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セルティスとして目覚めて以来の今となっては朧げな過去の記憶からすれば、彼らは歳下の同性たちだ。息子がいた覚えはないが、親戚にこれくらいの年齢の子供がいた気がする。
そんな子供たちを相手に“誑かす”のはどうすればいいものかと行き道に頭を抱えていたが、なんてことはない。セルティスが少し首を傾げて微笑めば彼らは勝手に浮かれる。何もせずとも衆目を集める容姿がここでは大いに役立った。
肩に抱きついたり、手を握ったり、相手が話し始めれば熱心に聞いてみせて多少オーバーなリアクションを取る。そうしている間に、彼らは勝手に互いを牽制し合う。人間的評価を下げる目的としてはすっかり願い通りに進んだ。今やセルティスは純粋な青少年たちを誑かす立派な男たらしである。
でも、まだ足りない。
「失礼、慣れないヒールで疲れてしまって…少し休める場所を知らないか?」
兄をパートナーにして何度か社交界に出入りするうちに知ったことがある。いくら高貴な顔をしていても好色な人間はいるもので、特に、セルティスのような若さと清廉な美を持つ人間に声を掛けられて首を横に振る相手はそう多くないことだ。
セルティスとジェイドは性格こそ似ても似つかないが、見た目はそこそこ似ている。セルティスから少女らしさを取り払いほんの少し精悍にしたのがジェイドだ。
その彼が手当たり次第に女性をかけていたときの雰囲気を参考にした結果は上々らしい。隣にいた男がすぐにセルティスへ手のひらを差し出した。
「2階に休憩室があります。ホールから少し距離があるので空いているはずです」
「いいやセルティア嬢、俺とバルコニーに出ましょう。少し風に当たったほうがいい」
「……休憩室に連れて行ってくれ」
あとに声を掛けてくれたのは兄の友人で、ジェイドの頼みで計画に加担してくれた人だ。世間知らずの小娘を心配する瞳をセルティスに向けている。
バルコニーまで移動する間にローレンスに見つかることを危惧し、先に差し出された手を取る。セルティスの手を握った男は勝ち誇った目で周囲に目配せした。
「では、俺たちはこれで」
「おい待て、未婚の男女が二人きりというのも外聞がよくないだろう。俺たちも一緒に行こう」
「そうだ! 楽しい時間は皆で共有するべきだろ」
食い下がる彼らに圧され、結局数人連れ立って2階に向かう。兄の親切な友人とはその場で別れた。代わりにジェイドを呼んでくると耳打ちされたから、兄には知らせなくていいから時間を置いてローレンスに自分の居場所を知らせるよう頼んだ。ローレンスの足止めもそろそろ限界の頃だろう。
気もそぞろに男たちに着いていく。手を引かれるがまま着いて行き、扉を施錠する音が室内に響いて我に返った。
「どうして鍵を掛けたんだ?」
「静かなほうがいいと思いまして。邪魔されたくないでしょう?」
「気遣いをどうも。だが、扉は少し開けておいてくれ」
セルティスの計画では性別を暴露したあと、阿鼻叫喚の中にローレンスが現れるのだ。セルティスの性別が明らかになればローレンスを見る周囲の目も変わる。そのタイミングでセルティスから婚約破棄を申し出れば、ローレンスとてにべなく断ることは難しいだろうと考えた。
ローレンスはセルティスのことを必ずセルティアと呼ぶ。だから、セルティスがセルティアであることに一番こだわっているのは彼だ。それがこの計画に対する自信を裏付ける根拠だった。
「はあ、ここは暑いな」
