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【第一部】国家転覆編
1)18歳未満はコンプラ違反なのでダメです
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「くっくっく……」
薄暗い部屋の中。中央に置かれた魔法陣を前に黒のローブを羽織ったグレン・クランストンは不気味な笑い声をあげた。
「ついに完成したぞ! 最強悪魔の召喚陣が!」
誰もいない小部屋でグレンは自慢げに、声高々に、全力で胸を張って言い放った。そこから、ひとしきり高笑いをしてむせた後、彼はこほんと小さく咳ばらいをした。
そして緊張した面持ちで魔法陣に手を伸ばし、ゆっくりと魔力を流していく。グレンの魔力に反応するように、魔法陣――グレン曰くの最強悪魔の召喚陣は白く明滅を繰り返し、そして安定した輝きへと変化していった。
「……よし、いける」
グレンは小さく呟いた。研究に研究を重ね、なんとか作り上げた召喚陣。失敗は許されない、恐らくこの規模の魔力を暴走させたらグレンなぞ木っ端みじんになってしまうだろう。
召喚陣の輝きはどんどんと増していき、ついにその眩しさにグレンが目を開けていられなくなったころ。
「俺を呼んだのはお前か?」
「!」
グレンが目を開けると、そこには――長身の男が立っていた。グレンが見たこともない上等な布を使っただろう奇抜なデザインの衣服に、この国の人間とは思えない褐色の肌。何より、背中に生えた大きな黒い翼と、銀髪の合間から生えているねじり曲がった黒い角が男を紛うことなき『悪魔』であると知らしめている。
「そ、そうだ! この私、グレン・クランストンが貴様を――」
悪魔を指さして興奮気味に声を上げるグレンを一瞥して、悪魔の男は深いため息をついた。
「なんだガキか。あいにくガキはお呼びじゃねえんだ」
「! ぼ、ぼく……じゃない、私はすでに成人している! 大人だ!」
「ほう? じゃあ何歳だよ」
「今年で16歳になった」
堂々と胸を張るグレンと、やれやれと言わんばかりに再度ため息をつく悪魔。悪魔が頭を小さく振ると、背後に生えた鞭の様な尻尾もふらりと揺れた。
「はいコンプラ違反。じゃあな、次の悪魔はもっと違うやつ呼べよ」
悪魔はそう言うとくるりと踵を返し、どこからともなく現れた門へと足を踏み入れようとした。グレンは慌てて悪魔の足元に縋りつく。
「ま、待て! 待てって! 僕にはもう再召喚できる魔力なんて残ってないんだ!」
「そう言われても18歳以上じゃないと天使どもがうるさ――ん?」
迷惑そうにグレンを振り払おうとした悪魔は言葉を止めた。足元に縋りつくグレンの顔をまじまじと見たあと、急にしゃがみこんでグレンの顎を掴んでぐいっと持ち上げる。そのままグレンの紫がかった赤い瞳をじっくりと覗き込んだ。
「ぐ、む……な、なにをする……」
「いや……お前、16歳だったか」
「そ、そうだ! だが、この国では成人は15歳から! つまり、ぼ……私はすでに大人だ! 成人している!」
ふむ、と悪魔はグレンの顎を持ったまま考え込むそぶりを見せた。
「なるほど……18歳未満とは言え、住んでいる国の法律上では成人している……これならば天使ども……いや、しかし」
グレンは悪魔がぶつぶつと独り言を呟くのを黙って聞いている……わけもなく、自らの顎を掴む手を無理やりに外して立ち上がった。胸を張る様に悪魔を見下ろして仁王立ちする。
「こほん、改めて聞くぞ! そこの悪魔! この召喚者である私、グレン・クランストンと契約を結びたまえ!」
「精神が図太いのかなんなのか立ち直りはえーなおい」
「う、うるさい! とにかく、契約を結ぶんだ! そうでないと……」
そこまで言って、グレンは口を噤んだ。成長期に差し掛かっただろう少年の体は体躯のいい悪魔に比べればずいぶんと小柄で。悪魔が立ち上がれば、逆にグレンは見下ろされる形になる。
「そうでないと? 続きを言ってみろよ、場合によりゃあ、契約してやらんこともない」
