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本編
閑話1)クランストン宰相閣下のクリスマス・前編
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時系列的にいつ頃ということも特に決まってない謎の単発ネタです
※いわゆる「グレンくん総愛され(notBL)」ネタなので、そういうのが嫌だなあと思ったら温泉旅行編までスルー推奨です(前中後編3話予定)
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クラスティエーロ王国の内政を担うはグレン・クランストン宰相率いる貴族文官たち。今日も今日とて、王城内の広い政務室で朝からそれぞれが仕事に邁進している。
というより、国が新しく建国された直後で、あれもこれも、と政務室は常に上へ下への大騒ぎをしているのだ。てんやわんやしなかった日の方が少ない。
その政務室の中央、ひときわ豪華な執務机にちょこんと座っている少年が知る人ぞ知るグレン・クランストンである。貴族男性の平均的サイズを大きく下回るサイズ感のおかげで「在席中なのに気づかれない」という事件がたびたび発生していた。……自称他称の成人済み16歳男性なので、これから伸びるだろう、たぶん。
「失礼します、北部地方の疫病対策についての予算案が上がってきました」
「うむ」
予算案がまとめられた書類の束を確認しながら、持ってきた文官にいくつか確認をする。その姿はれっきとした宰相そのものだった。
グレンは成り行きと繰り上がりで辺境伯当主となり、そのまま勢いで宰相の座に就いただけ……と思われがちだが、なんだかんだ言っても領主経験があることは大きいし良くも悪くも上位貴族の政治に巻き込まれていた分の経験値は大きい。
そもそも、その前の兄が領主になった時からそれなりに勉強を進めてはいたのだ。執事であるじいやの手ほどきもあり、政治についてはその辺の下位貴族よりはよほど頭が回る。
そうでなければ、国家転覆などという荒事をあれだけスムーズに成功させることもできないだろう。
「――というわけです」
「なるほどな……。それならこの額になるのも仕方ないか……」
「そうですね。かなり削減して、この金額です。……厳しいかとは思いますが……」
「ああ。疫病は発生してからでは手遅れだからな。後追い対策の方が手間も金もかかる。予防するのが一番、だが……」
グレンは渋い顔をしつつ、財務担当を呼び出した。グレンに呼ばれた青年は、差し出された計画書を見て予算案を見て顔を顰める。
そこからしばし、三人で頭を突き合わせ軽く討論し。
「では、財務部はこの予算を確保できるか検討し、結果を報告しろ。北部地域担当官は、いまいちど予算削減の再検討を。同時に、施策の優先度を確認し、満額が出なかった場合にどの施策から進めるかの計画を立てるように。期限は一週間だ」
グレンが出した結論に、二人の文官は揃って元気よく返事をした。そしてお互いに話しながら小さな打ち合わせ用のテーブルへ足を向ける。グレンの出した方針について、もう少し情報交換をしていくつもりなのだろう。
今いる貴族文官は、その誰もが伯爵家以下の人間だ。主に子爵や男爵の息子、あるいは令嬢が働いている。時折伯爵家の人間もいるが、辺境伯当主という地位を持つグレンより上の位の人間は一人もいない。
故に、例えグレンがこの中で最年少であり、子供に毛が生えた程度の『大人』だとしても皆、静かに付き従うのだ。
そして、次から次へとグレンの元へ報告や次の指示を仰ぎに文官がやってくる。それらを的確にさばき、自身のところで止まっている書類を審査し承認・却下のサインを入れ、淹れて貰ったミルクティーで喉を潤しつつ、出されたおやつのクッキーをサクサクと食べ……後半は宰相の姿か? と言われたら首を傾げる人間もいるだろうが、これがクランストン宰相閣下の現実なのだから仕方がない。
まあ、なんだ、あれだ。貴族文官たちどころかその他の城の使用人から騎士にいたるまで、「クッキーを美味しそうに食べるクランストン宰相閣下が小動物の様で可愛い」という噂が出回ってるのだ。だから、誰も政務室でクッキーをサクサクする宰相閣下殿に文句を言う事もないし、むしろどんどん食べろと差し入れが相次ぐ。