男がしぶしぶ扉をほんの少し、中を覗き見ることも叶わないほど開けたのを見届けて、セルティスは演技がかった艶かしい声を出した。喉仏を隠すためにあご下まできっちり着込んだドレスを着崩そうと首の後ろに腕を回す。髪をかき分けうなじを露わにしてファスナーを下ろす様に、どこからともなく生唾を飲み込む音が聞こえた。
部屋には一つのテーブルを囲ってソファが配置されており、セルティスはその中で一番大きな三人掛けのソファに腰掛けた。組んでいた脚を崩して片方の足を座面まで持ち上げる。わざとらしくスカートの裾を太ももまで捲り上げた。
そうして意味深な視線を男たちに寄越す。
「脱ぎたいなら、手伝いましょうか」
挑発に乗ったのは休憩室まで手を引いた男だった。セルティスの返事も待たず後ろ首に止まっていたファスナーを一気に背中まで引きずり落とす。性急な手つきに少し驚いたが、セルティスはそのまま男の手に逆らわなかった。
室内は煌びやかな会場から切り離されたように仄暗かった。それでも周囲が見渡せないほどではない。男たちの目にはセルティスのドレスの下──柔らかさは一切ないものの無駄もない細身の四肢とその白磁の肌、まだ布一枚を隔てた凹凸のかけらもない平らな胸板と、その下にあってならない股ぐらの膨らみ──が晒される。
流れるように押し倒されていたセルティスは阿る視線を自らの上にまたがる男へと向けた。
シュミーズの肩紐がすべり落ちる。セルティスがそれを戻さなかったので、白く平らな胸とその先端にある桃色の小さな突起が露わになった。
「これは貴女から誘ったんだ……お、俺はもっと手順を踏むつもりだったのに……!」
「ッ、痛っ……ッ」
男はセルティスの下半身に興味を示さなかったのか、或いは晒された上半身に関心を持ちすぎたせいで下腹部の下にある膨らみに気づかない様子だった。興奮気味に言い訳めいた言葉を口にしながら、柔らかさのかけらもない胸を揉む代わりに肌を撫で、乳輪をつめりあげる。
いつの間にか随分と近くに顔があり思わず身を引いたが、肘掛けに頭をぶつけただけだった。逃げ場を失ったまま顔にかかる男の熱い吐息。
迫り来る唇から顔を背けながら、セルティスは男の肩越しに「なあ、あれって……」と囁き合う傍観者たちの会話を聞いた。
口付けを嫌がられた男は顔を押し退けようとするセルティスの両手を掴むとそのまま頭上にひとまとめにして押さえつけた。虚弱な男の抵抗を無力化するにはそれだけで十分だ。
「今更怖気付いたか? ここでやめるわけないだろ!」
「ディエゴ、手伝ってやろうか」
「そうそう、楽しい時間は皆で共有するべきだろ?」
「最初からそのつもりだったくせに白々しいんだよ! 手伝うならさっさと手伝え、一番は俺だからな!」
ディエゴと呼ばれた男は苛立たしげに舌打ちをして声を荒げる。彼の言葉に男たちは明からさまな嘲笑の笑みを浮かべた。
「もちろん一番はお前に譲ってやるよ、セルティア嬢はお前の手を取ったもんな」
セルティスは確信した。彼らは気づいている。その上で気づかないディエゴを嘲笑っているのだと。
自ら脱ぐのと人に脱がされるのとでは違う。セルティスが強く反抗すると、腕と脚を押さえつける手が増えた。
膝頭が温かいもので包まれた。ディエゴの手が触れている。
「!?、あ……ッ」
抵抗する暇もなく両膝を割り開かれ、その間にディエゴが身体を押し込んだ。腹まで捲り上がったシュミーズの裾が臍の上で波を打つ。
「──え」
ディエゴは目の前にしてやっとセルティアという女性の身体の違和感に気づいた。
「なんだ、これ……」呟いてズロースの上を撫でる。形を確かめるように、繰り返し何度も。突然与えられた直接的な刺激にセルティスの口から小さな喘ぎ声が漏れた。
