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本編
51)結論
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どさくさに紛れてグレンとドーヴィが応接室でいちゃついている頃。隣の控室で軽食を出されたカリス伯爵ことフランクリンは死にそうな顔をしながら軽食を口に突っ込んでいた。
(聞いてない、聞いてないぞこんな話……!)
そりゃあ王と宰相のみで交わされる情報をいくら使者とは言え事前に伯爵が知っていたらおかしいだろう。……などと冷静にツッコミをできるフランクリンはいなかった。今はとにかく「残すと失礼だろうから」と出されたものを食べるのに必死になっているフランクリンしかいない。
どうすれば、と思えども誰に相談できるわけもなく。喜び勇んで王命を受領したあの日から後悔し続けてきたフランクリンだったが、本日最大の大後悔を迎えていた。
(戦争になったとして、兵を出せと言われて……出せるのか、うちの領から!? そもそもまだ跡継ぎの子供もいない状態で俺が戦死したらどうするんだよ! いやそもそも死にたくない!)
戦争経験があるレオンと違い、フランクリンは一度も出征したことはなかった。それどころか、領内の治安維持ですら騎士団を指揮したこともない。
フランクリンは使者として候補に挙がるだけの事はある、典型的な文官タイプの貴族だった。
(そりゃあ一般論としてどの伯爵家だって戦争なら喜ぶだろうけど……よくよく考えたらうちみたいに当主交代したばかりでまだ落ち着かない、って家も多いだろうしな……いやでもむしろ『先代を超える!』なんて息巻いたりとか……嗚呼……)
まだカリス伯爵になって日が浅いフランクリンは、そこまで他家の状況に詳しくはない。特に代替わりした家については、新しい当主と数度顔合わせをした程度なのだ。
さきほど、クランストン宰相に開戦を勧めるような提案をしたことを今さらになって後悔しつつ、フランクリンは呼び出されるのを待った。
苦労の絶えないフランクリンは後悔も絶えない。彼が落ち着いてカリス伯爵として平和に過ごせるようになるのはいつの日のことか……。
☆☆☆
休憩後、応接に戻ったフランクリンはクランストン宰相の表情が明るくなっている事に気が付いた。不思議に思いつつも促されて先ほどの席に座り、フランクリンはクランストン宰相の言葉を待つ。
「さてカリス伯爵。先ほどの話の続きといこうではないか」
「はい……」
早くも胃がキリキリとし始めるフランクリン。その顔色の悪さに気が付いたグレンは、慌てたように口を開く。
「カリス伯爵、体調不良か? 大丈夫か?」
「い、いえ……あまりにも重要なお話でありましたので……その、緊張しておりまして……」
「あ、ああ……そうか……無理をするなと言いたいところだが、さすがにこの話を持った状態で休めとは言えん」
「承知の上です、どうぞお気になさらず」
フランクリンは青い顔をしながらも気丈に返事をした。……どことなく、いつかの自分を思い出すようで、グレンもつられて胃がシクシクと痛み始める。
思わず、腹を撫で始めたグレンについついつられたのかフランクリンも目上の貴族を前にしながらも、同じように腹を摩り始めた。ドーヴィだけが笑い出しそうになるのを必死に堪えてポーカーフェイスを保っている。
「……こほん。あー、カリス伯爵。先ほどの話だが」
「はい。独立戦争に対して、どう対応していくかという問題でしたね。休憩前の時点では、マスティリ帝国の支援を受けるか受けないか、という論点でしたが……」
「うむ。休憩の間に秘書官であるドーヴィとも意見交換をしたのだが、そもそも、開戦を回避できる可能性がそれなりにあるという話が上がってだな」
「なんですって!?」
驚いたフランクリンが大きな声と共にいきなり立ち上がり……その勢いにグレンは驚いて盛大に仰け反った。ほぼ同時に、ドーヴィが帯剣していた剣を抜き払い、フランクリンに剣先を向けている。そして、剣を持っていない方の片手はグレンの前へ。フランクリンとの間に割って入る形だ。
「カリス伯爵。着席願います」
