『性』を取り戻せ!

あかのゆりこ

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本編

49)極秘会談……と極秘餌付け

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「さて、そこで。カリス伯爵、君の意見を聞きたい。もちろん、結論は他にも情報を集め、精査した上で慎重に導く必要がある」

 そこまで言ったグレンは、じっとフランクリンの瞳を見遣った。まるで心の奥まで覗き込むかのような、鋭く透徹した眼差し。フランクリンも自然と肩に力が入る。

 グレンは口を開き、話を続けた。

「率直に、伯爵当主として答えて欲しい。万が一、開戦となった場合、各伯爵家が主力となるのは間違いない」

 従来は上位貴族が指揮を執り、自らの騎士団を重用し、場合によっては当主本人がその絶対的な魔力を用いて戦いに赴くのがガゼッタ王国の戦争のやり方だった。

 当然、手柄は全て上位貴族の物となり、配下として前線に連れてこられた下位貴族は雀の涙ほどの報奨金をありがたく受け取るしかなかった。

 それが、次の戦争では違う。……何なら、ここで手柄を立てれば、多数の空席が出ている上位貴族への道が開けるかもしれない。そう言った野心に精を出す伯爵当主も多いだろう。

 あるいは、クランストン辺境家に対する過去の仕打ちを帳消しにして貰うべく、奮戦するか。

 そこまで考えて、フランクリンは決心してグレンを見返した。自然と、両膝に置いた拳に力入る。

「宰相閣下、素直に、お答えいたします。故に……内容に問題があろうとも、この場では見逃して頂ければ」
「良い。許す」

 簡潔に許可を得たフランクリンはほっと一つ息を吐く。事前にレオンから『グレンはちょっとの事でキレたりしねーよ、むしろ貴族らしい無駄な回りくどい言い方をする方が機嫌を悪くするぞ』『媚びじゃ靡かない、アイツが好むのは素直さと実利だ』と言われていたことを思い出せて良かった。

 そして、それらをニヤニヤと笑いつつ教えてくれた友人レオンにも感謝を。

「伯爵家として。アルチェロ陛下とクランストン宰相閣下の案、どちらを支持するかと言えば、クランストン宰相閣下の案を支持する家が多いと思われます。実際、私もどちらかと言えば閣下の案を支持するでしょう」
「ほう」

 フランクリンの意見に興味深そうに目を瞬かせ、グレンは続きを促す。

「それは残念ながら愛国心によるものではありません。いずれもが、戦争での手柄を求めて、といった野心によるものと考えられます。……いえ、全ての伯爵家がそうとは限りませんが」

 グレンの顔が小さく歪んだ事で、慌ててフランクリンはフォローを付け足した。……口ではそう言いつつも、愛国心で動くような真面目な伯爵家がパッと浮かんでこないのが現状である。まあ、探せばいるだろう、一人か二人ぐらいは。

「今現在、クラスティエーロ王国内の上位貴族は空席がほとんどです。あわよくば、戦争で手柄を立ててその座を自分の手に、と思う者も多いでしょう」
「なるほど」
「また、独立を目論んでいるこちらの地域は現在、王家が代官を立てて自治権を認めているはずです。実際に独立戦争を起こしたのであれば、自治権も剥奪できます。そうすれば、伯爵家が代官ではなく領主としてその領地を手にする可能性が出てきますから……」
「確かに、そうだな。自治を認めず、改めてクラスティエーロ王国の領地として編入する大義名分が立つ、か」

 フランクリンが述べるのは、どれもこれも伯爵家にとって都合の良い話ばかり。もちろん、率直な意見を求められたからこそ、フランクリンは思った事をそのまま話しているに過ぎない。

 が、その中身は『全てが上手くいけば美味しい』と言うだけである。要は、絵に描いた餅の様な夢物語だ。夢物語を現実に落とし込むためのコストやデメリットを全く考慮していなかった。

