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本編
11)グレン信者、爆誕
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グレンがドーヴィと魔法談議に花を咲かせている頃。クランストン宰相から直々に命令を受けたアンドリュー政務官は憔悴しきったタバフ男爵と面会していた。
「タバフ男爵、クランストン宰相閣下からの伝言です」
「は、はひぃっ!! なっ、なんでもしますから、どうか、どうか家族の命だけは……!!」
まだ何も言っていないにもかかわらずタバフ男爵はテーブルに頭を擦りつけて必死に命乞いをしている。アンドリューはそれを見て、くすりと笑いを零した。
「タバフ男爵」
アンドリュ―も同じようにテーブルに手を突き、姿勢を低くする。ソファの背もたれに背を預けていては横柄な態度を取っていると感じられてしまうからだ。
自分の振る舞いはそのままクランストン宰相の評判に繋がる。それをアンドリューはよくよくわかっていた。そして、アンドリューはクランストン宰相の熱狂的信者……もとい、非常に仕事熱心な部下の一人なのだ。
「どうぞ、頭を上げてください。宰相閣下は『この度の件は気にしていない、本日の晩餐前に謝罪だけしてくれればよい』とのことです」
「はいっ、はいっ、もちろん、この私の命でどうにか……え?」
タバフ男爵はガバリと頭を上げた。目の前にいる政務官の男性は、自分に柔らかな笑みを向けている。
「クランストン宰相は従来の醜悪な上位貴族とは全く違います。我々の様な下位貴族に連なる者にも敬意を払い、平民にも気を配り、正しく生きる者を守り、悪しき者を裁く素晴らしいお方です」
……柔らかな笑みから繰り出される強烈な熱量を持った布教……違った、アンドリューなりの説得である。タバフ男爵はそれを聞いて、目を白黒とさせていた。
「で、では……私の命や、家族の身柄は……」
「たかが人を間違えたぐらいで、クランストン宰相はそのような物を求めたりしませんよ。むしろ、貴方に相当な同情を寄せておられました」
「な、な、な、なんと!」
タバフ男爵にとっては、信じられない事ばかりだった。あのプライドの塊で、下位貴族や平民を人間扱いせず、むしろ甚振ることを娯楽とするような、醜悪な上位貴族だとばかり思っていたクランストン宰相が。まさか、自分のような下位貴族に、同情を寄せるとは。
「そ……それは、本当、なのですか」
「ええ、そうですとも。そもそも、クランストン宰相閣下がなぜ反乱を起こしたかと言えば、王族と上位貴族の目に余る振る舞いに怒りを抱いたからです。そのような素晴らしきお方が、同じような振る舞いをするわけがありませんでしょう」
もし、アンドリューの背後に文字が見えるならば『ドヤッ!』一択だった。それはもう見事なドヤ顔を披露してくれているアンドリューである。それは他人の功績なのだが。
アンドリューの言葉を咀嚼していたタバフ男爵が、完全に上体を起こしてソファへと沈み込む。額は地面にテーブルに擦りすぎたのか、赤くなっていた。大きく吐かれた息は、あまりにも深い。
「確かに……クランストンの反乱と言えば……そうでしたね……」
「ですから、タバフ男爵には落ち着いて対応して頂きたいのです。私がこうして一人で面会を申し入れたのも、クランストン宰相閣下の配慮ですよ」
「おお……」
「貴方の慌てぶりを見て、『先走って要らぬ罰を自らに下すかもしれぬ」とタバフ男爵方の身を案じられておりました」
「おお……!」
上位貴族に身を案じられる、という天地がひっくり返っても起きないだろう奇跡を目の当たりにして、タバフ男爵はようやく目に光を取り戻し始めた。
落ち着いてきたらしいタバフ男爵を見て、アンドリューは一つ頷く。
「ですが、タバフ男爵がクランストン宰相閣下へ無礼を働いたのも事実です。そこはお手数ですが、晩餐前にしっかりと改めて謝罪をして頂きたく」
「ええ、ええ! もちろんです。クランストン宰相閣下には、大変なご無礼をいたしました。アンドリュー殿、申し訳ありませんが私が心から反省している事を事前にお伝え願えませんでしょうか」
「はい、そうしましょう。……クランストン宰相閣下も、この面会が上手くいくか気を揉んでいらっしゃるでしょうから」
何のことはない、クランストン宰相閣下殿と言えば自室で護衛の膝に乗ってイチャイチャしながら絶賛魔法講座中だ。タバフ男爵の事なんてすっかり忘れてる。
とは言え、その姿を二人は知らない。知らないという事は、つまり。アンドリューは改めてクランストン宰相閣下の懐の広さに感動を覚え、そしてタバフ男爵は……アンドリューと同じようにどこか恍惚とした表情を見せ始めていた。
人それを『洗脳完了』と言う。ここにまた一人、クランストン宰相の熱心な信者が誕生したのだ……!
