『性』を取り戻せ!

あかのゆりこ

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本編

19)隻眼の大魔術師の実力

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 慌ただしく視察計画の再変更と編成修正、そしてコサコレ男爵捕縛作戦を練っていたクランストン宰相一行は、最終的に『夜間に移動を敢行し、早朝に身柄を確保する』という方針へ落ち着いていた。

 そこへ強く難色を示したのが、護衛団長のガルシアだ。

「しかし、それでは宰相閣下をお守りするには少し手薄すぎるかと……」
「ふむ。私としては足りると思うが……」

 全員で移動するには時間も人手もかかる。となれば、マリアンヌを含めた政務官の多くはタバフ男爵に残り、重要人物であるクランストン宰相と筆頭政務官のアンドリューだけが夜間のうちに移動することになった。

 その二人を守るための護衛騎士と、それからコサコレ男爵達を制圧させるための騎士。それらが、夜間組だ。

 ガルシア団長としては、夜の移動であればもう少し護衛騎士を増やして欲しいとのこと。しかし、これ以上夜間組に護衛騎士を割り振ると、今度は後追いで移動してくるマリアンヌ達の護衛が不足気味になる。

「……お話し中、失礼いたします」
「む、どうしたドーヴィ」
「グレン閣下本人が戦えると言う点を、騎士の皆様にもご理解頂いた方が早いのではないでしょうか」

 そっとグレンに耳打ちするドーヴィだが、その言葉はガルシアにも聞こえていた。もちろん、わざと聞かせている、のだが。

 グレンは目をぱちぱちしたあと、非常に難しい顔をした。

「しかし、私は手加減ができんぞ? その辺を更地にしてしまったら、さすがにタバフ男爵にも申し訳ない」

 そのクランストン宰相閣下の言葉に、同席していた他の騎士や政務官、使用人も含めてどよめきが走った。グレンの向かい側で話を詰めていたガルシアも目を丸くしている。

 考えていたグレンは、室内の視線が自分に集まっていることに気が付いて顔を上げた。そのまま、困ったようにドーヴィへと視線を向ける。

(おいおい人前で俺に甘えるなって……こりゃ相当疲れてんな)

 視線を受けたドーヴィは、こほんと咳払いしてガルシアの方へ視線を向けた。

「グレン閣下のお力は、ガルシア団長が考えるものより強大です。……とは言え、実際に見たことがなければ実感も湧きませんでしょう。どこかで、グレン閣下がお力を発揮できる場所があれば良いのですが」
「! ま、魔法を使うのは構わないが、人間相手はだめだぞ!」

 慌てて、グレンが注釈をつけた。

 自信や傲慢さではなく、自分の力への不安を覗かせているクランストンに、ガルシアは怪訝そうに眉を潜める。確かに、噂では話を聞いている。だが、それはあくまでもうわさだ。

 ガルシアは、隻眼の大魔術師、という噂を国が話を盛りに盛って作り上げた偶像だと思っていた。この年齢で宰相に抜擢されたのも、魔術師として圧倒的な力を持っているという話も、全ては他国の目を晦ませるためのブラフであると。

「……そうですね、ではクランストン宰相閣下のお力を見せて頂きましょう。コサコレ男爵邸で戦闘になった場合にも、参考になりますでしょうし」

 そう言うガルシアの視線は、やはりグレンの実力を疑う色を含んでいる。それでもアルチェロの配下として、グレンの事は最大限尊重しているガルシアだ。ここで子供の戯言と頭ごなしに否定しなかったあたりに、ガルシア本人の気性の良さが出ている。

 こうしてガルシアがタバフ男爵に許可をとり、準備をしたのはタバフ男爵の屋敷から少し離れたところにある騎士の屋外修練場だった。

 ガルシアの声掛けにより、夜間移動の組に随行が決まっている騎士たちは全員、クランストン宰相の実力を見ようと修練場へ押しかけている。さらに、一応の家主であるタバフ男爵に、クランストン宰相の雄姿を一目見たいと仕事を放りだしてきたアンドリューやマリアンヌと言った政務官達。