「ン……っ、おれ、は……俺の名前は、セルティスで、ルディック家の次男だ」
訥々と、しかし言い切ったセルティスの言葉にしばし沈黙が流れる。それを破ったのは男たちの笑い声だった。
「よかったなディエゴ! こんな美人に好かれて!」
「お前の気持ちわかるぞ、これだけ可愛けりゃ男でもいいと思っちまうよなぁ?」
「おとこ……? セルティア嬢が……男……」
間の抜けた声に男たちは更に盛り上がる。
「信じられないか? なら全部脱がして確かめてみるか」
「今すぐ俺の上から退いてくれ。脱ぐなら自分で……痛ッ……」
「おっと、動くなよ」
ディエゴは何も喋らなかった。剣呑な瞳をセルティスに向け、淡々と彼の肌着を剥ぐ。暴かれる肌の白さにセルティスを押さえつけていた男から生唾を飲む音が聞こえた。
頬を赤くして羞恥に耐える間、じっと見つめられる。下着越しに触れていた性器を今度は剥き身の状態で握られた。腰を引くこともできず、あまりの刺激の強さに逃げるようにセルティスが腰をくねらせると、ディエゴはそれを鼻で笑った。
「セルティア嬢……いや、セルティス。喜ぶといい。俺は貴方相手なら抱けそうだ。俺をその気にさせたのはそちらなのだから、貴方がちゃんと責任を取れ」
迫り来る唇を今度は避けられなかった。
両手で顔を押さえつけられ無理やり開かされた口内へと無遠慮に舌を突っ込まれる。唾液まみれのぬるついた舌が口腔の奥へと引っ込んだセルティスの舌を追いかけ、喉の奥のほうへと侵しに来る。
セルティスの思考を支配する怯えと怒り。腹の底から湧く冷たい感覚が全身に流れる。身体に力が入り筋肉が強張る。四肢を震わせようにも、男たちに押さえつけられた身体は握った拳を震わせるくらいしかできなかった。
「ン、ふう……ッ、んん……!」
セルティスの心情に反して興奮から全身を紅潮させ碧色の瞳を潤ませる様は、男たちの興奮材料にしかならなかった。
その一挙手一投足から目を離さなかった男の一人が焦れて赤く染まった身体に手を伸ばす。
「おい、俺がいいと言うまで手を出すな!」
「固いこと言うなよ、手伝ってやってるんだから。お前だって男は初めてだろ? ああ、女でもだっけ」
「俺たちの後ろに着いてきてやっといい目見られると思えば男に騙されるとはディエゴもついてないよなぁ? 最初に挿れる権利は譲ってやるよ」
「ッ、うるさい! うるさい!!」
二人がかりで腕を押さえつけていた男が一人になり、空いた一人がセルティスの片脚を抱えた。乱暴に持ち上げられ大きく脚を開かされた痛みに顔を歪めると、ディエゴが躊躇うような表情を見せる。
「お、おい、少しは丁寧に扱え」
「なんだディエゴ、お前びびっててんのか?」
「そういう訳では……ただ、次男ならセルティア嬢の兄弟か本当にセルティア嬢が男だということだろう?」
「侯爵家の子息を名乗る偽物の可能性だってある。だいたい本物だったらどうする? 心配しなくても結局みんな泣き寝入りするんだよ。今までだってそうだった……ほら、そこ退け」
男はセルティスの脚の間からディエゴを追いやると代わりにそこに座り、腰を浮かせて露わになった丸い臀部に指を這わせた。冷たいものが肌を伝う。
「冷た……っ、ッ!?」
ぬめりのついた液体を皮膚に塗りつけられた。ひやりとした感覚は最初だけで、体温に馴染みだしたそれで固い肉をほぐすように指圧される。
後孔に指が侵入したのを認め反射的に脚を振りかざすが容易に受け止められた。ふくらはぎに唇が吸い付く。舌の這う感触に肌が粟立った。
「非力すぎる、本当に男なのか? 脱がしても信じられねえな」
