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本編
6)グレン、ぺしょる
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伯爵当主達との懇親会……改め『時勢を読めないおバカさん』を粛清する会を途中で抜けたグレンは、早々に寝着に着替えて割り当てられた自室のベッドでぐったりと横になっていた。
「きもちわるい……」
案の定、グレンは懇親会で胃に収めたものを全て口から出してしまい、現在進行形で青い顔をしている。不幸中の幸いだったのは、メイドによる着替えも全て済ませて、ドーヴィと二人きりになった段階で限界を迎えたことだった。何とか、愚かな貴族を断罪した熾烈な宰相としての体裁は保つことはできた。
ぼうっと部屋の壁を見ていると、何もない空中にパッとドーヴィが現れる。ちょっと辺境に行ってくる、と言ってしばらく。ようやく帰ってきたか、とグレンは目を輝かせた。
「ドーヴィ!」
「ばあやにはちみつホットミルクを作ってもらってきた。これならお前も飲めるだろ?」
ドーヴィの手にあるのは、湯気がまだ立ち上っている木製のカップ。グレンは重い体を起こして、それを受け取る。ドーヴィはグレンのために枕をささっとベッドヘッドに立てかけ、グレンが凭れられるようにした。
ふわりと香る甘い匂いと、一口飲めばじんわりと体に染みわたる少し熱いぐらいのミルク。グレンはほぅ、と息を吐いた。
「あと医者の先生から吐き気止めと胃を保護するための丸薬」
「ぐ……苦いヤツだ」
「頑張って飲めよ、お前のためなんだから」
嫌そうに顔を顰めたグレンにドーヴィは困ったように笑って言った。わかってる、とグレンは唇を尖らせながら返事をする。クランストン辺境領にいる主治医がわざわざグレンのために用意してくれた薬だ。それを苦いからという理由だけで捨てるほどグレンは愚かではない。
「それから、料理長が夜中に小腹が空いた時に、だとさ」
そう言ってドーヴィは抱えていたランチボックスのふたをぱかりと開けてグレンに見せた。そこには、美味しそうなサンドイッチが半分、グレンの好きなアップルパイが半分、ぎゅうぎゅうに詰まっている。
気持ちは欲しがっているが、さすがに今の体では食べられそうにない。グレンはいいなぁと思いながらも小さく首を振った。それを見たドーヴィは黙ってランチボックスのふたを閉め、ベッドサイドのテーブルに置く。
「グレン、俺は懇親会の様子を見てからアルチェロにお前の事を報告してくる。眠くなったら寝てていいぞ」
「わかった」
「……逆に、急に気持ち悪くなったりしたらすぐに俺を呼べよ」
ドーヴィの言葉にうん、とグレンは頷いた。今は、ドーヴィのこの世話焼きが心地良い。いくらでも甘やかしてくれそうで、嫌な事や辛い事を思い出してささくれだった心が治まっていくのが自分でもわかる。
「ドーヴィ……なるべく早く戻ってきて欲しい」
「ああ。そんなに時間はかけねえよ」
素直に甘える言葉も、簡単に口から出る。ドーヴィは青い顔をしたグレンの額に宥めるように口づけし、頭をぽんぽんと撫でてから姿を消した。
ちびちびとホットミルクを飲み、約束通りに貰った丸薬を飲んでグレンは毛布を被って丸くなる。
(……でも、一人はやっぱり嫌だ……)
ドーヴィがいなくなって静まり返った部屋。グレンはぎゅうと目を瞑る。前にも、何回も、あったことだ。
様々なことが解決され、グレンは平穏を手に入れた。が、今日、久々に反乱前のようにグレンを侮る人間に出会ったことで、昔の嫌な記憶が次から次へと蘇ってくる。
(早く戻ってこないかな、ドーヴィ……)
滲んだ涙を毛布に押し付けて拭い、つーんとする鼻をすする。王城の客室だから、くるまっている毛布も高級なもので暖かさは保証されているはず。なのに、グレンは手足の先からだんだんと自分の体が冷たくなっていくのを感じていた。
「さむ……」