……これのせいで『隻眼の大魔術師』の異名がなかなか根付かなかったのではないかという。無詠唱の魔法を行使する姿は目撃者がいなかったが、クッキーで頬をちょっとだけ膨らませた姿は目撃者が多数いる。となれば、後者の噂の方が広まるのは致し方なし。
「閣下、失礼します」
「んぐ……もぐっ……」
「すみませんタイミング間違えましたとりあえず食べてからで大丈夫です!!!」
こういう事故も、たまには発生する。しかも、今日の午後のおやつはカップケーキだった。クッキーよりちょっとボリュームがあって、咀嚼に時間がかかるタイプ。
しばし、もぐもぐ口を動かしていたグレンは、ごくんと口の中のものを飲み込んでミルクをぐびっと飲んだ。ちなみにクランストン宰相閣下の飲み物にはミルク必須と言われている。砂糖もあるとなおよし。
「……こほん、待たせた」
「いえ、大丈夫です……あの、今週末の休暇届けを集めてきました」
そう言って、女性文官は休暇届の束を机の上に置いた。束だ、束。どうやら政務室で仕事中毒のごとく働いている文官達の多くが、今週末に休みを取る予定らしい。
はて、何かあったかな? と首をひねりながらグレンは休暇届をチェックし――気づいた。
「そうか、今週末はクリスマスか」
「はい。……できれば、全て承認して頂きたいのですが……新婚の者や、子供がいる者に限りましたので……」
「今週は特に急ぎの仕事もないであろうし、この人数が抜けても1日ぐらいなら問題ないだろう」
「ありがとうございます!」
グレンの言葉に、休暇届を持ってきた令嬢は嬉しそうに頭を下げた。その会話に聞き耳を立てていたらしい、他の文官達にも喜びのざわめきが広がっていく。
……というのも。グレンが宰相になる前は、それはそれは性格の悪い醜悪なとある侯爵が宰相を務めていて。「貴様らに休み? そんなものあるか!」と休暇届は常に却下、休日もなく連勤連勤連勤の嵐だったのだ……!
さすがにそれでは体力が持たない、ということで文官達は隠れてバレないようにシフトを組んでやりくりしていた。どうやらこの世界は、どこぞの世界の某国にあるブラック企業と言う文化を取り入れてしまったらしい。創造神、それは取り入れない方がいいと思う。
そんな闇の政務室に颯爽と現れたのが、グレンである。あの実直誠実貴族の鑑と呼ばれるクランストン辺境家の末っ子である。まだ16歳である。
クランストン辺境家の人間ならもしかしたら待遇を改善してくれるかも、という希望半分、なんだ子供か……という失望半分。新しい宰相閣下を見定めようとした文官達は――
『皆、だいぶ疲れた顔をしているな……とりあえず、全員一度帰宅して体を休めて欲しい。君たちの力はもう少ししてから必要になるだろう』
――というクランストン宰相のありがたい就任のお言葉で全員満場一致でグレン派になった。有無を言わさずなった。その場でクランストン宰相閣下、ばんざーい! と万歳三唱が始まり、グレンがドン引きするぐらい全員グレン信者になった。
まあ、実際、反乱直後に必要なのはまだまだ武力の方で。グレンの言葉通り、そちらが落ち着いてきた後は文官組が地獄になったわけだが……それでも、必要に応じて休みを割り振ってくれるグレンは、下位貴族の文官達にはまさしく神のように見えていたのだ。
しかも横暴な事は何もしないし、意見は聞いてくれるし、常に公正に判断してくれるし、といいことづくめの少年宰相である。あと可愛い。
とにかく。今年のクリスマスは休暇が取れるらしい、と聞いた文官達によって政務室は沸き立っていた。グレンはその様子をにこにこと眺めている。これが前任の某侯爵だったら、うるさいと一喝された上に下手をすれば鞭打ちでもされかねなかっただろう。
……王城の豚小屋で一匹の豚が突然、ぶひゅんと変な鳴き声を上げたが関連性は不明である。不明と言ったら不明なのである。
「クリスマスに休まなかった者は、別の日に休みを取るようにな」
「うっ、閣下、そこまでご配慮を……!」
「君たちには普段から世話になってるし、頼りっぱなしだ。働かせすぎていると猛省しきりだよ。休みは十分にとって欲しい」
「か、閣下ぁ……!」
感涙しっぱなし者もいれば、神を拝む仕草をする者も出始め、政務室はだいぶ混沌とし始めた。勢い余ってこのまま、政務室でクリスマスパーティーが始まりかねない。
――その混沌とした政務室を一瞬で正気に戻す、予想外の会話がなされる。
