上 下
42 / 56

第42話 ゼントVSゼボール率いる10人の不良 & その頃、ゲルドンは⑦

しおりを挟む
 川の前で、大勇者ゲルドンの息子──いや、俺の準決勝の相手、ゼボールは言った。

「もともとトーナメント試合なんて、めんどくせえと思ってたんだよな。親父の道楽だろ」

 俺は気付いた。周囲にはいつの間にか、10人もの不良がいた。

 やばいぞ。こんなところで問題を起こしたら、準決勝への出場は、どうなっちまうんだ?

 しかし、ゼボールはもうケンカを仕掛ける気だ。

「ボローダ! 来い!」

 ゼボールは声を上げた。10人の少年のうち、1人の少年が、俺の前に一歩踏み出した。

 ぬうっ

 そんな音がしそうだった。何だこいつ! 身長が2メートル以上あるぞ!

 ブオッ

 このボローダと呼ばれた背の高い少年──恐ろしく威力いりょくのあるパンチ──右フックを打ってきた! こいつ、背がものすごく高いのに、ちゃんとしたパンチを打ってくる。

 俺はそれをけたが……。

 ガスウウウッ

 今度は、何と、上段前蹴りを放ってきた! 

 だ、だが、俺はとっさに顔を防いでいた。防がなかったら、5メートルは吹っ飛んでいただろう。くそ、手がしびれたぜ……。何という破壊力だ!

 だが、俺はこいつの弱点を見切っていた。

 ミシイッ
 俺は素早く右下段蹴りを、ボローダの足──左内腿ひだりうちももに叩き込んでいた。

「ぎ、へ」

 ボローダは苦痛に顔をゆがませながら、地面に転がった。背が高い──つまり足が長いから、足をねらいやすいってわけだ。

「次は?」

 少年たちは、俺を見て驚いている。

「く、くそっ! 俺が行く」

 ゼボールが声を上げた。ゼボールは……他の少年から、約1メートルの鉄棒を手渡された。

 建設現場か何かから、広ってきたんだる。こいつ……武闘家ぶとうかなら素手で闘えよ!

 それにしても鉄棒か……! 俺は対武器はあまり経験がなかった。

「砕け散れやああああっ!」

 ゼボールは鉄棒を、俺の頭に振り下ろしてきた!

 しかし! ここだ!

 ガシイッ

「ううっ……!」

 ゼボールは驚きの声を上げた。

 俺は素早く、ゼボールが鉄棒を持った腕をつかんでいた。ゼボールは目を丸くしている。

 ドスウッ

 俺はすぐに、ゼボールの腹の急所へ、左ボディーブローを決めていた。

「ぐ、は……そんな……」

 ゼボールはよろける。

 ガラン

 ゼボールは鉄棒を落とした。さあて、素手での闘いだ。

「くっ、この野郎!」

 シャッ

 ゼボールは気を取り直して、左ジャブを放ってきた!

 次に右ストレート! 左フック!

 なかなか速いパンチだが、俺はすべて、手で叩き落していた。

「ち、ちきしょう!」

 すぐに俺は中段蹴りで、すばやくゼボールのあばらを蹴り……。彼がひるんだところへ!

 グワシッ

 俺はパンチ──左ストレートを放った。

 ゼボールのアゴに当たった。しかし、ゼボールはさすがゲルドンの息子。まだ何とか立っている。

「ゼボール! たいした根性だ!」

 俺は素早くゼボールに近づいた。接近して決めるぞ!

「ひい!」

 ゼボールは声を上げた。

 ガシイイッ

 俺は、ゼボールのほおへ肘をかち上げていた。

 決まった……!
 
 ゼボールはヨロヨロと小鹿のようにふらつき、しまいには地面に座り込んだ。
 あわてた手下たちが、俺に向かって来ようとしている。
 マール村で闘った、デリックやレジラーの姿も見える。

「バカ野郎っ……やめやがれ……」

 ゼボールは地面に座り込みながら、不良少年たちに向かって叫んだ。

「ゼントは……3人いっぺんに、俺らを倒してんだぞ……。やっぱ、ゼントは俺らとは違うんだよ……」
「お前だって、準決勝に上がってきたじゃないか?」

 俺は座り込んでいるゼボールに言うと、ゼボールは痛めたアゴを気にしながら、静かに話しだした。

「……俺はシードだったから初戦は無し。つ、次の2回戦は、親父が相手に金を渡してる。八百長ってわけだ……」

 ゼボールは続けた。

「俺の準決勝進出は、全部作られたものだ。だけどゼント……いや、ゼントさん。あんたはマジで勝ち上がってきたんだ」
「……ゼボール、お前、俺との準決勝、どうするつもりだ?」

 俺は聞いたが、ゼボールは地面に座りながら舌打ちしている。

「俺は棄権きけんする。代わりに……多分だけど、親父が出てくるぜ」

 うっ……! 本当か? つ、つまり……!

