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元々傭兵であったイーサンの父は偶然立ち寄った村で俺の伯母……つまり母の姉と恋に落ち、駆け落ち同然で村を出て行った。悲しみに暮れる母を慰めた男が俺の父だ。
父は伯母とも仲が良く、悲しみ傷ついたのは二人とも同じことだった。長い時間を掛けて過去を払拭し結婚して子供が生まれた頃、一人の男性が村を訪れた。俺より一つ、二つほど歳上の子供を引き連れて。
「その子供が私の甥ですって? 貴方の話を信じろと?」
疑心を隠さない母の言葉に「そうだ」と男は頷いてみせた。面識は無かった。
男は自身をイーサンの父の傭兵仲間だと言い、彼は子供が生まれる前に戦死したこと、代わりに面倒を見ていたが子供の母親も流行り病で亡くなったことを説明した。
暗い顔で連れられた子供が母の愛した姉の忘れ形見である証拠は、伯母が書いたまま送ることのできなかった母宛の手紙しかなかった。その中には子供の存在など何一つ触れられていない。つまりは証拠など無いと言ってよかった。
しかし母がイーサンを甥と認めたのは、その子供が彼女から姉を奪った傭兵の男にそっくりだったからだ。まるで貴族のように見事なゴールドの髪色に鮮明な赤い瞳、そして幼いうちからわかるほどに端整な顔立ち。一度も会ったことのない伯母を相手に言うことではないが、彼女はきっととんでもなく面食いだったに違いない。
ともかく、母はたとえ出自が怪しい子供でも姉の子供として受け入れた。そうして俺たちは従兄弟であり兄弟のように育てられたのだった。
「結婚しよう。ヨハネス」
「待ってくれイーサン……」
早朝。寝入った時間からして睡眠時間は数時間と言ったところだろう。平時と変わらない日常生活を送っていた俺と違い、王都から馬を走らせて来たイーサンはかなり疲れていたはずだ。
にも関わらず、俺が目を覚ましたとき彼は既に起きていた。いや、もしかしたら眠らなかったのかもしれない。ともかく俺が目を覚ましたとき、彼はベッドの傍らにしゃがみ込んで俺の目覚めを待っていた。そうして瞼をこじ開けたところ、おはようより先に浴びせられた言葉が先ほどのそれである。
「……、よしわかったイーサン、先に飯にしよう」
「何もわかっていないなヨハネス。都合が悪くなると俺を食事や他のことで誤魔化そうとするのは君の悪い癖だ」
「じゃあ5年ぶりに俺が作る飯、食わなくていいんだな?」
「………………食べる」
こうして誤魔化されてくれるから俺が調子に乗るんだ。俺を優先してしまうのはイーサンの悪い癖だな。
食事と言っても簡単なものしか用意できない。割った卵に牛乳と塩胡椒を混ぜて火にかけたものに、昨日の夕飯だったパンの残りを温める。あとは適当に切った野菜で手早くスープを作っただけだ。イーサンの好みは把握してるから、いつもの薄味に少しだけ辛味を足して味の調節を忘れない。
「ヨハネスは料理の才能があるな」
「これくらいで料理と呼べるなら料理人は人手が有り余って職にあぶれるだろうな」
「毎日俺のご飯だけを作っていてほしいから供給と噛み合ってるぞ」
「はははイーサン、食後のお茶はどうだ? ちょうど昨日乾燥させた茶葉が飲み頃だ」
「雑に笑って誤魔化す癖も懐かしいな。昨晩からもうこれで三度目だ。……誤魔化すと言うことは、俺の言葉が伝わっていない訳ではないのだろう?」
食卓の使い終えた食器を片付けていた手を取られる。掴まれた手首が熱い。剣ダコのできた分厚い手のひらが手の甲を撫でた。指の股に指が差し込まれ、手のひらを合わせる形で握り込まれる。
「ッ、」
左手の薬指。イーサンは口元まで引き寄せ、そこに唇を落とした。
その姿に、昨晩目を通した手紙の内容を思い出す。
「なあイーサン、俺たちは最初から家族だ。そうだろ?」
「ああ。それもお互いがたった一人この世に残った肉親の」
「兄弟のように育った従兄弟のな」
昔は親よりもそばに居た存在だから何を考えているのか手に取るようにわかった。だが長く離れた月日は俺にイーサンの心の内をわからなくさせた。
今も、赤い瞳を昏く輝かせて沈黙する彼の考えていることがわからない。
「……勇者様のお陰で世界も平和になったことだし、お前の結婚式には俺も呼んでくれよ」
