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本編
59)練習試合は一瞬で
しおりを挟む先に動いたのは、グレンだった。だぶついた袖を風にはためかせながら、右手を一振り。
グレンの腕の軌道に合わせて、氷の槍がいくつも生成される。同時に、戦いを見守る観衆からもどよめきが沸き起こった。
(おー魔法の発動も早くなってんな)
氷の槍を向けられたドーヴィは飄々とした態度を崩さず、もごもごと適当に口を動かしてから両手両足に、誰にでもわかるような派手なエフェクトと共に強化魔法をかけた。誰もが『魔力を持つ人間なら多少は使える低レベルな魔法』だと勘違いしてくれるだろう。
実際は強化魔法(超弱体化魔法)である。咄嗟の時に手加減が間に合わず……などとなったら目も当てられない。これでドーヴィは「この世界の成人男性の平均値よりだいぶ強い」程度になった。だいぶ強いので、今、この練習試合を観戦しているほとんどの人間よりは強い。だいぶ強いのだ。
空中に浮いた氷の槍が動き始めると同時に、ドーヴィはダンッと地面を蹴る。ここでまたどよめきが。
力強く地面を走り抜けるドーヴィは、グレンが発した氷の槍よりも速く。グレンの氷の槍はドーヴィが走った後の、土埃だけを貫いて次々に地面へと突き刺さった。
ドーヴィはグレンの弾が尽きたのを見計らって、剣を振りかぶりグレンへと襲い掛かる。
「っ!」
一瞬息を飲む仕草を見せたグレンだが、ドーヴィの剣が届くよりも先に土の壁が二人の間に突如せり上がった。ドーヴィは驚いた顔をしつつも、止まり切れずにそのまま剣で土の壁を切りつけてしまう。
土の壁は傷ひとつ残らず、ドーヴィは剣を弾かれバランスを崩した。
(お上手お上手)
……と言っても、これもまたドーヴィの想定内であり、まあ、つまり、演技だった。
『攻撃の直後こそ隙が生まれる、必ず防御まで考えて攻撃を繰り出せ』とグレンに教え込んだのはドーヴィだ。
この国……旧ガゼッタ王国の魔法教育は、攻撃一辺倒だった。とにかく、派手で、巨大で、強い魔法を初手からぶちかます。その後の事は何も考えていない攻撃方法しかグレンは教育されていなかった。
もしかしたら、本来であれば年齢とともにさらに複雑な戦い方も教えて貰えたのかもしれない。
とにかく、グレンの戦い方は雑だった。雑にすぎた。
(騎士や護衛やらを侍らせて、安全地帯から敵陣へ魔法を飛ばすならアレでいいんだけどよ)
反乱前、計画のやり取りや準備に忙殺されていたグレンの時間を無理にでも作って叩き込んだことを思い出す。あの時、グレンは戦争ではなく『対人』の戦い方をドーヴィにみっちりと指導されていた。
そうしなければ、上位貴族と王族に対峙することはできなかっただろう。
思いを馳せながら、ドーヴィは次にグレンが打ってくるだろう手を予想して、土の壁から一気に後ろへと下がる。
予想通り、壁の向こうから火球が飛んできた。氷の槍が一点突破型とすれば、あの火球は範囲攻撃型である。壁の向こうにいるグレンから『敵』は見えない、見えないのなら、目標を絞らずに適当に広範囲にダメージを与える魔法を使えばよい。これも、教えたのはドーヴィだ。
今日はあくまでも練習試合。それも、周囲に実力を見せるための。故に、事前にグレンとドーヴィはある程度の型通りに進めるとは決めてあったのだ。
「とは教えたが、殺意ありすぎだろっ!」
思わず呟きを漏らしつつ、ドーヴィは雨あられと降り注ぐ大量の火球の隙間を、何とか駆け抜ける。……恐らく、普通の人間であればこの時点でほとんどが火だるまとなって終わりだろう。
ドーヴィが逃げ切れたのは、並外れた動体視力と『だいぶ強い』脚力のおかげだ。どちらかが足りなくても、詰む。
何とか交わしつつ、守護結界に当たりそうになった火球だけはまるで結界に当たって消滅したかのように小細工をしつつ。
土の壁をぐるりと回りこみ、ドーヴィは再度、グレンへ剣を向ける。
ばちり、と二人の視線が合った。その瞬間――グレンは、ふっと笑いを零す。それは一種の武者震いであった。
