奴隷のように扱い搾取するだけ搾取する極悪な人間もいる。麗しい娘がいればお手付きにし、逞しい男がいれば戦場で盾にする。そうでない人間には多大な税を課し、文字通りに血の一滴まで搾り取る、まさに人を人と思わぬ天上人。

 人の口に戸は建てられぬもの。かといって、実際に囁いている場面を見咎められれば命はない。が、それでも、平民たちは日々の苦しい生活の中で愚痴をこぼさずにはいられなかった。

 そういった噂たちの中で、珍しくクランストン辺境家は潔癖で誠実であると平民の間で評判になっていた。

 しかし、そのような誠実な貴族が治める土地であろうと、辺境ともなれば評価は低く。貴族の間では「田舎者」と軽んじられ、平民の間では「着けば極楽、行くには地獄」と評されていた。
 魔物という恐怖がなくとも、辺境までの道のりは険しい。ゆえに、クランストン辺境領に訪れる旅人は少なく、元から住んでいる領民達が比較的穏やかに過ごしているだけだった。

「……少しばかり、食料品が値上がりしているようだな」

 市場を覗き見ていたグレンがぽつりと零す。視察、というのも嘘ではないらしい。紙面上の数字だけではわからない実態を見て、頭を悩ませている様だった。

「あまりにも値上がりするようであれば、支援策が必要になるかもしれん」
「まあ早い備えは必要だよなあ」
「うむ。冬にはまだ早いが……この時期の値上げは、後に響いてくるだろう」

 難しい顔をするグレンの頭を思わずぽんぽんと撫でたくなったが、さすがにドーヴィは自重した。あくまでも、今日は護衛の立場で城下町に来ている。さすがに、城内のようにグレンを子供扱いするわけにはいかない。

「で、市場の視察が終わったら次はどこ行くんだ?」
「司教に挨拶に行こうと思う」
「……げ」

 露骨に嫌そうな声を出したドーヴィに、グレンは首をひねった。

「何かあるのか?」
「何かもクソもあるかよ……ちょっとこっち来い」

 ドーヴィはグレンの手を引っ張ると、道端の路地の影へと連れ込む。……まるでこれからイケナイ事でもしそうな雰囲気だが、そこはコンプライアンス順守に余念がないドーヴィのこと、そのような事には絶対に発展しない。
 とは言え、こうしても全く無防備にドーヴィを見上げるグレンにいささか心配を覚えるのも確か。いや、むしろ自分に対して随分と信頼を寄せていると喜ぶべきかどうか……。

「ドーヴィ?」

 余計な事に思考を馳せていると、焦れたグレンがドーヴィの服の裾を引っ張って話を促す。全く、グレンが18歳以上なら今すぐここで頭からぺろりと食べているところだ。
 やや憮然とした気持ちを抱えつつ、ドーヴィは口を開く。

「司教ってことは、教会だろ」
「うむ。この町にある唯一の教会だ」
「あのな、俺、悪魔なんだけど」
「……あ」

 悪魔、と告げられてからたっぷり3秒。ようやくその単語と目の前の男が結びついたグレンは、顎をかくりと落として目を丸く見開いた。

「そ、そうだった! 忘れてた!」
「おい忘れるなよ!?」
「だ、だって……ドーヴィは優しいし、ひどい事しないし、かっこいいし……そんな悪魔だなんて思うわけないだろ……」

 いやそこで急にデレるなよ、とドーヴィは一瞬固まった。グレン本人と言えば、頭を抱えてしまっていて、自分が何を口走ったか全く気付いてない模様。
 ついつい、口元が緩みそうになるのをドーヴィは手で覆って、咳払いして誤魔化した。いやはや、まさか百戦錬磨のインキュバスがこんな子供に手玉に取られるなんて、笑い話にもならない。

「俺は外で待っているから、一人で司教に会ってきたらどうだ?」
「いや、一応、護衛は中まで連れていくことになっている。教会の中とは言え、私が単独行動をするのは避けたい。……やはり、ドーヴィは教会には入れないのか?」
「ぐ。いや、そういうわけじゃないが……」

 ……捨てられた子犬の様な目で見上げられると何も言えなくなる。

 ドーヴィが教会を忌避するのは、物理的な理由でも何でもない。ただ単に、自己満足の為にこの世界を作って、悪魔や天使をおもちゃのように観察し、人間を食料とみなして消費するだけの神を崇め奉っているのが嫌なだけだ。あとついでに天使との遭遇率が高いのも嫌だ。後半の理由は、万が一にも物理的に近寄りたくないとも言える。