脈絡のない俺の言葉にイーサンが僅かに表情を強ばらせる。だが、それもすぐ何事もなかったかのように元に戻ってしまった。
「やはり知っていたのだな」
「こんな田舎じゃ隠しごとをするほうが難しい。その上、従姉になる高貴なお方が直々に挨拶を寄越してくれたからな」
「昨日も言ったが、どうか俺以外の言葉を信用しないでくれ」
「お前にその気がなくても周りが放っておく訳ないだろ」
世界を救った英雄。勇者と予言を受けた若者。聖剣に選ばれた最高の剣士。今や国内外問わず彼の存在を知らない者はいない。
そんな彼が命運を共にした高貴な女性と恋に落ちるのは自然な流れで、誰もが認めることだった。埋められた外堀は既にイーサンが声を上げても掘り返せないところまで来ている。
強かな女だと思った。だが、彼女はイーサンと同じく世界を救うために命を懸けた。初めから俺に言えることは何もなかったのだ。
「イーサン、早いところ王都に戻れ。今日中にここを発つんだ。それで、もう戻って来るな」
イーサンが肩を震わせるのが繋がれた温もり越しに伝わるのがわかった。手を引くと逆に引っ張られ、上半身が食卓に乗り上げる。
「痛……ッ、おいイーサン……!」
「君は俺のことが余程憎いか嫌いなのか?」
「違うってことくらい聞かなくてもわかるだろ」
「ではどうしてそんなこと言うんだ。悪夢を見せる魔族が作り出した幻覚ですら君は俺を嫌いと言うのに留まったのに……現実の君は、俺の想像を超えるほど残酷なことを口にする」
イーサンは自分の経験した悪夢を思い出したのか、苦し気に俺を睨みつけた。
俺が嫌いと言ってしまえば、こいつは絶望するのか。自ら俺と距離を置くだろうか。
心ではそう思っても、なかなかその言葉が声に出ない。結局、俺もイーサンのことが好きで仕方ないからだ。彼のために彼の人生から身を引いてしまいたいくらいには。
俺の手を掴んで離さないイーサンの腕を反対の手で握り返し、宥めるように血管の浮いた表面を撫でる。
「勘違いするなよ。ただの引越しだ」
「……引越し?」
イーサンが僅かに目を見開いた。しかしすぐに目を細める。俺の言葉を探るように慎重に「王都に?」と繰り返す。
「王都で暮らしてみたかったんだ。それに、お前は広い世界を知ってるのに俺は生まれ育ったこの土地しか知らない。他の土地に興味がある。今まではいつお前が戻るかわからないから動けなかっただけだ」
「なら一緒に行けばいいだろう」
「先に行って待っていてくれるか。王都に着いたら会いに行く。隣村すらろくに知らなかったんだ、じっくり見て回りたい」
「……嫌だ」
痛むほどだった腕を掴む力は緩んだが、それでも振り解くのが難しい程度の力加減で離さない。悟られないよう僅かにイーサンから視線をずらし、何事もないかのように口を動かした。
「理由をつけてお前の前から消えるか心配なんだな?」
「わかっているなら……!」
「俺が戻って来る確証が欲しいか?」
腕を引いて口元に寄せたイーサンの手の甲に唇を落とす。軽いリップ音を立てて離したあと、今度はそこに舌を這わせた。彼の頬が赤く染まる。しかし、それもすぐ血の気の引いた青白いものに変わった。
「貞操でも差し出せば、イーサンは俺を手放しに信用してくれるか?」
「なっ……ヨハネス……!?」
「どうした? 俺に望み、行き着く願いの先はそういう行為だろ?」
イーサンが俺を想う気持ちを汲んだ上でその中にある思い遣りのみを切り捨て、まるで肉欲しか孕んでいないように言い放つ。それだけで彼を傷つけるには十分だった。
自らの露悪的態度に一喜一憂するイーサンに良心が痛む。けれど、結局こいつは優しく突き放したところで離れてくれやしないのだ。だったら俺も生半可な優しさは捨てるべきだ。
「イーサンはどうしたい? 俺と結婚するってのは無しだ。お前はお姫様と結婚する。だが俺を手放さないことはできるだろう」
「本気で……そんなことを言っているのか?」
「これが俺の思いつく最善だ」
イーサンの望みを叶えてやりたい。それは俺の本心だ。だが物事には道理があり、社会が俺に、イーサンに求めるものもある。
彼は俺のことを「親のいない子供が二人で、それでもなんとか生活できていたのは君が俺を守り、自分の身を守って賢く立ち回ってくれたからだ」と褒めてくれたが、そんなことはない。ただ行き当たりばったりで、その時々をどうにか切り抜けることができた結果だ。