「余裕じゃねえか!」
思わず、ドーヴィもニヤリと笑みを返し、強い言葉とともに剣を振り上げた。魔術師であるグレンは、近接戦闘に弱い。剣で切りつけられたら、ひとたまりもない……はずだった。
「僕だって、成長しているんだぞっ!」
その言葉に、ドーヴィがおや、と思うと同時に、ドーヴィの視界が揺れる。
「うおっ!?」
バランスを崩したドーヴィの視界の端に、両手を振り下ろしたグレンが映る。咄嗟に、ドーヴィは両足で勢いよく地面を蹴りだし、そのまま土の上をゴロゴロと転がった。
すぐに腕のバネだけに物を言わせて、腕立て伏せの姿勢から一気に立ち上がる。そうして自分がいた場所を見てみれば、ぼこりと凹んだ地面にいくつもの氷の槍が突き刺さっていた。そして、その槍は音を立ててピシリピシリと崩れていく。
ドーヴィはヒュウと口笛を吹いてグレンのカウンターを称賛した。見事に、ドーヴィがハメられた。
目の前に土の壁があるなら、敵は回り込むしかない。そう予想して、相手が来るだろう場所に『落とし穴』を仕掛けておく。そこに敵がハマれば、あとは頭上から攻撃して終わりだ。
シンプルだが、一度ハマれば逃げ出すことは難しい。……まあ、この手が使えるのも、全属性の魔法を無詠唱で短時間に連続で繰り出せるグレンぐらいしかいないだろう。
「いやあ確かに成長してんな、こりゃ」
思わず拍手をしそうになったドーヴィだが、観衆がいる手前、さすがにそれはできないと思い直してぐっと我慢した。時と場合が許すなら、この素晴らしい成長っぷりを見せてくれた契約主に駆け寄って抱き上げたいぐらいだ。俺の契約主様は強くて賢くて可愛い!
ドーヴィが教えてきたのは攻撃と防御のみ。その基本中の基本を教える時間しかなかったのだ。搦め手としていくつか口頭では「こういうやり方もある」とは言った覚えはある……が、それを練習試合とは言え実戦で決めたのはグレンが素晴らしい魔術師であるという証。
残念ながらドーヴィが見事に逃げ切ったことを確認したグレンは、悔しそうに口をへの字に曲げて右手を振り払った。背後の土の壁が消え、即席の落とし穴も消えて平らな地面に戻る。
(土の壁は防御にもなるが、時として自分の逃げ場を塞ぐ事にもなる。確かにそう教えたが……しっかり覚えているようだな)
よしよし、と教え子の出来を確認しつつ、今度はドーヴィから仕掛ける。
ドーヴィは魔法を使わない。今日は単純な戦士として、グレンの前に立っているからだ。身体強化や目くらまし程度の魔法は使えるとしても、戦う手段は剣一本。
魔術師と戦士の一騎打ちは、とにかくいかに戦士側が距離を詰められるかにかかっている。先ほどの様な罠を仕掛けている魔術師はそもそも頭一つ飛び抜けた凄腕だとして。普通であれば、魔術師はどうしても詠唱をしなければならない分、剣や槍といった武器の瞬発力には敵わない。
地面を蹴って走り出すドーヴィに向け、グレンは何本も氷の槍を作っては撃ち続ける。が、ドーヴィはそれを容易に避けて見せた。
ドーヴィが真っ直ぐ進むだけではなく、軽快にフェイントステップを織り交ぜて進路をわかりにくくしているからだ。グレンはどうしても目で対象を確認してから、魔法を撃つ癖――癖と言うよりは、もはや魔術師なら誰でもそうする、というものなのだが――がある。
故に、ドーヴィの速さにフェイントを織り交ぜた複雑な動きにグレンはついていけてなかった。ドーヴィが避けるというよりも『ドーヴィが先ほどまでいた場所』に氷の槍が次々と打ち込まれる。
……そして。そのように避けられ続けていれば、撃ち続けている側にはフラストレーションが溜まり。
(グレン~顔に出てるぞ~)
苛立ちを顔全面に出したグレンは口をへの字に曲げるどころか、目を吊り上げている。これもドーヴィは何度か注意したが……さすがに、精神的な幼さもあってまだまだポーカーフェイスは苦手なようだ。
この辺ばかりは、兄のレオンや父のイーサンの方がよほど良くできているだろう。ドーヴィに対峙しても、にこにこにやにやを崩さない二人が一瞬、脳裏をよぎる。