「本人の趣味じゃないなら家の趣味だろ? ジェイドのやつを脅すいい口実ができた」
「あいつ、いつもいいタイミングで邪魔してくるんだよな……あいつがいると女の子たちが捕まらない」
姦しく喋りながら指の動きは止まらない。にちにちと動くそれが縁の浅いところに引っ掛かると、セルティスは激しく身体を震わせた。電流が流れたような感覚に一瞬、何が起きたのかわからなくなる。
「ああ、これだ」
「お前慣れてんな、男と経験あんの?」
「ま、嗜みってやつ?」
男たちの声が遠く聞こえる。眩しくもないのにチカチカと視界が瞬く。息をするのも忘れていたのだと気づいたのはディエゴが肩を揺さぶったお陰だった。
「……たす、け……」
「…………っ」
不安と気遣わしげな雰囲気を纏いながら、瞳には欲情の色を帯びている。それでも怒鳴っていたときとは打って変わり、頭に昇っていた血が下がりいくらか冷静になったようにも見えた。
「な、なあ……俺、やっぱり……」
「ディエゴ、お前結局怖気付いたのか」
「じゃあそこで見てろ。邪魔すんなよ? 折角一番は譲ってやろうと思ったのに」
「ほら、セルティスちゃんも口開けてこっち向きな」
「や……ッ」
頬に人肌の何かを擦り付けられる。それが男の剥き出しの性器だと気づくと同時に顎を無理やり開かされ咥えさせられた。
「ゔっ……ゔ、え゛ッ、おえッ……!」
「おいおい、お前が顔の上乗ったら死ぬんじゃないか?」
「腰浮かせてるし大丈夫だろ」
「セルティスちゃんごめんなー、俺ら上と下で一発ずつやったら解放したげるから」
足元の男がセルティスの膝裏を押して脚を持ち上げる。向かいの男が慣れた手つきで足首を掴んで引き寄せた。後孔の縁につるりと丸いものが押し当てられる。
──ああ、もう駄目か。痛いだろうな。
喉奥を押し潰される苦しさと自由の利かない恐怖と今の自分を俯瞰する諦観した思いのまま目を閉じた。
ところが、いくらか経っても衝撃は訪れず、代わりに息苦しさがなくなり突然身体が軽くなった。
自分を押さえつける手が消えたのだと気づくのと同時に今度は視界を奪われ耳を塞がれる。耳に押し当てられる手のひら越しに聞こえたのはきっと、派手に飛んで床に叩きつけられた人体の音だった。
そんな子供たちを相手に“誑かす”のはどうすればいいものかと行き道に頭を抱えていたが、なんてことはない。セルティスが少し首を傾げて微笑めば彼らは勝手に浮かれる。何もせずとも衆目を集める容姿がここでは大いに役立った。
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セルティスとジェイドは性格こそ似ても似つかないが、見た目はそこそこ似ている。セルティスから少女らしさを取り払いほんの少し精悍にしたのがジェイドだ。
その彼が手当たり次第に女性をかけていたときの雰囲気を参考にした結果は上々らしい。隣にいた男がすぐにセルティスへ手のひらを差し出した。
「2階に休憩室があります。ホールから少し距離があるので空いているはずです」
「いいやセルティア嬢、俺とバルコニーに出ましょう。少し風に当たったほうがいい」
「……休憩室に連れて行ってくれ」
あとに声を掛けてくれたのは兄の友人で、ジェイドの頼みで計画に加担してくれた人だ。世間知らずの小娘を心配する瞳をセルティスに向けている。
バルコニーまで移動する間にローレンスに見つかることを危惧し、先に差し出された手を取る。セルティスの手を握った男は勝ち誇った目で周囲に目配せした。
「では、俺たちはこれで」
「おい待て、未婚の男女が二人きりというのも外聞がよくないだろう。俺たちも一緒に行こう」
