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第四章

第五十五話 対ザバントス

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 魔法を撃つ寸前、背後から叫び声が聞こえてきた。

 驚きながらも魔法を放つ。しかし、叫び声が響き渡るほうが早い。

 叫び声はグラーベンだろう。見えてはいないが、背後では何かが土に潜る音が聞こえている。気づかなかったのは警戒を怠ったせいだ。今までカルミナに任せっきりにしていたツケが回ってきてしまった。

 起点へと飛ぶ魔法の先を見ると、ザバントスと目が合う。

 ザバントスはすぐに視線を切ると前へと跳んだ。跳んだ先は俺ではない。魔法のほうだ。起点を狙っているのがバレたらしい。

 破壊の魔法は起点に届く前にザバントスに蹴り上げられ、弾かれていく。ただ、代わりに脛当てを砕き、足にも接触したように見えた。


「誰だ!」


 ザバントスが声を上げた。視線はこちらを向いている。


 ……隠れても無駄だろうな。仕方ない。


 ゆっくりと魔法陣が描かれている部屋に入る。

 武器はない。起点を壊すため魔力の余裕もなく、戦闘では魔法は使えないだろう。魔族相手に徒手空拳で挑むことになりそうだ。唯一の頼りが、あれだけ疑ったカルミナの魔法になってしまうとは、何とも言えない気分である。

 カルミナの魔法、身体強化の魔法は継続中だ。今も体は薄い光の膜で覆われ、感覚は鋭く、体も軽い。握る拳にもいつもより力が入っている。独自魔法ほどではないが、この状態なら素手でも何とか戦うことは出来そうだった。


 さて、どうするか……魔族を倒すことが目的じゃないけど、破壊の魔法を使うには少し溜めがいる。戦いながら起点を壊すのは難しいだろうな。そうなるとやっぱり倒すしかないんだけど……


 視線は変えず、意識を奥の魔族へとずらす。
 ここまで追って来た魔族だ。先ほどの魔法、ザバントスは反応したが、あの魔族は動いていなかった。今も驚いたようすを隠していない。


 強そうに見えないな。魔族はみんな強いって思ってたけど、そういうわけでもなさそうだ。


 魔族はザバントスに指示され、奥のほうへと下がっていく。やはり戦闘が得意な魔族ではないようである。


「何者だ? 先の魔法から、狙いは魔法陣だということはわかる。その威力も申し分ない。当たっていれば壊れていたかもしれん。それに騒ぎが起きていないということは、迷宮と化したこの洞窟で見つからずにここまで来たのだろう。……只者ではないはずだ」


 ……答える必要はないだろう。今のうちに考えをまとめないと……魔族相手に一対一でまともやっても勝てるとは思えない。やるなら奇襲だろうか? 狙うなら破壊の魔法を蹴った右足。まだ脆くなってることには気づいていないはず。そこに衝撃を加えられれば、少しは動揺してくれると思う。


 無言で構える。
 体術は剣に比べれば練度は低い。だが訓練はしている。不意を突いて一撃当てるぐらいはできるはずだ。


「……答えないか。見たところ武器はなし。身体強化の魔法を使用しての格闘が主体と見受ける。しかし、オーラ型の魔法をそこまで圧縮する技術があることから魔法の腕も良いようだ。先ほどの魔法といい遠距離でも警戒は必要だろうな。……ふむ、これは気が抜けない」


 ザバントスは右腕を前に出し、拳を握っている。同時に左足を下げ、半身の状態だ。
 武器になりそうな装備は手甲と脛当てぐらいであり、構えだけでも格闘戦を得意としているがわかる。


「名も知らぬ青年よ。私の名はザバントス、魔王様よりこの地を任されたものだ。ゆえに、魔法陣は壊させぬ。害そうとするならば、全力でお相手いたそう」


 すり足で距離を詰めていく。ザバントスは構えたままで動かない。

 強化された速度は見せないまま、間合い一歩外まで近づき、停止した。

 互いに動かず、睨み合いとなる。

 静寂に包まれた時間が続く。

 張り詰めた空気の中、天井から石が落ちてくるのが目に入った。先ほどの破壊の魔法のせいで崩れたのだろう。その位置はちょうど俺とザバントスの中間のようだった。

 落下する石で視界の一部が遮られていく。

 その瞬間に一歩踏み出す。

 一気に最高速となり、正面から顔面、人中を狙う。だが、これは囮だ。本命は右足であり、拳を出すと同時に足を払いにかける。

 囮として出した拳は、予想外なことにそのままザバントスを捉えた。しかし、あたった場所は額であり、腕も伸びきっていない。ザバントスが体勢を低くし、突進してきたせいだ。

 片足は足払いのために上げてしまっている。そんな状態で拳を中途半端に止められたせいで体勢が崩れていってしまう。

 残った片足でなんとか後ろに下がろうとした瞬間、腹に衝撃が奔った。

 足が地面から離れ、体が上昇する。そして痛みにうめく間もなく、目の前にはザバントスの足が迫っていた。

 両手を盾にし、蹴りを防ぐ。宙に浮いている体は踏ん張りがきかず、回転しながら飛んでいく。

 上下もわからなくなったころ、壁に激突してようやく回転が止まる。

 頭はふらついていた。それでもすぐに動き出す。嫌な予感がしていたからだ。

 何も見ずに横へ跳ぶ。直後、爆発したかのような轟音が耳に入る。遅れて視線をやれば、ザバントスの蹴りで壁が粉砕されていた。

 跳ねるように跳び上がり、大きく距離をとる。
 攻撃を受けた腹と腕を確認するが、不思議と痛くない。壁に激突した衝撃もあまり残っていなかった。


 ダメージが少ない? カルミナの魔法のおかげか? なんにせよありがたい。それにしても、突っ込んできて額で止めるなんて予想外だったな。でも、蹴りをしてくれて助かった。これで動きは制限されるだろう。