 修練場はすっかりクランストン宰相のマジックショーの会場となっていた。

「うう、なんだか緊張するな……」
「なんだよ、鼓舞の為に魔法を見せるのは初めてじゃないだろ」

 以前、反乱軍を率いた際にもグレンは夕食後に熱心に兵士の間を走り回って、魔法を見せていた。ドーヴィがそのことを指摘すると、グレンは首を振る。

「だ、だって! あの時はそんなに人が多くなかったから……見ろ、修練場の外にまで人がいっぱいだぞ!」
「宰相なんだからそれぐらい慣れろって」
「ぐ……仕方ない、さっさと終わらせるぞ……」

 こそこそ、グレンの服を整えるフリをしながら交わしていた会話を終わらせて、グレンは足を踏み出した。言い出したガルシアが、場の取り仕切り役としてグレンを待っている。

「閣下には、あちらの的を3つ、あちらの鎧を2人分、魔法で攻撃してもらいます」
「ふむ」
「順番は問いませんし、それぞれ壊してしまって問題ないとタバフ男爵からも許可を貰っています」
「わかった」

 グレンからかなり離れたところ、2,30メートルは距離がありそうなところにそれらは設置されていた。かなり遠い場所に設置されているのは、噂の『威力が高すぎる魔法』で見学者を巻き込まないためだろう。

 設置する騎士が、ここまでやる必要あるか? と薄ら笑いしていたりする。が、その薄ら笑いもこの後のグレンの姿を見れば一瞬で凍るだろう。

「では、さっさと片付けるか。皆も仕事があるだろうしな」

 そうですね、とガルシアが言うより早く。

 グレンは片手を振り上げ、頭上に氷の槍を作り出した。そしてそのまま、片手を振り下ろす。

 頭上にあった氷の槍は目にもとまらぬ速さで前方へ飛んでいき――5つあった的を、一瞬で貫いた。いや、木製の的はもちろん、並んでいた鋼の鎧も全て爆発音とともに吹き飛んでいった。

 後には、土埃がもうもうと立ち上がっている。

「……やりすぎた」

 土埃のせいで的がどうなったのか、グレンからは見えない。魔法の軌道もあの程度の距離と直線運動なら、そうそう外すわけがなかったが、果たして。グレン、普通の魔法の扱いも十分にその辺の魔術師より優れているのだ。
 
「は……」

 土埃が風に流され始めた頃。ようやく、ガルシアが口を開いた。

 それだけ、グレンの魔法は一瞬だった。「片付けるか」と本人が宣言してから、的が消えるまで。瞬きするほどの時間しか要しなかった。

「ガルシア団長、的がどうなったか確認して貰っても良いか? ……いや待て、土埃なら風邪で吹き飛ばせばいいか」

 そう言うが早いかグレンは再度片手を上げる。そして払うように振れば、風が巻き起こりすべての土埃を吹き飛ばした。

 後に残っていたのは、地面に転がる無残な的の数々。

「ははは、見て貰えただろうかガルシア団長。この通り、私は手加減が苦手でな……今も、なるべく的を壊さないように最低限の魔法を使ったつもりなのだが……結果は見ての通りだ」

 グレンは恥ずかしそうに頬をかきながら、言った。
 
「……? ガルシア団長?」
「っ! い、いえ! 何でもありません!! お力、確かに拝見いたしました!!!!」
「う、うむ」
 
 急に姿勢を正して敬礼してきたガルシアの勢いの良さに、グレンは思わず仰け反った。その肩にしれっと手を添えたドーヴィが口を開く。

「では、クランストン宰相閣下のお力はおわかり頂けたという事で。閣下、屋敷に戻りましょう」
「む、片付けは……」
「そのような物は騎士たちがやりますよ。そうでしょう、ガルシア団長」
「も、もちろんであります!! 片付けさせて頂きます!!!」