ドーヴィの低く、重い声がフランクリンを威圧した。それが耳に入り、フランクリンはびくりと体を震わせる。怯えたと言うよりも、意識外から向けられた強烈な殺気に驚いたと言う方が正しい。
「はっ! も、申し訳ありませんっ!!」
フランクリンはどっと汗を噴き出しながら、ドーヴィを刺激しないようにそろりそろりとソファに腰を下ろした。時間を置いて、じわじわと恐怖がフランクリンの腹の底から湧き上がってくる。
「……失礼しました」
フランクリンがソファに座り、動かなくなってからしばらく。フランクリンを殺意の籠った目で睨みつけていたドーヴィはゆっくりと剣を鞘に戻した。取ってつけたように言った言葉が、ぽつんと部屋の中に落ちる。
「お、おお……カ、カリス伯爵は驚いただけであって……ドーヴィも念のために剣を抜いただけ……だな?」
ひりつくような空気の中、グレンが取りなすように両者に確認をする。ドーヴィは静かに「はい」と答え、フランクリンは無言のまま何度も首を縦に振った。
「う、うむ。では、今の事は水に流すように……良いな?」
二人は同時に深く頭を下げ、室内の雰囲気は元に……戻りはしなかったが、幾分か和らいだ。
そのタイミングを逃さず、グレンはドーヴィにちらりとフォローを頼むような視線を送ってから、話の続きを、と語り始めた。
宰相直属の特殊部隊を動かせば、独立戦争を目論んでいる旧国家群の連携を壊せるかもしれないこと。それぞれを孤立させれば、開戦を回避できるのではないかと予想したこと。
「……なるほど、確かに……」
「うむ。これについて、また君の意見を聞きたいのだ。独立戦争の機運があるという情報が漏れた上で、開戦を回避した場合に伯爵家等から不満が出るのか。それから、今回の該当地域と縁が深い貴族家にどのような家があり、それぞれの立ち位置はどのような感じなのか」
「はい……」
「もちろん、裏取りは改めて行うつもりだ。現時点での感触を聞きたい」
そう言ったグレンは、テーブルの上に置かれていたミルクティーを口に運んだ。フランクリンも休憩中に新しく給仕された紅茶を一口含み、口を湿らせてから話し出す。
「私の感触、ですが。休憩前は開戦一択かと思ったのですが、休憩中によくよく考えたところ……我がカリス家のように、当主交代などでごたついている家も多く。また、男爵家や子爵家などはまともな戦力を持っていない可能性が高い事から、戦争が回避できれば喜ぶ家もありそうです」
「ほう!」
殊の外、フランクリンから色よい意見を貰えてグレンは嬉しそうに目を輝かせた。……ドーヴィだけが「こいつ媚びを売るために意見を翻したんじゃ……」と疑うようにフランクリンを見ている。
ドーヴィの視線に気づいたフランクリンは、改めて背筋を伸ばした。
「少なくとも、我が家は戦争回避に同意します。……ですが、休憩前に申し上げた通りに、やはり野心を持った貴族家が多いと言う点も、ご理解ください」
「……うむ。戦争の情報を完全に伏せるか、あるいは多少漏らした上で不満を解消すべきか……」
「そちらにつきましては、アンドリュー達と協議すべきと具申いたします。まずはアルチェロ陛下からの問いに答えを出すべきかと」
悩み始めそうになったグレンをドーヴィがすぐに制した。そう言った内容であれば、フランクリンと相談するよりもアンドリュー達を頼った方が早い。
方針を決めるのはグレンの仕事だが、方策を考えるのは政務官の仕事だ。
「む、そうだな。……して、カリス伯爵、後は該当の地域とどれだけの貴族家が強いつながりを持っているかを教えてくれ」
「はっ。私の知っている範囲内ですが――」
そう言って、カリス伯爵はいくつか貴族家の具体的な名前を挙げた。が、数で言えばクラスティエーロ王国内の貴族家としては少数派であろう。
元々、戦争で支配した地域。となれば、その戦争で功績を上げた上位貴族が自分の領地として王家から貰い受けていた土地がほとんどである。したがって、上位貴族が廃された今、その地域に強く根付いた貴族と言うものは少なかった。
「なるほど……ドーヴィ、どうだ、今の話で裏工作は予定通りやれそうか?」