さらに体を丸めて、なるべく、なるべく楽しい事を考えようと努める。料理長に用意して貰ったサンドイッチやアップルパイのこと。ドーヴィが戻ってきたら、さっさと抱っこして貰うこと。頭も撫でてもらいたいし、キスだってしてもらいたい。
その楽しい妄想の合間合間に、過去の亡霊がグレンの心の傷口をこじ開けようと迫ってくる。もういないはずの王太子がグレンを見下ろして嘲笑する顔、怒鳴り散らして物を投げつけてくるドラガド侯爵、床に這いつくばって必死に謝罪するグレンの頭を踏みつける公爵、それを笑い立てる上位貴族達……。
「う……あたまいたい……っ」
ずきずき、痛み始めた頭を両手で抱えて、グレンは呻いた。その痛みは徐々に全身に広がっていく。
「ぁ……あ……」
全身が死にそうなほどに、痛む。どうしてこんな激痛があるのか、グレンは何も思い出せない。それでも、何かがあったということを体が全身で訴えきていた。
「グレンっ!」
いたい、いたい、と泣いているうちに、涙で霞む向こうで焦った顔をしたドーヴィが見えた。
「ドーヴィ! い、いたいっ!! いたい! しぬっ!」
「落ち着け、大丈夫だもうお前は安全なところにいるんだ、痛いものなんてなんもねえんだって!」
そう言われても、いたいものはいたい。このまま死んでしまうのではないかというほど、いたい。グレンは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、抱き上げてくれたドーヴィの胸に縋りついた。
「……チッ、魔力が暴走してやがる……!」
縋りついてきたグレンを抱きしめてやりながらドーヴィが体の様子を伺えば、体内を巡る魔力が乱れに乱れていた。まだ再生中の魔力回路を、魔力が暴れ回っている。精神的な幻肢痛もあるだろうが……この荒れ方では全身、激痛に苛まれているだろう。
その痛みにつられて、あの時の記憶が蘇りつつあるらしい。グレンは必死に体の痛みと、自分が死んでしまうとドーヴィに訴えてくる。あの時の恐怖は、そう簡単に消えるものではない。トラウマとして、グレンの心にも体にも深く刻みつけられていた。
「し、しんじゃう、いたいっ!」
「二度もお前を死なせるわけあるかよ、馬鹿」
ドーヴィはグレンを抱え込み、自分の魔力を流し始めた。荒れる魔力を強引に押さえつけ、魔力回路を傷つけないようにグレンの全身を自分の魔力で満たしていく。
「……あ……?」
「もう痛くないだろう?」
急に治まった痛みにグレンは驚いたように声を上げながらも、意識が朦朧としているのか虚ろな目で宙を見ていた。
「ほらグレン、もう痛くない、むしろ暖かくなってきた」
「ん……」
「そうだ、ゆっくり深呼吸をしろ。吸って、吐いて……」
ドーヴィはグレンをあやすように、優しい声でグレンを誘導する。グレンはドーヴィに言われるがままに呼吸をして……強張っていた体から徐々に、力が抜けていく。
ドーヴィの服をぎゅっと握りしめた両手が緩んでいくのを確認して、ドーヴィはほっと安堵の息を吐いた。
アルチェロへの報告中に、グレンの体の異常を検知して慌てて戻ってきてみれば。最近はこうして夜に魘されることも少なくなってきたから、油断してしまった。懇親会でのグレンへの仕打ちと、その後の体調不良から考えれば、こうなることも予想できただろうに。
ドーヴィは思わず、苦虫を嚙み潰したような顔をして数十分前の自分を脳内で殴っておく。ついでにグレンにワインをぶっかけたダロンギア伯爵は後で殺す、とも決意した。
「……ドーヴィ……」
「なんだ? どこかまだ痛いか?」
「ううん……ドーヴィのまりょく……あったかい……」
「……ははは、そりゃ良かった。もう寒くないだろう?」
うん、と子供のように舌ったらずに言って、グレンはもぞもぞと姿勢を変えている。ドーヴィの腕の中でちょうど良い場所を探しているらしい。