「閣下は、クリスマスはどうお過ごしになるので?」
「うむ、家族も全員王城に滞在しているから、こちらで過ごすつもりだ。……ところで、サンタクロースは王城にも入って来れるのだろうか?」
「……え?」
「王城と言えば、かなり強い結界で守られているのだろう? 大丈夫なのだろうか……」
「え、え……」
先ほどとは違うどよめきが室内に広がっていく。ざわ……ざわ……。
「……恥ずかしながら、ここ数年、サンタクロースは私のところに来てくれなくて……きっと、兄上の補佐や辺境伯としての仕事が、不十分だったからだと思うのだが」
「あ、え……あ……」
「今年は、反乱も成功し多くの人を救ったし……サンタクロースも私を認めてくれるのではないかと思って」
グレンは頬をほんのり赤く染め、恥ずかしそうにしながら頬をかいている。
「サンタクロースが来た時に困らないように、プレゼントを入れるための靴下も、もうすでに用意してあるのだ」
「あ……あぁ……あぁぁっ……!」
質問した文官はついに膝から崩れ落ちた。床に四つん這いになり、項垂れる。同時に、室内にガンッ!だとかゴンッ!だとか、あちこちで呻き声とともに重い音が発生した。
「む、どうした、大丈夫か!?」
慌てるグレンに、何でもないです……と弱々しい声が届く。何でもないことはないだろう、とグレンはぴょんと大きな執務椅子から飛び降りて、崩れ落ちた文官に駆け寄った。
しん、と静まり返った執務室。その異様な空気の中、グレンだけが突然崩れ落ちた文官の心配をしていた。
……そこに、さらなる爆弾が投下される。
「……でも宰相閣下って、もう16歳ですから……子供ではない、ですよね……?」
恐る恐る。恐る恐るの、小さな声での指摘だった。しかし、静かになった政務室に、その声は異様に響いてしまう。
「あ」
誰の口から漏れた音だったか。たった一音、それが追い打ちをかける。その事実をそれぞれが認識した瞬間、グレンはピシリと石のように固まっていた。
しばらく、沈黙の静寂の静けさの中の虚無。政務室が就業時間内にここまで静かになることは、未来永劫ないだろう。
その空気を破ったのは、やはり、クランストン宰相閣下だった。
「は、ははは、そうだったな、私はもう立派な大人だから……ははは……サンタクロースは良い子のところにしか来ないから、私のところに来るわけがなかったな……ははははは……すまない少しお手洗いに行ってくる」
乾いた笑いと共に早口でまくし立てたグレンは顔を俯かせたまま足早に扉まで駆け――政務室を後にした。
--
健全展開なので前作の方でもいいかなとは思ったんですが、完結済みにしてあるしもう一度開けるのもなぁと思ってここにそのまま投稿します。
R15のおスケベはもう少し我慢じゃ!温泉でたっぷりしっぽりあれそれするから!!
※いわゆる「グレンくん総愛され(notBL)」ネタなので、そういうのが嫌だなあと思ったら温泉旅行編までスルー推奨です(前中後編3話予定)
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クラスティエーロ王国の内政を担うはグレン・クランストン宰相率いる貴族文官たち。今日も今日とて、王城内の広い政務室で朝からそれぞれが仕事に邁進している。
というより、国が新しく建国された直後で、あれもこれも、と政務室は常に上へ下への大騒ぎをしているのだ。てんやわんやしなかった日の方が少ない。
その政務室の中央、ひときわ豪華な執務机にちょこんと座っている少年が知る人ぞ知るグレン・クランストンである。貴族男性の平均的サイズを大きく下回るサイズ感のおかげで「在席中なのに気づかれない」という事件がたびたび発生していた。……自称他称の成人済み16歳男性なので、これから伸びるだろう、たぶん。
「失礼します、北部地方の疫病対策についての予算案が上がってきました」
「うむ」
予算案がまとめられた書類の束を確認しながら、持ってきた文官にいくつか確認をする。その姿はれっきとした宰相そのものだった。
グレンは成り行きと繰り上がりで辺境伯当主となり、そのまま勢いで宰相の座に就いただけ……と思われがちだが、なんだかんだ言っても領主経験があることは大きいし良くも悪くも上位貴族の政治に巻き込まれていた分の経験値は大きい。