「ゲルドンが準決勝に出るってのか?」
「間違いねえ。親父は優勝者と闘うことになっていたはずだが、そんな規則は簡単に変えられる。主催者だからな」
「おい、ゲルドンは本当に、準決勝に出て来るのか」
「息子の俺が棄権きけんするんだから、親父は、絶対に『準決勝に出る』と言い出すはずだ。とくに、相手があんた──ゼントさんなら……間違いなく」

 つ、ついに! ゲルドンと……俺が闘う……!
 そうだ……ゲルドン杯格闘トーナメントに出た理由は、大勇者ゲルドンと闘うこと!
 エルサのかたきをうつこと!

 まさか、こんなに早く、実現するなんて……!

 ◇ ◇ ◇

 ゼント・ラージェントが、ゼボールとケンカを終えたその頃、ゲルドンは──。

 ゲルドンとセバスチャンは、二人が創設した武闘家ぶとうか養成所「G&Sトライアード」本社にいた。

「何だと! 街の暴力団にケガさせられただと? 本当なのか、ゼボール!」

 ゲルドンは魔導通信機まどうつうしんきで誰かと話をしていた。相手は息子のゼボールだ。

「準決勝はどうするんだ!」
『知らねーよ。俺は棄権きけんする』
「……この大バカ野郎が!」

 どうやら、息子のゼボールは怪我をしたらしい。本当はゼントと街でケンカをしたのだが。

 全て息子ゼボールのためのトーナメントだった。息子が準決勝に出場しないなんて、何のためのトーナメントなのか。
 ゲルドンは頭を抱えた。

「ゲルドン様、決心なさってください」

 セバスチャンが言うと、ゲルドンは「ああ」とうなずいた。

「俺が、ゼボールの代わりに、準決勝に出る」

 ゲルドンは決心したように言った。

「俺は絶対にゼントに勝たなくちゃならねえ。どんな手を使っても、負けるなんて、そんな恥ずかしいことはできねえ……。俺がヤツをパーティーから追放したんだからな」
「ゼントに勝つ方法が、1つあります」

 セバスチャンは手を叩いた。

 すると、セバスチャンの後ろの空間から、ニュッと白仮面の大魔導士があらわれた。
 アレキダロス──白い仮面を顔につけた大魔導士だ。
 実業家としてのセバスチャンの助言者アドバイザーである。

「アレキダロス、『儀式』の準備を」

 セバスチャンはアレキダロスに言った。

「ぎ、『儀式』って何だ?」

 ゲルドンが聞くと、セバスチャンはニヤリと笑った。

「さあ、ゲルドン様、地下へ」



 ゲルドンが案内された場所は、本社ビルの地下、薄暗い不気味な部屋だった。

 魔物の像がたくさん並べられている。

「ゲルドン様、その魔法陣の中央にお立ち下さい」

 アレキダロスは大人とも子どもともつかない、不思議な甲高い声で言った。彼は、「変声魔法へんせいまほう」で声を変えてあるのだ。

「な、何なんだここは……?」

 ゲルドンは言われるままに、地面に描かれている、奇妙な円形の図形の中央に立った。
 これが、「魔法陣」というものか。
 ゲルドンは眉をひそめた。

 おや……頭上にはバカでかい透明のガラス球体がある。真っ赤だ……。

 中に入っているのは、赤い液体……? 赤ペンキ?

 いや、あのドス黒い赤は……!

 け、血液?

 アレキダロスは叫んだ。

「このサーガ族の生き血薬を、ゲルドン・ウォーレンに注入せよ!」

 ゲルドンの頭上から、不気味な赤い霧が降り注いだ。

 ガラス球体から、赤い液体が魔法のように突き抜けて、霧状になって降り注いできているのだ。

「う、うおおおっ」

 ゲルドンは声を上げた。

 ゲルドンの全身に、赤い液体が──生き血薬が降り注ぐ。

 自分が……自分の力が、何者かに乗っ取られてしまう。

 ミシミシミシ……。

 ゲルドンの骨がきしむ。

 な、何という痛さだ?

「お、おいっ! やめろ! 何だこれは」

 ゲルドンが声を上げても、セバスチャンは悪魔のように笑っている。

「ゲルドン様、ご安心を」

 セバスチャンは静かに言った。

「サーガ族の亡霊たちが、ゲルドン様に取りいている最中です」
「サ、サーガ族って、な、何だ? や、やめろおおおーっ!」

 ゲルドンは声を上げた。

 カッ

 ゲルドンの全身は、闇色やみいろ蜃気楼しんきろうのようなもやが覆われていた。ゲルドンはやがて失神し、魔法陣の上に倒れ込んだ。

 セバスチャンとアレキダロスは、薄気味悪く笑っていた。
しおりを挟む

処理中です...