『性』を取り戻せ!

あかのゆりこ

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本編

5)グレン、キレる

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 クランストン宰相閣下と伯爵家当主の懇親会は少しばかりピリピリした空気を漂わせながら進行していた。

 ドーヴィが手配したアルチェロの配下である外交官はその雰囲気に関することなく、マイペースに周囲の伯爵達と交流を深めている。ライサーズ男爵……ライサーズ元帥閣下は残念ながら途中からの出席となっていた。それでも、グレンにとっては非常に心強い味方である。

 なぜ親交を深めるための懇親会で緊迫した空気が流れているかと言えば。それは言わずもがな、アルチェロとグレンが行った反乱後の粛清に原因があった。当主の罪状を詳らかにし当主交代を命じ、あるいは財産を一部没収し国庫のものとし。そして極悪な犯罪に関与していた一部の伯爵家は取り潰しとなっている。

 そして、その反乱と粛清を成功させた『英雄』として、宰相の地位を弱冠16歳にて与えられた張本人が目の前にいるのだ。文官職とは言え、反乱時に王族と上位貴族をまとめて始末したと言う噂もある。そのような化け物じみた人間を前にして、緊張しないと言う方がおかしかった。

 その中で一人、若い――と言ってもグレンよりは年上だが――伯爵が緊張した面持ちのまま、グレンの元へとやってくる。

「失礼します」
「む……君は……ああカリス伯爵か」
「名前を憶えて頂き、光栄でございます。フランクリン・カリスでございます」

 フランクリン・カリス……カリス伯爵は、そう言って優雅にお辞儀をした。眼帯に覆われていない片目で、グレンはカリス伯爵を見る。そしてふと思い出す。

「カリス伯爵、私の記憶が間違っていなければ……もしかして、我が兄と交友を深めていたことが……?」
「! そ、そうです! 辺境領にお邪魔したこともありまして……幼き頃のクランストン宰相閣下とも、一緒に遊んだことがございます」

 カリス伯爵は顔を輝かせた。それはまさに、地獄で救世主に出会った時のような。その反応を見て、さらにグレンは頭を巡らせる。

 ……頭を巡らせた結果、思い出したくもない事を思い出してグレンは盛大に顔を顰めた。もちろん、宰相としてはポーカーフェイスを保てないのは失点である。が、カリス伯爵には明確にグレンの内心が伝わったらしい。

 カリス伯爵はグラスを近くのテーブルに置き、腰を深く折り曲げて頭を下げた。貴族当主が行う礼としては、最上位のものだ。

「……過日においては、我が父が閣下に大変なご迷惑をおかけしたこと、深くお詫び申し上げます」
「……うむ」

 グレンは渋い顔をしつつも、その謝罪を受け入れる。カリス伯爵……先代カリス伯爵と言えば、クランストン辺境領へ高額な関税をかけていた前科があった。そのせいでグレンは冬を越すための燃料を仕入れるのに東奔西走する羽目になったのだ。

 無論、冬の燃料以外にも、領地の通過を許可されないことや、山賊集団を押し付けられたこともあった。

 だが、それはあくまでも先代伯爵が行ったこと。このカリス伯爵家においては、反乱後、アルチェロ王から命じられる前に自ら当主交代を申し出ていた。そして、先代カリス伯爵は領地で蟄居させるとも。

 そこまで先手を打たれている状態で、かつ、現カリス伯爵がグレンに恭順の姿勢を示すなら受け入れざるを得ない。グレンはどこか釈然としない思いを抱えつつも、カリス伯爵とは当たり障りのない雑談をしておいた。

(これが時勢を読める方の貴族、ってことかぁ……)

 グレンに謝罪が受け入れられたことで表情を明るくして戻っていくカリス伯爵の背を見つつ、グレンは内心で嘆息していた。カリス伯爵はまだ代替わりをしているから受け入れやすいが、代替わりもせずに当人が手のひらを返して自分に媚びを売ってくる姿は、なかなか耐え難いものがある。しかも、グレンの父親と同じぐらいの年齢の男が、だ。

 何度「前はよくもやってくれたな!!」と怒り散らしそうになったことか。

(せめて、カリス伯爵のように行動で示し、姿勢で示してくれればいいんだけど)

 考えつつ、グレンは晩餐室の隅で固まっている数人の伯爵家当主を見る。あれは、以前のグレンに対して特に当たりがきつかった伯爵家だ。もちろん、あれより酷かった家は既に取り潰しとなり、当主本人も何かしらの労役に就いているはずである。

 あれはドラガド侯爵の手下、あっちは王太子の腰巾着、と口には出さずに口悪くグレンは伯爵家当主達を見下ろした。

 ……その視線に気づいたのか、固まっていた伯爵達がグレンに近づいてくる。グレンの両親よりも年嵩の、老齢と言って差し支えない男たちだ。

「グレン閣下にお目にかかれて光栄です。ネルソン・ダロンギアでございます」

 その挨拶に、グレンは返事をしなかった。

 本来、さきほどのカリス伯爵の様にまずは下位の者が声を掛け、それに上位の者が答えてから下位の者が名乗るのがマナーというもの。また、よほど親しい仲か身内の人間でなければ、グレンの名前を呼ぶことは許されない。家名で呼ぶのが礼儀だ。

