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第四章

第四十一話 逃走

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 門を抜けた先には、赤の教団幹部オルデュールが待ち構えていた。

 オルデュール以外の兵士は慌ただしく隊列を組んでいる最中であり、そのようすから着いたばかりだということがわかる。もう少し早ければ、そう思わずにはいられなかった。


 ……俺がもっと早く門を開けていれば。いや、そもそも宿屋から追手が来なかった時点で怪しむべきだった。
 どうする? 急いで突破しないとまずい。後ろから追いつかれたら逃げるのも難しくなる。


「……ツカサ君、右を突破するわ。右は森が広がってるだけだし、そっちならさすがに伏兵も準備できてないはずよ。あいつへの牽制は私がするから、ツカサくんは道を開いて頂戴」


 フルールさんは俺にだけ聞こえるように呟いた。言葉は返さず、小さく頷くことで答える。

 今いる場所は南門。ここを道なりに進めばセルレンシアに辿り着くことができる。それに対して右に進んだ場合、ブルームト王国の西側に行くだけで、どこにもつながっていない場所のはずだ。

 手綱を片手で握り、もう片方の手に魔力を集めていく。

 この場ではオルデュールが指揮官になるのだと思うが、興奮しており、何を言っているのかわからない状態だ。そのせいなのか周りも動く気配はなく、不気味に佇むばかりである。

 そのようすをしり目に、集め終わった魔力を解き放つ。


「ファイアボール・バースト!」

「ダークボール・アンプリファイ!」


 炎の球を右側の赤の教団へと放つ。同時にフルールさんの魔法はオルデュールへと向かっていくのが見えた。

 手綱を引き、シュセットに右へ行くことを伝える。その進行方向は爆炎が広がっているが、シュセットは躊躇もせずに走り出してくれた。

 一方、馬車の後ろはフルールさんの魔法で闇が広がっている。
 目くらましである後方の闇。そして前方の炎と煙。それらは周囲の場所ごと俺たちを隠す。今のうちに突破してしまえば森に紛れることができるだろう。

 シュセットが煙が広がる中を駆け、そして抜ける。すると、ほぼ同時に何かが煙を突き抜けてきた。その速度は凄まじく、瞬く間に近寄ってくる。視界の隅で捉えたそれは、赤い服を着た男だった。


 オルデュール!?


 姿を現したのはオルデュールだった。そのことに内心驚きながらも、より速く走るようにシュセットに指示を出す。

 オルデュールは痩せた体からは想像もできないほどの速度で走り、近づいてくる。そして、オルデュールが近づいてくると同時に、小さな破裂音が聞こえてくることに気づく。

 破裂音は連続で鳴り続けている。その音はオルデュールが地に足をつけるタイミングで鳴り、聞こえるたびに地面の土が盛大に巻き上がっているようだった。


 こいつ、足の裏で魔法を使ってる? それも魔法名も言わずに動きながら連続で?


 足の裏で魔法を使い、爆発を推進力にして進む。そのこと自体は俺にも出来る。ただし、集中がいるうえに魔法名も発しなければならない。走りながら連続で発動させるなど、夢を見てるのかと疑いたくなる。そんな高等技術を軽々とやっているのが、よりのもよってあのオルデュールだ。悪い夢だとしか思えなかった。


「はははははは! 逃がさん! 絶対に逃がさんぞ!」


 オルデュールの手には短い棒が握られていた。そして、その棒を馬車へと向けてくる。


「正義の鉄槌を下す! ロシピリエ!」


 オルデュールが握る短い棒が輝き、突如棒の先端から石柱が出現した。
 現れた石柱は人の腕ほどの大きさがあり、勢いよく馬車へと向かってくる。


 あれは魔杖!? 狙いは……まずい!!


 馬車の方向を変えようとするが間に合わず、石柱は馬車のそれも車輪へと衝突する。


「ツカサ君! 馬車を切り離して! アリシアちゃんは任せて頂戴!」


 フルールさんが声を上げながら、馬車の中へ入っていく。

 車輪が壊れ、馬車が傾きはじめる。
 シュセットが強引に引っ張ってくれているが、長くはもちそうにない。

 俺はシュセットに飛び乗り、指示どおり馬車を切り離す。同時にフルールさんから声がかかり、俺に向かってアリシアが放り投げられた。

 慌てて後ろを向き、アリシアを掴んで引き寄せる。その間にフルールさんは馬車からシュセットめがけて跳び出していた。


 ダメだ! 距離が足りない!


 このままではフルールさんはシュセットに乗れない。
 速度を落とそうにもオルデュールは見える位置にいる。


 ……逃げ切れないな。賭けになるけど、アリシアはシュセットに任せて、二人で戦うしかない。


「鞘を掲げて!」


 フルールさんの声に反射的に腰の剣を鞘ごと掲げる。すると、鞘に細い糸のようなものが巻き付きついていく。

 その糸に見覚えがあった。フルールさんが使う中距離用の暗器の一つである。


 これを引っ張れば!


