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第四章
第三十七話 ブルームト王国
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ブルームト王国、正門。
門には二人の兵士が立っており、検問をしていた。
並んでいる人数は多くない。
チェックも厳しくないようで、今も短い時間で一組が門の中に入っていった。
俺たちがいるのは最後尾だ。といっても前には馬車が一台だけしかいない。すぐに順番が回ってくるだろう。
「フルールさん、門番の人たちはさすがに赤い服は着てないみたいですけど、大丈夫ですかね?」
「正直わからないわ。ダメなら引き返して別の手段で侵入しましょう。中にさえ入れれば、偵察部隊の仲間がいるはずだから。まずはそこから情報を貰いたいところね」
先日、俺たちは赤の教団と名乗るやつらに絡まれた。
アリシアに聞いた話によると、赤の教団は遥か昔にカルミナ教から別れてできた集団だという。
基本的には赤の教団員であることは隠して生活しており、どこに潜んでいるかはわからないようだ。
噂話にはなるが、教団員を増やすために誘拐、脅迫行為などもしているらしい。
話を聞いて疑問に思ったことがある。
遭遇したやつらは赤い服を着て、赤の教団であることを隠していなかったのだ。
三人で話し合って出た結論は二つ。
一つは遭遇したのが、たまたまヤバいやつだった場合。
もう一つが、赤の教団が隠れなくてもいいほどの勢力を手に入れた場合だ。
あいつらはブルームト王国の哨戒任務をしていると言っていた。だからブルームト王国の現状を見れば、すぐに答えがわかるはず。
ようやくたどり着いたが、結果次第ではすぐに引き返すことになりそうだった。
「次! そこで止まれ! ブルームト王国へは何用か?」
気がつけば俺たちの順番となり、中に入る理由を聞かれていた。
「私たちは冒険者よ。ブルームト王国の砦が落とされたって聞いてね。力になろうと思って来たのよ」
「ふむ……一応、積荷は確認させてもらうぞ」
馬車の中にはアリシアが居るが、普通なら問題ないはずだ。
「怪しいものはなさそうだが、ずいぶんと積荷が少ないな。物資は少なく、中にいるのも少女だけ。本当に戦力としてきたのか?」
「一刻も早く。そう思って必要最低限で飛び出してきたのよ。中にいる子だって魔法を使わせたら凄いわよ?」
「うーむ……まぁ、いいだろう。通ってよし! だが、くれぐれも中で問題を起こすなよ」
「大丈夫よ。あたしを含めて喧嘩っ早いのはいないから。じゃあ、どうもね。お疲れさま」
手綱でシュセットに合図を送り、門の中へと進んでいく。
今回、門でのやり取りはすべてフルールさんに任せていた。
俺やアリシアの年齢もあり、フルールさんが対応するのが一番自然だろうとの判断だ。
その結果、少し怪しまれたようだが、無事にブルームト王国の中に入ることができた。
「はぁ……なんだか緊張しました。それにしてもあの門番さん、失礼でしたね」
アリシアが馬車から顔を出してきた。
門番の人に怒っているようだが、失礼なことはあっただろうか。
「アリシア、何かされたの?」
「あの人、私のことを少女って言ったんですよ。もう立派な大人なのに!」
……たいしたことじゃなかったみたいだ。それに、その件については門番の人が正しいと思う。
まあ、なんにせよ、アリシアが些細なことで怒れるぐらい元気になってよかった。
赤の教団のやつに魔法を撃ったせいか、昨日までまた体調を崩していたのだ。
今朝には元気なようすだったが、この調子ならもう心配ないだろう。
「二人とも楽しくおしゃべりしてるとこ悪いけど、まだ警戒は解いちゃダメよ。それと、これから宿屋に行くけど……念のため門から近いとこにするわ」
門から近く、馬車を止められる宿屋は一軒しかないようだ。少し割高だったらしいが、資金には余裕があると聞く。
……そういえば、俺ってこの世界でお金を使ったことがないような。
馬車に積んであるから見たことはあるし、単位も教えてもらってる。けど、買い物とかはしたことない気が……
受付を済まし、今更なことに考えていると二人が部屋に入って行くのが見える。
当然だが男女で部屋は別にとっていた。俺は一人部屋だ。
考えを打ち切り、ひとまず部屋に入る。
中は質素ながらも清潔感があり、寝泊りするには充分な広さがあった。
古いせいなのか、廊下では歩くたびに床が軋む音がしていたが、部屋の中は大丈夫そうだ。
とりあえず、これからの動きを話し合う予定だけど……俺が向こうに行ってもいいのだろうか?