「クランストン宰相閣下が従来の上位貴族とは全く異なる、大変清廉でお優しい方だという事をタバフ男爵もご理解いただけたかと思います。つきましては、男爵が想定していたおもてなしの内容を確認させて頂きたく……」
「! た、確かに。以前の上位貴族の方々と同じように、賄賂として金銭をご用意していましたが……」
「おお、それはとんでもない事です。クランストン宰相閣下はそういったものを酷く嫌います」
「そうですか……! ほ、他にも――」
できる男、アンドリュー。ただクランストン宰相に言われた事だけを遂行するのではなく、それ以上の事も手を回しておく。これが宰相直属の筆頭政務官の姿だ。クランストン宰相がいかに快適に視察を遂行できるか、それはアンドリューの手腕にかかっている……かもしれない。
タバフ男爵が用意したおもてなしの数々をアンドリューは次々に却下していく。男娼や娼婦の用意に、必要であれば何も知らない処女や童貞の準備まで……そのどれもが、これまで前公爵がこの領地でどういった振る舞いをしていたかを表していた。
「変態ジジイめ……」
タバフ男爵に聞こえないように、アンドリューはひっそりと呟く。今回の視察では、前公爵の置き土産について確認することも目的だったが、これは王都に負けず劣らず闇が深そうだ。
「アンドリュー政務官、続いて晩餐の内容を確認して頂きたいのですが……」
「はい。……ああ、アルコールは無しでお願いします。宰相閣下はお酒を嗜まれません。葉巻も不要ですし――」
こうして二人は当初の目的をすっかり忘れていかにクランストン宰相がこの屋敷でくつろげるかをひたすらに検討していた。大丈夫かこの二人。
「……これで良いでしょう」
ふう、と満足気に息を吐くアンドリュー。大きく頷きながら目を潤ませるタバフ男爵。
「アドバイス誠にありがとうございます。……それにしても宰相閣下のお人柄を聞けば聞くほど、他の貴族と同じように扱ってしまった事を後悔しますよ」
「それは仕方のない事です。我々もクランストン宰相閣下に出会った当初は……お恥ずかしながら『こんな子供に何ができる』と息巻いておりまして……」
「ああ……」
苦笑いしながら言うアンドリューに、タバフ男爵も首を振った。聞けばまだ16歳だという。てっきり宰相になるからには経験豊富な辺境伯だと思っていたのに。
しかしながらアンドリュー政務官から聞くグレン・クランストンと言う人間は、タバフ男爵がこれまでに出会ったことが無い素晴らしい姿勢の持ち主に思えた。遠い噂で、クランストン辺境家は貴族ならぬ清廉さと優しさを兼ね備えていると聞いていたが、これほどまでとは。
「実に有意義なお話を聞けました。家族にも早速伝え、必要以上に怯える事はないと言っておきましょう」
「それが良いでしょうね」
席を立つアンドリュー政務官にタバフ男爵は手を差し出した。アンドリューもその手を握り返し、二人のクランストン宰相信者は固い握手を交わす。
と、そこでアンドリューは声を潜めた。
「1件だけ、これは男爵の胸の内に秘めておいて欲しいのですが」
「な、なんですか」
雰囲気が一変したアンドリューに気圧され、タバフ男爵は引っ込んでいた汗が再び戻ってきたのを感じていた。上げてから落とすのだけはやめて欲しい。ごくり、と喉を鳴らしてアンドリューの言葉の続きを待つ。
「クランストン宰相閣下のすぐそばに、護衛の男性がいらっしゃるのを覚えていますか」
「ああ、あの、体格が良く銀の髪をした……」
「ええ、その方です。その方は身分のない傭兵、ではありますが……」
アンドリューは一層、声を低くした。真剣な目をしてタバフ男爵を見る。
「宰相閣下が、最も信頼を置いている方です。クランストン辺境領にいた頃から護衛を務め、反乱に際してもクランストン宰相閣下と共に王族と上位貴族の討伐に出向いたそうで」