「ハッ。具体的な数字等を入手してからになりますが、その程度であれば問題ないでしょう。特に権力の強い貴族家が含まれているようでもありませんから」
「うむ、そうか」
ドーヴィからも前向きな返事を貰ったことで、グレンはようやく笑顔を見せた。それにつられて、フランクリンも顔を緩ませる。
「では、この件についてはアルチェロ陛下に書状をしたためるとする。カリス伯爵については、書状を陛下へ……そして必要であれば、今の話を補足として口頭で説明して欲しい」
「かしこまりました。不肖の身ではありますが、全力を持って任務にあたります」
フランクリンはやや緊張した面持ちながらも、力強く返事をした。
グレンの貴族言葉を言い換えるなら「半分ぐらいは手紙に書くけど、重要なところはわざと書かないからよろしくね」と言ったところだ。全てを覚える必要はないが、今の会話の内容をある程度は覚えてアルチェロ王に伝える必要がある。
「さて、他の話しだが……確か、残りは父上と兄上と、相談済みなのだな?」
気が緩んだグレンが、うっかりレオンとイーサンのことを身内の呼び方で呼んでしまう。本来であれば名前と爵位で呼ぶべきだが……フランクリンはドーヴィの鋭い視線を受けて、そっと聞かなかったことにした。また剣を向けられたら寿命がますます縮んでしまう。
「はい。その通りです」
「その中で私が急ぎで対応せねばならぬものはあったか? なければ、今日はここまでにしておきたいのだが。もう少しドーヴィ……秘書官と私の方で話を詰めて書状の準備をしたい」
「それでしたら、残りの件は明日以降でも構わないかと」
フランクリンとしても、この短時間でどっと疲れたのだ。グレンの申し出は非常にありがたかった。
「うむ。では、本日はここまでにしよう」
グレンとフランクリンが同時にほっと安堵の息を吐いて、同じように体から力を抜いてソファに沈み込んだ。その様子を見てドーヴィは笑いそうになるが、ぐっと我慢する。兄のレオンより、フランクリンの方がグレンとは気質が近いようだ。
ミルクティーを飲んで、しばらく黙ってゆっくりしたグレン。その間に、ドーヴィがテーブルの上に広げられた書類の数々を集め、小脇に抱えた。
「先に戻らせて貰う。カリス伯爵、ご苦労だった」
「はいっ! 宰相閣下におかれましても、ご対応ありがとうございました!」
フランクリンは立ち上がり、グレンが退室して扉が閉まるまで90度直角に上半身を曲げて見送った。貴族というよりも、政務官のような振る舞いだ。
そして扉が静かに締まり、後にはフランクリンだけが残される。
「つかれた……」
そう呟いたフランクリン。……そのまま、ずるずるとソファに背中を投げ出して倒れこむように座り込んだ。
「疲れたっ! なんだもう、こんなのを弱小伯爵にやらせるな! せめてもっと歴史ある伯爵にやらせてくれよっ!」
半泣きになりながら、フランクリンは吠えた。と言っても、その「歴史ある伯爵」は以前にグレンを舐めてかかった事で軒並み駆逐されてしまったのだから、結局フランクリンがやるしかない。
しばらく、フランクリンはソファで項垂れていた。が、テーブルの上の紅茶を一気に飲み干すと、勢いをつけて立ち上がる。
「……いつまでも愚痴を言っていても仕方がない。ここを踏ん張れば、王どころか宰相閣下にも認められるのだぞ……!」
パンッ、と力強く両頬を両手で叩いて、フランクリンは自分に喝を入れた。
そうだ、そもそも王命を受けたのも、王の覚えがめでたくなるから。フランクリンとて、それなりに野心と言うものを持ってはいるのだ。戦争したいほどの野心はないが、乗りかかった船でそのまま大航海に出航するほどの野心はある。
フランクリンは再度、両の手で握り拳を作って自らを奮い立たせると、ようやく応接室を出て自らに割り当てられた客室へと戻って行った。
---
苦労人度や小心者っぷりに関しては、実はフランクリンは割とグレンくんに近い感じです
もうちょっと仲良くなったら苦労話をしながら一緒にケーキを食べる二人がいるかもしれない
あとちょっとしたことでも護衛として剣を抜くドーヴィはかっこいいと思います
たぶんあの瞬間、グレンくんちょっとときめいてたね間違いない
(聞いてない、聞いてないぞこんな話……!)