目の縁と鼻先を赤くしたグレンがとろんとした目を頭上のドーヴィへと向ける。ドーヴィとグレンの魔力の相性は最高だ。良すぎて、グレンは少しばかりドーヴィの魔力に酔い始めた様子。そんなグレンの口端から垂れていたよだれをドーヴィは優しく拭う。
「ドーヴィ、ちゅーして」
「はいはい、契約主様の言う通りに」
さきほどまであんなにも痛いと泣き叫んでいたのに、それが治ればずいぶんと現金に甘えてくる。それでも過去に囚われて苦痛に歪む顔より、ぼんやりとしたままとは言え、嬉しそうにドーヴィのキスを受け入れる顔の方がよほど良かった。
鼻先からまぶたから額から。顔のあちこちにドーヴィが口づけを降らせると、グレンはくすぐったそうに笑い声を零す。
「ねえドーヴィ、もっと」
「好きなだけちゅーしてやるよ」
ちゅ、ちゅ、とグレンの血色悪い唇を啄んでやれば、グレンはますます嬉しそうに片目を細めた。それでもまだ足りないのか、グレンはさらにドーヴィの背中に両腕を回して口を突き出してせがむ。
「ドーヴィもっと!」
「もっとって……あーそういう? お前、ほんと……ほんと、可愛い奴だよ」
ドーヴィはグレンの後頭部を掴むと、期待に満ちて薄く開いた口に舌を突き入れた。途端、グレンもドーヴィの舌へ自ら積極的に舌を絡め合わせてくる。
「んっ、ふぁ……ぁ……」
くちゅくちゅ、いやらしい水音に混ざってグレンが喘ぎ声を漏らした。苦しそうな呼吸音でもあり、気持ちよさそうな声でもある。
ドーヴィはそのままグレンをベッドへ押し倒した。上から食らうように、グレンの口内を貪る。飲みきれなくなった二人の混ざり合った唾液がグレンの口から漏れていった。
唇を離すと、グレンはすっかり蕩けた瞳でドーヴィを見上げる。開いたままの唇の隙間、生き物のように蠢く赤い舌がずいぶんとエロティックだ。
「あっ……んぁ……きもち、いい……」
「そうかい、そりゃ良かった」
ドーヴィは唾液に濡れていかがわしく光り輝くグレンの唇を親指でなぞる。血色が悪いのはそのままに、グレンの唇は少しばかりぽってりと膨らんでいた。思わず、ドーヴィはその美味しそうな唇に口を寄せ、甘噛みをする。
「ぁっ、ふ……んっ」
今度はグレンがドーヴィの唇をぺろりと舐めた。まるでドーヴィを誘うかのように、舐め終わった舌がグレンの口の中へと消えていく。……もちろん、ドーヴィはその誘いに乗って再度グレンの口内へと侵入した。
「ん、んんっ!」
すっかりグレンはキスに夢中になっている。ドーヴィは以前のようにグレンの弱い耳を指先で弄り、その反応を楽しんだ。
「っは、はっ、はー……んぅ……ひっ、み、みみは……」
「お前、ほんと耳弱いよナァ……」
「あっ、ひぁっ!」
キスを中断して耳を弄られることに抗議を示した可愛らしい契約主様のことをドーヴィは盛大に無視して、右耳に舌を這わせた。耳の中、構造に合わせて舌をゆっくりと滑らせ、ぬるりと動かして最も弱い耳の穴を舌先で突く。
「ふぁっ、や、ど、ドーヴィっ!」
グレンが必死にドーヴィの肩を両手で押すが、体格差のあるドーヴィはびくともしない。ドーヴィはついに、口全体でグレンの耳をしゃぶり始めた。もう片耳も、指先でこしょこしょとくすぐられている。
「んぅっ、ドーヴィ……あっ……あぁっ、やめろっ……!」
目に涙を浮かべ、グレンは体をぞくぞくと震わせながら抗議を続けた。眼帯に覆われている右目は視界を制限されており、ドーヴィの顔はほとんど見えない。ただ、右耳を暖かくて柔らかいものが包み込み、じゅるじゅると脳に響く音を立てながら上下に動いている。左耳は、それに対してささやかにくすぐられるだけ。
両耳を弄られ続け、グレンは半泣きになりながらもう一度、ドーヴィの胸を叩いた。……ようやく、ドーヴィが耳を解放してくれる。グレンはほっと息を吐いた。
あのまま弄られ続けたら、自分がどうにかなってしまいそうだった。腰のあたりがぞわぞわして、何だか重い気がする。それを性的興奮だと、グレンは認めたくなかった。まさか、耳をしゃぶられるだけで、そうなるだなんて!