俺は賢く立ち回るなんて出来ない。けれどイーサンを守る為なら俺が犠牲にできないものは存在しない。それだけのことだった。
「俺はあの女と結婚なんてしない」
「駄目だ。もっと俺以外を見ろ。王も、国民も、世界がそうすることを望んでる」
「ヨハネス」
「俺もだ」
イーサンの表情が歪む。肩を震わせ泣き出しそうなまま、それでも俺を掴んだ腕は放さない。
「あの女が君に何を言ったか知らないが、気にしないでくれ。俺がどうにかする」
「お前のお姫様が俺に出した条件は一つだ。この村から出て行くこと。初めからそのつもりだったんだから、そんなの条件でも何でもないだろ」
嘘だ。二度とイーサンの前に姿を現さないことも誓わされた。それは金銭の絡む契約であり、暴力を含む脅迫だった。
だが、それは知らなくていいことだ。
「さっきも言ったが、何も永遠の別れじゃない。時が経てばまた会える」
「もう5年も離れていた。君が側にいない間、俺は何も喜べないし怒りも悲しみも感じなかった。生きているのに死んだみたいに。何の為にあんな時間を過ごしたと言うんだ?」
「ならあと5年待ってくれ」
そのくらい時間が空けば跡継ぎの一人も生まれるだろう。イーサンは家族というものに執着しているようだから、血を分けた子供が出来れば勿論愛するだろうし、長く連れ添えばお姫様への愛情も深まるはずだ。
それに今後子供が生まれたら『たった一人の肉親』ではなくなる。果たしてそのとき彼は変わらず俺のことを愛するだろうか。
「俺の言うことを聞いてくれ。代わりに俺の全てを今、お前にくれてやるよ」
尤もらしい理由をつけてイーサンの首に手を回す。
口にした言葉も、脳内で繰り返した言い訳も、全部自分を納得させる為だけのものだったくせに。
最後の思い出作りに一度だけ抱いてほしいなんて、俺も大概女々しい。
──
「んッ……ふっ……ぅ」
にちにちとあらぬところに指が出入りする。突っ込まれる瞬間は苦しくて、引き抜かれる瞬間は粗相をおかしたようで落ち着かない。
イーサンは何も言わなかった。ただ俺の姿を一瞬も逃さず目に焼き付けるかの如く、赤く昏い瞳がじいっと俺を見つめて離さない。
それに気づいてわざと脚を開いた。
離れていた5年の間、お互い大人になった。結婚を迫るほど積極的な女性と共に旅をしていたのだから、その間に何もなかったとは思えない。たとえイーサンにとってこれが数あるうち一度のことだとしても、俺にとっては初めてであり、そしてきっと最後になる行為だ。そう思えば大胆になれた。
「その、すごく……ピンク色だな。まさか自分で触ったこともないのか?」
自分の身体を人のそれと見比べたことがないから、ピンク色だと言うのがどう違うのかわからない。ただ、イーサンの注がれた視線から察するにそれがどこの部位かはすぐに察しがついた。
ぴんと屹立したそこが彼の視線に晒されてひくひくと震える。
触ったこと、あるにはある。ただ悪いことをしている気がして、それを肯定も否定もしてくれる相手がいなかったから興味本位で触った最初だけだ。
「触ってるところ、見てみたいか?」
ごくん、と大きく生唾を飲み込む音がする。それを肯定と捉えて自らの指を絡めれば、イーサンは落ち着かない様子で吐息を吐き出した。
「ん、んん……ッ、あ、ああッ」
丸い先端を撫で、段差になっているところを擦り全体を握り込む。自分の指が何度か往復する合間に、後孔に突き立てられたイーサンの中指が腹の中めがけて突き立てられた。淡い快楽を感じて声が漏れる。
イーサンに目を向けると、彼はフゥフゥと荒い息を抑えて歯を食いしばっていた。そうして俺と同じように手元は自らのものを擦り上げぐち、にち、と俺のより激しく音を立てている。
「ああ、クソ……ッ、拷問を受けてる気分だ……!」
「ならやめるか?」
「やめたくない……!」
荒々しい動きの指が二本に増え、更に勢いをつけて人の胎内を蹂躙しようと蠢く。根本まで入れずとも届くぬかるみの浅瀬にある一点を掠めた瞬間、先ほどより強い感覚が背中を駆け抜けた。肌が粟立つ。
「イーサンそこ、は……ッ」
「ここか?」
「んんッ」
あからさまに反応の違いがあるそこをイーサンの太く硬い指が繰り返し愛でる。腰を中心に全身ががくがくと震えて性器を擦る手は止まっていた。それなのにそこは変わらず立ち上がり、ふるふると快楽に耐え切れないと言わんばかりに震えている。
