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本編
61)とある騎士見習いの独り言
しおりを挟む俺の名前はティモシー・クランツェ。これでも男爵位を持っているクランツェ男爵家の息子さ。……継承権なしの五男だけどな。
たかだか五男の俺じゃあ、家に残って兄貴の補佐ってわけにも、姉貴の補佐の補佐にもなれやしねえ。とっとと働けと蹴りだされて、俺は就職を選んだ。そう、このクランストン辺境騎士団の騎士という職業をな!
……もちろん、まだ入団したての騎士見習いだ。一人前の騎士になるには、実力も時間も必要なんだ。俺にはまだそのどちらも足りてねえ。
むしろ、俺みたいな学園の成績も平凡、家柄も平凡(よりちょい下)、魔法の才能も平凡……なんていう平凡祭りの男か騎士団に入団できたこと自体、奇跡だ。
だって今を輝く、このクラスティエーロ王国を創ったと言っても過言ではないクランストン辺境騎士団だぞ!? 王都の上位貴族や王立騎士団をばったばったとなぎ倒したって言う正義の騎士団!
団員募集が掛かってるのを聞いて、俺はすぐに応募した。そしたら王都で面接だけして、それでとりあえず入団オッケーなんだとよ。適性とかは実際に辺境で見習い期間中に見極めるんだとか。
そりゃあ一昔前なら『辺境』なんて言えば、仕事もしないで家でゴロゴロしている穀潰しをたたき出す先か、何かしら失態をやらかした貴族が左遷される場所だった。俺だって学園の頃は先生に「こんな成績じゃお前は辺境ぐらいにしか行けないぞ」と言われたもんさ。
ところがどっこい、クランストン辺境伯の反乱によって、今やクランストン辺境領は王都に次ぐ超重要領だ。
頭の固い貴族なんかは「辺境の下賤な貴族が調子に乗ってる」って未だに辺境を見下してるらしいが……俺からしたら、信じられないね。乗るしかないでしょ、このビッグウェーブに!
俺が辺境行きを志願した時、両親は諸手を挙げて賛成してくれた。俺は知らなかったが、実は親父がこっそりとクランストン辺境伯へ反乱時に資金援助をしていたらしい。マジかよ親父、意外とやるじゃねえか。
もしかしたらその背景も加味されたのかもしれねえ。そういうわけで俺はすんなりと入団が決まって、クランストン辺境領へとやってきたわけだ。
すごかったな、辺境領。マジでなんもねえ。
確かに、辺境伯って肩書だけあって城は立派で、城下町もそれなりに栄えてはいたけど。王都に比べれば全然だし。しかも、広大な辺境領の中で栄えてるのがそこだけ、なんだよな。
後はひたすら森やら野原やらばっかり。ところどころに村や小さな町はあっても、ウチのクランツェ男爵家が統治している領だってもうちょいマシだろ? ってぐらいに寂れたところばかりだった。
ぶっちゃけ、俺は思ったさ。入団して辺境領の見回りを先輩騎士と一緒にやった一ヵ月で「失敗した」と。
俺がなりたかったのは、王都にいる煌びやかでかっこいい騎士だったんだ。クランストン辺境騎士団ときたら、ボロボロの防具に古臭い武器、団員寮も信じられないぐらいオンボロ。
あーあ、俺の描いてた優雅な騎士生活よ、さようなら……。今頃、本当なら可愛い子にたくさんちやほやされて、兄貴たちを見返せていたはずなのに。
ま、じゃあ王都の騎士団に入れたかって言ったら絶対無理だけどな! 自分でもよく入れて貰えたとは思ってる。
だから、一応、辞めないでそのまま続けるつもりだった。
ある日、クランストン辺境伯から挨拶がある、と言われて、『クランストン辺境伯』を見るまでは。
クランストン辺境伯と言えば、たった一人で王族から上位貴族を屠り、さらに悪辣な貴族を次々に断頭台へと送ってきた恐ろしき隻眼の大魔術師だ。
俺を含めた騎士見習いが集められて、クランストン辺境伯を待った。そりゃあもう、俺も周りも、ガチガチに緊張していたさ。だってあの英雄であり、そして敵には情け容赦ないと噂の人だぞ? 例えば、挨拶の途中に鼻がムズムズしてくしゃみでもしようもんなら、その場で首を刎ねられるかもしれない。