「気持ち良かったか?」
「ひっ」
ドーヴィが吐息を吹きかけながら、グレンの耳に囁く。グレンは口を噤んだものの、正面に顔を移動してきたドーヴィに鋭い獣の様な視線で射られ、ごくりと生唾を飲み込んだ。その鋭さに、恐怖ではない興奮を感じて、グレンの口が勝手に開く。
「気持ち、良かった……嘘だろ……」
「嘘じゃねえさ。お前の耳は、立派な性感帯ってことさ」
「っ、言うなよっ!」
顔を羞恥に染めたグレンが、ぽかり、とドーヴィの胸を叩くと、ドーヴィは笑いながらグレンの上から退く。そして先ほどとは打って変わった優しい眼差しで、グレンの耳に洗浄魔法をかけた。
「そういう口答えができるぐらいには、復活したか」
「あ……」
「安心しろ、明日は午前中からアルチェロと極秘会談、って事になってる。身支度を終えたら、そのままアルチェロの私室に行ってゆったりティーパーティーだ」
口元も丁寧に拭ってやり、ドーヴィはグレンの隣に寝転んだ。そして、毛布を二人の体に掛け直し、グレンの体を抱き寄せる。
「アルチェロが『お大事に』だとよ」
「……迷惑をかける……」
グレンはドーヴィの胸に顔を埋めて、自己嫌悪に陥っていた。その頭を撫でてつつ、ドーヴィは強めの睡眠魔法をグレンにかける。さきほどに比べれば持ち直したとは言え、この状況だとまた真夜中に悪夢を見てグレンが魘されるだろうと判断したからだ。
やはり疲れていたのか、グレンはドーヴィの魔法に気づくことなくそのまま眠りに落ちる。目を閉じてすぅすぅと寝息を立てるグレンの顔を見ながら、やはりあの伯爵集団は全員ぶっ殺すべきだな、とドーヴィは改めて思った。
---
ちょっとだけ遅刻したしちょっとだけタイトル詐欺だった(ちょっとだけ???)
耳責めはR15における貴重なスケベ行為です
うそです
作者の趣味です
「きもちわるい……」
案の定、グレンは懇親会で胃に収めたものを全て口から出してしまい、現在進行形で青い顔をしている。不幸中の幸いだったのは、メイドによる着替えも全て済ませて、ドーヴィと二人きりになった段階で限界を迎えたことだった。何とか、愚かな貴族を断罪した熾烈な宰相としての体裁は保つことはできた。
ぼうっと部屋の壁を見ていると、何もない空中にパッとドーヴィが現れる。ちょっと辺境に行ってくる、と言ってしばらく。ようやく帰ってきたか、とグレンは目を輝かせた。
「ドーヴィ!」
「ばあやにはちみつホットミルクを作ってもらってきた。これならお前も飲めるだろ?」
ドーヴィの手にあるのは、湯気がまだ立ち上っている木製のカップ。グレンは重い体を起こして、それを受け取る。ドーヴィはグレンのために枕をささっとベッドヘッドに立てかけ、グレンが凭れられるようにした。
ふわりと香る甘い匂いと、一口飲めばじんわりと体に染みわたる少し熱いぐらいのミルク。グレンはほぅ、と息を吐いた。
「あと医者の先生から吐き気止めと胃を保護するための丸薬」
「ぐ……苦いヤツだ」
「頑張って飲めよ、お前のためなんだから」
嫌そうに顔を顰めたグレンにドーヴィは困ったように笑って言った。わかってる、とグレンは唇を尖らせながら返事をする。クランストン辺境領にいる主治医がわざわざグレンのために用意してくれた薬だ。それを苦いからという理由だけで捨てるほどグレンは愚かではない。
「それから、料理長が夜中に小腹が空いた時に、だとさ」
そう言ってドーヴィは抱えていたランチボックスのふたをぱかりと開けてグレンに見せた。そこには、美味しそうなサンドイッチが半分、グレンの好きなアップルパイが半分、ぎゅうぎゅうに詰まっている。
気持ちは欲しがっているが、さすがに今の体では食べられそうにない。グレンはいいなぁと思いながらも小さく首を振った。それを見たドーヴィは黙ってランチボックスのふたを閉め、ベッドサイドのテーブルに置く。