 壁を砕いたザバントスはというと、右足を押さえてしゃがみ込んでいた。

 破壊の力は生物を砕き、壊すことはできない。ただし、防御力を落として脆くする作用があった。魔族に試すのは初めてだったが、ザバントスにもしっかりと効いてくれたようである。


 本当は俺の攻撃で右足を砕く予定だったけど、あれでも充分だ。ここで攻め切る。


 一気に距離を詰め、側頭部を狙い蹴りを放つ。

 ザバントスには転がって避けられてしまう。

 追撃でさらに蹴りを放とうとしたするが、地面がせり上がり壁ができる。阻まれてしまい、再び距離が離れた。

 ザバントスは足を気にしているようだが、立ち上がってはいる。どうやら折れてはいなかったようだ。

 壁を迂回し、回復されないように攻め立てる。

 しかし、連続で繰り出す拳は弾かれ、蹴りは防御されてしまう。ただ、躱されることはなく、カウンタ―も来ない。ダメージのおかげで、ザバントスは精彩を欠いているのだろう。

 至近距離で戦闘を続けるうちにザバントスの癖を発見する。ザバントスは拳も蹴りも何故か右腕一本で防御しているのだ。
 明らかに効率の悪い動き方に何か狙いがあるかと思ったものの、特に動きは見られなかった。ときおり浮かべる苦々しい表情から察するに、本来の戦い方ではないのかもしれない。

 蹴りでザバントスの右足を狙う。ザバントスは負傷した足を庇うため、屈むようにして右腕を地面に突き立て防御する。

 眼下にはザバントスの頭が見えていた。絶好の機会であり、拳を振り下ろすが、硬い土壁に阻まれてしまう。


 ……まただ。あの地面からせり上がってくる壁。あれの発動が異様に早い。攻撃にはほとんど魔法を使ってこないけど、何とかしないと肝心なところで決まらないままだ。


 攻めるなら変わらず右足だろう。ただ、左腕も庇っているような気がする。確証はないが怪我をしているのかもしれない。

 土の壁が消えると距離をとったザバントスが見えてくる。構えは最初と同じだ。諦めたようすもなく、援軍を呼ぶ気もないようである。


「……強くはある。しかし、素手での戦いはあまり経験していないようだ。そしてその強化魔法、自分で制御していないと見受けられる。魔道具にしては性能が高すぎるのが気になるところだが……青年が自ら魔法を使用していないという情報だけでも充分だ」


 何故バレた? 格闘戦の経験が浅いのは仕方ない。戦ってればバレるとは思う。でも、魔法に関しては理由がわからない。


「不思議そうな顔をしているな。青年、その表情が答えだ。最初の攻防のあと、私の攻撃を受けた個所を今と同じ顔で見ていたぞ? 自ら使った魔法なら、攻撃があたる瞬間に光の膜が厚くなったことを知っているはずだ」


 ……それは気づかなかったな。事前に細かいことまで聞けなかったから仕方ないといえばそうだけど。でも、それがわかったからってどうなるんだ? 状況は変わらないはず。時間稼ぎが目的だろうか?


「つまり、青年が魔法を使ったのは最初だけであり、魔力を温存している。それは魔法陣に干渉できるのがあの奇妙な魔法だけで、魔力の消費も大きいせいなのだろう? 戦闘中の微かな時間で魔法陣を狙わなかったことから、一息で発動できないのもわかる。私の考えが正しければ、青年は戦闘中に魔法を使えないはずだ」


 よく喋る。けど、正解だ。見た目からしてあまり考えないタイプかと思ったけど、よく観察して考えている。防戦一方だったのも観察のためだったのかもしれない。


 ザバントスは負傷していない左足を上げると、地面に叩きつけた。
 地面から土がせり上がってくる。ただし、壁のようにではなく、何本もの糸のようにだ。

 土の糸はザバントスの体に巻き付いていく。やがて全身を覆うと、土の固まりを着たザバントスが現れる。
 鎧とはいえない不格好さだ。人だと判断できるのは薄い土で覆われている手ぐらいであり、目や口すらも格子状の土で守られている。

 土の外装を纏ったザバントスは軽く跳び、両の拳を胸の前で打ち付けた。
 どうやら、土の外装がギブスの役目も果たしているようだ。右足を、もしかしたら怪我をしていた左腕も気にしたようすは見られなかった。


 ……跳べるってことは意外と軽いのか? 土を纏ってるのにどうなってるんだ? それに拳同士がぶつかったときの音、土っていうより金属みたいな音がしてた。……これはちょっとまずいかもな。


 今までが手加減、というよりは様子見をしていたのだろう。魔法陣を守るために警戒してたといったほうが正しいかもしれない。それが無くなった。俺が魔法陣を壊す魔法を使えないと判断し、全力を出してきたようだ。

 拳はもちろん、蹴りをまともに当てても効く気がしなかった。切れる手札は残っていない。あるとするなら自滅覚悟で独自魔法を使うぐらいである。
 攻める方法が思いつかず、俺は構えをとるものの動けない。ザバントスも動かず、はじめと同じように、しかし確実に違う状態でにらみ合いになるのであった。
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