そりゃあ王と宰相のみで交わされる情報をいくら使者とは言え事前に伯爵が知っていたらおかしいだろう。……などと冷静にツッコミをできるフランクリンはいなかった。今はとにかく「残すと失礼だろうから」と出されたものを食べるのに必死になっているフランクリンしかいない。
どうすれば、と思えども誰に相談できるわけもなく。喜び勇んで王命を受領したあの日から後悔し続けてきたフランクリンだったが、本日最大の大後悔を迎えていた。
(戦争になったとして、兵を出せと言われて……出せるのか、うちの領から!? そもそもまだ跡継ぎの子供もいない状態で俺が戦死したらどうするんだよ! いやそもそも死にたくない!)
戦争経験があるレオンと違い、フランクリンは一度も出征したことはなかった。それどころか、領内の治安維持ですら騎士団を指揮したこともない。
フランクリンは使者として候補に挙がるだけの事はある、典型的な文官タイプの貴族だった。
(そりゃあ一般論としてどの伯爵家だって戦争なら喜ぶだろうけど……よくよく考えたらうちみたいに当主交代したばかりでまだ落ち着かない、って家も多いだろうしな……いやでもむしろ『先代を超える!』なんて息巻いたりとか……嗚呼……)
まだカリス伯爵になって日が浅いフランクリンは、そこまで他家の状況に詳しくはない。特に代替わりした家については、新しい当主と数度顔合わせをした程度なのだ。
さきほど、クランストン宰相に開戦を勧めるような提案をしたことを今さらになって後悔しつつ、フランクリンは呼び出されるのを待った。
苦労の絶えないフランクリンは後悔も絶えない。彼が落ち着いてカリス伯爵として平和に過ごせるようになるのはいつの日のことか……。
☆☆☆
休憩後、応接に戻ったフランクリンはクランストン宰相の表情が明るくなっている事に気が付いた。不思議に思いつつも促されて先ほどの席に座り、フランクリンはクランストン宰相の言葉を待つ。
「さてカリス伯爵。先ほどの話の続きといこうではないか」
「はい……」
早くも胃がキリキリとし始めるフランクリン。その顔色の悪さに気が付いたグレンは、慌てたように口を開く。
「カリス伯爵、体調不良か? 大丈夫か?」
「い、いえ……あまりにも重要なお話でありましたので……その、緊張しておりまして……」
「あ、ああ……そうか……無理をするなと言いたいところだが、さすがにこの話を持った状態で休めとは言えん」
「承知の上です、どうぞお気になさらず」
フランクリンは青い顔をしながらも気丈に返事をした。……どことなく、いつかの自分を思い出すようで、グレンもつられて胃がシクシクと痛み始める。
思わず、腹を撫で始めたグレンについついつられたのかフランクリンも目上の貴族を前にしながらも、同じように腹を摩り始めた。ドーヴィだけが笑い出しそうになるのを必死に堪えてポーカーフェイスを保っている。
「……こほん。あー、カリス伯爵。先ほどの話だが」
「はい。独立戦争に対して、どう対応していくかという問題でしたね。休憩前の時点では、マスティリ帝国の支援を受けるか受けないか、という論点でしたが……」
「うむ。休憩の間に秘書官であるドーヴィとも意見交換をしたのだが、そもそも、開戦を回避できる可能性がそれなりにあるという話が上がってだな」
「なんですって!?」
驚いたフランクリンが大きな声と共にいきなり立ち上がり……その勢いにグレンは驚いて盛大に仰け反った。ほぼ同時に、ドーヴィが帯剣していた剣を抜き払い、フランクリンに剣先を向けている。そして、剣を持っていない方の片手はグレンの前へ。フランクリンとの間に割って入る形だ。
「カリス伯爵。着席願います」
ドーヴィの低く、重い声がフランクリンを威圧した。それが耳に入り、フランクリンはびくりと体を震わせる。怯えたと言うよりも、意識外から向けられた強烈な殺気に驚いたと言う方が正しい。
「はっ! も、申し訳ありませんっ!!」