グレンの苛立ちを煽ったのはドーヴィだ。だが、戦場で相手の手に乗せられてしまうのは悪い事に他ならない。
「~~~! ちょろちょろすんなっ!」
貴族にあるまじき悪態(ただし可愛い)をついたグレンは、ぐっと両手に力をこめて振り上げる。誰が見ても、これまでの氷の槍とは違う大技が出るぞ、とわかりやすすぎる動作だった。
「……だからなぁグレン」
ドーヴィは呆れたように呟き――踏み込みをガラリと変えた。それはこれまでの踊るような華麗な足さばきから一転、まるで巨人がが地響きを立てるかのように、重く。
「っ!」
両手を上げたまま、ドーヴィの動きが変わったことに気が付いたグレンが目を丸くする。瞬きするほどの刹那に、ドーヴィは一足飛びにグレンへと肉薄した。
ひゅん、と剣が風を切る音が練習試合の会場に、妙に大きく響く。
「1対1での大技は、よっぽどのタイミングじゃなきゃ無理だって俺は教えたよな?」
グレンの耳にその言葉が届いた頃。ドーヴィの剣先は、確かにグレンの喉元に当てられていた。
――しばらく、静寂。
両腕を上げたまま硬直していたグレンだったが……そのまま、その両腕を顔の横までおろし、小さな声で「参りました」と降参の意を示した。
「……よし」
グレンをじっと見ていたドーヴィは、それを聞いて剣を下げ、鞘にしまった。そして審判であるはずのフレッド団長を探す。
ドーヴィと視線が合ったフレッド団長は、雷に打たれたかのように全身を震わせてから慌てて観客席から転がり出てきた。文字通りにほとんど転がっているような形で。
「両者とも、怪我はありませんか?」
「ああ、私は問題ない」
「俺もだ」
相手に怪我をさせてはいけない、というルールのもとに行われた練習試合だ。審判として、それも確認する必要がある。二人の返事を聞いてから、フレッドは頷いて声を張り上げた。
「勝者、ドーヴィ!」
フレッドに促されて、ドーヴィは観衆へ向かって優雅に頭を下げた。本来であれば右手を上げるのだが、今回ばかりは主人であるクランストン辺境伯家の皆様がいらっしゃる。というわけで、護衛騎士としての貴族的な礼で勝ち名乗り、となるわけだ。
ドーヴィが頭を上げた瞬間、試合会場の野原に大歓声が響き渡る。誰も彼もが興奮し、歓声を上げながらも隣人と今の試合内容について大きな声で語り合う。
「やれやれ……」
「ドーヴィ」
「なんだ?」
グレンがドーヴィのシャツをくいくいと小さく引いた。これはあれだ、内緒話をするから屈めの合図だ。
さきほどまでドーヴィを爆殺せんとばかりに四方八方に火球を撒き散らしてた人間とは思えないあざと可愛さ。試合後のこのギャップが体に効くんだ、とドーヴィは謎の思考を走らせながら、グレンへと耳を寄せた。
「最後の僕の魔法、わざと使わせなかったのか?」
「ん、まあな。お前、あれ使ったら守護結界ぶち壊して大惨事になってたぞ」
「う……た、助かった」
「ったく、もう少し冷静さを持ってくれよな」
ぼそぼそ、会話を交わす二人……を、フレッドもクランストン辺境伯家の面々も生暖かく見守る。会話の内容は死ぬほど物騒なのだが。
最後の魔法以外にも、かなりの魔法を無効化していたドーヴィだが、グレンは目の前の敵に夢中で気づいていなかった様だ。家族の元へと駆けていくグレンの背中を見ながら、ドーヴィはやれやれと嘆息する。
(まあ、これで多少はグレンのストレス発散になったのなら、いいか)
結局のところ、結論は全てにおいて「グレンが楽しそうなら何でもいいか」の揺るぎない精神である。
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なんか投稿しようと思って管理画面開いたらハートマークが増えてたんですが!
なんなんですかコレ!!!
まあいいやグレンくんが楽しそうならそれで……
たまには戦う二人も書きたかったので私は満足です
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