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第八章

第百八話 拓かれた道

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 ルールラインを拘束している糸は細く鋭い。幾重にも巻き付いた糸からは薄っすらと血が滲んでいた。


「暴れるともっと食い込むわよ?」

「この程度! 体が動かなくとも!」


 身を捩り、糸の拘束から逃れようとしていたルールラインの体が青い光に包まれていく。しかし、その瞬間にフルールがナイフを投げつけ、妨害をする。


「くっ!」


 ルールラインは体を逸らすことでナイフを躱す。ただ、拘束された状態では踏ん張ることはできなかったようだ。その体は地面へと投げだされていた。
 しかし、そんな状態でもルールラインは青い光に包まれたままであり、魔法を諦めたようすは見られない。

 青い光が強く輝き、その光が人差し指へと集中していく。

 ルールラインの表情が笑みへと変わる。

 手首をほんの少し捻り指を曲げれば、その弾けんばかりに輝く指先はフルールのほうへと向けられるだろう。

 だが、それを見てもフルールは慌てない。それどころか動く気配すら見せることはなかった。

 ルールラインの顔が笑みから驚愕の表情へと変わる。


「ゆ、指が……動かない……? 一体……なぜ……?」

「糸には体を麻痺させる毒が塗ってあったのよ。糸が食い込んだ部分やその周辺はしばらくは動かせないわ。しかも既存の毒じゃなくて、私が調合したものだから、いくら水属性の使い手とはいえそう簡単には解毒できないはずよ」

「言っただろ? もう終わってんだ。あんたは負けたんだよ」


 フルールに注意が向かっている間にロイドは距離を詰めていた。ロイドはしゃがみ込み、ルールラインの首にそっとナイフを当てると、これ以上の抵抗をやめさせる。


「……私が、負けた……?」


 呆然としたルールラインの指からは青い光は消えていた。それを横目にロイドはそっとため息をつく。上手くいったとはいえ、今回の作戦はギリギリだったのだ。

 ロイドたち対ルールライン。数のうえでは四対一である。ただし、何も考えずに戦えばルールラインの大規模魔法で押し切られ、全滅は必至だった。

 そこで考えたのがロイドによる単独での接近戦で大規模魔法を撃たせる隙を与えないこと。そして、ルイの魔法の力を見せることだ。

 ルイの魔法、それはルールラインに匹敵するものである。事実、初撃の巨大な波を見事に相殺していた。もっとも、作戦通りであったなら相殺ではなく、攻撃として魔法を見せるつもりでいたのだが、結果としては良かったのだろう。自身の魔法を相殺されたことで、ルールラインとしても警戒しなければならなかったはずだ。

 接近戦では危うい場面もあったが、ロイドはなんとか風の障壁を作り出し、自身とルールライン二人だけの空間を作ることに成功した。
 風の障壁はルイの霧を隠すため、フルールの足音を消すためのものである。そして霧はヴァンハルトの魔法発動を隠し、フルールの姿とその移動を隠し続けるためのものであった。


「……ほんの少し前まで敵同士、たいした連携はできないと思っていたのですがね。見事です。……それで、何故私を生かしているのですか?」

「ヴァンハルトっていうか魔族側が聞きたいことがあるそうだ。その件に関しちゃ俺も知らねぇ。聞くなとも言われてるしな」

「魔族側……なるほど。しかし、残念ながら望む答えは持っていません」

「あー、そこらへんはヴァンハルトに言ってくれ。すぐにでもこっちに……って、こりゃギリギリだったな。まぁ、役目は果たせたんだ。充分だろ」


 ロイドの視線の先、そこにはこちらへ歩いてくるヴァンハルトとルイ、そしてまだ遠いがツカサと魔王の姿が見えていた。

 少ししてツカサたちが近づいてくると全員が気づいたようだった。向こうはこちらに気づいていたのだろう。決着がついたのにも気づいたらしく、走るペースが少し上がっていた。