「お、おおおぉぉぉ……」
タバフ男爵は腰を抜かしそうになった。ただの護衛、それも身分がないと言えば平民でしかない。平民ならば平民なりの扱いをするところだが、アンドリュー政務官の話を聞けば、反乱を成功させた立役者の一人に間違いなかった。
「絶対に、あの男性を蔑ろに扱わないように。無論、他の平民や使用人も同じですが……特にあの方には十分ご注意を」
貴族に連なる者であるはずのアンドリューがわざわざ『あの方』と呼ぶ。それだけで、いかに重要視されているかよくわかった。
「クランストン宰相閣下がお優しいのはもうおわかりいただけたと思いますが、あの方に対しては一回りも二回りも大切にされています。以前、王都の某伯爵が護衛の方を悪く言ったことがありましてね……あの温厚なクランストン宰相が、その場で伯爵の処刑を敢行しようかというほどに、激怒したと……」
……とんでもない地雷がそばに埋まっていたものである。しかも目に見えているのに見えない地雷だ。タバフ男爵はせっかく戻った顔色をまたしても真っ青にしていた。
「護衛という立場であると同時に、今は宰相付き秘書官と言う役職を受け取って頂いております。クランストン宰相としても身の回りの世話は全て任せているようですので、もし、閣下が『世話役は不要』と仰ったら何も聞かずにそのまま受け入れてください」
「わ、わかりましたっ!」
体を震わせるタバフ男爵を見て、アンドリューは少し脅しすぎたか、とも思う。しかし、実際問題、護衛と言う範囲には収まらないほどにクランストン宰相がドーヴィを重用しているのも事実。何より、ドーヴィに何かあればクランストン宰相が爆発するという実績はすでにあるのだ。
アンドリューは後から例の懇親会で起きたダロンギア伯爵の粗相とその顛末を聞いただけだが、それでも屈強な騎士たちが口をそろえて「クランストン宰相には敵わない」「あれは人間ではない」と言うのだから、どれだけ危機的状況にあったかはわかる。
それに、傍から見ていてもクランストン宰相はまだドーヴィ以外に気を許していない。
――王都の人間にしこたまやられたから王都の人間ってだけで嫌がるんだよ
と、ドーヴィはアンドリュー達にクランストン宰相の事をひっそりと教えてくれた。それを考えれば、クランストン宰相とその護衛を離すのは得策ではない。むしろ下策すぎる。
「では、よろしく頼みます、タバフ男爵。大丈夫です、常識の範囲内で対応して頂ければそうそうトラブルは起きませんでしょうし、クランストン宰相も心の広いお方ですから、多少の失敗なら目を瞑ってくれます」
「……そ、そうですね……」
身を縮こまらせてしまったタバフ男爵の肩をポン、と叩いて、アンドリューは面会を終わらせた。
---
ちょっとおスケベが足りないゾーンが続きますがもうちょっとしたらこってり(?)R15したいと画策しているのでお待ちを……
着衣してアダルティな単語使わなければR15でいいかなって思ってるけどR15ってどの辺までなんでしょうね
「タバフ男爵、クランストン宰相閣下からの伝言です」
「は、はひぃっ!! なっ、なんでもしますから、どうか、どうか家族の命だけは……!!」
まだ何も言っていないにもかかわらずタバフ男爵はテーブルに頭を擦りつけて必死に命乞いをしている。アンドリューはそれを見て、くすりと笑いを零した。
「タバフ男爵」
アンドリュ―も同じようにテーブルに手を突き、姿勢を低くする。ソファの背もたれに背を預けていては横柄な態度を取っていると感じられてしまうからだ。
自分の振る舞いはそのままクランストン宰相の評判に繋がる。それをアンドリューはよくよくわかっていた。そして、アンドリューはクランストン宰相の熱狂的信者……もとい、非常に仕事熱心な部下の一人なのだ。