 つまり、このダロンギア伯爵という老人はグレンの事を侮っているのだ。自分の方が年齢が上だから、と思っているのか、何なのか。

(これが時勢を読めない方の貴族、ってことかぁ……)

 アルチェロの言葉を思い出しつつ、グレンはダロンギア伯爵を無視してカトラリーへ手を伸ばす。これはお前と話す価値はない、と言外に示す行為である。

 ……以前、グレンが様々な貴族にやられた事だ。ダロンギア伯爵と違い、完璧なマナーでグレンが声をかけても鼻で笑って放置されていた。

 その時のことが脳裏によみがえって、グレンはひっそりと吐き気を覚える。が、グレンが主賓である会で中座するわけにもいかず、伯爵家を自分に従えるためにもここで体調不良を訴えることはできなかった。国の大黒柱である宰相が、些細なことで体調を崩すなどあってはならない。

(うう、きもちわるい……)

 必死に吐き気を耐えながら、魚料理へと手を伸ばした。本日のメインディッシュが肉ではなく、白身魚であったことは不幸中の幸いだろう。さっぱりとしたソースとやわらかな白身魚の身は、今のグレンにとってかなりありがたい。

「……クランストン辺境伯、ダロンギア伯爵の挨拶を受け入れないとは、どういうことですかな?」

 声のする方に一瞥だけくれて、グレンは白身魚に視線を戻した。名乗りもせず、グレンが許可を出していないのに一方的に話しかけてくるような存在に用はない。

 グレンに対する老人たちの態度に、晩餐室内が少しばかりざわめく。そしてそれを無視して澄ました顔で食事を進めるグレンに対しても、興味深そうな視線が刺さっていた。

 恐らく、伯爵達はどちらにつくのが得策か見極めているのだろう。以前であれば、歴史ある伯爵家であり、当主としての歴も長い老伯爵集団に寄るのが正解だった。特に、成人したばかりで実績もなく、繰り上がりでたまたま辺境伯になってしまったグレン・クランストンよりは。

 その視線を無視しつつ、グレンは顔を上げて同じようにすました顔で食事をしていた、アルチェロの配下へ声を掛けた。アルチェロの配下である男性も、今のやり取りをわかった上で老伯爵達を無視してにこやかにグレンと会話を交わす。

「~~~っ! グレン・クランストン! この売国奴め! 儂らよりもマスティリ帝国を優先するのか!」

 グレンの態度についに我慢ができなくなったのか、ダロンギア伯爵が大声で怒鳴った。そして、手に持っていたグラスの中身を、グレンへとぶちまける。

 グレンの貴族としての正装に、ワインの赤い染みが広がって行った。グレンの頬にも、ワインの水滴がかかっている。

 途端、ざわついていた晩餐室が静まり返った。下位貴族が上位貴族へ無礼を働くことの、恐ろしさ。そして、よりにもよって、マスティリ帝国の外交官がいる前で粗相をしてしまったこと。

(あーあ、やっちゃったな、ダロンギア伯爵)
 
 アルチェロの言うところの時勢を読めないおバカさんどころかそれを超えた愚かな行為に、グレンはたまらず大きくため息を吐いた。そしてナプキンで頬を拭ってから、愚かなるダロンギア伯爵達へ向き直る。

 ダロンギア伯爵と同様に顔を怒りに染めている者もいれば、しでかした行為の重さに顔を青くしている者もいる。まさか、ダロンギア伯爵がここまでグレンに対して無礼を働くとは思っていなかったのだろう。

「ダロンギア伯爵、一応、弁明を聞くが?」

 グレンは冷え冷えとした声音で言った。豪奢な晩餐室に不釣り合いな、まだ声変りが始まっていない少年の声が響く。誰しもが固唾を飲んで、ダロンギア伯爵とグレンのやり取りを見守っていた。

「っ! 弁明なぞ必要なものかっ! 貴様の様な下賤な辺境の人間が宰相の地位に就くとは、王国も墜ちたものよ!」

 そりゃガゼッタ王国は墜ちた上に消滅したもんなぁ、とグレンは心の中でツッコミをしておく。もしかしたらこの伯爵達は、ここがガゼッタ王国からクラスティエーロ王国へ名前を変えたことすら知らないのかもしれない。グレンの想像を超越した愚かしさだ。

「貴様のせいで下民はつけあがり、田舎者が我が物顔で王城を闊歩している! 貴様の護衛の男とやらも、あんな身分のない下品な傭兵ごときがこの歴史ある王城に入城するなぞ――」
「ダロンギア伯爵」

 グレンは静かに名前を呼んだ。

 ……名前を呼ばれただけ、なはずなのに。その声に込められた憤怒を感じ取ったダロンギア伯爵は思わず口を閉じる。

 す、とグレンは片手を上げた。ダロンギア伯爵の身柄を抑える騎士を呼ぶのか、と室内にいた人間は誰しもが思う。

 それは、大きな間違いだった。音も声もなく、グレンの頭上に氷の槍が何本も出現する。

「なっ!?」
「な、なんだとっ!?」

 その氷の槍は驚きに満ちたダロンギア伯爵達へ間違いなく向けられており。グレンが片手を下ろせば、すぐにでもダロンギア伯爵集団を串刺しにするだろうことは容易に予想できた。