借りてる部屋とはいえ、女性の部屋に行くのは気が引けるんだけど……どうしよう。
悩んでいると、扉を叩く音が聞こえてきた。
返事をすると、アリシアとフルールさんが俺の部屋へと入ってくる。
どうやら悩む必要はなかったみたいだ。
「早速だけど、今後の予定を話しましょう。まず情報収集だけど、私は単独行動させてもらうわ。仲間を探さなくちゃだし、いろいろと報告もあるからね」
「俺も情報を集めたいと思いますが、特に伝手はないんですよね。アリシアはどう?」
「私はエクレール様が見つかれば、いろいろ聞けるかもしれませんが……たぶん前線に行ってると思うので、ここに知り合いはいないと思います」
話し合いの結果、俺とアリシアは一緒に行動することになった。
情報が集まる場所と言えば酒場だが、俺たち二人で行くのはダメだとフルールさんに止められてしまう。
アリシアもだが、俺も成人を超えてるようには見えないらしい。ちなみにこの世界は十五歳で成人だ。それを考えると、俺まで若く見られていたのは少し意外だった。
最終的に俺たちのすることは物資の補充に決まる。要は買い出しだ。
情報については、買い物中に何か聞ければいいぐらいで、目立つ行動は避けるよう言い含められてしまった。そうなると買うものは回復薬系と食料のため、聞けても世間話ぐらいだろう。
買い物も本当なら二手に分かれたほうが早いのだが、俺はまだ完全には字が読めない。そんな理由もあって、アリシアと二人で買い物に行くことになったのだった。
「じゃあ、夜になったらここに集合しましょう。もし回避できないような事態に陥ったら、そのときは騒ぎを起こして構わないわ。何とかして駆けつけるから」
「わかりました。出来る限り気をつけます。買い出しのほうは任せてください」
「お願いね。はい、これ」
フルールさんから資金を受け取る。
渡された袋はずっしりと重く、大量の硬貨が入っていた。
……なくさないようにしよう。
アリシアと宿を出る。
貴重品は剣と杖ぐらいなので装備したままだ。
「ツカサ様、まずは回復薬を買いに行きませんか? 食料が先だと重くなっちゃいますし」
「そうしようか。でもどこにあるのかな?」
「セルセンシアだとお店は中央のほうにありました。なのでここでも中央に向かってみましょう」
「わかった。お金は守るから、道案内よろしく」
お金の入った袋を落とさないように、そして万が一にも掏られないように大事に抱える。
その姿がおかしかったのか、アリシアには笑われてしまった。
アリシアと並んで歩く。
……そういえば、二人っきりっていうのはセルレンシア以来かもしれない。
あれからずいぶん時間がたった気もするけど、実際はそうでもないはず。ただ、昔に思ってしまうほど濃い時間を過ごしてきたのは間違いない。
アリシアは最初から一緒にいるけど、辛くはないだろうか。急遽エクレールさんの代わりで旅をすることになって大変だったはずだ。
「アリシアは……旅をしてて辛くない?」
「え? ……そうですね、大変なことはいっぱいありましたけど、辛くはないです。いろんなことを知れて、たくさんの人に出会えて、辛いより楽しいです!」
唐突に質問してしまい、アリシアは少し戸惑ったようだったが真剣に答えてくれた。
「ツカサ様、突然どうしたんです?」
「いや、二人で街の中を歩いてたらセルレンシアを思い出したんだ」
「そういえば、二人で歩くのってあのとき以来ですね! わぁ、なんだか懐かしい気がします」
アリシアも同じ感覚なのか、懐かしいと感じたようだ。辺りを見回しながらセルレンシアとの違いを楽しんでいる。
この機会に聞いてみたかったことを質問してみようと思う。
「アリシアは急にエクレールさんの代わりを頼まれて嫌じゃなかった?」
「嫌じゃなかったですよ? それに頼まれてないです。私、自分で立候補しましたから」
「え、そうなの?」
「はい。旅をしてみたかったっていうのもあります。それにツカサ様とは神殿からお話しさせてもらいましたけど、なんだか不安そうでしたから、力になりたくて」
話しかけてもらったのは覚えてるけど、あのときの自分の感情は覚えてない。
緊張はしてたと思う。いや、転移してすぐの状況だ。不安も感じてただろうな。
「それに、これはあとから知りましたけど、ツカサ様って意外と子供っぽいところもあってほっとけないんですよ?」
……それはちょっと心外かもしれない。アリシアよりは大人の対応をしているつもりだ。
いったい俺のどこを見てそう思ったのだろうか?