そもそも、その前の兄が領主になった時からそれなりに勉強を進めてはいたのだ。執事であるじいやの手ほどきもあり、政治についてはその辺の下位貴族よりはよほど頭が回る。
そうでなければ、国家転覆などという荒事をあれだけスムーズに成功させることもできないだろう。
「――というわけです」
「なるほどな……。それならこの額になるのも仕方ないか……」
「そうですね。かなり削減して、この金額です。……厳しいかとは思いますが……」
「ああ。疫病は発生してからでは手遅れだからな。後追い対策の方が手間も金もかかる。予防するのが一番、だが……」
グレンは渋い顔をしつつ、財務担当を呼び出した。グレンに呼ばれた青年は、差し出された計画書を見て予算案を見て顔を顰める。
そこからしばし、三人で頭を突き合わせ軽く討論し。
「では、財務部はこの予算を確保できるか検討し、結果を報告しろ。北部地域担当官は、いまいちど予算削減の再検討を。同時に、施策の優先度を確認し、満額が出なかった場合にどの施策から進めるかの計画を立てるように。期限は一週間だ」
グレンが出した結論に、二人の文官は揃って元気よく返事をした。そしてお互いに話しながら小さな打ち合わせ用のテーブルへ足を向ける。グレンの出した方針について、もう少し情報交換をしていくつもりなのだろう。
今いる貴族文官は、その誰もが伯爵家以下の人間だ。主に子爵や男爵の息子、あるいは令嬢が働いている。時折伯爵家の人間もいるが、辺境伯当主という地位を持つグレンより上の位の人間は一人もいない。
故に、例えグレンがこの中で最年少であり、子供に毛が生えた程度の『大人』だとしても皆、静かに付き従うのだ。
そして、次から次へとグレンの元へ報告や次の指示を仰ぎに文官がやってくる。それらを的確にさばき、自身のところで止まっている書類を審査し承認・却下のサインを入れ、淹れて貰ったミルクティーで喉を潤しつつ、出されたおやつのクッキーをサクサクと食べ……後半は宰相の姿か? と言われたら首を傾げる人間もいるだろうが、これがクランストン宰相閣下の現実なのだから仕方がない。
まあ、なんだ、あれだ。貴族文官たちどころかその他の城の使用人から騎士にいたるまで、「クッキーを美味しそうに食べるクランストン宰相閣下が小動物の様で可愛い」という噂が出回ってるのだ。だから、誰も政務室でクッキーをサクサクする宰相閣下殿に文句を言う事もないし、むしろどんどん食べろと差し入れが相次ぐ。
……これのせいで『隻眼の大魔術師』の異名がなかなか根付かなかったのではないかという。無詠唱の魔法を行使する姿は目撃者がいなかったが、クッキーで頬をちょっとだけ膨らませた姿は目撃者が多数いる。となれば、後者の噂の方が広まるのは致し方なし。
「閣下、失礼します」
「んぐ……もぐっ……」
「すみませんタイミング間違えましたとりあえず食べてからで大丈夫です!!!」
こういう事故も、たまには発生する。しかも、今日の午後のおやつはカップケーキだった。クッキーよりちょっとボリュームがあって、咀嚼に時間がかかるタイプ。
しばし、もぐもぐ口を動かしていたグレンは、ごくんと口の中のものを飲み込んでミルクをぐびっと飲んだ。ちなみにクランストン宰相閣下の飲み物にはミルク必須と言われている。砂糖もあるとなおよし。
「……こほん、待たせた」
「いえ、大丈夫です……あの、今週末の休暇届けを集めてきました」
そう言って、女性文官は休暇届の束を机の上に置いた。束だ、束。どうやら政務室で仕事中毒のごとく働いている文官達の多くが、今週末に休みを取る予定らしい。
はて、何かあったかな? と首をひねりながらグレンは休暇届をチェックし――気づいた。
「そうか、今週末はクリスマスか」
「はい。……できれば、全て承認して頂きたいのですが……新婚の者や、子供がいる者に限りましたので……」
「今週は特に急ぎの仕事もないであろうし、この人数が抜けても1日ぐらいなら問題ないだろう」
「ありがとうございます!」
グレンの言葉に、休暇届を持ってきた令嬢は嬉しそうに頭を下げた。その会話に聞き耳を立てていたらしい、他の文官達にも喜びのざわめきが広がっていく。
……というのも。グレンが宰相になる前は、それはそれは性格の悪い醜悪なとある侯爵が宰相を務めていて。「貴様らに休み? そんなものあるか!」と休暇届は常に却下、休日もなく連勤連勤連勤の嵐だったのだ……!
