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本編
60)ドーヴィ先生の戦闘指南
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何やら興奮して語り合っているクランストン辺境伯家の皆様方。邪魔にならないように、とドーヴィはこっそり騎士団の方へ脱出しようとしたが、それより早くグレンに見つかってしまった。残念な様な、契約主の独占欲に酔いしれるような。
とにかく、急げ急げと手招きするグレンの元へドーヴィは小走りで駆け寄った。……見れば、似たような顔の面々が目をギラギラと輝かせている。キラキラではない、ギラギラだ。どう見ても肉食獣だ。
「うっ」
さすがのドーヴィも、思わず後退りする。が、グレンが逃がさないとばかりに手を引っ張り、ドーヴィはクランストン辺境伯家のど真ん中に連れ込まれた。
「素晴らしい戦いであったぞ!」
「グレンに教え込んだの、貴方なんですって?」
「なあ俺には剣の方教えてくれよ!」
「グレンもドーヴィさんもかっこ良かったわァ」
「どうだ僕のドーヴィすごいだろう!」
――全員が一斉に喋り始めた。
とりあえずドーヴィは可愛い契約主のドヤ発言だけしっかりと耳に入れて残りは左から右へ受け流す。それぞれ一つ一つ答えてたら何も話が進まない。
それぞれ各々が散々に好き放題喋ったあたりで。フレッド団長が見かねたのか、咳払いと共にドーヴィの救出に入った。
「ここでは細かい話もできませんでしょう。質問は後程……晩餐の時にでも、いかがですか」
フレッドもドーヴィの正体を知っている人間の一人。やんわりと釘を差したことにより、興奮していたクランストン辺境伯家の面々もハッ!と目を丸くした。確かに、ここで根掘り葉掘りしても、ドーヴィは何も応えてくれないだろう。
「う、うむ。そうだな、フレッドの言う通りだ。では晩餐の時に……いやしかし……」
最初こそフレッドの事を大人しく聞き入れようとしたイーサンだったが、興奮が冷めきれないのかまだ何やら悔しそうに顎に手を当てて考えている。
「おお、そうだ! せっかくの練習試合なのだから、ドーヴィ君から見たグレンの講評などを聞いてみたいのだが」
ポン、と手を打って閃いたと言わんばかりのイーサンの言葉に、ドーヴィは内心で苦々しい顔をした。例え契約主がグレンであったとしても、今この場ではイーサンもまた、護衛ドーヴィが忠誠を誓うべき人間である。
無茶ぶりでも我慢をするしかない。ドーヴィはため息を抑えつつ、念のためにとグレンの顔を伺う。
当のグレンは……相変わらずドヤ顔をしていた。すっかり気分はドーヴィという珍獣の飼い主らしい。全く、これだから俺の契約主は……可愛いにすぎる。
ドーヴィもドーヴィなのだが、それはおいておいて。
「いつもの練習でもドーヴィに指導して貰っているのです。やはり実戦経験のあるあく……ごほん、実戦経験豊富な傭兵からのアドバイスは、本で読むのとは全く違います」
グレンの言葉にフレッドからもおぉ、と小さく感嘆の声が漏れる。助けに来たはずなのに、これはミイラ取りがミイラになるパターンでは……?