「グレン、俺は懇親会の様子を見てからアルチェロにお前の事を報告してくる。眠くなったら寝てていいぞ」
「わかった」
「……逆に、急に気持ち悪くなったりしたらすぐに俺を呼べよ」
ドーヴィの言葉にうん、とグレンは頷いた。今は、ドーヴィのこの世話焼きが心地良い。いくらでも甘やかしてくれそうで、嫌な事や辛い事を思い出してささくれだった心が治まっていくのが自分でもわかる。
「ドーヴィ……なるべく早く戻ってきて欲しい」
「ああ。そんなに時間はかけねえよ」
素直に甘える言葉も、簡単に口から出る。ドーヴィは青い顔をしたグレンの額に宥めるように口づけし、頭をぽんぽんと撫でてから姿を消した。
ちびちびとホットミルクを飲み、約束通りに貰った丸薬を飲んでグレンは毛布を被って丸くなる。
(……でも、一人はやっぱり嫌だ……)
ドーヴィがいなくなって静まり返った部屋。グレンはぎゅうと目を瞑る。前にも、何回も、あったことだ。
様々なことが解決され、グレンは平穏を手に入れた。が、今日、久々に反乱前のようにグレンを侮る人間に出会ったことで、昔の嫌な記憶が次から次へと蘇ってくる。
(早く戻ってこないかな、ドーヴィ……)
滲んだ涙を毛布に押し付けて拭い、つーんとする鼻をすする。王城の客室だから、くるまっている毛布も高級なもので暖かさは保証されているはず。なのに、グレンは手足の先からだんだんと自分の体が冷たくなっていくのを感じていた。
「さむ……」
さらに体を丸めて、なるべく、なるべく楽しい事を考えようと努める。料理長に用意して貰ったサンドイッチやアップルパイのこと。ドーヴィが戻ってきたら、さっさと抱っこして貰うこと。頭も撫でてもらいたいし、キスだってしてもらいたい。
その楽しい妄想の合間合間に、過去の亡霊がグレンの心の傷口をこじ開けようと迫ってくる。もういないはずの王太子がグレンを見下ろして嘲笑する顔、怒鳴り散らして物を投げつけてくるドラガド侯爵、床に這いつくばって必死に謝罪するグレンの頭を踏みつける公爵、それを笑い立てる上位貴族達……。
「う……あたまいたい……っ」
ずきずき、痛み始めた頭を両手で抱えて、グレンは呻いた。その痛みは徐々に全身に広がっていく。
「ぁ……あ……」
全身が死にそうなほどに、痛む。どうしてこんな激痛があるのか、グレンは何も思い出せない。それでも、何かがあったということを体が全身で訴えきていた。
「グレンっ!」
いたい、いたい、と泣いているうちに、涙で霞む向こうで焦った顔をしたドーヴィが見えた。
「ドーヴィ! い、いたいっ!! いたい! しぬっ!」
「落ち着け、大丈夫だもうお前は安全なところにいるんだ、痛いものなんてなんもねえんだって!」
そう言われても、いたいものはいたい。このまま死んでしまうのではないかというほど、いたい。グレンは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、抱き上げてくれたドーヴィの胸に縋りついた。
「……チッ、魔力が暴走してやがる……!」
縋りついてきたグレンを抱きしめてやりながらドーヴィが体の様子を伺えば、体内を巡る魔力が乱れに乱れていた。まだ再生中の魔力回路を、魔力が暴れ回っている。精神的な幻肢痛もあるだろうが……この荒れ方では全身、激痛に苛まれているだろう。
その痛みにつられて、あの時の記憶が蘇りつつあるらしい。グレンは必死に体の痛みと、自分が死んでしまうとドーヴィに訴えてくる。あの時の恐怖は、そう簡単に消えるものではない。トラウマとして、グレンの心にも体にも深く刻みつけられていた。
「し、しんじゃう、いたいっ!」
「二度もお前を死なせるわけあるかよ、馬鹿」
ドーヴィはグレンを抱え込み、自分の魔力を流し始めた。荒れる魔力を強引に押さえつけ、魔力回路を傷つけないようにグレンの全身を自分の魔力で満たしていく。