「……参考までに聞きたいんだけど、どんなところが子供っぽかった?」
「ふふ、一番は魔法のことを話したときです」
……残念なことに心当たりがある。反論はできそうにないな。
恥ずかしさのあまり、顔が熱くなってしまう。
……この話題はやめよう。俺の精神がもたない気がする。
アリシアは笑っているが、俺は平静を装うので必死で黙々と歩く。
ようやく落ち着いてきたところで、怪しげな建物が見えてきた。周りと違い、その建物だけツタで覆われている。
近づいてみると窓がなく、中のようすはわからない。
この建物は空き家か何かなのだろうか?
疑問に思っていると扉が開き、中から人が出てくる。
いかにも冒険者といった恰好の人だ。
冒険者の格好の人はちらりと俺たちを一瞥すると特に関心もなさそうに去っていく。
この建物の住人というわけではなさそうだ。
「今の人……たぶん冒険者ですよね。ツカサ様、もしかしたらここは魔道具屋さんかもしれません。入ってみましょう!」
魔道具屋? 名前からして魔道具を売ってるんだと思うけど、店というには入りにくい雰囲気だな。
怪しんで躊躇してる間に、アリシアは扉を開けて入ってしまう。
慌ててあとを追い、中に入る。
中は物が乱雑に置かれていた。
棚に不安定に並べられた瓶は、少しの振動でも雪崩のように落ちてくるだろう。
天井からはよくわからない植物が吊るされている。それはちょうど俺の頭の高さにあり、歩きにくくてしょうがない。
アリシアの言うとおりここは店なのだろう。なぜなら、奥にはカウンターのようなものがあり、そこにはお婆さんが一人座っていたのだ。
店員……いや、店主だろうな。
こちらを見る目は鋭いが、話しかけてくる気はないようだ。
狭い店内をアリシアに続いて歩いていく。
そのアリシアはというと、珍しいものでもあるのかきょろきょろと顔が動き、忙しいようすを見せていた。
「ツカサ様、ここ凄いですよ! 珍しいものがいっぱいあります。食料品以外ならここで揃いそうなので買っちゃってもいいですか?」
「目利きはできないからアリシアに任せるよ。代わりと言ったらなんだけど、荷物運びは頑張るから」
「わかりました! 頑張って選びますね!」
アリシアは次々と商品をカウンターに並べていく。
俺が見てわかるのは、箱詰めされた回復薬と魔力活性薬ぐらいだ。
ほかにもいろいろと買ったようで、最終的には両手で抱えられえるぐらいの木箱が3つになった。
会計は俺がおこなう。
はじめてのお金のやり取りで少し緊張したが、間違えずにできた。
まさか袋の硬貨が三分の一ぐらいになるとは思わなかったけど……いろいろと高いんだな。
ちなみに店主らしき人は実際に店主だった。会話をするきっかけとなったのはアリシアである。
選んでいる商品の量に驚いたようで話しかけてきてくれたのだ。そこからいろいろと話を聞くことができ、店主であることも教えてもらった。
赤の教団についても知ってるようすだったが、関わらないほうがいいの一点張りで残念ながら詳しいことは分からずじまいである。
他に聞けることはないかと店主と話をしていたところ、外が騒がしいことに気づく。
なんだろう? 突然騒がしくなったような。
振り返り、窓から外を見る。
……窓? 外から見たときは窓なんてなかったはずだ。でも、今は実際に窓があって外が見えてる。見間違えた? どうなってるんだ?
