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第2章
すると、武士は困ったような喜んでいるような表情で頷いた。
しおりを挟む鴨川の川岸で出会った武士の名折れと、うちはどう対処していいのんか分からへん。逆にわかる人がいたら聞いてみたいわ。
「ねぇ、なにがしたいん?」と思い切ってうちは聞いてみる。すると、武士は困ったような喜んでいるような表情で頷いた。
「そうでござる。そこが問題でして。そなた、えー。」刀を鞘に収めながら武士は言った。
「町子。」とうちは手短に自分の名前を告げた。どうやら怪しい人ではなさそうや。いや十分あやしいんやけど、うちが思っている意味とは違うから。
「町子殿でございますな。拙者は鈴木五右衛門と申します。」と五右衛門は名乗った。鈴木ってうちの苗字と一緒やけど、まさかご先祖様っていう漫画みたいな設定ちゃうやろな。
「いつから鈴木なん?」と思わずうちはけったいな質問をしてしまう。
「いつから鈴木、と申しますと。生まれたときから、いや父方の父、鈴木半蔵門が武士として鈴木家に養子に出されたときからでございます。」あかん、完全にわからへん。うちは鴨川沿いの月夜に、このお侍さんと話しながら「まったく変な日。」と口に出していた。
「その小動物。」と五右衛門が言った。それでやっとうちは小リスが手の中でスヤスヤと眠っていることを思い出した。
「あ、この子、リス。上賀茂神社に返しに行くねん。リスってわかる?」返しに行くという表現が正しいのかはさておき、うちがそう言ったら五右衛門はいきなりひざまづいた。え、なんなん。
「拙者を、御伴させてください。」五右衛門はそう言った。頭を地面にこすりつけている。
「ちょっとやめてや。」なんか他の人が見たら絶対あやしいと思うやん。なんやったらうち告白されてるみたいやん。
「お願いいたしまする、町子殿。」五右衛門はなおもそう言い張る。
「あの、とにかくお顔を上げてくださいまし。」なんかうちまで町娘みたいな言い方になるわ。
「は。」と言って、五右衛門が顔を上げるとその顔は泥と涙とでどろどろになっていた。
「ちょっと、顔を、よかったらこれで顔を拭いてくださいませ。」うちは仕方なくお気に入りのハンカチを取り出す。五右衛門はそれを手にとって容赦なく顔を拭き、そして鼻までかんだ。あのハンカチもう二度と使えへん。
「ありがとうございまする。このご恩は一生。」ちょっと、ちょっと待ってくれへん。思わずうちは声にならない声を出している。
「ご恩って、何もしてないし、付いてくるっていってもあなたのこと知らないし。」とは言ったものの、実はうちこのお侍さんに少しだけ好意を抱き始めていた。何より一人で上賀茂神社まで行くのは確かにちょっと心細い。
「拙者、道に迷ったのでござる。そもそも町子殿によく似た奥方様を守るはずでした。それが。」と言って、五右衛門はうちにハンカチを返そうとする。いや、いいから、そのハンカチはあげるから。
「しゃあないな。」とうちは理屈も何もわからへんけど、小リスの安らかな寝顔に免じて五右衛門を御伴させてあげることにしたのだった。それが正しい選択かどうかは、神様か仏様しか知るよしもない。
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