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本編
45)(グレンは)おやすみの日
しおりを挟む翌朝、グレンは熱がさが……るわけもなく。引き続き高熱のため、ベッドの住人となることが決定した。
ちなみに朝食はまだ何も言ってない状態で、病人食が提供されたあたりさすがのばあやである。グレンサイズの超少量パン粥をぺろりとたいらげたグレンは、主治医に出された薬を大人しく飲んでまた毛布を被った。
「暇だ」
「魔法書でも取り寄せるか?」
「うむ。図書室にあるものなら何でもいい」
熱があるだけでその他は元気いっぱい、なグレンは早々にベッドの住人に飽きたらしい。まあそうなるだろうな、と思っていたドーヴィは外に立っていた騎士にグレンの要望を伝えた。
どうやら以前から寝込んだ時に魔法書を読んでいたらしく、すぐにグレンの要望を理解して騎士は持ち場を離れていった。
魔術師として超一流のクランストン辺境家の図書室、蔵書には多種多様な魔法書が揃っている。グレンもその全てを読破はできていないらしい。
そんな話をグレンから聞いていると、扉がノックされた。騎士が戻ってくるには早いな、とドーヴィが対応に当たる。
「失礼します」
涼やかな声と共にグレンの私室を訪問したのは、姉のセシリアだった。ベッドでごろごろ、魔法書待ちをしていたグレンは大好きな姉の声に勢いよくベッドから起き上がった。
「姉上!」
「熱が出たって聞いたけど、元気そうで良かったわ」
「ええ、熱だけで、他は元気なのです」
「それでも油断はしちゃダメよ?」
くすくすとセシリアは笑いながら言った。それを受けたグレンも、曖昧ながらも楽しそうな笑みを浮かべる。
……これが、本来の姉弟の姿なのだろう。王都で囚人となったセシリアと面談していた時とも、反乱時に再会したあの時とも、全く違う姿。穏やかでいて、密やかな内緒話をするように声を潜めて会話をする二人は、確かに仲の良い姉弟だった。
(苦しい時代を二人で頑張ったから、ってのもあるだろうなぁ)
クランストン辺境領を二人で守らねば、と踏ん張っていた頃があったからこそ、より二人の絆は固いのだろう。ドーヴィは二人の邪魔をしないように気配を消して姉弟の交流を見守った。
セシリアは見舞い以外に辺境領の相談事も持ち込んだようだ。二人で難しい顔をしつつ、セシリアが持ってきた書類を眺めては何やら話をしている。
クランストン辺境伯と言う肩書きは、グレンが引き続き持つ。しかし、グレン本人は宰相と言う役職もあるために基本的に王都で宰相の仕事をしなければならない。という時に、誰がクランストン辺境領で『代官』をやるのか? と言った時に、セシリアに白羽の矢が立った。
それはアルチェロも承認済みの事で、セシリア本人もやる気に満ちている様子。同性婚が普及しているクラスティエーロ王国では、女性代官や女性当主も普遍的に存在しているのだ。
「うーん……ドーヴィ、少し意見を聞かせてくれないか?」
「俺でいいのか?」
「ああ。ドーヴィも一時期は辺境領の運営に関わっていただろ。それに王都の状況も把握してるから、ドーヴィの意見も聞きたい」
「ふーん。参考になるかわからんけどな。言うだけなら別に」
どうやらクランストン辺境領と王都の物流について、整備をしていきたい……という話らしい。
グレンが辺境伯を継ぐ前から、あらゆる商会が取引を打ち切ってきた。そればかりか、近隣貴族領がそれぞれ通行を制限するなどやりたい放題。
一度、禁止されたものや中止されたものを復活するのはなかなか難しい。今日から以前と同じようによろしくね、で出来る人間ばかりではないのだ。
しばらく、3人で頭を寄せ合って検討しつつ。ある程度、方向性が固まったところでセシリアはようやく朗らかな笑顔を見せた。
「ごめんなさいね、病人にこんなことをさせて」
「ううん、僕も暇だったから」
お前は体を休めるのが仕事だろうが、とツッコミをしそうになったがドーヴィは黙っておいた。きっと、セシリアとの会話も、グレンにとっては良い気晴らしになっただろう。楽しそうに微笑んでいる二人に水を差す必要はない。
「グレン、お大事にね。何か困った事があったらまた来るわ」
はい! と嬉しそうに返事をするグレン。セシリアに頼られて、嬉しくて仕方がないのだろう。セシリアも、本気で頼る以外に多少のリップサービスも含んでいそうだ。可愛い弟が元気になるような、リップサービス。
最後に家族として親愛のハグとチークキスをしてから、セシリアは退室して行った。……1年以上前にはこのような事が再びできるようになるとは、グレンもセシリアも思っていなかったのだ。
グレンはセシリアを見送ってから一人、にまにまと顔を緩ませる。
王都ではアンドリューやマリアンヌを筆頭とした政務官達に頼られっぱなしのグレンだが、やはり姉に頼られると言うのはまた別格。