「それから……閣下のご気分を害するかもしれませんが……」
「構わん」
「クランストン辺境家から公爵や侯爵、宰相が輩出されている今。以前のクランストン辺境家に対する仕打ち……失点、過失を戦争の手柄で取り返そうと考える者も多いでしょう」
「……そうか」

 気分を害すると前置きされていも、不快なものは不快に違いない。グレンは気分を害したので顔を顰めたが……もちろん、許すと言ったのも率直な意見を聞きたいと言ったのも自分だ。胸に渦巻く怒りを深呼吸で宥めて、表情を戻す。

 グレンから特にお叱りの言葉が出てこないようだと判断したフランクリンは、人知れず盛大に安堵の息を吐いていた。今ここで、首が飛んでもおかしくはなかった。

 それに気づいたグレンは苦笑してフランクリンに声を掛ける。

「そういった意見を聞きたがったのは私だ。文句は言わん」
「閣下の寛大なお心に感謝いたします。……私から申し上げられるのは、以上です」
「うむ、良い意見であった」

 鷹揚に頷くグレンを見てフランクリンは舌を軽くし、補足を追加する。

「伯爵家の当主は誰もが野心家です。それは男爵家、子爵家も同じでしょう。これまで、上位貴族に便利屋として使い潰されてきたのですが……その立場から脱却し、あわよくば自ら『使う側』になれるかも、と夢を見ております。その野心を上手く使えば、良い戦力となりますでしょう」
「しかし、その野心を見逃せば、旧来の上位貴族のような驕り高ぶった存在がまたしても誕生する契機になる、という事か」

 フランクリンが続けるより早く、グレンが言葉を吐いた。その理解力の高さと反応の良さにフランクリンは舌を巻きつつ「左様でございます」と答え、頭を下げた。

(これが本当に16歳か……!? レオンもそうだが、やはり辺境家の人間は俺達とは頭の出来が違いすぎる!)

 愚鈍であった上位貴族、頭が固く自己中心的な人間ばかりだった伯爵家当主達、そして指示を待ってばかりで自ら動こうともしない男爵家や子爵家……それらとばかり渡り合って来たフランクリンにとっては、感動すら覚えるほどであった。

 ……フランクリンも結構苦労人なのだ。今はせっかくの伯爵という立場も父親の尻ぬぐいばかりで気苦労も絶えないし、なかなか。世の中は厳しい。

「アルチェロ陛下が機密として取り扱うのも頷けるな。下手に外に漏れれば、国内は開戦一色になっていただろう」

 グレンは眼帯を撫でながら深いため息を吐いた。

 フランクリンの美味しい話に惑わされる貴族は間違いなく多い。何なら、先手を打てば良いと暴論を持ち出す者も出てくることは容易に予想できた。

 戦争というものは基本的には分の悪い賭けだ。まず、勝たなければ意味がない。そして勝ったとしても、被害も少なく十分に元が取れるほどでなければ、戦争をする価値がないというものだ。

 その点、以前の上位貴族は開発した魔物除けの結界を上手く利用し、十分に戦力を蓄えてから周辺国へ戦争を仕掛けていた。上位貴族とて、その辺は愚かではなかったのだ。

 あの時は十分に実のある戦争であった。しかし、今回はただの内乱であり、勝ったところで国全体としては旨味が少ない。また、以前と違い、十分な戦力が揃っているとも言い難い。

 貴族間の足並みも以前ほどは揃わないだろう。何しろ「どれだけ手柄を立てるか」が重要な戦いになってくるのだから。最悪の場合は、味方で足の引っ張り合いをする可能性もある。

 黙って考えを巡らせていたグレンはもう一度、深いため息をついた。

「少し休憩にしたい。カリス伯爵、すまないが隣の休憩室に移動して貰えるか。ドーヴィ、カリス伯爵に軽食の手配を」
「はっ。グレン様の分もご用意いたしましょうか」
「ああ、頼む。私はここで考えをまとめたい」

 フランクリンは立ち上がり、丁寧にお辞儀をしてから退室していく。そしてドーヴィも手配の為に退室をした。

 応接室に残ったのはグレンただ一人。テーブルに置かれた書類をぺらりと手にして、グレンは盛大に顔を顰める。

(戦争かぁ……ヤダなぁ……)