「そうだ! 楽しい時間は皆で共有するべきだろ」
食い下がる彼らに圧され、結局数人連れ立って2階に向かう。兄の親切な友人とはその場で別れた。代わりにジェイドを呼んでくると耳打ちされたから、兄には知らせなくていいから時間を置いてローレンスに自分の居場所を知らせるよう頼んだ。ローレンスの足止めもそろそろ限界の頃だろう。
気もそぞろに男たちに着いていく。手を引かれるがまま着いて行き、扉を施錠する音が室内に響いて我に返った。
「どうして鍵を掛けたんだ?」
「静かなほうがいいと思いまして。邪魔されたくないでしょう?」
「気遣いをどうも。だが、扉は少し開けておいてくれ」
セルティスの計画では性別を暴露したあと、阿鼻叫喚の中にローレンスが現れるのだ。セルティスの性別が明らかになればローレンスを見る周囲の目も変わる。そのタイミングでセルティスから婚約破棄を申し出れば、ローレンスとてにべなく断ることは難しいだろうと考えた。
ローレンスはセルティスのことを必ずセルティアと呼ぶ。だから、セルティスがセルティアであることに一番こだわっているのは彼だ。それがこの計画に対する自信を裏付ける根拠だった。
「はあ、ここは暑いな」
男がしぶしぶ扉をほんの少し、中を覗き見ることも叶わないほど開けたのを見届けて、セルティスは演技がかった艶かしい声を出した。喉仏を隠すためにあご下まできっちり着込んだドレスを着崩そうと首の後ろに腕を回す。髪をかき分けうなじを露わにしてファスナーを下ろす様に、どこからともなく生唾を飲み込む音が聞こえた。
部屋には一つのテーブルを囲ってソファが配置されており、セルティスはその中で一番大きな三人掛けのソファに腰掛けた。組んでいた脚を崩して片方の足を座面まで持ち上げる。わざとらしくスカートの裾を太ももまで捲り上げた。
そうして意味深な視線を男たちに寄越す。
「脱ぎたいなら、手伝いましょうか」
挑発に乗ったのは休憩室まで手を引いた男だった。セルティスの返事も待たず後ろ首に止まっていたファスナーを一気に背中まで引きずり落とす。性急な手つきに少し驚いたが、セルティスはそのまま男の手に逆らわなかった。
室内は煌びやかな会場から切り離されたように仄暗かった。それでも周囲が見渡せないほどではない。男たちの目にはセルティスのドレスの下──柔らかさは一切ないものの無駄もない細身の四肢とその白磁の肌、まだ布一枚を隔てた凹凸のかけらもない平らな胸板と、その下にあってならない股ぐらの膨らみ──が晒される。
流れるように押し倒されていたセルティスは阿る視線を自らの上にまたがる男へと向けた。
シュミーズの肩紐がすべり落ちる。セルティスがそれを戻さなかったので、白く平らな胸とその先端にある桃色の小さな突起が露わになった。
「これは貴女から誘ったんだ……お、俺はもっと手順を踏むつもりだったのに……!」
「ッ、痛っ……ッ」
男はセルティスの下半身に興味を示さなかったのか、或いは晒された上半身に関心を持ちすぎたせいで下腹部の下にある膨らみに気づかない様子だった。興奮気味に言い訳めいた言葉を口にしながら、柔らかさのかけらもない胸を揉む代わりに肌を撫で、乳輪をつめりあげる。
いつの間にか随分と近くに顔があり思わず身を引いたが、肘掛けに頭をぶつけただけだった。逃げ場を失ったまま顔にかかる男の熱い吐息。
迫り来る唇から顔を背けながら、セルティスは男の肩越しに「なあ、あれって……」と囁き合う傍観者たちの会話を聞いた。
口付けを嫌がられた男は顔を押し退けようとするセルティスの両手を掴むとそのまま頭上にひとまとめにして押さえつけた。虚弱な男の抵抗を無力化するにはそれだけで十分だ。