「これが、無詠唱……」

 黙って経緯を見守っていたカリス伯爵が言葉を漏らす。それは静まり返った晩餐室に、妙に大きく響いた。

 反乱の際、グレンは貴族会議の行われていた密室で全ての事を成した。それゆえに、『グレン・クランストンは無詠唱で魔法を使える』『隻眼の大魔術師は王族と上位貴族を一人で皆殺しにした』と噂ばかりが囁かれていたのだ。誰も実際の現場を目撃しなかったがために。

 そして今、ここに集った人々は初めてグレンの力を目にすることになった。新王アルチェロが重用したと言う『隻眼の大魔術師』の力の一片を。

 グレンは厳かに口を開く。

「確かに、貴様の言う通りであったな。私がしっかりとした態度を示さぬために、貴様のような時勢も読めぬ愚か者をこの王城にのさばらせる事となってしまった」
「お、愚か者だとっ……!」
「ああ、そうだ、貴様は紛うことなき愚か者だっ! アルチェロ陛下の作る新しき時代に、貴様のような古き存在は不要であるっ!」

 椅子から立ち上がったグレンは、怒りと恐怖で顔を歪ませたダロンギア伯爵達をその片目で見下ろす。貴族の男としてはかなり小柄であるはずのグレンだが、仁王立ちする姿からは威圧感を誰しもが受けていた。ダロンギア伯爵の様に睨まれていない他伯爵達が、思わずその場で跪くほどに。

 懇親会であるはずの場が、今にも処刑場へと変化しようとしている。……そこに、大きな声が割って入った。

「――そこまでっ!」

 氷の槍をそのままに、グレンは声のした方へ視線を向けた。いたのは、多くの騎士を引き連れ、荒い呼吸をしているライサーズ元帥だった。

「クランストン宰相閣下、どうかお鎮まりください。この晩餐室を血で汚すのは、何卒ご勘弁を……」
「……」

 グレンは答えず、ライサーズ元帥をじっと見る。ライサーズ元帥はその場で片膝をつき、頭を垂れた。それに続き、後ろの騎士達も全員が同じように片膝をつく。 

「この者たちには、後程、しかるべき処遇を与えるべきでしょう。閣下のお怒りも最もとは思いますが――」
「良い。……ライサーズ元帥、この者たちを連れていけ」
「はっ」

 ライサーズ元帥の言葉を途中で切り、グレンは怒気を孕んだ声で言った。

 暴れるダロンギア伯爵達を、騎士が次々と拘束していく。喚く口には猿轡が噛ませられ、そのまま引きずられるように老伯爵達は強制退室させられていった。

 グレンは片手を宙で振ると、頭上に出ていた氷の槍をかき消す。そしてライサーズ元帥に苦笑いと共に声をかけた。

「元帥の言う通りだ。この美しい晩餐室を血の海にするのは、良くないな」
「……仰るとおりです」

 ライサーズ元帥は、絞り出すように返事をした。

 グレンが処刑を止めたのは、あくまでもこの部屋の事を想ったから、であってダロンギア伯爵達のことを許したわけではないということ。晩餐室に残された「時勢の読める」伯爵達は、明確にその意図を読み取る。

 また、グレンとライサーズ男爵のやり取りからも、はっきりとグレンの方が元帥であるライサーズ男爵より立場が上である、ということも認識した。それもまた、派閥を形成する上で重要な情報である。

 そして何よりも。グレンの無詠唱を目の当たりにしたことで、『反乱時に王族たちを打ち取ったのはライサーズ男爵の方であり、グレン・クランストンは手柄を譲られただけ』という噂も、誤りであったことを確信することになった。

――間違いない、反乱を起こしたのはこのグレン・クランストンという少年であり、王族と上位貴族を一網打尽にしるだけの力を持った『隻眼の大魔術師』は実在した……!

 それは伯爵達の心に強く刻みつけられることになった。もはや、グレンの側につくべきか他の貴族と合流して反グレン派を作るべきか、という段階ではない。グレン派にならなければ、殺される、という恐怖すら覚える伯爵もいるほどだ。

「……ライサーズ元帥。すまないが私はこのとおり服も汚れてしまったし、気分もすこぶる悪い。この後の伯爵達の相手を任せても構わないだろうか?」
「ええ、構いませんとも。僭越ながら、クランストン宰相の代理を務めさせて頂きますぞ」

 それなりの声量でわざと周囲に聞こえるように会話をし、グレンはライサーズ元帥と握手を交わしてから実に胸糞の悪い事になった懇親会を後にした。

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今日はまじめでかっこいいグレンくんでした
ドーヴィのこと言われてぷっつんしちゃう隻眼の大魔術師さまでございます
こういうクール系キャラがでろでろに溺愛甘やかしされてぺしょぺしょに溶けちゃうのがとても性癖なので、次の話ではぺしょぺしょになってもらいます(??)
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