フランクリンはどっと汗を噴き出しながら、ドーヴィを刺激しないようにそろりそろりとソファに腰を下ろした。時間を置いて、じわじわと恐怖がフランクリンの腹の底から湧き上がってくる。
「……失礼しました」
フランクリンがソファに座り、動かなくなってからしばらく。フランクリンを殺意の籠った目で睨みつけていたドーヴィはゆっくりと剣を鞘に戻した。取ってつけたように言った言葉が、ぽつんと部屋の中に落ちる。
「お、おお……カ、カリス伯爵は驚いただけであって……ドーヴィも念のために剣を抜いただけ……だな?」
ひりつくような空気の中、グレンが取りなすように両者に確認をする。ドーヴィは静かに「はい」と答え、フランクリンは無言のまま何度も首を縦に振った。
「う、うむ。では、今の事は水に流すように……良いな?」
二人は同時に深く頭を下げ、室内の雰囲気は元に……戻りはしなかったが、幾分か和らいだ。
そのタイミングを逃さず、グレンはドーヴィにちらりとフォローを頼むような視線を送ってから、話の続きを、と語り始めた。
宰相直属の特殊部隊を動かせば、独立戦争を目論んでいる旧国家群の連携を壊せるかもしれないこと。それぞれを孤立させれば、開戦を回避できるのではないかと予想したこと。
「……なるほど、確かに……」
「うむ。これについて、また君の意見を聞きたいのだ。独立戦争の機運があるという情報が漏れた上で、開戦を回避した場合に伯爵家等から不満が出るのか。それから、今回の該当地域と縁が深い貴族家にどのような家があり、それぞれの立ち位置はどのような感じなのか」
「はい……」
「もちろん、裏取りは改めて行うつもりだ。現時点での感触を聞きたい」
そう言ったグレンは、テーブルの上に置かれていたミルクティーを口に運んだ。フランクリンも休憩中に新しく給仕された紅茶を一口含み、口を湿らせてから話し出す。
「私の感触、ですが。休憩前は開戦一択かと思ったのですが、休憩中によくよく考えたところ……我がカリス家のように、当主交代などでごたついている家も多く。また、男爵家や子爵家などはまともな戦力を持っていない可能性が高い事から、戦争が回避できれば喜ぶ家もありそうです」
「ほう!」
殊の外、フランクリンから色よい意見を貰えてグレンは嬉しそうに目を輝かせた。……ドーヴィだけが「こいつ媚びを売るために意見を翻したんじゃ……」と疑うようにフランクリンを見ている。
ドーヴィの視線に気づいたフランクリンは、改めて背筋を伸ばした。
「少なくとも、我が家は戦争回避に同意します。……ですが、休憩前に申し上げた通りに、やはり野心を持った貴族家が多いと言う点も、ご理解ください」
「……うむ。戦争の情報を完全に伏せるか、あるいは多少漏らした上で不満を解消すべきか……」
「そちらにつきましては、アンドリュー達と協議すべきと具申いたします。まずはアルチェロ陛下からの問いに答えを出すべきかと」
悩み始めそうになったグレンをドーヴィがすぐに制した。そう言った内容であれば、フランクリンと相談するよりもアンドリュー達を頼った方が早い。
方針を決めるのはグレンの仕事だが、方策を考えるのは政務官の仕事だ。
「む、そうだな。……して、カリス伯爵、後は該当の地域とどれだけの貴族家が強いつながりを持っているかを教えてくれ」
「はっ。私の知っている範囲内ですが――」
そう言って、カリス伯爵はいくつか貴族家の具体的な名前を挙げた。が、数で言えばクラスティエーロ王国内の貴族家としては少数派であろう。
元々、戦争で支配した地域。となれば、その戦争で功績を上げた上位貴族が自分の領地として王家から貰い受けていた土地がほとんどである。したがって、上位貴族が廃された今、その地域に強く根付いた貴族と言うものは少なかった。
「なるほど……ドーヴィ、どうだ、今の話で裏工作は予定通りやれそうか?」
「ハッ。具体的な数字等を入手してからになりますが、その程度であれば問題ないでしょう。特に権力の強い貴族家が含まれているようでもありませんから」
「うむ、そうか」