だから本当に、ほんっとに死ぬほど震えながら辺境伯を待っていた。クランストン辺境騎士団の先輩達も団長も、厳しいけれど優しい人たちばかりだったから、できれば辞めたくない。でも、クランストン辺境伯に睨まれるようなら……俺は尻尾を巻いて実家へ帰る覚悟もあった。
そうして現れたのは――ちっちゃい、ガキんちょだった。
俺は思わず目が点になったね! 確かに『年若い』『最年少宰相』とは聞いていたけど。だけど、どう見ても子供にしか見えない。
マジかよ、と隣の奴が呟いてた。俺も言いそうになったが、万が一聞かれていたら……と思うと到底怖くて口に出せなかったぜ。出せなかったが、完全に同意の気分だった。
それでそのクランストン辺境伯とやらは、見た目の割に物々しい大人っぽい喋り方で、俺達に激励をしてくれた。要約すると「ようこそ辺境へ、これから頑張って早く一人前になってね」だ。
至って普通の、挨拶だった。
俺はてっきり、辺境伯本人が来れないから代理で息子か弟が代読でもしたのかと思った。
が、フレッド団長が確かに、その子供を『クランストン辺境伯』と呼んだんだ。そして、一番上級な騎士の礼を捧げた。俺達も慌てて団長に倣って礼を捧げたが……まあ、内心は、納得してなかった。
その日の夜は荒れたもんだ。俺以外にもあんなガキが辺境伯とは聞いてない、だとか、子供に仕えるのは嫌だ、だとか。
俺も同じだったが……ただ、俺がそいつらと違ったのは、この騎士団を出ても他に行く場所が無い事を自覚していたから。だから、そう思ってはいても理性で抑え込んで、愚痴大会を遠巻きにしてさっさと就寝した。明日も早いからな。
……だいぶ後で、俺はこの判断が正しかったことを知る機会に見舞われ……いや、恵まれたわけだが。とにかく。
次の日から、騎士見習いの間にはどこかだらけた空気が漂い始めた。俺は幸いにして、まだ辞めるかどうか悩みつつも『辞めない、他に行くとこ無いし』の考えが優勢で、一部のやつらに比べればまだまだ真面目に訓練を受けていた。
聞けば、何人かはもう退団の申し出をしたヤツもいたらしい。さすがに潔すぎないか? と思ったら、なんだか有名伯爵家の子息やご令弟様だったのだとか。
そういう感じで、何となく微妙な空気が流れる日々が続いたある日。突然、フレッド団長が俺達を呼び集めた。
『本日、午後からグレン様とその護衛、ドーヴィ殿の練習試合がある。全員、必ず見学するように』
だって。グレン様、と言えば、それこそがクランストン辺境伯本人の事だろ。んで、護衛のドーヴィと言えば、ガゼッタ王国……じゃなかった、クラスティエーロ王国では見かけない肌色をした、長身の男だ。元傭兵らしく、その腕前をクランストン辺境伯が見込んで護衛として雇ったらしい。
クランストン辺境伯ってどのクランストン辺境伯なんだろうな? グレン様はもちろん、レオン様もイーサン様もまだまだご健在で……クランストン辺境伯は男性だと聞いていたから、そのうちの誰かなんだろうけど。
まあいいや。
魔術師らしいグレン様と、傭兵のドーヴィ殿で一対一の練習試合なんて、何をするんだろうとみんなで囁き合ったさ。
俺も含め、大多数の人間の予想は「グレン様の癇癪に付き合わされる護衛」「公開処刑」と言ったところだった。良くある話だ、貴族……特に魔力を多く持った上位貴族は、何かと理由をつけて練習試合と言いながら、一方的に魔法で相手を甚振っている。
だから今回も、子供の癇癪に付き合わされる護衛だろうか、と皆予想していた。俺はそう予想しつつ、内心でスプラッタだけは勘弁してくれ、と顔を青くしていたわけだ。
だってよ、次は俺の番かもしれないんだぜ? その時ようやく、俺はさっさと潔く退団を決めて言ったやつらの事を羨ましく思った。嬲り殺されるぐらいなら、まだ実家でチクチク嫌味を言われながら他の就職先を探した方が良い。
俺はついに表の顔まで青くしながら、練習試合会場の、しかも最前列へと座らされた。騎士見習いは全員が最前列へと並ばされているようだ。これあれか「練習試合中に手元が狂って……」とか言い訳しつつ俺達に魔法をぶち込んで逃げまどうのを笑う遊びかそうなのか……!?