「! 本当か!? ……実は、非常に情けない話なのだが」
グレンは言いづらそうに視線を落とし、口をもにゅもにゅと動かす。しかし、その後、意を決したように悪魔を見上げた。
「私の領地が魔物に襲われてピンチなのだ! このままだと、領地が滅んでしまう……!」
「はあ」
「む、なんだその気のない返事は! 天使様と違って、悪魔は代償を払えば契約通りに動いてくれるし、荒事にも強いと文献にあったのだが……」
「いや俺、愛と性の悪魔、インキュバスだし」
「……え?」
え? グレンはもう一度、小さく呟いた。目をきょとりと丸く見開き、マジマジと目の前に立つ悪魔を見る。
「え、ええ~~~~!?!?!? インキュバス!? な、なぜ!?」
「なぜって……いやあ、俺好みの魔力の匂いがしたからどんなもんかと思って」
「そ、そんな……では、僕の努力はいったい……」
グレンはがっくりと肩を落とし、床に手をついて項垂れた。それを見下ろす悪魔は尻尾を苛立たし気に一振りする。
「インキュバスだからって戦えないって思われるのも癪だな。おい、お前、気が変わった。契約してやろうじゃねえか」
「……お前、強いのか? インキュバスと言えばアレだろう、あの……じょ、女性の精を吸う……その……」
「ふむ。初心な美少年、悪くないな」
インキュバスについて口に出そうとして、自分が何を言おうとしているのか途中で気がついたグレンは顔を真っ赤に染め上げて狼狽えた。それを見て、悪魔は目を光らせる。
グレンは呟かれた言葉を耳にして、少しだけ嫌そうに後ずさりした。悪魔は逆に面白そうな笑みを浮かべてグレンを壁際に追い詰めるように一歩踏み出す。
「安心しろ、俺はインキュバスの中でも武闘派だ。そうでなくても、お前らの言うところの魔物程度、簡単に蹴散らせる程度の力は悪魔ならだいたい持ってるもんだ」
「そ、そうなのか! では契約を……あっ」
喜色満面にして自分の貞操の危機を一瞬にして忘れたグレンは、1秒後にはすぐ思い出していた、相手がインキュバスであることを。
「け、け、契約の代償は、ま、ま、まさか……い、いや、領民を守るためなら僕だって――」
「あーストップストップ。仮契約でキスだけでいい」
「キス……き、き、きす!?」
「こいつ本当に初心だなあ大丈夫かこれ法律上成人していてもコンプラNGにならない?」
顔色を青くしたり赤くしたり忙しいグレンと対照的に、悪魔は呆れた様に眉を下げて呟いた。コンプラに厳しい昨今、悪魔としても余計な火種を燃やして炎上騒動にはしたくない。単に面倒くさいからだ。
「き、き、きす……あ、いや、仮契約、というのは……」
「お前、まだ未成年だからな。本契約で契りを交わす……あれだ、まあ、本当にアレとソレを交えて肉体合体しちまうと天使どもがコンプラ違反だと殴りこんでくる可能性がある」
「……何度も言っているが、私は成人している立派な大人なのだが?」
「残念。天使と悪魔のルールでは成人は18歳以上なの。わかったら、大人しく俺にキスしな。……悪魔の力を借りたければ、な」
気づけば、グレンは壁を背にして悪魔を見上げる形になっていた。悪魔は追い詰めた獲物を嬲るかのように片手をグレンの顔の隣に置き、密着する。
グレンから見れば、さすがインキュバスと言うべきか悪魔の男は非常に整った顔立ちをしていた。それも、グレンにとっては珍しい成人男性。そんな男に迫られて、グレンは頬を染めた。
家族にだって、こんなに近いところまで顔を寄せられたことはない。悪魔の吐息が自らの唇に吹きかかるほどの近さ。
……少しでも身じろぎすれば、契約は結ばれるだろう。二人のキスによって。
「さあ、契約するのか、しないのか」
「う、うう……!」
「悪魔召喚も領民のためなんだろう? しないなら俺は帰っちまうが……いいのか? せっかくの戦力を黙って帰して。召喚に使ったお前の魔力だって、無駄遣いで終わりになるぞ?」
悪魔はグレンの瞳を覗き込みながら、吹き込むように囁く。それはもう、まさに悪魔の囁き。