「どうぞ、頭を上げてください。宰相閣下は『この度の件は気にしていない、本日の晩餐前に謝罪だけしてくれればよい』とのことです」
「はいっ、はいっ、もちろん、この私の命でどうにか……え?」
タバフ男爵はガバリと頭を上げた。目の前にいる政務官の男性は、自分に柔らかな笑みを向けている。
「クランストン宰相は従来の醜悪な上位貴族とは全く違います。我々の様な下位貴族に連なる者にも敬意を払い、平民にも気を配り、正しく生きる者を守り、悪しき者を裁く素晴らしいお方です」
……柔らかな笑みから繰り出される強烈な熱量を持った布教……違った、アンドリューなりの説得である。タバフ男爵はそれを聞いて、目を白黒とさせていた。
「で、では……私の命や、家族の身柄は……」
「たかが人を間違えたぐらいで、クランストン宰相はそのような物を求めたりしませんよ。むしろ、貴方に相当な同情を寄せておられました」
「な、な、な、なんと!」
タバフ男爵にとっては、信じられない事ばかりだった。あのプライドの塊で、下位貴族や平民を人間扱いせず、むしろ甚振ることを娯楽とするような、醜悪な上位貴族だとばかり思っていたクランストン宰相が。まさか、自分のような下位貴族に、同情を寄せるとは。
「そ……それは、本当、なのですか」
「ええ、そうですとも。そもそも、クランストン宰相閣下がなぜ反乱を起こしたかと言えば、王族と上位貴族の目に余る振る舞いに怒りを抱いたからです。そのような素晴らしきお方が、同じような振る舞いをするわけがありませんでしょう」
もし、アンドリューの背後に文字が見えるならば『ドヤッ!』一択だった。それはもう見事なドヤ顔を披露してくれているアンドリューである。それは他人の功績なのだが。
アンドリューの言葉を咀嚼していたタバフ男爵が、完全に上体を起こしてソファへと沈み込む。額は地面にテーブルに擦りすぎたのか、赤くなっていた。大きく吐かれた息は、あまりにも深い。
「確かに……クランストンの反乱と言えば……そうでしたね……」
「ですから、タバフ男爵には落ち着いて対応して頂きたいのです。私がこうして一人で面会を申し入れたのも、クランストン宰相閣下の配慮ですよ」
「おお……」
「貴方の慌てぶりを見て、『先走って要らぬ罰を自らに下すかもしれぬ」とタバフ男爵方の身を案じられておりました」
「おお……!」
上位貴族に身を案じられる、という天地がひっくり返っても起きないだろう奇跡を目の当たりにして、タバフ男爵はようやく目に光を取り戻し始めた。
落ち着いてきたらしいタバフ男爵を見て、アンドリューは一つ頷く。
「ですが、タバフ男爵がクランストン宰相閣下へ無礼を働いたのも事実です。そこはお手数ですが、晩餐前にしっかりと改めて謝罪をして頂きたく」
「ええ、ええ! もちろんです。クランストン宰相閣下には、大変なご無礼をいたしました。アンドリュー殿、申し訳ありませんが私が心から反省している事を事前にお伝え願えませんでしょうか」
「はい、そうしましょう。……クランストン宰相閣下も、この面会が上手くいくか気を揉んでいらっしゃるでしょうから」
何のことはない、クランストン宰相閣下殿と言えば自室で護衛の膝に乗ってイチャイチャしながら絶賛魔法講座中だ。タバフ男爵の事なんてすっかり忘れてる。
とは言え、その姿を二人は知らない。知らないという事は、つまり。アンドリューは改めてクランストン宰相閣下の懐の広さに感動を覚え、そしてタバフ男爵は……アンドリューと同じようにどこか恍惚とした表情を見せ始めていた。
人それを『洗脳完了』と言う。ここにまた一人、クランストン宰相の熱心な信者が誕生したのだ……!