「ドーヴィ君、いつも通りの態度と口調で構わないから。グレンに指導している内容を、私達にも聞かせてくれないか」
さて、こうしてクランストン辺境伯家の長であるイーサンに言われてしまえば、一介の護衛でしかないドーヴィには断るという選択肢はない。
「仕方ないな……」
ドーヴィは腕組みをして、グレンの方を向いた。途端に、グレンは背筋を伸ばし……そして目をキラキラと輝かせる。家族のギラギラと違って、かなり清らかなキラキラだ。
もちろん、ドーヴィのかなり分厚いグレン可愛いフィルターがかかっているだけでもある。ドーヴィの目には、何をしてもグレンが可愛いにしか映らないのだ。
「まず、初手で氷の槍。これは良かったな、速度と一点突破を狙ったんだな?」
「うむ。ドーヴィに教えて貰った通り、最初は『小手調べ』から始めたのだ」
グレンがドヤッと胸を張る。今日のグレンはご機嫌で一段と可愛いなぁとドーヴィの顔も緩みそうになるが、さすがに第三者にあのでれでれな顔は見せられない。
「そうだな。じゃあ復習だ、どうして『小手調べ』から始める必要がある?」
「それは、相手の能力がわからない状態で大規模魔法を使うのは隙が大きすぎて危険だから。そして、周囲に影響を及ぼさない魔法を選択すべきなのは、土埃などで視界が遮られるのを防ぐため」
「正解」
褒められたグレンがフフンと胸を張る。普段であれば我慢できずに子犬を撫で回すがごとく、よしよしお前は天才だなと撫で繰り回すのだが今回はおいておいて。
「そこまでは良かった。で、ここからが改善点だが」
「む……」
「何度か氷の槍を使ったが、全て俺に避けられてしまった。あれでは、意味がない」
「……うむ。ドーヴィが速すぎて、射出が間に合わなかったのだ」
こう指摘されたとしても、グレンはへそを曲げることはない。なぜなら、ドーヴィのアドバイスは、全て魔法の改善に役立つからだ。それであれば、好きなだけ有意義な指摘をして欲しいというもの。
ドーヴィがどういう分析、指摘をしてくれるのかとグレンはわくわくしながら待っている。
「あー……俺が速い、というのもあるが……グレンの魔法が、直線的すぎるんだ」
「直線的……」
「そうだ。同じ大きさのものを一定間隔で配置し、一定速度で発射する。これなら、避ける側は氷の槍が飛んでくる場所が容易に予想できる」
「なるほど……つまり、ドーヴィは『飛んできたものを避けた』のではなく、『飛んでくる場所に行かないようにした』ということか?」
その通り、と思わずドーヴィは小さく拍手をする。気づけば周囲もドーヴィとグレンのやり取りに聞き入っており、ドーヴィの拍手に釣られて「おぉ……」と感嘆の声があちこちから上がった。
単純な事で、この程度従来の魔術師は誰も気が付かなかったのか、とドーヴィも最初は思ったが。
グレンの戦い方を見ていれば、仕方ない事かと思い直した。とにかく、この国の魔術師は魔力の多さと言うパワーでゴリ押しする戦い方で全てを片付けてきた。故に、こういった小手先の技術は全く発展してこなかったのだろう。
「ふーむ……だとすれば、例えば氷の槍の発射間隔をずらすであるとか……」
「大きさをバラバラにして遠近感を狂わせるのもアリじゃないか?」
口を挟んできたのは兄のレオンだ。辺境伯家の中では落ちこぼれだと言っていたが、それでもやはり魔法好きなのは確かで、そして出てくる発想も魔術師そのものだ。
そこから続けて、今度は父のイーサンが。
「射出速度に緩急をつけるのも良さそうだな。とは言え、それを咄嗟にできるかという問題が出てくるか」
「最初から詠唱に組み込んで、三連発から五連発程度の魔法を作った方が効率が良いのではないかしら。単発でその都度、微調整を入れるのは無理だと思うわ」
そしてグレンの姉セシリアがさらに案をブラッシュアップする。グレンも含めて男三人が、セシリアのアイデアにおぉと感心しきりの声を漏らした。
このままだと、この場で魔法改良が始まりそうだ。ドーヴィはグレンに視線を送り、静かに口を開く。雇われの身で口を挟むのは本来であればタブーだが、仕方ない。
「……盛り上がってるところ悪いが、続きを」
「お、おお、そうだったな!」
グレンがハッ!と気づいてくれたことで、ようやく話は元の路線に戻った。危うく、暴走クランストン辺境伯家によって夜通し野原で魔法談議をするはめになるところだった。
次の土の壁、それから火球については特に言う事もなく。
「それから、俺を嵌めたあの落とし穴。あれは素晴らしいアイデアだ。グレン、よくやった」
ドーヴィに直接的に褒められて、グレンはパァァァとわかりやすく顔を明るくした。少しだけ頭を傾けたのは撫でられ待ちなのだろうか、いやいやこの場では無理だから……とドーヴィは断腸の思いでグレンの頭をやり過ごす。