「ああ、可愛いなヨハネス」
「イーサ、待って……」
「ここで待ては無しだ」
ずる、と指が勢いよく引き抜かれる。息をつく暇もなく代わりに熱いものがそこに押しつけられた。
「あ……待……」
「まだ少し狭いが、受け入れられないほどではないだろう?」
長大なものを手で支え俺の中に侵入しようと、つるりとした丸く赤黒い亀頭で皮膚の皺を伸ばすように圧迫する。
確かに、指は思ったよりすんなり受け入れられた。先端を少し挿れるくらいなら苦しくとも痛むほどではないだろう。だが。
「んなでかいの入るわけ無いだろ……ッ!」
快楽に由来する興奮と視覚情報のもたらす恐怖で心臓が暴れる。同じように暴れる脚をジタバタと動かしたが、無駄な抵抗とばかりに足首を掴まれた。そのまま割り開かれた股の間からイーサンの腰が密着する。
「そうだな、全部挿れたらここまで入るだろうから」
「ひ……ッ!?」
股の方から腹へと向かい、彼の雄として十分に反応した男性器が乗せられた。聳り立つそれが臍まで届くのではないかと気づいたら最後、怖気付く心は本意を遂げようとする決意を揺らがすには十分だった。
「ヨハネス、先ほども言ったが、待ては無しだ」
「わ、わかってる……っ」
どうせ俺にだってやめる選択肢ない。だが、まさか繋がる前からこんなものを受け入れたら身体が壊れるのではないかと心配をしなければならないとまで思わなかった。俺に女性とのそういう経験はないが、女の人はこんな怖い思いをして相手を受け入れているのだろうか。
ちらりとイーサンの顔色を窺う。期待と興奮を隠さないぎらついた赤い瞳が俺を挑発的に見遣る。切羽詰まった表情ではあるが、それ以上動こうとはしなかった。ぎりぎりのくせに、俺の心が落ち着くまで待ってくれているのだ。
いっそ自分勝手に酷くしてくれたらこの行為もイーサンのことも嫌いになれただろうに、優しい彼はそうすることを許さない。どこまでも俺を思いやり俺を尊重して、最後の決定権を俺に委ねる。
恐怖で慄く心をどうにか鼓舞して覚悟を決める。太ももを身体に寄せ、曲げた膝の裏に手を回して脚を支えた。
「来いよ、抱かれてやる」
そう言ったが最後、ズンと腹を下から突き上げる衝撃に襲われた。息が詰まり視界がぶれる。苦しさと全身を揺らす振動に遅れて痛みを認識して、上げた悲鳴は吐き出す息まで全てイーサンの口腔へと阻まれてしまった。
「~~~ッ!」
「くッ……すまないヨハネス、我慢してくれ……ッ」
押し付けられたイーサンの身体と自分の身体の間で何か濡れた感触を感じる。挿れられただけで達したのだとそのときやっと気づいた。
腹の中へと無遠慮に押し込まれたイーサンのそれは太く固く長くて、指で擦られて気持ちよかった場所を狙わずともごりごりと押し潰す。そのせいで自らの意思と関係なく、漏らすように達するのを止められない。
「あ゛あ゛、あ、あッ」
「はあ……ッすごいな、ヨハネスの中、吸い付いて締め付けてくる」
「んああ!?」
「そんなギュウギュウにされたら……ッ」
イーサンが先ほどよりずっと切羽詰まった表情をしているのが視界に入ったが、それはパニックを起こしてそれどころではなかった。わかるのはずちゅずちゅと腹の下から音が鳴り、身体中が熱くて、それなのに指先が冷えていくと感じることだけだ。頭に血が上りすぎているのかもしれない。
指先の感覚が鈍くなるのに体内に感じる快楽はどんどん大きくなっていって、自分が声を上げているのか、どんな表情をしているのかわからなかった。
「ヨハネス、ヨハネス……ッ」
俺の名前を呼びながら必死になって腰を振りたくるイーサンが見える。こいつのせいでこんなにも追い詰められているのに、なぜだかそれが可愛く見えた。
腹の底に熱い飛沫を感じて、イーサンが俺の中で射精したのだと本能的にわかる。それなのに俺を犯す動きは止まらない。
射精しながら腰振るって、どんだけよがってんだよこいつ。
頭の中では冷静なところがあって、そういうところが今のイーサンのことを頻りに可愛いと、愛おしいと言ってくる。それを伝えたくとも、俺の口は壊れたように濁った母音しか発せなかった。
「お゛あ、あ゛、んいイッ」
「い? 嫌か?善いのか? どっちだヨハネス」
「い、あ゛ッいぃ゛……ッ」
「善いだよな? 嫌じゃないよなヨハネス!」
イーサンだこの馬鹿!