そもそも、グレンは領民を救うために悪魔を頼った。悪魔に頼らざるを得ないほどに、領地は危機的状況にあるのだ。領民、領地のためなら何でもする――そう心に決めて、禁忌の悪魔召喚に挑んだのだ。
「ぅ……えいっ」
小さく、グレンは自身を鼓舞するかのように掛け声をかけて、ぎゅうと目を瞑った。そのまま、少しだけ背伸びをして『たぶん悪魔の唇があるところ』に自らの唇を押し当てる。
むにゅ、と少しだけ柔らかい感触がした。
「し、し、し、したぞ! き……きすした!」
すぐにバッと顔を離し、グレンはそのまま顔を背けた。初めての口づけがまさか悪魔、それもさきほど出会ったばかりの見知らぬ男になるとは……! 羞恥で顔を真っ赤にしながら、グレンはぐるぐると思考をかき混ぜた。自分からキスをした、というのが、言いようの知れない恥ずかしさを燃え上がらせる。
「……いい」
「え?」
頭上から落ちてきたのは、低い声。それにつられて顔を上げれば……そこには、興奮したように目をぎらつかせている悪魔がいた。バチン、と視線が合って、グレンは小さな悲鳴をあげて身を縮こまらせる。なんだか、頭から食べられそうな気がしたからだ。
悪魔の金色の瞳が淡く輝く。
「いいぞ、お前。予想以上にいい」
興奮した悪魔の声がグレンの耳を震わせる。それはグレンが聞いたことがない色気のある大人の男の声、であった。グレンは知らずのうちに、背筋をぞくりと震わせる。それがなんなのかを知るほど、グレンには経験がなかった。
その様子に気づいた悪魔は、慌てたように目を伏せて頭を振る。そうしてもう一度開いた時には、その瞳から興奮の色合いは消え去っていた。
「あっぶね、手を出すとこだった……」
「手を……?」
「いやなんでもねえ」
悪魔は壁際からグレンを解放し、大きく翼を広げた。そして、慇懃無礼にグレンの目の前で腰を折る。
「今のキスをもって仮契約は結ばれた。俺は愛と性の悪魔、ドーヴィ」
「ドーヴィ」
「そうだ、それが俺の名前だ。さて、仮契約の範囲であれば、俺はお前のいう事を聞いてやろう」
ドーヴィ。そう名乗った悪魔は、上体を起こして、グレンの前で両腕を広げた。
「さあ、何を望む、少年よ」
薄暗い部屋の中。中央に置かれた魔法陣を前に黒のローブを羽織ったグレン・クランストンは不気味な笑い声をあげた。
「ついに完成したぞ! 最強悪魔の召喚陣が!」
誰もいない小部屋でグレンは自慢げに、声高々に、全力で胸を張って言い放った。そこから、ひとしきり高笑いをしてむせた後、彼はこほんと小さく咳ばらいをした。
そして緊張した面持ちで魔法陣に手を伸ばし、ゆっくりと魔力を流していく。グレンの魔力に反応するように、魔法陣――グレン曰くの最強悪魔の召喚陣は白く明滅を繰り返し、そして安定した輝きへと変化していった。
「……よし、いける」
グレンは小さく呟いた。研究に研究を重ね、なんとか作り上げた召喚陣。失敗は許されない、恐らくこの規模の魔力を暴走させたらグレンなぞ木っ端みじんになってしまうだろう。
召喚陣の輝きはどんどんと増していき、ついにその眩しさにグレンが目を開けていられなくなったころ。
「俺を呼んだのはお前か?」
「!」
グレンが目を開けると、そこには――長身の男が立っていた。グレンが見たこともない上等な布を使っただろう奇抜なデザインの衣服に、この国の人間とは思えない褐色の肌。何より、背中に生えた大きな黒い翼と、銀髪の合間から生えているねじり曲がった黒い角が男を紛うことなき『悪魔』であると知らしめている。
「そ、そうだ! この私、グレン・クランストンが貴様を――」
悪魔を指さして興奮気味に声を上げるグレンを一瞥して、悪魔の男は深いため息をついた。
「なんだガキか。あいにくガキはお呼びじゃねえんだ」
「! ぼ、ぼく……じゃない、私はすでに成人している! 大人だ!」
「ほう? じゃあ何歳だよ」
「今年で16歳になった」
堂々と胸を張るグレンと、やれやれと言わんばかりに再度ため息をつく悪魔。悪魔が頭を小さく振ると、背後に生えた鞭の様な尻尾もふらりと揺れた。