さすがにそれでは体力が持たない、ということで文官達は隠れてバレないようにシフトを組んでやりくりしていた。どうやらこの世界は、どこぞの世界の某国にあるブラック企業と言う文化を取り入れてしまったらしい。創造神、それは取り入れない方がいいと思う。
そんな闇の政務室に颯爽と現れたのが、グレンである。あの実直誠実貴族の鑑と呼ばれるクランストン辺境家の末っ子である。まだ16歳である。
クランストン辺境家の人間ならもしかしたら待遇を改善してくれるかも、という希望半分、なんだ子供か……という失望半分。新しい宰相閣下を見定めようとした文官達は――
『皆、だいぶ疲れた顔をしているな……とりあえず、全員一度帰宅して体を休めて欲しい。君たちの力はもう少ししてから必要になるだろう』
――というクランストン宰相のありがたい就任のお言葉で全員満場一致でグレン派になった。有無を言わさずなった。その場でクランストン宰相閣下、ばんざーい! と万歳三唱が始まり、グレンがドン引きするぐらい全員グレン信者になった。
まあ、実際、反乱直後に必要なのはまだまだ武力の方で。グレンの言葉通り、そちらが落ち着いてきた後は文官組が地獄になったわけだが……それでも、必要に応じて休みを割り振ってくれるグレンは、下位貴族の文官達にはまさしく神のように見えていたのだ。
しかも横暴な事は何もしないし、意見は聞いてくれるし、常に公正に判断してくれるし、といいことづくめの少年宰相である。あと可愛い。
とにかく。今年のクリスマスは休暇が取れるらしい、と聞いた文官達によって政務室は沸き立っていた。グレンはその様子をにこにこと眺めている。これが前任の某侯爵だったら、うるさいと一喝された上に下手をすれば鞭打ちでもされかねなかっただろう。
……王城の豚小屋で一匹の豚が突然、ぶひゅんと変な鳴き声を上げたが関連性は不明である。不明と言ったら不明なのである。
「クリスマスに休まなかった者は、別の日に休みを取るようにな」
「うっ、閣下、そこまでご配慮を……!」
「君たちには普段から世話になってるし、頼りっぱなしだ。働かせすぎていると猛省しきりだよ。休みは十分にとって欲しい」
「か、閣下ぁ……!」
感涙しっぱなし者もいれば、神を拝む仕草をする者も出始め、政務室はだいぶ混沌とし始めた。勢い余ってこのまま、政務室でクリスマスパーティーが始まりかねない。
――その混沌とした政務室を一瞬で正気に戻す、予想外の会話がなされる。
「閣下は、クリスマスはどうお過ごしになるので?」
「うむ、家族も全員王城に滞在しているから、こちらで過ごすつもりだ。……ところで、サンタクロースは王城にも入って来れるのだろうか?」
「……え?」
「王城と言えば、かなり強い結界で守られているのだろう? 大丈夫なのだろうか……」
「え、え……」
先ほどとは違うどよめきが室内に広がっていく。ざわ……ざわ……。
「……恥ずかしながら、ここ数年、サンタクロースは私のところに来てくれなくて……きっと、兄上の補佐や辺境伯としての仕事が、不十分だったからだと思うのだが」
「あ、え……あ……」
「今年は、反乱も成功し多くの人を救ったし……サンタクロースも私を認めてくれるのではないかと思って」
グレンは頬をほんのり赤く染め、恥ずかしそうにしながら頬をかいている。
「サンタクロースが来た時に困らないように、プレゼントを入れるための靴下も、もうすでに用意してあるのだ」
「あ……あぁ……あぁぁっ……!」
質問した文官はついに膝から崩れ落ちた。床に四つん這いになり、項垂れる。同時に、室内にガンッ!だとかゴンッ!だとか、あちこちで呻き声とともに重い音が発生した。
「む、どうした、大丈夫か!?」
慌てるグレンに、何でもないです……と弱々しい声が届く。何でもないことはないだろう、とグレンはぴょんと大きな執務椅子から飛び降りて、崩れ落ちた文官に駆け寄った。
しん、と静まり返った執務室。その異様な空気の中、グレンだけが突然崩れ落ちた文官の心配をしていた。
……そこに、さらなる爆弾が投下される。
「……でも宰相閣下って、もう16歳ですから……子供ではない、ですよね……?」
恐る恐る。恐る恐るの、小さな声での指摘だった。しかし、静かになった政務室に、その声は異様に響いてしまう。
「あ」
誰の口から漏れた音だったか。たった一音、それが追い打ちをかける。その事実をそれぞれが認識した瞬間、グレンはピシリと石のように固まっていた。
しばらく、沈黙の静寂の静けさの中の虚無。政務室が就業時間内にここまで静かになることは、未来永劫ないだろう。
その空気を破ったのは、やはり、クランストン宰相閣下だった。
「は、ははは、そうだったな、私はもう立派な大人だから……ははは……サンタクロースは良い子のところにしか来ないから、私のところに来るわけがなかったな……ははははは……すまない少しお手洗いに行ってくる」
乾いた笑いと共に早口でまくし立てたグレンは顔を俯かせたまま足早に扉まで駆け――政務室を後にした。
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