名前を呼ぶこともままならなくて、止まってほしいのに制止をかけることもできない。一度は射精したくせに落ち着くこともなく興奮しっぱなしのイーサンはとにかく容赦がなかった。
元より俺と彼の体力差は目に見えている。二度目の飛沫を腹の奥に感じながら、段々と俺の意識は混濁していくのだった。
父は伯母とも仲が良く、悲しみ傷ついたのは二人とも同じことだった。長い時間を掛けて過去を払拭し結婚して子供が生まれた頃、一人の男性が村を訪れた。俺より一つ、二つほど歳上の子供を引き連れて。
「その子供が私の甥ですって? 貴方の話を信じろと?」
疑心を隠さない母の言葉に「そうだ」と男は頷いてみせた。面識は無かった。
男は自身をイーサンの父の傭兵仲間だと言い、彼は子供が生まれる前に戦死したこと、代わりに面倒を見ていたが子供の母親も流行り病で亡くなったことを説明した。
暗い顔で連れられた子供が母の愛した姉の忘れ形見である証拠は、伯母が書いたまま送ることのできなかった母宛の手紙しかなかった。その中には子供の存在など何一つ触れられていない。つまりは証拠など無いと言ってよかった。
しかし母がイーサンを甥と認めたのは、その子供が彼女から姉を奪った傭兵の男にそっくりだったからだ。まるで貴族のように見事なゴールドの髪色に鮮明な赤い瞳、そして幼いうちからわかるほどに端整な顔立ち。一度も会ったことのない伯母を相手に言うことではないが、彼女はきっととんでもなく面食いだったに違いない。
ともかく、母はたとえ出自が怪しい子供でも姉の子供として受け入れた。そうして俺たちは従兄弟であり兄弟のように育てられたのだった。
「結婚しよう。ヨハネス」
「待ってくれイーサン……」
早朝。寝入った時間からして睡眠時間は数時間と言ったところだろう。平時と変わらない日常生活を送っていた俺と違い、王都から馬を走らせて来たイーサンはかなり疲れていたはずだ。
にも関わらず、俺が目を覚ましたとき彼は既に起きていた。いや、もしかしたら眠らなかったのかもしれない。ともかく俺が目を覚ましたとき、彼はベッドの傍らにしゃがみ込んで俺の目覚めを待っていた。そうして瞼をこじ開けたところ、おはようより先に浴びせられた言葉が先ほどのそれである。
「……、よしわかったイーサン、先に飯にしよう」
「何もわかっていないなヨハネス。都合が悪くなると俺を食事や他のことで誤魔化そうとするのは君の悪い癖だ」
「じゃあ5年ぶりに俺が作る飯、食わなくていいんだな?」
「………………食べる」
こうして誤魔化されてくれるから俺が調子に乗るんだ。俺を優先してしまうのはイーサンの悪い癖だな。
食事と言っても簡単なものしか用意できない。割った卵に牛乳と塩胡椒を混ぜて火にかけたものに、昨日の夕飯だったパンの残りを温める。あとは適当に切った野菜で手早くスープを作っただけだ。イーサンの好みは把握してるから、いつもの薄味に少しだけ辛味を足して味の調節を忘れない。
「ヨハネスは料理の才能があるな」
「これくらいで料理と呼べるなら料理人は人手が有り余って職にあぶれるだろうな」
「毎日俺のご飯だけを作っていてほしいから供給と噛み合ってるぞ」
「はははイーサン、食後のお茶はどうだ? ちょうど昨日乾燥させた茶葉が飲み頃だ」
「雑に笑って誤魔化す癖も懐かしいな。昨晩からもうこれで三度目だ。……誤魔化すと言うことは、俺の言葉が伝わっていない訳ではないのだろう?」
食卓の使い終えた食器を片付けていた手を取られる。掴まれた手首が熱い。剣ダコのできた分厚い手のひらが手の甲を撫でた。指の股に指が差し込まれ、手のひらを合わせる形で握り込まれる。
「ッ、」
左手の薬指。イーサンは口元まで引き寄せ、そこに唇を落とした。
その姿に、昨晩目を通した手紙の内容を思い出す。
「なあイーサン、俺たちは最初から家族だ。そうだろ?」
「ああ。それもお互いがたった一人この世に残った肉親の」
「兄弟のように育った従兄弟のな」
昔は親よりもそばに居た存在だから何を考えているのか手に取るようにわかった。だが長く離れた月日は俺にイーサンの心の内をわからなくさせた。
今も、赤い瞳を昏く輝かせて沈黙する彼の考えていることがわからない。
「……勇者様のお陰で世界も平和になったことだし、お前の結婚式には俺も呼んでくれよ」
脈絡のない俺の言葉にイーサンが僅かに表情を強ばらせる。だが、それもすぐ何事もなかったかのように元に戻ってしまった。
「やはり知っていたのだな」