 天使がこの世界を監視及び管理する際に、外側で見守る役目と人間に交じってその様子を観察する役目がある。そのうち、よく使われるのが教会の司教やシスターなどの聖職者だ。
 むしろ、天使が人間を監視するのに都合が良いエッセンスとして『教会』という組織ができたと言った方が正しい。

 行きたくねえ、と渋い顔をするドーヴィと何か良い解決策はないかと悩むグレン。結果として、グレンが導き出した答えは――おねだり、だった。
 
「ドーヴィ、だめか?」
「……だめじゃない」

 百戦錬磨のインキュバスは、幼くもないそれなりの年頃の少年の上目遣いにあっさりと負けた。毎日毎日、夜眠れなくなるほどに追い詰められて一生懸命に生きている、ピュアで初心な少年の上目遣いには悪魔をも撃ち抜く不思議な魅力が備わっているらしい。
 しかも、ドーヴィが渋々ながらも同行を了承すれば、さきほどまでのしょぼくれた顔から一転、満面の笑みを浮かべて飛び上がるのだから、ドーヴィもたまらなかった。

 あれを意図してやっているのなら恐るべき魔性の少年だが、グレンは間違いなく無意識にやっている。天然モノの魔性だった。

(……まあ、こちらから顔を合わせる程度なら何も文句は言われまい……)

 基本的に天使はよほどのことが無ければ人間の世界には干渉しない。例えば、外敵である悪魔が人間を唆して世界のバランスを崩すであるとか、人間が文明を発達させすぎて神の存在に気づいてしまった時であるとか。そういうレベルでなければ、そうそうお出ましにはならないのが天使だ。
 とは言え、天使ルールで未成年とされるグレンと本契約を結ぶでもなく、仮契約としてその魔力を吸い取ってるのは、限りなく黒に近い灰色である。

 面倒ごとにならなければ良いが、と渋い顔をしたままのドーヴィの手を取り、グレンは意気揚々と教会へ歩き出す。

「司教様は立派なお方だ。……父と母、それから兄上の葬儀の時も、献金不要として無償で全てを取り仕切ってくれたのだ」
「ほー……」
「我がクランストン辺境家の手が届かない慈善事業を担ってくれたり、時に領内の隅々に至るまで奉仕の度に出てくれることもある。毎週の集会も熱心に行ってくれていて、私も都合が良ければ良く参加しているのだ」

 なるほど、それはもうほぼ100%天使だな、とドーヴィは虚ろな表情を浮かべた。人間の司教であれば、さすがにもう少し俗物めいた活動をしているはず。
 やはりグレンを置いていくか……という考えが一瞬頭を過る。しかし、グレンの手はしっかりとドーヴィの手首をつかんでいるし、自分のお気に入りのスポットをドーヴィに紹介できるのが嬉しくて仕方がないのか、前を歩くグレンは嬉しそうに肩を弾ませている。

 ドーヴィはひっそりとため息をついて、腹をくくった。

 到着した教会は質素な佇まいでありながらも、綺麗に磨き抜かれており、静謐な空気を纏っていた。

「失礼する、マルコ司教はいらっしゃるだろうか? グレン・クランストンが挨拶に来たと伝えて欲しいのだが……」
「グレン様! 少々お待ちください、今日は司教様もこちらにお勤めです」

 門の前を清掃していた少女にグレンは声をかけた。少女は明るく挨拶をして、軽やかに教会の中へ入っていく。しばらくして、また少女は小走りで戻ってくるとグレン達を中へと案内した。

(……いる)

 ピリリ、とした敵対する天使特有の気配を感じ取って、ドーヴィは背中を粟立たせた。向こうもこちらに気づいたのか、ドーヴィの事を探る様に視てくる。
 煩わしいその視線を、ドーヴィは甘んじて受け入れた。ここで無理に遮断して天使の神経を逆撫でするのは……グレンを巻き込むことになる。それは避けたい。

「ようこそ、グレン様」
「やあ、マルコ司教。時間はあるだろうか?」
「ええ、もちろんですとも。……ところで、後ろの護衛の方は?」

 見ない顔ですね、とマルコ司教は静かな微笑みを浮かべたままドーヴィを見た。二人の視線がぶつかる。

「こちらは新しく我がクランストン家で雇った傭兵のドーヴィだ。魔物退治のプロということで、今は私と契約して滞在してもらっている」
「……どうも」
「これはこれは……そうですか、グレン様と契約して、ね……」

 笑みを張り付けた顔、細められた瞳の奥はドーヴィに向けて殺気を放っていた。それを受け止めて、ドーヴィは睨み返しつつも、視線を逸らす。
 睨み合いに負けたわけではない。睨み合いをする気がない、という意思表示だ。




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そろそろ不穏モード入ります
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