などと恐ろしい妄想をしている間に、試合会場全体に守護結界が張られた。ここは屋外の広大な集団戦専用の練習場で、そこを全て囲い込むとなると、かなりの大きさになる。
ふとみれば、フレッド団長が話している相手は……恐らく、クランストン辺境伯家だ。明らかに、騎士と異なる高貴な衣装、立ち振る舞い、そしてフレッド団長が敬意を示す相手。間違いないだろう。
クランストン辺境伯の一族は、魔力に秀でているという。だからこそ、これだけ大きな結界を張ることができたのか、と俺は改めて驚いた。
そうして待っているうちに、先にドーヴィ殿が。その後、例のグレン様が魔術師のローブをはためかせてやってくる。フレッド団長としばらく会話をしたのち。
フレッド団長が試合開始の合図をして――猛ダッシュで、観客席へ戻ってきた。え、団長、審判は??
俺だけじゃない、他の奴らもみんな同じ顔をしていた。しかもフレッド団長、なんかものすごい形相で転がるように走ってたし。まるで、サラマンダーにでも追いかけられているようだった。
なんだなんだ、と思っているうちに試合が始まる。
そう、試合が始まる。俺の、これまでの意識が全部ぶっ壊される試合が!
ドーヴィ殿が詠唱をして四肢に強化魔法をかけている。凄腕の傭兵なのだから、それぐらいの下等な魔法は使えるのだろう。
大してグレン様は……と見れば。なんの詠唱もなく、ただ右腕をふわりと挙げるだけ。
俺は、何をしてるのか、最初はわからなかった。が、その挙げた右腕の先に、氷の槍が生成されるのを見て……腰を抜かした。
無詠唱だ。詠唱していない、ただ、右腕を動かしただけで、氷の槍が空中に生成されている。
『クランストン辺境伯は無詠唱の使い手』なんていう噂も聞いたことはあったけどよ、そんなの本当だって信じるわけねーじゃん!? 無詠唱だぞ!? 膨大な魔力を持った上位貴族はもちろん、王族ですら成し得ず、学園でも「これは伝説上の話で実際には不可能」と教えられた無詠唱!
それだけじゃない。その氷の槍を、グレン様はもんのすごいスピードで、しかも大量に撃ち始めた。ドドドドドって音がしてたぞあれ。なんだあれ。
恐ろしいのは、例の護衛のドーヴィ殿も、それらすべてを余裕で回避していたこと。氷の槍が地面を穿つ音だけが響く。
そう、俺達はみんな、息をするのも忘れて試合に見入っていたんだ。
そこからは、もっと信じられない事の連続で。土の壁がにょきりと生えて剣を弾いたと思えば、その向こうからアホみたいに火球が飛んでくるし。なにあれ。しかもドーヴィ殿、またそれを全部躱すし。なんだあれ。
壁の向こうでも何かあったみたいだけど、残念ながら俺からは見えなかった。
練習試合の見学なんてダルいだけ、むしろ怖いから行きたくねえとか思ってた過去の自分をぶん殴りたい。むしろもっと見ていたい、もっと見せてくれ!