 グレン・クランストンという少年は。良く言えば心優しい平和主義者だが、悪く言えば度胸のない小心者であった。

 貴族であるからには避けては通れぬ戦いもあるし、ある程度は国家繁栄のために強硬的な手段を取る必要もある。

 が、それらに二の足を踏み続けて……最終的に自らの命を落としたのが、グレンだ。あの時も、反乱を起こして辺境領の人々が脅かされることを何よりも恐れていた。自分が我慢し続けていれば人々を守れる、と。

 そこから辺境伯として一皮剝けたとは言え、平和主義者であるところは変わらない。

「うーん……うーん!」

 腕組みをして唸り声をあげるグレン。何とか戦争を回避して、該当の地域を鎮めたいのだが。様々なアイデアが浮かんでは消え、浮かんでは消え。グレンは悩み続ける。

 と、そこに軽食用のワゴンを押してドーヴィが戻ってきた。ティーポットと甘いお菓子類が載せられた大皿。クッキーやミニパイ、プリンなどなど。どれもが食べやすいサイズのものばかりだ。

 幸いにしてここはクランストン辺境城。しかも軽食を手配したのがグレンであると知っているからこそ、軽食は本当に軽食だった。王城だったら、普通に一食分の豪勢な料理が提供されただろう。

 ドーヴィは扉を閉めた後、グレンからアイコンタクトを受けて部屋全体に防音の魔法を張り巡らした。

「はぁー、疲れた。復帰後の一発目から、重すぎではないか……」
「さすがにこれは重すぎるな、確かに。……グレン、ほら、こっち来い」

 ソファにどかりと座ったドーヴィが手招きをすると、グレンはよろよろと立ち上がってドーヴィの元へ行き、そのまま倒れこんだ。ドーヴィはそんなぐにゃぐにゃになったグレンをひょいと抱え上げ、自分の膝へ座らせる。

「まあとりあえず甘いモン食え」
「うん」

 ドーヴィはワゴンに置かれたままの大皿とティーポットを魔法で器用にテーブルまで運ぶ。その皿の上からグレンの大好物であるくるみクッキーを一枚とって、ドーヴィはグレンの口元へ近づけた。

 途端、反射なのかグレンは小さく口を開けてクッキーをさくさくと齧り始める。まるでリスのようだ、と思いながらドーヴィはグレンの口の動きに合わせてクッキーを移動させた。

 疲れているグレンを甘やかすのは実に楽しい。完全に体の力を抜いて、ドーヴィに体を預けているグレンを見ていると、どんどんクッキーを食べさせたくなるし、頭もたくさん撫でたくなる。

(……俺の性欲どこいった?)

 ふと、インキュバスとしての自分の存在意義が心配になるドーヴィだ。とは言え、グレンにクッキーを与える手は止まらない。ミニパイを与える手も止まらないし、ティーポットの紅茶にミルクと砂糖をたっぷり入れて程良い温度に冷まして持たせるのも止まらない。

 全自動グレン甘やかし機は実在した! と言うところで、ドーヴィに散々甘やかされてようやく落ち着いたのかグレンが顔を上げた。

「ドーヴィ、先ほどの話、どう思う?」
「あー? そりゃあ俺はお前がやりたいようにやれ、って言うのが一番だからなぁ」

 そう言いつつ、ドーヴィはグレンを抱えて頭を回転させる。グレンが聞きたいのはそう言う事ではなくて、秘書官としての意見だろう。

「僕が本当にやりたいのは……戦争の回避で、戦わずにあの地方を鎮める事で……」

 ごにょごにょ、グレンがドーヴィの腕の中で言い訳するかのようにぐずっている。ぐずぐずするには物騒な内容だが、それもドーヴィから見れば可愛い可愛い駄々こねの一つにしか見えない。

 さすが愛の悪魔、フィルターは今日も盛大に分厚いようだ。


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疲れてるグレンくんを甘やかすの本当に楽しいです
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