 ツカサと視線が合う。ロイドは軽く頷き、手を上げた。ツカサのほうもそれに返すように手を上げ、お互いの手を叩き合わせると走り去っていく。

 周りを見ればフルールも同じようなことをしており、ルイは杖を大きく振っていた。隣にいるヴァンハルトは深く礼をしている。言葉こそないが、それぞれがツカサと魔王を送り出していているようだった。


「……あとは任せたぞ」


 小さく呟いた言葉は届かないだろう。しかし、先ほど視線が合ったときに分かった。ツカサは覚悟を決めていると。ならばもう、言葉が届く必要はない。あとは信じるだけだった。



◆◆◆◆◆◆◆



「あの爆発と炎の竜巻にはびっくりしましたけど、みんな無事みたいでよかったです」

「ああ、それにルイがいる。多少の怪我なら問題ない。それよりも先を急ぐぞ」

「はい!」


――魔王さんの表情は少し緩んでいる。たぶん、みんなが無事で安心したんだろうな。この人は魔王という肩書が似合わない優しい人だ。だから少し、心が痛い。


 カルミナのところまであと少し。場所としては森ではなく廃墟になるだろうと聞いている。魔王さんが先代の魔王と戦った場所が近いらしく、特殊属性の反応からもおそらくそこにいるとのことだった。

 戦いは俺がメインとなる。破壊属性でカルミナを倒さなければいけないというのもあるが、魔王さんは魔力があまり残っていないためだ。

 道中に聞いた話だと、残っている魔力は三割ほどらしい。カルミナを倒したあとのことを考えると、使えるのは一割程度だとも聞いている。もっとも、その一割でも俺の最大魔力量より多いらしいが。
 ちなみに魔力活性薬で魔力を回復し続けての三割であり、常日頃飲み続けていないと枯渇してしまうとも言っていた。世界の崩壊を止め続けるのにはそれだけ魔力が必要だということだろう。

 そんな魔王さんだが、戦闘をしないというわけではない。主に援護に回るというだけである。いろいろと話を聞いていたが、時間の特殊属性はかなり便利そうだった。特に俺の破壊とは違って味方への援護ができるのがいい。思い付きで無茶なお願いをしてしまったが、それが可能だったおかげでカルミナ相手でもだいぶ戦えるようになるはずだ。










 しばらく走り続けていると、カルミナの力を強く感じるようになった。それだけ近くに来ているということだと思う。実際、辺りは森というには木々が少なくなり、人工物らしき瓦礫がちらほら見えるようになっていた。


「もうすぐだ。瓦礫は残っているだろうが隠れる場所はないと思え」

「はい。それにしても、結構瓦礫が多いですね。先代の魔王と戦った場所って言ってましたけど、魔王城とかだったんですか?」

「いや違う。だが城ではあった。ここは国だったからな」


 魔王さんの話によると、今から行く場所にあった国は先代の魔王の脅威によって逃げることを余儀なくされ、放棄された国だという。ただ、狙われた国は防衛拠点として活用され、結果的にそこが決戦の地になったとのことだった。

 滅びた国についての話が聞き終わったころ、視界が開ける。木々がなくなり、代わりに目に入ったのは建物の残骸だ。思った以上にボロボロであり、国だったと言われてなければ、一目では残骸も建物とはわからなかったかもしれない。

 瓦礫はかなり先まで続いている。ただ、瓦礫は大きくても腰を少し超えるぐらいであり、魔王さんの言うとおり隠れるには難しい大きさだ。

 魔王さんが速度を落とし、歩きはじめる。俺もそれに習い、隣を歩く。

 俺たちの視線は同じ方向を見ているはずだ。国の中央だと思われる場所では、次々に色変えていく光が輝いていた。


「光が強くなったか? 向こうも気づいているようだな」

「あそこにカルミナが……光は見えてますけど、まだ結構距離がありそうです。急ぎましょう」

「ああ。……最後に聞いておく。いいんだな?」

「はい、覚悟はできてます」


 俺の言葉を受け、魔王さんは一度目瞑る。ほんの数秒で目を開けると、俺の肩に紫紺の光に包まれた手を置いた。

 最後の戦いになるだろう。そして、すべてを懸けた戦いとなる。一抹の不安を抱えながら、俺たちは中央に向かって走り出したのであった。
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