「ツカサ様、どうしました? ……あれ? さっきまで窓なんてなかったですよね?」
俺の視線の先を見たアリシアも同じように疑問を持ったようだ。
「あれも魔道具の一種じゃよ。外から中は見えんが逆は見える。一方的に覗きたいときは便利な物さ」
「へぇーそんな魔道具もあるんですね。あ! ツカサ様、馬車です。……馬車が通るだけにしてはようすが変ですね。それにあの馬車……」
アリシアが言いよどむ理由は馬車の色だろう。ここからでも目立つ真っ赤な馬車が通っていく。
街の人は馬車が近づくと喧騒が嘘のように静かになり、顔を俯かせ視線を下げている。
赤い馬車。その色は、先日最低の出会いをした赤の教団を象徴する色であった。
門には二人の兵士が立っており、検問をしていた。
並んでいる人数は多くない。
チェックも厳しくないようで、今も短い時間で一組が門の中に入っていった。
俺たちがいるのは最後尾だ。といっても前には馬車が一台だけしかいない。すぐに順番が回ってくるだろう。
「フルールさん、門番の人たちはさすがに赤い服は着てないみたいですけど、大丈夫ですかね?」
「正直わからないわ。ダメなら引き返して別の手段で侵入しましょう。中にさえ入れれば、偵察部隊の仲間がいるはずだから。まずはそこから情報を貰いたいところね」
先日、俺たちは赤の教団と名乗るやつらに絡まれた。
アリシアに聞いた話によると、赤の教団は遥か昔にカルミナ教から別れてできた集団だという。
基本的には赤の教団員であることは隠して生活しており、どこに潜んでいるかはわからないようだ。
噂話にはなるが、教団員を増やすために誘拐、脅迫行為などもしているらしい。
話を聞いて疑問に思ったことがある。
遭遇したやつらは赤い服を着て、赤の教団であることを隠していなかったのだ。
三人で話し合って出た結論は二つ。
一つは遭遇したのが、たまたまヤバいやつだった場合。
もう一つが、赤の教団が隠れなくてもいいほどの勢力を手に入れた場合だ。
あいつらはブルームト王国の哨戒任務をしていると言っていた。だからブルームト王国の現状を見れば、すぐに答えがわかるはず。
ようやくたどり着いたが、結果次第ではすぐに引き返すことになりそうだった。
「次! そこで止まれ! ブルームト王国へは何用か?」
気がつけば俺たちの順番となり、中に入る理由を聞かれていた。
「私たちは冒険者よ。ブルームト王国の砦が落とされたって聞いてね。力になろうと思って来たのよ」
「ふむ……一応、積荷は確認させてもらうぞ」
馬車の中にはアリシアが居るが、普通なら問題ないはずだ。
「怪しいものはなさそうだが、ずいぶんと積荷が少ないな。物資は少なく、中にいるのも少女だけ。本当に戦力としてきたのか?」
「一刻も早く。そう思って必要最低限で飛び出してきたのよ。中にいる子だって魔法を使わせたら凄いわよ?」
「うーむ……まぁ、いいだろう。通ってよし! だが、くれぐれも中で問題を起こすなよ」
「大丈夫よ。あたしを含めて喧嘩っ早いのはいないから。じゃあ、どうもね。お疲れさま」
手綱でシュセットに合図を送り、門の中へと進んでいく。
今回、門でのやり取りはすべてフルールさんに任せていた。
俺やアリシアの年齢もあり、フルールさんが対応するのが一番自然だろうとの判断だ。
その結果、少し怪しまれたようだが、無事にブルームト王国の中に入ることができた。
「はぁ……なんだか緊張しました。それにしてもあの門番さん、失礼でしたね」
アリシアが馬車から顔を出してきた。
門番の人に怒っているようだが、失礼なことはあっただろうか。
「アリシア、何かされたの?」
「あの人、私のことを少女って言ったんですよ。もう立派な大人なのに!」
……たいしたことじゃなかったみたいだ。それに、その件については門番の人が正しいと思う。
まあ、なんにせよ、アリシアが些細なことで怒れるぐらい元気になってよかった。
赤の教団のやつに魔法を撃ったせいか、昨日までまた体調を崩していたのだ。
今朝には元気なようすだったが、この調子ならもう心配ないだろう。
「二人とも楽しくおしゃべりしてるとこ悪いけど、まだ警戒は解いちゃダメよ。それと、これから宿屋に行くけど……念のため門から近いとこにするわ」
門から近く、馬車を止められる宿屋は一軒しかないようだ。少し割高だったらしいが、資金には余裕があると聞く。
……そういえば、俺ってこの世界でお金を使ったことがないような。
馬車に積んであるから見たことはあるし、単位も教えてもらってる。けど、買い物とかはしたことない気が……
受付を済まし、今更なことに考えていると二人が部屋に入って行くのが見える。
当然だが男女で部屋は別にとっていた。俺は一人部屋だ。
考えを打ち切り、ひとまず部屋に入る。
中は質素ながらも清潔感があり、寝泊りするには充分な広さがあった。
古いせいなのか、廊下では歩くたびに床が軋む音がしていたが、部屋の中は大丈夫そうだ。
とりあえず、これからの動きを話し合う予定だけど……俺が向こうに行ってもいいのだろうか?