 直立不動で新兵のように受け答えをするガルシア団長にグレンはもはやどこか怯えたような視線を向けつつ、ドーヴィを伴って修練場を後にした。

 グレンがいなくなった後。ようやく、修練場に空気が戻ってきたかのように、人々の興奮したざわめきが湧き上がり始めた。それまで、文字通りに皆、息を詰めていたのだ。

「……だ、団長……!」

 上ずった声で、興奮しきった様子の騎士がガルシアに声をかけてくる。……答えるガルシアも、年甲斐もなく子供の様に目を輝かせていた。

「ああ、ああ! 見たか、あれが隻眼の大魔術師だ!」
「無詠唱でしたね!?」
「しかも、5方向にそれぞれ!」
「威力もあれで最低限……手加減してあれですか!?」

 ガルシアを囲う騎士たちが、一斉に目撃した『奇跡』を語りだす。

 騎士の中にも魔法を使える者は多く、また、様々な戦闘で貴族が使う大魔法を目にした者も多い。

 それでも、クランストン宰相の放った本人曰く「最大限手加減した魔法」は、これまで見た魔法のどれよりも強大だった。いや、比べることも烏滸がましいほどの、差があった。

 クランストン宰相の魔法に比べれば、これまでの魔法なんて子供のおままごと程度だろう。長ったらしい詠唱をして、しかもその間は無防備になり、騎士が守らなければならない。それから繰り出される魔法は確かに強力だが……クランストン宰相の魔法を見てしまええば、あんなものは豆鉄砲にしか思えなかった。

「隻眼の大魔術師は、本当だった……」

 ガルシアが呟くように言う。その言葉に、騎士たちはハッとしたように頷く。

「……あれなら、確かに、クランストン宰相閣下の護衛は今の数でも大丈夫そうですね」
「そうだな。むしろ、閣下が戦う時の邪魔になりかねん」
「……手加減できないって仰ってましたしね」

 そう、クランストン宰相閣下は「あれが全力手加減」だと仰られてた。つまり、本気で戦ったら本人の言う通り、その辺が更地になりかねないわけで。つまり、鋼の鎧を着こんだ自分たちも、巻き込まれたらあの鎧のように木っ端みじんになる可能性があるというわけで。

 それに気づいたガルシア団長含めた騎士たちは顔を青くした。正直、騎士の中には貴族子息のお守りだと高を括っていた者もいる。

 ところが、自分たちが守っているつもりでいた宰相閣下は、ただの貴族子息どころか片手で自分たちを全滅させられるほどの力を持った、化け物だったのだ。

「同僚が化け物って言っていた理由がよくわかりました……」
「そうだな……」
「だから、護衛も一人で十分なんですねえ……」
「まあ……そう、だろうな」

 前者の言葉には納得したガルシアだが、後者の言葉には歯切れ悪く返事をした。

 ガルシアは、それが事実ではないとわかっている。

 あの護衛、ドーヴィという男の体つきはもちろん、賊に襲われたときの立ち回りを見ていれば、かなりの実力者であることが良くわかった。

 何しろ、誰よりも早く襲撃に気づいていた。自分よりも早く。その後も馬車はおろか騎士に被害が出ないように指示を飛ばしつつ、明らかに防ぎきれない賊だけを討っていた。

 絶対に自分が手柄を立てないように、あの護衛が場を調整している。それにガルシアが気づいたのは、全てが終わった後だった。

「今度、自分よりも時間があったら閣下の護衛にも手合わせを頼むか」
「! そうですね、宰相閣下があれだけ強いなら、護衛の方もきっと強いのでは!?」
「うーん、閣下自身が強いからこそ、護衛はそうでもなんいんじゃないか?」
「でもあの護衛も反乱の時に閣下と共に戦ったって……」

 部下の雑談を耳にしつつ、ガルシアは少しだけため息をつく。まさか、護衛の強さに誰も気づいていないとは。

 これは本格的に手合わせをお願いして、部下を鍛え直して貰ったほうが良いかもしれない。ガルシアは改めて思った。



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そしてボコボコにされる騎士のみなさん
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