「……あ……?」
「もう痛くないだろう?」
急に治まった痛みにグレンは驚いたように声を上げながらも、意識が朦朧としているのか虚ろな目で宙を見ていた。
「ほらグレン、もう痛くない、むしろ暖かくなってきた」
「ん……」
「そうだ、ゆっくり深呼吸をしろ。吸って、吐いて……」
ドーヴィはグレンをあやすように、優しい声でグレンを誘導する。グレンはドーヴィに言われるがままに呼吸をして……強張っていた体から徐々に、力が抜けていく。
ドーヴィの服をぎゅっと握りしめた両手が緩んでいくのを確認して、ドーヴィはほっと安堵の息を吐いた。
アルチェロへの報告中に、グレンの体の異常を検知して慌てて戻ってきてみれば。最近はこうして夜に魘されることも少なくなってきたから、油断してしまった。懇親会でのグレンへの仕打ちと、その後の体調不良から考えれば、こうなることも予想できただろうに。
ドーヴィは思わず、苦虫を嚙み潰したような顔をして数十分前の自分を脳内で殴っておく。ついでにグレンにワインをぶっかけたダロンギア伯爵は後で殺す、とも決意した。
「……ドーヴィ……」
「なんだ? どこかまだ痛いか?」
「ううん……ドーヴィのまりょく……あったかい……」
「……ははは、そりゃ良かった。もう寒くないだろう?」
うん、と子供のように舌ったらずに言って、グレンはもぞもぞと姿勢を変えている。ドーヴィの腕の中でちょうど良い場所を探しているらしい。
目の縁と鼻先を赤くしたグレンがとろんとした目を頭上のドーヴィへと向ける。ドーヴィとグレンの魔力の相性は最高だ。良すぎて、グレンは少しばかりドーヴィの魔力に酔い始めた様子。そんなグレンの口端から垂れていたよだれをドーヴィは優しく拭う。
「ドーヴィ、ちゅーして」
「はいはい、契約主様の言う通りに」
さきほどまであんなにも痛いと泣き叫んでいたのに、それが治ればずいぶんと現金に甘えてくる。それでも過去に囚われて苦痛に歪む顔より、ぼんやりとしたままとは言え、嬉しそうにドーヴィのキスを受け入れる顔の方がよほど良かった。
鼻先からまぶたから額から。顔のあちこちにドーヴィが口づけを降らせると、グレンはくすぐったそうに笑い声を零す。
「ねえドーヴィ、もっと」
「好きなだけちゅーしてやるよ」
ちゅ、ちゅ、とグレンの血色悪い唇を啄んでやれば、グレンはますます嬉しそうに片目を細めた。それでもまだ足りないのか、グレンはさらにドーヴィの背中に両腕を回して口を突き出してせがむ。
「ドーヴィもっと!」
「もっとって……あーそういう? お前、ほんと……ほんと、可愛い奴だよ」
ドーヴィはグレンの後頭部を掴むと、期待に満ちて薄く開いた口に舌を突き入れた。途端、グレンもドーヴィの舌へ自ら積極的に舌を絡め合わせてくる。
「んっ、ふぁ……ぁ……」
くちゅくちゅ、いやらしい水音に混ざってグレンが喘ぎ声を漏らした。苦しそうな呼吸音でもあり、気持ちよさそうな声でもある。
ドーヴィはそのままグレンをベッドへ押し倒した。上から食らうように、グレンの口内を貪る。飲みきれなくなった二人の混ざり合った唾液がグレンの口から漏れていった。
唇を離すと、グレンはすっかり蕩けた瞳でドーヴィを見上げる。開いたままの唇の隙間、生き物のように蠢く赤い舌がずいぶんとエロティックだ。
「あっ……んぁ……きもち、いい……」
「そうかい、そりゃ良かった」
ドーヴィは唾液に濡れていかがわしく光り輝くグレンの唇を親指でなぞる。血色が悪いのはそのままに、グレンの唇は少しばかりぽってりと膨らんでいた。思わず、ドーヴィはその美味しそうな唇に口を寄せ、甘噛みをする。
「ぁっ、ふ……んっ」