「こんな田舎じゃ隠しごとをするほうが難しい。その上、従姉になる高貴なお方が直々に挨拶を寄越してくれたからな」
「昨日も言ったが、どうか俺以外の言葉を信用しないでくれ」
「お前にその気がなくても周りが放っておく訳ないだろ」
世界を救った英雄。勇者と予言を受けた若者。聖剣に選ばれた最高の剣士。今や国内外問わず彼の存在を知らない者はいない。
そんな彼が命運を共にした高貴な女性と恋に落ちるのは自然な流れで、誰もが認めることだった。埋められた外堀は既にイーサンが声を上げても掘り返せないところまで来ている。
強かな女だと思った。だが、彼女はイーサンと同じく世界を救うために命を懸けた。初めから俺に言えることは何もなかったのだ。
「イーサン、早いところ王都に戻れ。今日中にここを発つんだ。それで、もう戻って来るな」
イーサンが肩を震わせるのが繋がれた温もり越しに伝わるのがわかった。手を引くと逆に引っ張られ、上半身が食卓に乗り上げる。
「痛……ッ、おいイーサン……!」
「君は俺のことが余程憎いか嫌いなのか?」
「違うってことくらい聞かなくてもわかるだろ」
「ではどうしてそんなこと言うんだ。悪夢を見せる魔族が作り出した幻覚ですら君は俺を嫌いと言うのに留まったのに……現実の君は、俺の想像を超えるほど残酷なことを口にする」
イーサンは自分の経験した悪夢を思い出したのか、苦し気に俺を睨みつけた。
俺が嫌いと言ってしまえば、こいつは絶望するのか。自ら俺と距離を置くだろうか。
心ではそう思っても、なかなかその言葉が声に出ない。結局、俺もイーサンのことが好きで仕方ないからだ。彼のために彼の人生から身を引いてしまいたいくらいには。
俺の手を掴んで離さないイーサンの腕を反対の手で握り返し、宥めるように血管の浮いた表面を撫でる。
「勘違いするなよ。ただの引越しだ」
「……引越し?」
イーサンが僅かに目を見開いた。しかしすぐに目を細める。俺の言葉を探るように慎重に「王都に?」と繰り返す。
「王都で暮らしてみたかったんだ。それに、お前は広い世界を知ってるのに俺は生まれ育ったこの土地しか知らない。他の土地に興味がある。今まではいつお前が戻るかわからないから動けなかっただけだ」
「なら一緒に行けばいいだろう」
「先に行って待っていてくれるか。王都に着いたら会いに行く。隣村すらろくに知らなかったんだ、じっくり見て回りたい」
「……嫌だ」
痛むほどだった腕を掴む力は緩んだが、それでも振り解くのが難しい程度の力加減で離さない。悟られないよう僅かにイーサンから視線をずらし、何事もないかのように口を動かした。
「理由をつけてお前の前から消えるか心配なんだな?」
「わかっているなら……!」
「俺が戻って来る確証が欲しいか?」
腕を引いて口元に寄せたイーサンの手の甲に唇を落とす。軽いリップ音を立てて離したあと、今度はそこに舌を這わせた。彼の頬が赤く染まる。しかし、それもすぐ血の気の引いた青白いものに変わった。
「貞操でも差し出せば、イーサンは俺を手放しに信用してくれるか?」
「なっ……ヨハネス……!?」
「どうした? 俺に望み、行き着く願いの先はそういう行為だろ?」
イーサンが俺を想う気持ちを汲んだ上でその中にある思い遣りのみを切り捨て、まるで肉欲しか孕んでいないように言い放つ。それだけで彼を傷つけるには十分だった。
自らの露悪的態度に一喜一憂するイーサンに良心が痛む。けれど、結局こいつは優しく突き放したところで離れてくれやしないのだ。だったら俺も生半可な優しさは捨てるべきだ。
「イーサンはどうしたい? 俺と結婚するってのは無しだ。お前はお姫様と結婚する。だが俺を手放さないことはできるだろう」
「本気で……そんなことを言っているのか?」
「これが俺の思いつく最善だ」
イーサンの望みを叶えてやりたい。それは俺の本心だ。だが物事には道理があり、社会が俺に、イーサンに求めるものもある。
彼は俺のことを「親のいない子供が二人で、それでもなんとか生活できていたのは君が俺を守り、自分の身を守って賢く立ち回ってくれたからだ」と褒めてくれたが、そんなことはない。ただ行き当たりばったりで、その時々をどうにか切り抜けることができた結果だ。
俺は賢く立ち回るなんて出来ない。けれどイーサンを守る為なら俺が犠牲にできないものは存在しない。それだけのことだった。
「俺はあの女と結婚なんてしない」
「駄目だ。もっと俺以外を見ろ。王も、国民も、世界がそうすることを望んでる」