「じゃ、グレンあの時に何をやったか、解説してくれ」
促されたグレンは、早く種明かしをしたかったとばかりに、喜び勇んで語り始めた。
「あの時、土の壁を作って裏側に隠れる、それだけじゃなくて火球を飛ばすことで『ここにいるぞ』とドーヴィにアピールしたんだ」
「ほーそこまで考えてたのか」
「そうだぞ! そうすれば、ドーヴィは間違いなく壁を回り込んでくる。壁も飛び越えるには高すぎる大きさにしてあったし、硬度も剣では崩せなかっただろう?」
確かに、とドーヴィは頷いた。予想以上に、グレンはしっかりと考えてあのトラップを仕掛けたらしい。
「それで、回り込んできたタイミングで地面を崩したんだ。それより前だと勘づかれて避けられるかもしれないからな!」
……だいぶ肝が据わった作戦だった。実戦でタイミングを間違えたらその場で真っ二つになるところだぞ。
(まあ、今回はそれは指摘しなくていいか)
これだけご機嫌に話しているグレンに水を差す必要もない。今はまだ『自分で実戦に対応できるような魔法のコンボを考えた』ということが非常に重要なのだ。
グレンにあれこれ質問する家族の様子を見ていると……クランストン辺境領から、新しい魔術師の戦い方が発信される日も近いだろうと思わせてくれる。
きっと将来には、これまでの力押しとは全く異なる、もっとスマートで実戦に耐えうる戦法を扱う魔術師が出てくるだろう。
「さて、それで最後の大技について」
「ぐっ……あれは、ドーヴィの煽りに乗ってしまった僕が悪かった。つい、イライラしてしまって……」
「そうだな。前から言っているとおり、お前は冷静さに欠けるところがある。戦いが長引いた時、焦った方が負けだ」
「うう……肝に銘じておく……」
がっくりと肩を落とす姿を見ていると、ドーヴィも胸が痛む。そもそもグレンは通常時ですら精神が不安定なのだから、そこに戦場でも冷静さを……と説いても、負担になるだけだ。
今夜はたっぷり可愛がってやろう、と勝手に決めるドーヴィ。
というところで、ドーヴィ先生による戦闘指南は終わりを迎えた。なぜか聞き入っていた周囲の人間から拍手が送られる。
それにぺこりとお辞儀をしてから、ドーヴィは軽く咳払いをして「みなさま、そろそろお時間の方が……」と解散を促した。辺境伯筆頭に、重要人物が全員仕事そっちのけでいつまでも魔法談議をしていては困る。
気を利かせたフレッドがイーサン達を先導する。そうされてしまえば、大人しく従って後ろをついていくしかない。
ぞろぞろ歩きつつも、まだ魔法の話で盛り上がる一行。と、イーサンがすっとドーヴィの隣に立った。護衛であるドーヴィは、最後尾で気配を消しているというのに。
「ドーヴィ君」
「……なんでありましょう」
「君、いくつかグレンの魔法を無効化していたね? あれは……結界に当たったら、結界の方が負けると言う目算かい?」
面白がるようでいて、どこか真剣な眼差しでイーサンはドーヴィに尋ねた。
……愛息子の力がどのようなものなのか、目の当たりにしてついに実感がわいてきたのだろう。もはや、人間の枠では収まらない魔力持ちになってしまっていることに。
「……別に、全部が全部、ってわけじゃない。恐らくほとんどは大丈夫だっただろうが、念のために無効化しておいただけだ」
「そうか……」
「ほら、グレンのやつ、戦いの途中から興奮と苛立ちで視野が狭くなってただろ」
悪魔としての回答に、イーサンは黙って頷き続きを促す。
「万が一、があるからな。さすがに俺も、正体を知らない人間が多いところで、悪魔の力でどうにかするってことは避けたい。っつーわけで、安全策で無効化したんだ」
「なるほど」
イーサンは少しばかり考え込む姿勢を見せたが、特に何を言うでもなく。ぽん、とドーヴィの肩を叩き「これからもグレンの指導をよろしく頼むよ」とにこやかに言って去って行った。
(父親っつーのも難しい生き物だねえ……)
皆がそれぞれ試合内容に夢中になっている中、何よりも息子の事を。
それだけ、グレンが家族に愛されてきて……そして今、全く予想できなかっただろう『成長した姿』を見せられても、家族はいまだにグレンを愛し、可愛がっている。
兄と姉に挟まれて、一生懸命に無詠唱の魔法について背伸びしながら話すグレンを見守るイーサンとエリザベスの視線は、練習試合を経ても以前と変わらず温かいものだった。
--
次に騎士達から見た練習試合の話をしたら、練習試合編終わりです
今度こそ、最終章にするぞ……!(そう思ってもう20話が過ぎました……)
♡ありがとうございます!