しかし、決着はあっさりと着いた。結局、ドーヴィ殿が魔法の合間を縫って、グレン様の喉元に剣先を突き付けて終わり。
怒涛の展開に全くついていけてなかった俺は「あ、この護衛の人、忖度しないんだ」って場違いに思ったね。普通、貴族に花を持たせるとかするじゃん? 全然しないのな。
フレッド団長が試合終了を告げた瞬間、俺の口からはよくわからない「うおおおおおお!!!!」って雄叫びが出た。いやほんと、よくわからないんだけどな! とにかく興奮が止まらなかった。あんまりにも、すごい戦いを見たからだ。
そして周りの奴とすげえすげえって騒いでたら、フレッド団長が遠くから手招きしている。慌てて駆け寄ってみれば……なんと、ドーヴィ殿がグレン様へ指導をするらしい。マジか、護衛じゃないのか、教育係なのか。
そこで俺達見習い組は、そっと息を潜めてドーヴィ殿の指導を聞いていた。この人、本当に忖度しねーのな。
……ただ、言っている内容は「それができたら苦労しねーよ」と言わんばかりの超高度なことだったので、俺の脳には刻まれなかった。むしろ、その内容を簡単に理解し、なるほど、と自らの糧にしようとするグレン様の方がすげえなあという気持ちにしかならなかった。
まあつまり、あれだ。俺は、この騎士団に引き続きお世話になることを、この時決心した。
さっさと退団した潔すぎるやつら、ざまーみろ。こんなに、天才的……というか、伝説のような戦い方をする貴族と、一緒に戦えるんだぞ。そんな刺激的でワクワクすることあるか? ないね。王都の騎士団にだって、そんなことはない。
俺も早く一人前になって、この人の下で働きたい。グレン様に対して、俺は初めてそう思った。ガキとか言ってごめんなさい。
☆☆☆
……後日。例のドーヴィ殿が、騎士見習いに指導してくれることになって。俺はもう喜び勇んで、ドキドキしながら指導して貰った。
もんのすごくわかりやすくてめっちゃ優しかった……! すげえ! この人、本当に流れの傭兵か!?
この人を見出したクランストン辺境伯は本当に天才だと思う。
一通り終わるかな、と思ったところで。ドーヴィ殿の雰囲気が急に変わった。そして一人一人名前を読み上げて「今、名前を呼ばれた奴は前に立て」と言った。
俺の名前は呼ばれなかった。俺の危険察知がビンビン反応している。それは俺だけじゃない様で、名前を呼ばれたやつらは、軒並み青い顔をしていた。
なんで危険察知が反応してんだってそりゃドーヴィ殿から……怒気が漏れているからだ。
『今、前に立っている貴様らは! 我が主、グレン様に対して、不敬な言葉を何度か吐いた! 相違ないな!?』
……そう怒鳴りつけられて「言ってません!」と言える強い奴は、いないだろう。
確かに並んでるやつらは、宿舎でグレン様の事を「ガキ」とか「弱そう」とか、言いたい放題言ってたやつらだ。そして、俺を含めこっちに残ってるやつらは……うん、愚痴大会に不参加だったやつばかりだ。
『貴様らのその腐った性根、俺が直々に叩き直してやるッ!』
俺は思った、あの時、愚痴大会に参加しなくて良かったと。本当に、心の底から、思った。
それでも、そいつらを諫めなかったことを咎められるように。全員居残りをして……そいつらが、ドーヴィ殿に文字通り、ボコボコにされるのを、じっと黙って見せられ続けた。
あいつらも大変だが、俺達も相当にメンタルが削られたぜ……。
もう二度とクランストン辺境伯の皆様の愚痴は言いません。神に誓います。
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