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第1章

そしてその横にはシルクハットのおじさんがいる。

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「どこに行ったんやろ、静。」うちは小さい妹の姿を探している。そしてその横にはシルクハットのおじさんがいる。桜は風になびき、円山公園はピンク色に染まっている。お父さんもお母さんも静もどこに行ってしまったんやろ。
「多分、爆弾が落ちたから。」と唐突におじさんは怖いことを言う。
「え、なんて?」と幼いうちは問いかけるけど、おじさんはハハハと笑ってうちの手をしっかり握ってくれる。
「なんにもない。」と言うものの、うちの頭の中は目の前の桜吹雪ではなくて、本物の爆弾に支配されている。
「爆弾?」ともう一度聞いてみる。するとおじさんはうちをじっと見て、かがみこんだ。
「爆弾落ちたの、知らない?」と言うおじさんの顔はめっちゃ悲しそう。
「ね、泣かんといて。」うちはおじさんの目から涙が流れるのを見た。おじさんは涙をぬぐう。
「ごめんごめん、大丈夫。」おじさんはまた立ち上がって、遠くを見る目で前を向いた。
「なんか知らんけど、うち怖い。」そう言って、おじさんの手を強く握る。
「大丈夫、もうすべて終わったことだから。」おじさんはシルクハットを取って片手で敬礼するようなポーズをした。
「終わったって、なにがなん。」うちの問いかけには答えずに、おじさんはうちの手を引っ張って桜の国を歩いていった。

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