借りてる部屋とはいえ、女性の部屋に行くのは気が引けるんだけど……どうしよう。
悩んでいると、扉を叩く音が聞こえてきた。
返事をすると、アリシアとフルールさんが俺の部屋へと入ってくる。
どうやら悩む必要はなかったみたいだ。
「早速だけど、今後の予定を話しましょう。まず情報収集だけど、私は単独行動させてもらうわ。仲間を探さなくちゃだし、いろいろと報告もあるからね」
「俺も情報を集めたいと思いますが、特に伝手はないんですよね。アリシアはどう?」
「私はエクレール様が見つかれば、いろいろ聞けるかもしれませんが……たぶん前線に行ってると思うので、ここに知り合いはいないと思います」
話し合いの結果、俺とアリシアは一緒に行動することになった。
情報が集まる場所と言えば酒場だが、俺たち二人で行くのはダメだとフルールさんに止められてしまう。
アリシアもだが、俺も成人を超えてるようには見えないらしい。ちなみにこの世界は十五歳で成人だ。それを考えると、俺まで若く見られていたのは少し意外だった。
最終的に俺たちのすることは物資の補充に決まる。要は買い出しだ。
情報については、買い物中に何か聞ければいいぐらいで、目立つ行動は避けるよう言い含められてしまった。そうなると買うものは回復薬系と食料のため、聞けても世間話ぐらいだろう。
買い物も本当なら二手に分かれたほうが早いのだが、俺はまだ完全には字が読めない。そんな理由もあって、アリシアと二人で買い物に行くことになったのだった。
「じゃあ、夜になったらここに集合しましょう。もし回避できないような事態に陥ったら、そのときは騒ぎを起こして構わないわ。何とかして駆けつけるから」
「わかりました。出来る限り気をつけます。買い出しのほうは任せてください」
「お願いね。はい、これ」
フルールさんから資金を受け取る。
渡された袋はずっしりと重く、大量の硬貨が入っていた。
……なくさないようにしよう。
アリシアと宿を出る。
貴重品は剣と杖ぐらいなので装備したままだ。
「ツカサ様、まずは回復薬を買いに行きませんか? 食料が先だと重くなっちゃいますし」
「そうしようか。でもどこにあるのかな?」
「セルセンシアだとお店は中央のほうにありました。なのでここでも中央に向かってみましょう」
「わかった。お金は守るから、道案内よろしく」
お金の入った袋を落とさないように、そして万が一にも掏られないように大事に抱える。
その姿がおかしかったのか、アリシアには笑われてしまった。
アリシアと並んで歩く。
……そういえば、二人っきりっていうのはセルレンシア以来かもしれない。
あれからずいぶん時間がたった気もするけど、実際はそうでもないはず。ただ、昔に思ってしまうほど濃い時間を過ごしてきたのは間違いない。
アリシアは最初から一緒にいるけど、辛くはないだろうか。急遽エクレールさんの代わりで旅をすることになって大変だったはずだ。
「アリシアは……旅をしてて辛くない?」
「え? ……そうですね、大変なことはいっぱいありましたけど、辛くはないです。いろんなことを知れて、たくさんの人に出会えて、辛いより楽しいです!」
唐突に質問してしまい、アリシアは少し戸惑ったようだったが真剣に答えてくれた。
「ツカサ様、突然どうしたんです?」
「いや、二人で街の中を歩いてたらセルレンシアを思い出したんだ」
「そういえば、二人で歩くのってあのとき以来ですね! わぁ、なんだか懐かしい気がします」
アリシアも同じ感覚なのか、懐かしいと感じたようだ。辺りを見回しながらセルレンシアとの違いを楽しんでいる。
この機会に聞いてみたかったことを質問してみようと思う。
「アリシアは急にエクレールさんの代わりを頼まれて嫌じゃなかった?」
「嫌じゃなかったですよ? それに頼まれてないです。私、自分で立候補しましたから」
「え、そうなの?」
「はい。旅をしてみたかったっていうのもあります。それにツカサ様とは神殿からお話しさせてもらいましたけど、なんだか不安そうでしたから、力になりたくて」
話しかけてもらったのは覚えてるけど、あのときの自分の感情は覚えてない。
緊張はしてたと思う。いや、転移してすぐの状況だ。不安も感じてただろうな。
「それに、これはあとから知りましたけど、ツカサ様って意外と子供っぽいところもあってほっとけないんですよ?」
……それはちょっと心外かもしれない。アリシアよりは大人の対応をしているつもりだ。
いったい俺のどこを見てそう思ったのだろうか?