すっかりご機嫌になったグレンをドーヴィは健全に押し倒して毛布を掛ける。またテンションが上がりすぎて熱も上がり過ぎたら困ったものだ。
(少し寝かせるか……)
ドーヴィはふわり、と弱めの睡眠魔法をグレンにバレないようにかけた。グレンが疲れているのであれば、すんなりと眠るはず……。
「ふわぁ……」
「眠いのか? たくさん話して疲れたんだろ。少し眠ればいい」
「ん……魔法書は受け取っておいくれ……」
実にすんなりとグレンは眠った。熱だけだから、と言っても、やはり体力が低下しているのは間違いない。セシリアとの短いやり取りでも、頭を使って疲れたのだろう。
まあ、大人しく眠ってくれていた方がドーヴィとしては安心できるのだが。
グレンがだいぶ熟睡しているのを確認してから、ドーヴィは看病の椅子から立ち上がった。昨日から、ここがドーヴィの指定席だ。
「すまない、グレン様がおやすみになられた。しばらくは落ち着いていると思うから、誰か看病を頼めないか。少し仮眠をしたい」
そう騎士に言って、ドーヴィは看病を騎士と使用人に交代して部屋を出る。……ドーヴィも、一応人間アピールは忘れていないのだ。飲まず食わず眠らずで看病できるからと言って本当にやったら明らかにおかしい。
一部の人間には正体を明かし、そして屋敷の人間も薄々感づいている使用人が多いとは言え、わざわざフルオープンにしていく必要もない。
最初の頃にドーヴィに割り当てられた客室を引き続き借りて、ドーヴィはベッドで仮眠を――取らない。眠る必要はないのだから。
グレンにも、それこそ父のイーサンや母のエリザベスにもわからないほどの高度な隠蔽魔法で姿を隠し、ドーヴィは部屋の窓から飛び立つ。
(魔物退治の契約は一応まだ生きてるからな)
すべての始まりの契約。あれは仮契約であり、当時の成果を考えれば十分果たしたと言っても良い。だが、仮であるからこそ逆にドーヴィが「まだ続行」と思えば、契約続行もできる。もちろん、報酬は全部後払いのツケにしておく。
もはやグレン本人もどこまでツケが溜まっているのかわかっていないだろう。その辺、ドーヴィは悪魔として正確に報酬量を把握しているから、取り立てには問題ない。
ドーヴィは王都から放出されている結界の魔力を確認し、魔の森を見回り、騎士団には手に余りそうな魔物の巣をピンポイントで破壊していく。
「こんなもんか」
もっと本気を出せば、それこそ人間が瞬きをするほどの時間で「一定の脅威に達している魔物を消滅させる広範囲魔法」を組み上げて行使することもできる。が、それはさすがにやり過ぎ、というものだ。天使からクレームも来るだろうし、グレンに請求する報酬も高額になるだろう。
ドーヴィは心底グレンの事を気に入っているからこそ、グレンが持つ支払い能力を超えないように厳密に調節しているのだ。そうでなければ、さっさと破産するまで追い込んで魂まるごと精力と魔力を食べるに決まっている。
これからグレンがゆっくり休養するための辺境領で変事があってはたまらない。こうしてドーヴィは魔物狩りを終えた後は、あちこちの村や町を確認して回り、ついでに近隣領の様子もざっくりと見て回り、何事もない事を確認――おっと?
「あいつは……あれか、グレンの兄貴の友達とか言ってた伯爵か」
名前なんだったかな、と空中のドーヴィが視線を向ける先にいたのは、フランクリン・カリス伯爵。例の流血沙汰一歩手前になった伯爵との懇親会で、真っ先にグレンに尻尾を振ってきた男だ。
もちろん、本人はドーヴィに見られていると知るわけもなく。馬車の中で強張った顔をしながら書類をチェックしている。
「あー、王都からの仕事か……」
どうやら、政務官ではなくカリス伯爵がグレン向けの仕事を持ってきたらしい。伯爵がわざわざ来るという事は、アルチェロも何か把握しているだろう。
少しばかりの不穏を嗅ぎ取ったドーヴィは、その場ですぐにアルチェロの元へと転移する。姿は隠したままだが、タイミングよく、アルチェロの周囲には誰もいなかった。
「よお」
姿を消していた魔法を一時的に停止し、ドーヴィはパッとアルチェロの前に姿を現す。突然現れたドーヴィにアルチェロは飛び上がるほど驚いたが、悲鳴は上げなかった。そこはさすが一国の王、と言ったところ。
「なんだ、ドーヴィか。脅かさないでよ、もう……」
「俺以外にこんな登場するヤツいねえだろ」
「そういう問題じゃないんだって」
アルチェロはそう文句を言いつつも、書類にサインをする手を止めてドーヴィを見る。
「急な来訪、って事は、グレン君に何かあった?」
「いや? これから何かありそうだから先に聞きに来た」
「穏やかじゃないねぇ……で、何?」
「グレン宛ての仕事を伯爵が持ってきたようだが、あれは何なんだ? 荷物運びなんて伯爵がやる仕事じゃないだろ?」
ドーヴィの言葉を聞いたアルチェロは目を丸くして何やら考えた後に、ぽん、と手を打った。
「ああ、カリス伯爵の事ね!」