「クランストン宰相閣下が従来の上位貴族とは全く異なる、大変清廉でお優しい方だという事をタバフ男爵もご理解いただけたかと思います。つきましては、男爵が想定していたおもてなしの内容を確認させて頂きたく……」
「! た、確かに。以前の上位貴族の方々と同じように、賄賂として金銭をご用意していましたが……」
「おお、それはとんでもない事です。クランストン宰相閣下はそういったものを酷く嫌います」
「そうですか……! ほ、他にも――」
できる男、アンドリュー。ただクランストン宰相に言われた事だけを遂行するのではなく、それ以上の事も手を回しておく。これが宰相直属の筆頭政務官の姿だ。クランストン宰相がいかに快適に視察を遂行できるか、それはアンドリューの手腕にかかっている……かもしれない。
タバフ男爵が用意したおもてなしの数々をアンドリューは次々に却下していく。男娼や娼婦の用意に、必要であれば何も知らない処女や童貞の準備まで……そのどれもが、これまで前公爵がこの領地でどういった振る舞いをしていたかを表していた。
「変態ジジイめ……」
タバフ男爵に聞こえないように、アンドリューはひっそりと呟く。今回の視察では、前公爵の置き土産について確認することも目的だったが、これは王都に負けず劣らず闇が深そうだ。
「アンドリュー政務官、続いて晩餐の内容を確認して頂きたいのですが……」
「はい。……ああ、アルコールは無しでお願いします。宰相閣下はお酒を嗜まれません。葉巻も不要ですし――」
こうして二人は当初の目的をすっかり忘れていかにクランストン宰相がこの屋敷でくつろげるかをひたすらに検討していた。大丈夫かこの二人。
「……これで良いでしょう」
ふう、と満足気に息を吐くアンドリュー。大きく頷きながら目を潤ませるタバフ男爵。
「アドバイス誠にありがとうございます。……それにしても宰相閣下のお人柄を聞けば聞くほど、他の貴族と同じように扱ってしまった事を後悔しますよ」
「それは仕方のない事です。我々もクランストン宰相閣下に出会った当初は……お恥ずかしながら『こんな子供に何ができる』と息巻いておりまして……」
「ああ……」
苦笑いしながら言うアンドリューに、タバフ男爵も首を振った。聞けばまだ16歳だという。てっきり宰相になるからには経験豊富な辺境伯だと思っていたのに。
しかしながらアンドリュー政務官から聞くグレン・クランストンと言う人間は、タバフ男爵がこれまでに出会ったことが無い素晴らしい姿勢の持ち主に思えた。遠い噂で、クランストン辺境家は貴族ならぬ清廉さと優しさを兼ね備えていると聞いていたが、これほどまでとは。
「実に有意義なお話を聞けました。家族にも早速伝え、必要以上に怯える事はないと言っておきましょう」
「それが良いでしょうね」
席を立つアンドリュー政務官にタバフ男爵は手を差し出した。アンドリューもその手を握り返し、二人のクランストン宰相信者は固い握手を交わす。
と、そこでアンドリューは声を潜めた。
「1件だけ、これは男爵の胸の内に秘めておいて欲しいのですが」
「な、なんですか」
雰囲気が一変したアンドリューに気圧され、タバフ男爵は引っ込んでいた汗が再び戻ってきたのを感じていた。上げてから落とすのだけはやめて欲しい。ごくり、と喉を鳴らしてアンドリューの言葉の続きを待つ。
「クランストン宰相閣下のすぐそばに、護衛の男性がいらっしゃるのを覚えていますか」
「ああ、あの、体格が良く銀の髪をした……」