「はいコンプラ違反。じゃあな、次の悪魔はもっと違うやつ呼べよ」
悪魔はそう言うとくるりと踵を返し、どこからともなく現れた門へと足を踏み入れようとした。グレンは慌てて悪魔の足元に縋りつく。
「ま、待て! 待てって! 僕にはもう再召喚できる魔力なんて残ってないんだ!」
「そう言われても18歳以上じゃないと天使どもがうるさ――ん?」
迷惑そうにグレンを振り払おうとした悪魔は言葉を止めた。足元に縋りつくグレンの顔をまじまじと見たあと、急にしゃがみこんでグレンの顎を掴んでぐいっと持ち上げる。そのままグレンの紫がかった赤い瞳をじっくりと覗き込んだ。
「ぐ、む……な、なにをする……」
「いや……お前、16歳だったか」
「そ、そうだ! だが、この国では成人は15歳から! つまり、ぼ……私はすでに大人だ! 成人している!」
ふむ、と悪魔はグレンの顎を持ったまま考え込むそぶりを見せた。
「なるほど……18歳未満とは言え、住んでいる国の法律上では成人している……これならば天使ども……いや、しかし」
グレンは悪魔がぶつぶつと独り言を呟くのを黙って聞いている……わけもなく、自らの顎を掴む手を無理やりに外して立ち上がった。胸を張る様に悪魔を見下ろして仁王立ちする。
「こほん、改めて聞くぞ! そこの悪魔! この召喚者である私、グレン・クランストンと契約を結びたまえ!」
「精神が図太いのかなんなのか立ち直りはえーなおい」
「う、うるさい! とにかく、契約を結ぶんだ! そうでないと……」
そこまで言って、グレンは口を噤んだ。成長期に差し掛かっただろう少年の体は体躯のいい悪魔に比べればずいぶんと小柄で。悪魔が立ち上がれば、逆にグレンは見下ろされる形になる。
「そうでないと? 続きを言ってみろよ、場合によりゃあ、契約してやらんこともない」
「! 本当か!? ……実は、非常に情けない話なのだが」
グレンは言いづらそうに視線を落とし、口をもにゅもにゅと動かす。しかし、その後、意を決したように悪魔を見上げた。
「私の領地が魔物に襲われてピンチなのだ! このままだと、領地が滅んでしまう……!」
「はあ」
「む、なんだその気のない返事は! 天使様と違って、悪魔は代償を払えば契約通りに動いてくれるし、荒事にも強いと文献にあったのだが……」
「いや俺、愛と性の悪魔、インキュバスだし」
「……え?」
え? グレンはもう一度、小さく呟いた。目をきょとりと丸く見開き、マジマジと目の前に立つ悪魔を見る。
「え、ええ~~~~!?!?!? インキュバス!? な、なぜ!?」
「なぜって……いやあ、俺好みの魔力の匂いがしたからどんなもんかと思って」
「そ、そんな……では、僕の努力はいったい……」
グレンはがっくりと肩を落とし、床に手をついて項垂れた。それを見下ろす悪魔は尻尾を苛立たし気に一振りする。
「インキュバスだからって戦えないって思われるのも癪だな。おい、お前、気が変わった。契約してやろうじゃねえか」
「……お前、強いのか? インキュバスと言えばアレだろう、あの……じょ、女性の精を吸う……その……」
「ふむ。初心な美少年、悪くないな」
インキュバスについて口に出そうとして、自分が何を言おうとしているのか途中で気がついたグレンは顔を真っ赤に染め上げて狼狽えた。それを見て、悪魔は目を光らせる。
グレンは呟かれた言葉を耳にして、少しだけ嫌そうに後ずさりした。悪魔は逆に面白そうな笑みを浮かべてグレンを壁際に追い詰めるように一歩踏み出す。
「安心しろ、俺はインキュバスの中でも武闘派だ。そうでなくても、お前らの言うところの魔物程度、簡単に蹴散らせる程度の力は悪魔ならだいたい持ってるもんだ」
「そ、そうなのか! では契約を……あっ」
喜色満面にして自分の貞操の危機を一瞬にして忘れたグレンは、1秒後にはすぐ思い出していた、相手がインキュバスであることを。
「け、け、契約の代償は、ま、ま、まさか……い、いや、領民を守るためなら僕だって――」
「あーストップストップ。仮契約でキスだけでいい」
「キス……き、き、きす!?」