あれなんですね、なんか各話にいいねできる機能がついたんですね!
はえー進化してる……と驚きました
とにかく、急げ急げと手招きするグレンの元へドーヴィは小走りで駆け寄った。……見れば、似たような顔の面々が目をギラギラと輝かせている。キラキラではない、ギラギラだ。どう見ても肉食獣だ。
「うっ」
さすがのドーヴィも、思わず後退りする。が、グレンが逃がさないとばかりに手を引っ張り、ドーヴィはクランストン辺境伯家のど真ん中に連れ込まれた。
「素晴らしい戦いであったぞ!」
「グレンに教え込んだの、貴方なんですって?」
「なあ俺には剣の方教えてくれよ!」
「グレンもドーヴィさんもかっこ良かったわァ」
「どうだ僕のドーヴィすごいだろう!」
――全員が一斉に喋り始めた。
とりあえずドーヴィは可愛い契約主のドヤ発言だけしっかりと耳に入れて残りは左から右へ受け流す。それぞれ一つ一つ答えてたら何も話が進まない。
それぞれ各々が散々に好き放題喋ったあたりで。フレッド団長が見かねたのか、咳払いと共にドーヴィの救出に入った。
「ここでは細かい話もできませんでしょう。質問は後程……晩餐の時にでも、いかがですか」
フレッドもドーヴィの正体を知っている人間の一人。やんわりと釘を差したことにより、興奮していたクランストン辺境伯家の面々もハッ!と目を丸くした。確かに、ここで根掘り葉掘りしても、ドーヴィは何も応えてくれないだろう。
「う、うむ。そうだな、フレッドの言う通りだ。では晩餐の時に……いやしかし……」
最初こそフレッドの事を大人しく聞き入れようとしたイーサンだったが、興奮が冷めきれないのかまだ何やら悔しそうに顎に手を当てて考えている。
「おお、そうだ! せっかくの練習試合なのだから、ドーヴィ君から見たグレンの講評などを聞いてみたいのだが」
ポン、と手を打って閃いたと言わんばかりのイーサンの言葉に、ドーヴィは内心で苦々しい顔をした。例え契約主がグレンであったとしても、今この場ではイーサンもまた、護衛ドーヴィが忠誠を誓うべき人間である。
無茶ぶりでも我慢をするしかない。ドーヴィはため息を抑えつつ、念のためにとグレンの顔を伺う。
当のグレンは……相変わらずドヤ顔をしていた。すっかり気分はドーヴィという珍獣の飼い主らしい。全く、これだから俺の契約主は……可愛いにすぎる。
ドーヴィもドーヴィなのだが、それはおいておいて。
「いつもの練習でもドーヴィに指導して貰っているのです。やはり実戦経験のあるあく……ごほん、実戦経験豊富な傭兵からのアドバイスは、本で読むのとは全く違います」
グレンの言葉にフレッドからもおぉ、と小さく感嘆の声が漏れる。助けに来たはずなのに、これはミイラ取りがミイラになるパターンでは……?