「今更怖気付いたか? ここでやめるわけないだろ!」
「ディエゴ、手伝ってやろうか」
「そうそう、楽しい時間は皆で共有するべきだろ?」
「最初からそのつもりだったくせに白々しいんだよ! 手伝うならさっさと手伝え、一番は俺だからな!」
ディエゴと呼ばれた男は苛立たしげに舌打ちをして声を荒げる。彼の言葉に男たちは明からさまな嘲笑の笑みを浮かべた。
「もちろん一番はお前に譲ってやるよ、セルティア嬢はお前の手を取ったもんな」
セルティスは確信した。彼らは気づいている。その上で気づかないディエゴを嘲笑っているのだと。
自ら脱ぐのと人に脱がされるのとでは違う。セルティスが強く反抗すると、腕と脚を押さえつける手が増えた。
膝頭が温かいもので包まれた。ディエゴの手が触れている。
「!?、あ……ッ」
抵抗する暇もなく両膝を割り開かれ、その間にディエゴが身体を押し込んだ。腹まで捲り上がったシュミーズの裾が臍の上で波を打つ。
「──え」
ディエゴは目の前にしてやっとセルティアという女性の身体の違和感に気づいた。
「なんだ、これ……」呟いてズロースの上を撫でる。形を確かめるように、繰り返し何度も。突然与えられた直接的な刺激にセルティスの口から小さな喘ぎ声が漏れた。
「ン……っ、おれ、は……俺の名前は、セルティスで、ルディック家の次男だ」
訥々と、しかし言い切ったセルティスの言葉にしばし沈黙が流れる。それを破ったのは男たちの笑い声だった。
「よかったなディエゴ! こんな美人に好かれて!」
「お前の気持ちわかるぞ、これだけ可愛けりゃ男でもいいと思っちまうよなぁ?」
「おとこ……? セルティア嬢が……男……」
間の抜けた声に男たちは更に盛り上がる。
「信じられないか? なら全部脱がして確かめてみるか」
「今すぐ俺の上から退いてくれ。脱ぐなら自分で……痛ッ……」
「おっと、動くなよ」
ディエゴは何も喋らなかった。剣呑な瞳をセルティスに向け、淡々と彼の肌着を剥ぐ。暴かれる肌の白さにセルティスを押さえつけていた男から生唾を飲む音が聞こえた。
頬を赤くして羞恥に耐える間、じっと見つめられる。下着越しに触れていた性器を今度は剥き身の状態で握られた。腰を引くこともできず、あまりの刺激の強さに逃げるようにセルティスが腰をくねらせると、ディエゴはそれを鼻で笑った。
「セルティア嬢……いや、セルティス。喜ぶといい。俺は貴方相手なら抱けそうだ。俺をその気にさせたのはそちらなのだから、貴方がちゃんと責任を取れ」
迫り来る唇を今度は避けられなかった。
両手で顔を押さえつけられ無理やり開かされた口内へと無遠慮に舌を突っ込まれる。唾液まみれのぬるついた舌が口腔の奥へと引っ込んだセルティスの舌を追いかけ、喉の奥のほうへと侵しに来る。
セルティスの思考を支配する怯えと怒り。腹の底から湧く冷たい感覚が全身に流れる。身体に力が入り筋肉が強張る。四肢を震わせようにも、男たちに押さえつけられた身体は握った拳を震わせるくらいしかできなかった。
「ン、ふう……ッ、んん……!」
セルティスの心情に反して興奮から全身を紅潮させ碧色の瞳を潤ませる様は、男たちの興奮材料にしかならなかった。
その一挙手一投足から目を離さなかった男の一人が焦れて赤く染まった身体に手を伸ばす。
「おい、俺がいいと言うまで手を出すな!」
「固いこと言うなよ、手伝ってやってるんだから。お前だって男は初めてだろ? ああ、女でもだっけ」
「俺たちの後ろに着いてきてやっといい目見られると思えば男に騙されるとはディエゴもついてないよなぁ? 最初に挿れる権利は譲ってやるよ」