「そう、そいつだよそいつ」
ちょっと待って、と言ったアルチェロは執務机の引き出しから大きな地図を取り出してきた。どうやら旧ガゼッタ王国の地図らしい。あちこちに書き込みがされており、それらが全て各領の代官や当主の名前であるとドーヴィはすぐに気づく。
そしてアルチェロは一点をペンで指した。クランストン辺境領だ。国の端、魔の森に面している辺境の領。
「グレン君の領がここ。で、カリス伯爵は近隣領なんだよね」
「……そういやそんな話もあったな」
ドーヴィは記憶を攫って、グレンから聞いた話を思い出した。
カリス伯爵……フランクリン・カリスは、もともとグレンの兄であるレオンと友人関係にあった。そして年の離れた弟であったグレンもその兄の遊びには混ぜて貰っており、フランクリン・カリスにも遊んでもらった覚えがあったとか。
ところが、王族と上位貴族の策謀によりクランストン辺境家が傾いてからは、カリス家は交友を絶ち、むしろクランストン家を敵視するようになった。
フランクリン・カリス曰く、それらは父がやった事であり父は責任を取って退位して貰った、とのことだが。
「うん、それでね、グレン君のお兄さんも表舞台に戻るでしょ? だったら、昔の友人と縁を取り戻すのもいいんじゃないかなって。クランストン辺境領がいつまでも孤立状態じゃグレン君も困るし、ボクとしても困るからね」
「ふーん……」
アルチェロはペン先を王都、カリス領、クランストン辺境領と次々に指し示した。確かに、立地的にもカリス領は王都とクランストン辺境領の間にあり、ここがクランストン辺境領と連携を取ってくれると言うなら、王都としてもいろいろと楽になるのだろう。
それは孤立状態のクランストン辺境領としても同じこと。いつまでもライサーズ領に様々な事をおんぶ抱っこでは困るのだ。
「何かあった時に、カリス領がクランストン辺境領の助けに入れるように、か?」
「そういうこと。物流とか人の流れとか、いろいろあるけどさ。やっぱ一番の弱点はクランストン辺境領が辺境にあることなんだよねぇ。魔の森から魔物が溢れ出して辺境領がピンチ! ってなったら……グレン君も落ち着いてはいられないでしょ?」
アルチェロはどこか伺うようにドーヴィに補足説明をした。それをちら、と一瞥してからドーヴィも頷く。
なるほど、グレンの危機なら検討する価値は十分にある。あれだけグレンが大好きな辺境領に何かあったら、ドーヴィも落ち着いてはいられないだろう。
そのためのフランクリン・カリスであるならば、とりあえず様子見で良さそうだ。ドーヴィはそう判断し、にじみ出ていた殺気をすっとしまい込んだ。……アルチェロが、ほっと息をつく。
「逆に言えば、そのフランクリン・カリスとやらがクランストン辺境領に仇成すなら、始末してもいいのか?」
「うん、いいよ」
アルチェロはあっさりと頷いた。そこまで織り込み済みで、フランクリン・カリスをクランストン辺境領へ向かわせたようだ。道理で、馬車の中でフランクリン・カリスが随分と厳しい顔をしていたわけだ。
一歩間違えれば、クランストン辺境領でそのまま処刑される。そう暗に聞かされて、任務を言い渡されたのだろう。
「よし、わかった。俺が聞きたかったのはそれだけだ」
「あ、そうなの。で、グレン君の体調は……ってもういないや」
せっかく来たのだからグレンの様子ぐらい教えてくれてもいいのに、とアルチェロは内心で口を尖らせて拗ねる。グレンは同志でもあるが、一人の大切な友人だともアルチェロは思っているのだ。
「それにしても……本当に、過保護だねぇ……」
ドーヴィが急いで帰ったのは、グレンの事が心配で仕方ないからだろう。話しぶりからするに、どうやらまだフランクリン・カリスとは会っていないようだし。事前に察知して、先回りしてアルチェロに真意を聞きに来たようだ。
あれだけ過保護にされてグレンは息苦しくないのだろうか、とアルチェロは首を捻る。が、よくよく考えてみれば日ごろからグレンもドーヴィにべったりなのだから、別に息苦しくもなんともないのだろう、うん。
「……ケチャもあんま深追いするなって言ってたし、忘れよう」
アルチェロはぶんぶんと勢いよく首を振って、サイン途中の書類の山に戻って行った。
--
お姉ちゃんに頼られて張り切っちゃうグレンくんは可愛いです
アルファポリスにログインできないぐらい突発的に忙しかったのですが
音信不通はあんまりにも読者さんに不義理だなあと思ったのでblueskyのアカウントを作りました
@akanoyuriko.bsky.social
プロフィールページの「Webサイト」みたいなリンクからも飛べます
音沙汰無くなったら↑で呟いています
公開アカウントなのでフォロー不要です
Xの方はどうしても個人用メモのポストが消せないので……
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