「ヨハネス」
「俺もだ」
イーサンの表情が歪む。肩を震わせ泣き出しそうなまま、それでも俺を掴んだ腕は放さない。
「あの女が君に何を言ったか知らないが、気にしないでくれ。俺がどうにかする」
「お前のお姫様が俺に出した条件は一つだ。この村から出て行くこと。初めからそのつもりだったんだから、そんなの条件でも何でもないだろ」
嘘だ。二度とイーサンの前に姿を現さないことも誓わされた。それは金銭の絡む契約であり、暴力を含む脅迫だった。
だが、それは知らなくていいことだ。
「さっきも言ったが、何も永遠の別れじゃない。時が経てばまた会える」
「もう5年も離れていた。君が側にいない間、俺は何も喜べないし怒りも悲しみも感じなかった。生きているのに死んだみたいに。何の為にあんな時間を過ごしたと言うんだ?」
「ならあと5年待ってくれ」
そのくらい時間が空けば跡継ぎの一人も生まれるだろう。イーサンは家族というものに執着しているようだから、血を分けた子供が出来れば勿論愛するだろうし、長く連れ添えばお姫様への愛情も深まるはずだ。
それに今後子供が生まれたら『たった一人の肉親』ではなくなる。果たしてそのとき彼は変わらず俺のことを愛するだろうか。
「俺の言うことを聞いてくれ。代わりに俺の全てを今、お前にくれてやるよ」
尤もらしい理由をつけてイーサンの首に手を回す。
口にした言葉も、脳内で繰り返した言い訳も、全部自分を納得させる為だけのものだったくせに。
最後の思い出作りに一度だけ抱いてほしいなんて、俺も大概女々しい。
──
「んッ……ふっ……ぅ」
にちにちとあらぬところに指が出入りする。突っ込まれる瞬間は苦しくて、引き抜かれる瞬間は粗相をおかしたようで落ち着かない。
イーサンは何も言わなかった。ただ俺の姿を一瞬も逃さず目に焼き付けるかの如く、赤く昏い瞳がじいっと俺を見つめて離さない。
それに気づいてわざと脚を開いた。
離れていた5年の間、お互い大人になった。結婚を迫るほど積極的な女性と共に旅をしていたのだから、その間に何もなかったとは思えない。たとえイーサンにとってこれが数あるうち一度のことだとしても、俺にとっては初めてであり、そしてきっと最後になる行為だ。そう思えば大胆になれた。
「その、すごく……ピンク色だな。まさか自分で触ったこともないのか?」
自分の身体を人のそれと見比べたことがないから、ピンク色だと言うのがどう違うのかわからない。ただ、イーサンの注がれた視線から察するにそれがどこの部位かはすぐに察しがついた。
ぴんと屹立したそこが彼の視線に晒されてひくひくと震える。
触ったこと、あるにはある。ただ悪いことをしている気がして、それを肯定も否定もしてくれる相手がいなかったから興味本位で触った最初だけだ。
「触ってるところ、見てみたいか?」
ごくん、と大きく生唾を飲み込む音がする。それを肯定と捉えて自らの指を絡めれば、イーサンは落ち着かない様子で吐息を吐き出した。
「ん、んん……ッ、あ、ああッ」
丸い先端を撫で、段差になっているところを擦り全体を握り込む。自分の指が何度か往復する合間に、後孔に突き立てられたイーサンの中指が腹の中めがけて突き立てられた。淡い快楽を感じて声が漏れる。
イーサンに目を向けると、彼はフゥフゥと荒い息を抑えて歯を食いしばっていた。そうして俺と同じように手元は自らのものを擦り上げぐち、にち、と俺のより激しく音を立てている。
「ああ、クソ……ッ、拷問を受けてる気分だ……!」
「ならやめるか?」
「やめたくない……!」
荒々しい動きの指が二本に増え、更に勢いをつけて人の胎内を蹂躙しようと蠢く。根本まで入れずとも届くぬかるみの浅瀬にある一点を掠めた瞬間、先ほどより強い感覚が背中を駆け抜けた。肌が粟立つ。
「イーサンそこ、は……ッ」
「ここか?」
「んんッ」
あからさまに反応の違いがあるそこをイーサンの太く硬い指が繰り返し愛でる。腰を中心に全身ががくがくと震えて性器を擦る手は止まっていた。それなのにそこは変わらず立ち上がり、ふるふると快楽に耐え切れないと言わんばかりに震えている。
「ああ、可愛いなヨハネス」
「イーサ、待って……」
「ここで待ては無しだ」
ずる、と指が勢いよく引き抜かれる。息をつく暇もなく代わりに熱いものがそこに押しつけられた。
「あ……待……」
「まだ少し狭いが、受け入れられないほどではないだろう?」