「ッ、うるさい! うるさい!!」
二人がかりで腕を押さえつけていた男が一人になり、空いた一人がセルティスの片脚を抱えた。乱暴に持ち上げられ大きく脚を開かされた痛みに顔を歪めると、ディエゴが躊躇うような表情を見せる。
「お、おい、少しは丁寧に扱え」
「なんだディエゴ、お前びびっててんのか?」
「そういう訳では……ただ、次男ならセルティア嬢の兄弟か本当にセルティア嬢が男だということだろう?」
「侯爵家の子息を名乗る偽物の可能性だってある。だいたい本物だったらどうする? 心配しなくても結局みんな泣き寝入りするんだよ。今までだってそうだった……ほら、そこ退け」
男はセルティスの脚の間からディエゴを追いやると代わりにそこに座り、腰を浮かせて露わになった丸い臀部に指を這わせた。冷たいものが肌を伝う。
「冷た……っ、ッ!?」
ぬめりのついた液体を皮膚に塗りつけられた。ひやりとした感覚は最初だけで、体温に馴染みだしたそれで固い肉をほぐすように指圧される。
後孔に指が侵入したのを認め反射的に脚を振りかざすが容易に受け止められた。ふくらはぎに唇が吸い付く。舌の這う感触に肌が粟立った。
「非力すぎる、本当に男なのか? 脱がしても信じられねえな」
「本人の趣味じゃないなら家の趣味だろ? ジェイドのやつを脅すいい口実ができた」
「あいつ、いつもいいタイミングで邪魔してくるんだよな……あいつがいると女の子たちが捕まらない」
姦しく喋りながら指の動きは止まらない。にちにちと動くそれが縁の浅いところに引っ掛かると、セルティスは激しく身体を震わせた。電流が流れたような感覚に一瞬、何が起きたのかわからなくなる。
「ああ、これだ」
「お前慣れてんな、男と経験あんの?」
「ま、嗜みってやつ?」
男たちの声が遠く聞こえる。眩しくもないのにチカチカと視界が瞬く。息をするのも忘れていたのだと気づいたのはディエゴが肩を揺さぶったお陰だった。
「……たす、け……」
「…………っ」
不安と気遣わしげな雰囲気を纏いながら、瞳には欲情の色を帯びている。それでも怒鳴っていたときとは打って変わり、頭に昇っていた血が下がりいくらか冷静になったようにも見えた。
「な、なあ……俺、やっぱり……」
「ディエゴ、お前結局怖気付いたのか」
「じゃあそこで見てろ。邪魔すんなよ? 折角一番は譲ってやろうと思ったのに」
「ほら、セルティスちゃんも口開けてこっち向きな」
「や……ッ」
頬に人肌の何かを擦り付けられる。それが男の剥き出しの性器だと気づくと同時に顎を無理やり開かされ咥えさせられた。
「ゔっ……ゔ、え゛ッ、おえッ……!」
「おいおい、お前が顔の上乗ったら死ぬんじゃないか?」
「腰浮かせてるし大丈夫だろ」
「セルティスちゃんごめんなー、俺ら上と下で一発ずつやったら解放したげるから」
足元の男がセルティスの膝裏を押して脚を持ち上げる。向かいの男が慣れた手つきで足首を掴んで引き寄せた。後孔の縁につるりと丸いものが押し当てられる。
──ああ、もう駄目か。痛いだろうな。
喉奥を押し潰される苦しさと自由の利かない恐怖と今の自分を俯瞰する諦観した思いのまま目を閉じた。
ところが、いくらか経っても衝撃は訪れず、代わりに息苦しさがなくなり突然身体が軽くなった。
自分を押さえつける手が消えたのだと気づくのと同時に今度は視界を奪われ耳を塞がれる。耳に押し当てられる手のひら越しに聞こえたのはきっと、派手に飛んで床に叩きつけられた人体の音だった。
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