「ドーヴィ君、いつも通りの態度と口調で構わないから。グレンに指導している内容を、私達にも聞かせてくれないか」
さて、こうしてクランストン辺境伯家の長であるイーサンに言われてしまえば、一介の護衛でしかないドーヴィには断るという選択肢はない。
「仕方ないな……」
ドーヴィは腕組みをして、グレンの方を向いた。途端に、グレンは背筋を伸ばし……そして目をキラキラと輝かせる。家族のギラギラと違って、かなり清らかなキラキラだ。
もちろん、ドーヴィのかなり分厚いグレン可愛いフィルターがかかっているだけでもある。ドーヴィの目には、何をしてもグレンが可愛いにしか映らないのだ。
「まず、初手で氷の槍。これは良かったな、速度と一点突破を狙ったんだな?」
「うむ。ドーヴィに教えて貰った通り、最初は『小手調べ』から始めたのだ」
グレンがドヤッと胸を張る。今日のグレンはご機嫌で一段と可愛いなぁとドーヴィの顔も緩みそうになるが、さすがに第三者にあのでれでれな顔は見せられない。
「そうだな。じゃあ復習だ、どうして『小手調べ』から始める必要がある?」
「それは、相手の能力がわからない状態で大規模魔法を使うのは隙が大きすぎて危険だから。そして、周囲に影響を及ぼさない魔法を選択すべきなのは、土埃などで視界が遮られるのを防ぐため」
「正解」
褒められたグレンがフフンと胸を張る。普段であれば我慢できずに子犬を撫で回すがごとく、よしよしお前は天才だなと撫で繰り回すのだが今回はおいておいて。
「そこまでは良かった。で、ここからが改善点だが」
「む……」
「何度か氷の槍を使ったが、全て俺に避けられてしまった。あれでは、意味がない」
「……うむ。ドーヴィが速すぎて、射出が間に合わなかったのだ」
こう指摘されたとしても、グレンはへそを曲げることはない。なぜなら、ドーヴィのアドバイスは、全て魔法の改善に役立つからだ。それであれば、好きなだけ有意義な指摘をして欲しいというもの。
ドーヴィがどういう分析、指摘をしてくれるのかとグレンはわくわくしながら待っている。
「あー……俺が速い、というのもあるが……グレンの魔法が、直線的すぎるんだ」
「直線的……」
「そうだ。同じ大きさのものを一定間隔で配置し、一定速度で発射する。これなら、避ける側は氷の槍が飛んでくる場所が容易に予想できる」
「なるほど……つまり、ドーヴィは『飛んできたものを避けた』のではなく、『飛んでくる場所に行かないようにした』ということか?」
その通り、と思わずドーヴィは小さく拍手をする。気づけば周囲もドーヴィとグレンのやり取りに聞き入っており、ドーヴィの拍手に釣られて「おぉ……」と感嘆の声があちこちから上がった。
単純な事で、この程度従来の魔術師は誰も気が付かなかったのか、とドーヴィも最初は思ったが。
グレンの戦い方を見ていれば、仕方ない事かと思い直した。とにかく、この国の魔術師は魔力の多さと言うパワーでゴリ押しする戦い方で全てを片付けてきた。故に、こういった小手先の技術は全く発展してこなかったのだろう。
「ふーむ……だとすれば、例えば氷の槍の発射間隔をずらすであるとか……」
「大きさをバラバラにして遠近感を狂わせるのもアリじゃないか?」
口を挟んできたのは兄のレオンだ。辺境伯家の中では落ちこぼれだと言っていたが、それでもやはり魔法好きなのは確かで、そして出てくる発想も魔術師そのものだ。
そこから続けて、今度は父のイーサンが。
「射出速度に緩急をつけるのも良さそうだな。とは言え、それを咄嗟にできるかという問題が出てくるか」
「最初から詠唱に組み込んで、三連発から五連発程度の魔法を作った方が効率が良いのではないかしら。単発でその都度、微調整を入れるのは無理だと思うわ」
そしてグレンの姉セシリアがさらに案をブラッシュアップする。グレンも含めて男三人が、セシリアのアイデアにおぉと感心しきりの声を漏らした。
このままだと、この場で魔法改良が始まりそうだ。ドーヴィはグレンに視線を送り、静かに口を開く。雇われの身で口を挟むのは本来であればタブーだが、仕方ない。
「……盛り上がってるところ悪いが、続きを」
「お、おお、そうだったな!」
グレンがハッ!と気づいてくれたことで、ようやく話は元の路線に戻った。危うく、暴走クランストン辺境伯家によって夜通し野原で魔法談議をするはめになるところだった。
次の土の壁、それから火球については特に言う事もなく。
「それから、俺を嵌めたあの落とし穴。あれは素晴らしいアイデアだ。グレン、よくやった」
ドーヴィに直接的に褒められて、グレンはパァァァとわかりやすく顔を明るくした。少しだけ頭を傾けたのは撫でられ待ちなのだろうか、いやいやこの場では無理だから……とドーヴィは断腸の思いでグレンの頭をやり過ごす。