「こいつ本当に初心だなあ大丈夫かこれ法律上成人していてもコンプラNGにならない?」
顔色を青くしたり赤くしたり忙しいグレンと対照的に、悪魔は呆れた様に眉を下げて呟いた。コンプラに厳しい昨今、悪魔としても余計な火種を燃やして炎上騒動にはしたくない。単に面倒くさいからだ。
「き、き、きす……あ、いや、仮契約、というのは……」
「お前、まだ未成年だからな。本契約で契りを交わす……あれだ、まあ、本当にアレとソレを交えて肉体合体しちまうと天使どもがコンプラ違反だと殴りこんでくる可能性がある」
「……何度も言っているが、私は成人している立派な大人なのだが?」
「残念。天使と悪魔のルールでは成人は18歳以上なの。わかったら、大人しく俺にキスしな。……悪魔の力を借りたければ、な」
気づけば、グレンは壁を背にして悪魔を見上げる形になっていた。悪魔は追い詰めた獲物を嬲るかのように片手をグレンの顔の隣に置き、密着する。
グレンから見れば、さすがインキュバスと言うべきか悪魔の男は非常に整った顔立ちをしていた。それも、グレンにとっては珍しい成人男性。そんな男に迫られて、グレンは頬を染めた。
家族にだって、こんなに近いところまで顔を寄せられたことはない。悪魔の吐息が自らの唇に吹きかかるほどの近さ。
……少しでも身じろぎすれば、契約は結ばれるだろう。二人のキスによって。
「さあ、契約するのか、しないのか」
「う、うう……!」
「悪魔召喚も領民のためなんだろう? しないなら俺は帰っちまうが……いいのか? せっかくの戦力を黙って帰して。召喚に使ったお前の魔力だって、無駄遣いで終わりになるぞ?」
悪魔はグレンの瞳を覗き込みながら、吹き込むように囁く。それはもう、まさに悪魔の囁き。
そもそも、グレンは領民を救うために悪魔を頼った。悪魔に頼らざるを得ないほどに、領地は危機的状況にあるのだ。領民、領地のためなら何でもする――そう心に決めて、禁忌の悪魔召喚に挑んだのだ。
「ぅ……えいっ」
小さく、グレンは自身を鼓舞するかのように掛け声をかけて、ぎゅうと目を瞑った。そのまま、少しだけ背伸びをして『たぶん悪魔の唇があるところ』に自らの唇を押し当てる。
むにゅ、と少しだけ柔らかい感触がした。
「し、し、し、したぞ! き……きすした!」
すぐにバッと顔を離し、グレンはそのまま顔を背けた。初めての口づけがまさか悪魔、それもさきほど出会ったばかりの見知らぬ男になるとは……! 羞恥で顔を真っ赤にしながら、グレンはぐるぐると思考をかき混ぜた。自分からキスをした、というのが、言いようの知れない恥ずかしさを燃え上がらせる。
「……いい」
「え?」
頭上から落ちてきたのは、低い声。それにつられて顔を上げれば……そこには、興奮したように目をぎらつかせている悪魔がいた。バチン、と視線が合って、グレンは小さな悲鳴をあげて身を縮こまらせる。なんだか、頭から食べられそうな気がしたからだ。
悪魔の金色の瞳が淡く輝く。
「いいぞ、お前。予想以上にいい」
興奮した悪魔の声がグレンの耳を震わせる。それはグレンが聞いたことがない色気のある大人の男の声、であった。グレンは知らずのうちに、背筋をぞくりと震わせる。それがなんなのかを知るほど、グレンには経験がなかった。
その様子に気づいた悪魔は、慌てたように目を伏せて頭を振る。そうしてもう一度開いた時には、その瞳から興奮の色合いは消え去っていた。
「あっぶね、手を出すとこだった……」
「手を……?」
「いやなんでもねえ」
悪魔は壁際からグレンを解放し、大きく翼を広げた。そして、慇懃無礼にグレンの目の前で腰を折る。
「今のキスをもって仮契約は結ばれた。俺は愛と性の悪魔、ドーヴィ」
「ドーヴィ」
「そうだ、それが俺の名前だ。さて、仮契約の範囲であれば、俺はお前のいう事を聞いてやろう」
ドーヴィ。そう名乗った悪魔は、上体を起こして、グレンの前で両腕を広げた。
「さあ、何を望む、少年よ」
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