今度はグレンがドーヴィの唇をぺろりと舐めた。まるでドーヴィを誘うかのように、舐め終わった舌がグレンの口の中へと消えていく。……もちろん、ドーヴィはその誘いに乗って再度グレンの口内へと侵入した。
「ん、んんっ!」
すっかりグレンはキスに夢中になっている。ドーヴィは以前のようにグレンの弱い耳を指先で弄り、その反応を楽しんだ。
「っは、はっ、はー……んぅ……ひっ、み、みみは……」
「お前、ほんと耳弱いよナァ……」
「あっ、ひぁっ!」
キスを中断して耳を弄られることに抗議を示した可愛らしい契約主様のことをドーヴィは盛大に無視して、右耳に舌を這わせた。耳の中、構造に合わせて舌をゆっくりと滑らせ、ぬるりと動かして最も弱い耳の穴を舌先で突く。
「ふぁっ、や、ど、ドーヴィっ!」
グレンが必死にドーヴィの肩を両手で押すが、体格差のあるドーヴィはびくともしない。ドーヴィはついに、口全体でグレンの耳をしゃぶり始めた。もう片耳も、指先でこしょこしょとくすぐられている。
「んぅっ、ドーヴィ……あっ……あぁっ、やめろっ……!」
目に涙を浮かべ、グレンは体をぞくぞくと震わせながら抗議を続けた。眼帯に覆われている右目は視界を制限されており、ドーヴィの顔はほとんど見えない。ただ、右耳を暖かくて柔らかいものが包み込み、じゅるじゅると脳に響く音を立てながら上下に動いている。左耳は、それに対してささやかにくすぐられるだけ。
両耳を弄られ続け、グレンは半泣きになりながらもう一度、ドーヴィの胸を叩いた。……ようやく、ドーヴィが耳を解放してくれる。グレンはほっと息を吐いた。
あのまま弄られ続けたら、自分がどうにかなってしまいそうだった。腰のあたりがぞわぞわして、何だか重い気がする。それを性的興奮だと、グレンは認めたくなかった。まさか、耳をしゃぶられるだけで、そうなるだなんて!
「気持ち良かったか?」
「ひっ」
ドーヴィが吐息を吹きかけながら、グレンの耳に囁く。グレンは口を噤んだものの、正面に顔を移動してきたドーヴィに鋭い獣の様な視線で射られ、ごくりと生唾を飲み込んだ。その鋭さに、恐怖ではない興奮を感じて、グレンの口が勝手に開く。
「気持ち、良かった……嘘だろ……」
「嘘じゃねえさ。お前の耳は、立派な性感帯ってことさ」
「っ、言うなよっ!」
顔を羞恥に染めたグレンが、ぽかり、とドーヴィの胸を叩くと、ドーヴィは笑いながらグレンの上から退く。そして先ほどとは打って変わった優しい眼差しで、グレンの耳に洗浄魔法をかけた。
「そういう口答えができるぐらいには、復活したか」
「あ……」
「安心しろ、明日は午前中からアルチェロと極秘会談、って事になってる。身支度を終えたら、そのままアルチェロの私室に行ってゆったりティーパーティーだ」
口元も丁寧に拭ってやり、ドーヴィはグレンの隣に寝転んだ。そして、毛布を二人の体に掛け直し、グレンの体を抱き寄せる。
「アルチェロが『お大事に』だとよ」
「……迷惑をかける……」
グレンはドーヴィの胸に顔を埋めて、自己嫌悪に陥っていた。その頭を撫でてつつ、ドーヴィは強めの睡眠魔法をグレンにかける。さきほどに比べれば持ち直したとは言え、この状況だとまた真夜中に悪夢を見てグレンが魘されるだろうと判断したからだ。
やはり疲れていたのか、グレンはドーヴィの魔法に気づくことなくそのまま眠りに落ちる。目を閉じてすぅすぅと寝息を立てるグレンの顔を見ながら、やはりあの伯爵集団は全員ぶっ殺すべきだな、とドーヴィは改めて思った。
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ちょっとだけ遅刻したしちょっとだけタイトル詐欺だった(ちょっとだけ???)
耳責めはR15における貴重なスケベ行為です
うそです
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