「じゃ、グレンあの時に何をやったか、解説してくれ」
促されたグレンは、早く種明かしをしたかったとばかりに、喜び勇んで語り始めた。
「あの時、土の壁を作って裏側に隠れる、それだけじゃなくて火球を飛ばすことで『ここにいるぞ』とドーヴィにアピールしたんだ」
「ほーそこまで考えてたのか」
「そうだぞ! そうすれば、ドーヴィは間違いなく壁を回り込んでくる。壁も飛び越えるには高すぎる大きさにしてあったし、硬度も剣では崩せなかっただろう?」
確かに、とドーヴィは頷いた。予想以上に、グレンはしっかりと考えてあのトラップを仕掛けたらしい。
「それで、回り込んできたタイミングで地面を崩したんだ。それより前だと勘づかれて避けられるかもしれないからな!」
……だいぶ肝が据わった作戦だった。実戦でタイミングを間違えたらその場で真っ二つになるところだぞ。
(まあ、今回はそれは指摘しなくていいか)
これだけご機嫌に話しているグレンに水を差す必要もない。今はまだ『自分で実戦に対応できるような魔法のコンボを考えた』ということが非常に重要なのだ。
グレンにあれこれ質問する家族の様子を見ていると……クランストン辺境領から、新しい魔術師の戦い方が発信される日も近いだろうと思わせてくれる。
きっと将来には、これまでの力押しとは全く異なる、もっとスマートで実戦に耐えうる戦法を扱う魔術師が出てくるだろう。
「さて、それで最後の大技について」
「ぐっ……あれは、ドーヴィの煽りに乗ってしまった僕が悪かった。つい、イライラしてしまって……」
「そうだな。前から言っているとおり、お前は冷静さに欠けるところがある。戦いが長引いた時、焦った方が負けだ」
「うう……肝に銘じておく……」
がっくりと肩を落とす姿を見ていると、ドーヴィも胸が痛む。そもそもグレンは通常時ですら精神が不安定なのだから、そこに戦場でも冷静さを……と説いても、負担になるだけだ。
今夜はたっぷり可愛がってやろう、と勝手に決めるドーヴィ。
というところで、ドーヴィ先生による戦闘指南は終わりを迎えた。なぜか聞き入っていた周囲の人間から拍手が送られる。
それにぺこりとお辞儀をしてから、ドーヴィは軽く咳払いをして「みなさま、そろそろお時間の方が……」と解散を促した。辺境伯筆頭に、重要人物が全員仕事そっちのけでいつまでも魔法談議をしていては困る。
気を利かせたフレッドがイーサン達を先導する。そうされてしまえば、大人しく従って後ろをついていくしかない。
ぞろぞろ歩きつつも、まだ魔法の話で盛り上がる一行。と、イーサンがすっとドーヴィの隣に立った。護衛であるドーヴィは、最後尾で気配を消しているというのに。
「ドーヴィ君」
「……なんでありましょう」
「君、いくつかグレンの魔法を無効化していたね? あれは……結界に当たったら、結界の方が負けると言う目算かい?」
面白がるようでいて、どこか真剣な眼差しでイーサンはドーヴィに尋ねた。
……愛息子の力がどのようなものなのか、目の当たりにしてついに実感がわいてきたのだろう。もはや、人間の枠では収まらない魔力持ちになってしまっていることに。
「……別に、全部が全部、ってわけじゃない。恐らくほとんどは大丈夫だっただろうが、念のために無効化しておいただけだ」
「そうか……」
「ほら、グレンのやつ、戦いの途中から興奮と苛立ちで視野が狭くなってただろ」
悪魔としての回答に、イーサンは黙って頷き続きを促す。
「万が一、があるからな。さすがに俺も、正体を知らない人間が多いところで、悪魔の力でどうにかするってことは避けたい。っつーわけで、安全策で無効化したんだ」
「なるほど」
イーサンは少しばかり考え込む姿勢を見せたが、特に何を言うでもなく。ぽん、とドーヴィの肩を叩き「これからもグレンの指導をよろしく頼むよ」とにこやかに言って去って行った。
(父親っつーのも難しい生き物だねえ……)
皆がそれぞれ試合内容に夢中になっている中、何よりも息子の事を。
それだけ、グレンが家族に愛されてきて……そして今、全く予想できなかっただろう『成長した姿』を見せられても、家族はいまだにグレンを愛し、可愛がっている。
兄と姉に挟まれて、一生懸命に無詠唱の魔法について背伸びしながら話すグレンを見守るイーサンとエリザベスの視線は、練習試合を経ても以前と変わらず温かいものだった。
--
次に騎士達から見た練習試合の話をしたら、練習試合編終わりです
今度こそ、最終章にするぞ……!(そう思ってもう20話が過ぎました……)
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