 走るシュセットの上であり、片手にはアリシアを抱えている状態だ。無茶な状況に体勢は危うい。それでも、無理やり鞘を持つ腕を振り上げる。

 ピンと張られた糸からは重い手ごたえがあった。腕は悲鳴を上げ、筋肉が切れていくのを感じる。

 さらに強引に剣を振りかぶり、一気に引っ張っていく。糸は勢いよく引かれ、フルールさんがぐんと近づいて来た。

 糸がたわみ、俺はとっさに鞘を前に突き出す。フルールさんに掴んでもらうためだ。

 フルールさんの手が俺の持つ鞘に届く。そう思った瞬間、突如フルールさんは大きく体勢を崩してしまう。

 見えたのは石柱だった。

 いつの間にかオルデュールが放っていたようだ。それも先ほどとは違い、細く短い代わりに数が多い。

 フルールさんの真後ろ、死角から攻撃してきていたようで俺のほうにも飛んできている。

 鞘を振り、アリシアやシュセットに当たりそうな石柱を叩き落していく。威力は大したことはない。しかし、その過程で糸が切れてしまう。
 そして、フルールさんのほうは勢いをなくし、シュセットに届かずに落ちていくのが見えてしまった。


 ……やっぱり、止まって戦うしかないみたいだ。


 すべての石柱を落としてから手綱を握り、シュセットを止める。
 フルールさんとの距離は開いてしまった。そこにオルデュールが距離を詰めてくる。

 フルールさんは起き上がったばかりだ。まだ構えてもいない。そのようすに俺は慌ててシュセットから降りようとする。


「ツカサ君! 行きなさい! こいつは私が足止めするわ!」


 降りるより先にフルールさんから声がかかった。その突然の言葉に、俺はオルデュールが迫っているのも忘れ、疑問の声を上げてしまう。


「フルールさん!? 何を言ってるんですか! 二人でやっつけましょう!」

「ダメよ。他のやつらが追ってきてる。ここにいたら、すぐに追いつかれるわ」


 フルールさんの視線の先を追う。まだ遠いが、たしかに複数の光が確認できた。追手が来たのは間違いないだろう。


 ……でも、フルールさんを置いていくなんてできない。


「はははははは! 逃がさん! そういったでしょう?」

「くっ! ツカサ君! 行って!」


 オルデュールがフルールさんに追いつき、走る勢いのまま蹴りを放った。
 蹴りには魔法が込められていたようで、風船が破裂したような音を鳴らし、フルールさんの防御を崩す。

 オルデュールは連続で蹴りを放つ。すべてに魔法を込めているようで破裂音が絶え間なく鳴り響く。

 フルールさんは回避を優先しているが、防御もしてしまっている。防御では魔法の衝撃は防ぎきれていないだろう。

 オルデュールのほうは余裕があるようで、ときおり石柱をこちらに飛ばしてくる。狙いはシュセットだ。そのせいで動くに動けない。

 そうこうしているうちに光が近づいてくる。


 もう時間がない。でも、置いていきたくない……


 フルールさんと視線が合う。戦いの中でこちらを見る余裕なんてないはずなのに。

 嫌な予感がした。

 フルールさんはオルデュールの蹴りをまともに受ける。それはわざとの受けたようにも見えた。
 派手に飛んだ割にダメージがなさそうだったため、実際にわざと受けたのだと思う。

 距離をとったフルールさんは懐から何かを取り出すと、こちらへと投げてくる。

 暗闇の中では投げられたものは見えなかった。それの正体がわかったのはシュセットの尻に刺さってからだ。

 その正体は針だった。
 細く短い針で、毒々しい色の液体がついている。そして、その針が刺さったシュセットは大きく鳴き、前脚を高く上げた。

 とっさにアリシアが落ちないように支え、シュセットにしがみつく。

 次の瞬間、シュセットは猛烈な勢いで走りはじめる。

 手綱を引くが止まってくれない。フルールさんが遠くなっていく。


「シュセット! 止まれ! 止まってくれ!」


 声をかけても興奮状態のシュセットは走り続けてしまう。
 馬車がないせいもあり、いつもより速く、あっという間に元居た場所は見えなくなる。

 その速さゆえに飛び降りることもできない。飛び降りたとしても、意識のないアリシアを庇いきれるかわからないのだ。

 止まることも、方向を変えることすら出来ずにどこかへ進んでいく。

 結局、俺は降りることも、シュセットの痛みをとってやることもできなかった。出来たことは一つだけ。大きく揺れるシュセットの背から、アリシアを落とさないように支えることだけだった。
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