「ええ、その方です。その方は身分のない傭兵、ではありますが……」
アンドリューは一層、声を低くした。真剣な目をしてタバフ男爵を見る。
「宰相閣下が、最も信頼を置いている方です。クランストン辺境領にいた頃から護衛を務め、反乱に際してもクランストン宰相閣下と共に王族と上位貴族の討伐に出向いたそうで」
「お、おおおぉぉぉ……」
タバフ男爵は腰を抜かしそうになった。ただの護衛、それも身分がないと言えば平民でしかない。平民ならば平民なりの扱いをするところだが、アンドリュー政務官の話を聞けば、反乱を成功させた立役者の一人に間違いなかった。
「絶対に、あの男性を蔑ろに扱わないように。無論、他の平民や使用人も同じですが……特にあの方には十分ご注意を」
貴族に連なる者であるはずのアンドリューがわざわざ『あの方』と呼ぶ。それだけで、いかに重要視されているかよくわかった。
「クランストン宰相閣下がお優しいのはもうおわかりいただけたと思いますが、あの方に対しては一回りも二回りも大切にされています。以前、王都の某伯爵が護衛の方を悪く言ったことがありましてね……あの温厚なクランストン宰相が、その場で伯爵の処刑を敢行しようかというほどに、激怒したと……」
……とんでもない地雷がそばに埋まっていたものである。しかも目に見えているのに見えない地雷だ。タバフ男爵はせっかく戻った顔色をまたしても真っ青にしていた。
「護衛という立場であると同時に、今は宰相付き秘書官と言う役職を受け取って頂いております。クランストン宰相としても身の回りの世話は全て任せているようですので、もし、閣下が『世話役は不要』と仰ったら何も聞かずにそのまま受け入れてください」
「わ、わかりましたっ!」
体を震わせるタバフ男爵を見て、アンドリューは少し脅しすぎたか、とも思う。しかし、実際問題、護衛と言う範囲には収まらないほどにクランストン宰相がドーヴィを重用しているのも事実。何より、ドーヴィに何かあればクランストン宰相が爆発するという実績はすでにあるのだ。
アンドリューは後から例の懇親会で起きたダロンギア伯爵の粗相とその顛末を聞いただけだが、それでも屈強な騎士たちが口をそろえて「クランストン宰相には敵わない」「あれは人間ではない」と言うのだから、どれだけ危機的状況にあったかはわかる。
それに、傍から見ていてもクランストン宰相はまだドーヴィ以外に気を許していない。
――王都の人間にしこたまやられたから王都の人間ってだけで嫌がるんだよ
と、ドーヴィはアンドリュー達にクランストン宰相の事をひっそりと教えてくれた。それを考えれば、クランストン宰相とその護衛を離すのは得策ではない。むしろ下策すぎる。
「では、よろしく頼みます、タバフ男爵。大丈夫です、常識の範囲内で対応して頂ければそうそうトラブルは起きませんでしょうし、クランストン宰相も心の広いお方ですから、多少の失敗なら目を瞑ってくれます」
「……そ、そうですね……」
身を縮こまらせてしまったタバフ男爵の肩をポン、と叩いて、アンドリューは面会を終わらせた。
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ちょっとおスケベが足りないゾーンが続きますがもうちょっとしたらこってり(?)R15したいと画策しているのでお待ちを……
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