「……参考までに聞きたいんだけど、どんなところが子供っぽかった?」
「ふふ、一番は魔法のことを話したときです」
……残念なことに心当たりがある。反論はできそうにないな。
恥ずかしさのあまり、顔が熱くなってしまう。
……この話題はやめよう。俺の精神がもたない気がする。
アリシアは笑っているが、俺は平静を装うので必死で黙々と歩く。
ようやく落ち着いてきたところで、怪しげな建物が見えてきた。周りと違い、その建物だけツタで覆われている。
近づいてみると窓がなく、中のようすはわからない。
この建物は空き家か何かなのだろうか?
疑問に思っていると扉が開き、中から人が出てくる。
いかにも冒険者といった恰好の人だ。
冒険者の格好の人はちらりと俺たちを一瞥すると特に関心もなさそうに去っていく。
この建物の住人というわけではなさそうだ。
「今の人……たぶん冒険者ですよね。ツカサ様、もしかしたらここは魔道具屋さんかもしれません。入ってみましょう!」
魔道具屋? 名前からして魔道具を売ってるんだと思うけど、店というには入りにくい雰囲気だな。
怪しんで躊躇してる間に、アリシアは扉を開けて入ってしまう。
慌ててあとを追い、中に入る。
中は物が乱雑に置かれていた。
棚に不安定に並べられた瓶は、少しの振動でも雪崩のように落ちてくるだろう。
天井からはよくわからない植物が吊るされている。それはちょうど俺の頭の高さにあり、歩きにくくてしょうがない。
アリシアの言うとおりここは店なのだろう。なぜなら、奥にはカウンターのようなものがあり、そこにはお婆さんが一人座っていたのだ。
店員……いや、店主だろうな。
こちらを見る目は鋭いが、話しかけてくる気はないようだ。
狭い店内をアリシアに続いて歩いていく。
そのアリシアはというと、珍しいものでもあるのかきょろきょろと顔が動き、忙しいようすを見せていた。
「ツカサ様、ここ凄いですよ! 珍しいものがいっぱいあります。食料品以外ならここで揃いそうなので買っちゃってもいいですか?」
「目利きはできないからアリシアに任せるよ。代わりと言ったらなんだけど、荷物運びは頑張るから」
「わかりました! 頑張って選びますね!」
アリシアは次々と商品をカウンターに並べていく。
俺が見てわかるのは、箱詰めされた回復薬と魔力活性薬ぐらいだ。
ほかにもいろいろと買ったようで、最終的には両手で抱えられえるぐらいの木箱が3つになった。
会計は俺がおこなう。
はじめてのお金のやり取りで少し緊張したが、間違えずにできた。
まさか袋の硬貨が三分の一ぐらいになるとは思わなかったけど……いろいろと高いんだな。
ちなみに店主らしき人は実際に店主だった。会話をするきっかけとなったのはアリシアである。
選んでいる商品の量に驚いたようで話しかけてきてくれたのだ。そこからいろいろと話を聞くことができ、店主であることも教えてもらった。
赤の教団についても知ってるようすだったが、関わらないほうがいいの一点張りで残念ながら詳しいことは分からずじまいである。
他に聞けることはないかと店主と話をしていたところ、外が騒がしいことに気づく。
なんだろう? 突然騒がしくなったような。
振り返り、窓から外を見る。
……窓? 外から見たときは窓なんてなかったはずだ。でも、今は実際に窓があって外が見えてる。見間違えた? どうなってるんだ?
「ツカサ様、どうしました? ……あれ? さっきまで窓なんてなかったですよね?」
俺の視線の先を見たアリシアも同じように疑問を持ったようだ。
「あれも魔道具の一種じゃよ。外から中は見えんが逆は見える。一方的に覗きたいときは便利な物さ」
「へぇーそんな魔道具もあるんですね。あ! ツカサ様、馬車です。……馬車が通るだけにしてはようすが変ですね。それにあの馬車……」
アリシアが言いよどむ理由は馬車の色だろう。ここからでも目立つ真っ赤な馬車が通っていく。
街の人は馬車が近づくと喧騒が嘘のように静かになり、顔を俯かせ視線を下げている。
赤い馬車。その色は、先日最低の出会いをした赤の教団を象徴する色であった。
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