ドーヴィからも前向きな返事を貰ったことで、グレンはようやく笑顔を見せた。それにつられて、フランクリンも顔を緩ませる。
「では、この件についてはアルチェロ陛下に書状をしたためるとする。カリス伯爵については、書状を陛下へ……そして必要であれば、今の話を補足として口頭で説明して欲しい」
「かしこまりました。不肖の身ではありますが、全力を持って任務にあたります」
フランクリンはやや緊張した面持ちながらも、力強く返事をした。
グレンの貴族言葉を言い換えるなら「半分ぐらいは手紙に書くけど、重要なところはわざと書かないからよろしくね」と言ったところだ。全てを覚える必要はないが、今の会話の内容をある程度は覚えてアルチェロ王に伝える必要がある。
「さて、他の話しだが……確か、残りは父上と兄上と、相談済みなのだな?」
気が緩んだグレンが、うっかりレオンとイーサンのことを身内の呼び方で呼んでしまう。本来であれば名前と爵位で呼ぶべきだが……フランクリンはドーヴィの鋭い視線を受けて、そっと聞かなかったことにした。また剣を向けられたら寿命がますます縮んでしまう。
「はい。その通りです」
「その中で私が急ぎで対応せねばならぬものはあったか? なければ、今日はここまでにしておきたいのだが。もう少しドーヴィ……秘書官と私の方で話を詰めて書状の準備をしたい」
「それでしたら、残りの件は明日以降でも構わないかと」
フランクリンとしても、この短時間でどっと疲れたのだ。グレンの申し出は非常にありがたかった。
「うむ。では、本日はここまでにしよう」
グレンとフランクリンが同時にほっと安堵の息を吐いて、同じように体から力を抜いてソファに沈み込んだ。その様子を見てドーヴィは笑いそうになるが、ぐっと我慢する。兄のレオンより、フランクリンの方がグレンとは気質が近いようだ。
ミルクティーを飲んで、しばらく黙ってゆっくりしたグレン。その間に、ドーヴィがテーブルの上に広げられた書類の数々を集め、小脇に抱えた。
「先に戻らせて貰う。カリス伯爵、ご苦労だった」
「はいっ! 宰相閣下におかれましても、ご対応ありがとうございました!」
フランクリンは立ち上がり、グレンが退室して扉が閉まるまで90度直角に上半身を曲げて見送った。貴族というよりも、政務官のような振る舞いだ。
そして扉が静かに締まり、後にはフランクリンだけが残される。
「つかれた……」
そう呟いたフランクリン。……そのまま、ずるずるとソファに背中を投げ出して倒れこむように座り込んだ。
「疲れたっ! なんだもう、こんなのを弱小伯爵にやらせるな! せめてもっと歴史ある伯爵にやらせてくれよっ!」
半泣きになりながら、フランクリンは吠えた。と言っても、その「歴史ある伯爵」は以前にグレンを舐めてかかった事で軒並み駆逐されてしまったのだから、結局フランクリンがやるしかない。
しばらく、フランクリンはソファで項垂れていた。が、テーブルの上の紅茶を一気に飲み干すと、勢いをつけて立ち上がる。
「……いつまでも愚痴を言っていても仕方がない。ここを踏ん張れば、王どころか宰相閣下にも認められるのだぞ……!」
パンッ、と力強く両頬を両手で叩いて、フランクリンは自分に喝を入れた。
そうだ、そもそも王命を受けたのも、王の覚えがめでたくなるから。フランクリンとて、それなりに野心と言うものを持ってはいるのだ。戦争したいほどの野心はないが、乗りかかった船でそのまま大航海に出航するほどの野心はある。
フランクリンは再度、両の手で握り拳を作って自らを奮い立たせると、ようやく応接室を出て自らに割り当てられた客室へと戻って行った。
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苦労人度や小心者っぷりに関しては、実はフランクリンは割とグレンくんに近い感じです
もうちょっと仲良くなったら苦労話をしながら一緒にケーキを食べる二人がいるかもしれない
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