長大なものを手で支え俺の中に侵入しようと、つるりとした丸く赤黒い亀頭で皮膚の皺を伸ばすように圧迫する。
確かに、指は思ったよりすんなり受け入れられた。先端を少し挿れるくらいなら苦しくとも痛むほどではないだろう。だが。
「んなでかいの入るわけ無いだろ……ッ!」
快楽に由来する興奮と視覚情報のもたらす恐怖で心臓が暴れる。同じように暴れる脚をジタバタと動かしたが、無駄な抵抗とばかりに足首を掴まれた。そのまま割り開かれた股の間からイーサンの腰が密着する。
「そうだな、全部挿れたらここまで入るだろうから」
「ひ……ッ!?」
股の方から腹へと向かい、彼の雄として十分に反応した男性器が乗せられた。聳り立つそれが臍まで届くのではないかと気づいたら最後、怖気付く心は本意を遂げようとする決意を揺らがすには十分だった。
「ヨハネス、先ほども言ったが、待ては無しだ」
「わ、わかってる……っ」
どうせ俺にだってやめる選択肢ない。だが、まさか繋がる前からこんなものを受け入れたら身体が壊れるのではないかと心配をしなければならないとまで思わなかった。俺に女性とのそういう経験はないが、女の人はこんな怖い思いをして相手を受け入れているのだろうか。
ちらりとイーサンの顔色を窺う。期待と興奮を隠さないぎらついた赤い瞳が俺を挑発的に見遣る。切羽詰まった表情ではあるが、それ以上動こうとはしなかった。ぎりぎりのくせに、俺の心が落ち着くまで待ってくれているのだ。
いっそ自分勝手に酷くしてくれたらこの行為もイーサンのことも嫌いになれただろうに、優しい彼はそうすることを許さない。どこまでも俺を思いやり俺を尊重して、最後の決定権を俺に委ねる。
恐怖で慄く心をどうにか鼓舞して覚悟を決める。太ももを身体に寄せ、曲げた膝の裏に手を回して脚を支えた。
「来いよ、抱かれてやる」
そう言ったが最後、ズンと腹を下から突き上げる衝撃に襲われた。息が詰まり視界がぶれる。苦しさと全身を揺らす振動に遅れて痛みを認識して、上げた悲鳴は吐き出す息まで全てイーサンの口腔へと阻まれてしまった。
「~~~ッ!」
「くッ……すまないヨハネス、我慢してくれ……ッ」
押し付けられたイーサンの身体と自分の身体の間で何か濡れた感触を感じる。挿れられただけで達したのだとそのときやっと気づいた。
腹の中へと無遠慮に押し込まれたイーサンのそれは太く固く長くて、指で擦られて気持ちよかった場所を狙わずともごりごりと押し潰す。そのせいで自らの意思と関係なく、漏らすように達するのを止められない。
「あ゛あ゛、あ、あッ」
「はあ……ッすごいな、ヨハネスの中、吸い付いて締め付けてくる」
「んああ!?」
「そんなギュウギュウにされたら……ッ」
イーサンが先ほどよりずっと切羽詰まった表情をしているのが視界に入ったが、それはパニックを起こしてそれどころではなかった。わかるのはずちゅずちゅと腹の下から音が鳴り、身体中が熱くて、それなのに指先が冷えていくと感じることだけだ。頭に血が上りすぎているのかもしれない。
指先の感覚が鈍くなるのに体内に感じる快楽はどんどん大きくなっていって、自分が声を上げているのか、どんな表情をしているのかわからなかった。
「ヨハネス、ヨハネス……ッ」
俺の名前を呼びながら必死になって腰を振りたくるイーサンが見える。こいつのせいでこんなにも追い詰められているのに、なぜだかそれが可愛く見えた。
腹の底に熱い飛沫を感じて、イーサンが俺の中で射精したのだと本能的にわかる。それなのに俺を犯す動きは止まらない。
射精しながら腰振るって、どんだけよがってんだよこいつ。
頭の中では冷静なところがあって、そういうところが今のイーサンのことを頻りに可愛いと、愛おしいと言ってくる。それを伝えたくとも、俺の口は壊れたように濁った母音しか発せなかった。
「お゛あ、あ゛、んいイッ」
「い? 嫌か?善いのか? どっちだヨハネス」
「い、あ゛ッいぃ゛……ッ」
「善いだよな? 嫌じゃないよなヨハネス!」
イーサンだこの馬鹿!
名前を呼ぶこともままならなくて、止まってほしいのに制止をかけることもできない。一度は射精したくせに落ち着くこともなく興奮しっぱなしのイーサンはとにかく容赦がなかった。
元より俺と彼の体力差は目に見えている。二度目の飛沫を腹の奥に感じながら、段々と俺の意識は混濁していくのだった。
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