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番外編
水風船 前編 (壮介視点)
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仙堂莉映さま主催「浴衣でH企画」に参加した作品の前編です。「記念日に」の少し後のお話。壮介視点。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
新幹線を降りたホームは蒸し暑かった。
「ここで降りるの久しぶり」
「ああ、河津に行った時以来かな、僕も」
河津桜を見たのは三月。あの時は……七緒さんを旅行に誘うだけで緊張していたっけ。本当の妻になってもらえるまでの数か月は、僕にとって気が遠くなるほど長いものだったよ。
熱海駅を出てタクシーに乗り込む。夕方に迫る時刻の道路は早速渋滞が起きていた。
「やっぱり車で来ないで良かったな」
「すごい混んでますね」
僕と七緒さんの会話に運転手が反応した。
「今が一番混む時間なんですよ~。花火が上がる頃はそれほどでもないんですが。お客さん方も今夜見られますか?」
「ええ。その予定です」
「そうでしたか。海上の花火はなんとも言えず、艶があっていいもんですよ」
「それは楽しみです。ここで見るのは初めてなので」
梅雨明け直前の夕飯時、夏着物を脱がせて彼女を堪能した後、浴衣を着てどこかへ行こうと約束をした。八月中旬を過ぎた今日、その約束を果たしに七緒さんを連れて、ここ熱海にやって来た。
タクシーに乗って五分ほどで予約をしておいた旅館に到着した。こじんまりとした雰囲気の良い部屋に荷物を下ろし、ひとまず大浴場の温泉を堪能する。花火は八時過ぎにスタートで、食事はそれに合わせて七時半からの予定だ。
風呂上り、七緒さんと手を繋いで部屋に戻った。彼女の体から昇る石鹸の香りが僕の欲をくすぐった。
「七緒さん。一緒に作った浴衣、僕の分も荷物に入ってるよね?」
「はい。私のと一緒に」
「じゃあもうそれに着替えて、出ようか。縁日のとこ通ってく? それとも送迎バスに乗って行く?」
「縁日に行きたいな。あ、でもお食事のところまで遠いの?」
「いや、徒歩で十分くらいって説明あったよ」
僕たちが花火を見るのは海沿いではなく、この旅館の裏側の坂を上った先にある御飯処だ。
浴衣を出した七緒さんが、僕に手渡しながら問いかけた。
「あの、ここで着替えるのよね?」
「いいじゃない夫婦なんだから、今さら恥ずかしがらなくても」
「……うん」
頬を染めて僕に背中を向けた七緒さんは和室の隅に行き、旅館の浴衣を脱ぎ始めた。いつまでも初々しい彼女の様子に気持ちが昂る。服を脱いで新しい浴衣を着る僕の耳に、七緒さんが着替える衣擦れの音が届いた。帯を簡単に巻いてそちらへ近付く。
手間取ったのか、まだ浴衣の袖を通しただけの彼女を後ろから抱き締めた。
「七緒さん」
「え、ちょっと……駄目、壮介さん」
以前見せてもらったことのある和装用のブラを着けている。上から手を差し入れ、滑らかな肌を撫でた。
「浴衣でもこういう下着着けるの?」
「……綺麗に、着られないし、脇から中が見えちゃう、から」
和装ブラの前ファスナーと一気に下げて外すと、形の良い大きな乳房が零れた。
「や、着られな、あ……っ」
後ろから覆い被さるようにして零れた乳房を僕の右手で包み、左手は裾避けを割り入れ、彼女の太腿の内側に指を這わせた。眼鏡、やっぱり邪魔だな。後でコンタクトに替えよう。
髪を結わいて露わになったうなじに何度も唇を押し付け、彼女の匂いを吸い込み陶酔する。うなじを舐めながら胸を揉み、下着に入れている指を柔らかく温かな湿り気の奥に、ゆっくりと沈ませた。
「皺になっちゃ、う、ん……ん」
反応した七緒さんの愛液で濡れた僕の人差し指と中指が、動かす度に卑猥な音を立てている。
「七緒さん、すごい溢れてくるよ。期待してたの?」
「ち、違……っ」
二本の指を動かしつつ、さらに薬指を入口に押し当てた。
「だってほら、三本目もすんなり入ってくよ?」
耳元で囁いた途端、挿れた指がぎゅうぎゅうと締め付けられる。三本の指をバラバラと動かすと、七緒さんは我慢しきれないと言ったふうに甘い声を漏らした。
「あ、駄目、あ、ああ」
駄目と言いながら腰を動かし始めた七緒さんから、無情に指を引き抜いた。
「残念、時間切れだ。もう行かないと」
「え……」
「ごめんね、七緒さん。後でゆっくりしよう」
軽く唇を重ね、わざと優しい声を出した。
「どう、して、謝るの」
息も絶え絶えに涙目で聴いてくる彼女の声と表情に煽られるのを、どうにか耐え忍んだ。そんな顔をされたらすぐにでも挿れてしまいたいのは山々だけど、それではいつもと変わりなくなってしまうから。
「そんなに顔赤くしてちゃ、最後までしてあげなくてごめんね、ってなるでしょ。僕もつらいけどさ」
俯いた七緒さんは深呼吸をしてから呟いた。
「浴衣着て、下着も……替えます」
「濡れちゃったもんね。じゃあ、僕はあっちで着替えるから。もう何もしないよ。邪魔してごめんね」
「う、うん」
焦って前を合わせる七緒さんが可愛い。
どうやって自分から欲しがらせようか。最近いつも僕ばかりが迫っているから、今日はどうしても七緒さんから言って欲しくて、わざと途中で止めたんだ。
部屋の浴室へ行き、そこで浴衣の帯を締め直した。ついでに眼鏡を外してコンタクトにする。
旅館を出て、まずは夜店の通りへ向かった。花火大会のある海とは逆方面だけれど、花火を見に行くついでに寄る人が多いのだろう、思ったよりも混雑していた。
隣を歩く七緒さんの下駄の音と、僕の下駄の音が交互に鳴り、時に重なったりした。彼女はキョロキョロと出店を見ている。
金魚釣りにスーパーボール、綿飴、りんご飴、たこ焼き、焼きそば、くじ引き、射的。
「何かする? 七緒さん」
「まだ時間あるの?」
「少しなら平気だよ。僕は射的やろうかな~。七緒さんが欲しいの狙ってあげる」
「欲しいもの、あるかなぁ」
くすくすと笑う彼女の横顔が、露店の灯りに照らされて美しかった。
彼女は和服を着ると途端にがらりと雰囲気が変わる。清楚だけれど妖艶で、届きそうで届かない場所に行ってしまいそうな儚さがあった。
七緒さんの普段の様子と、このギャップが、たまらなくいいんだよなぁ。元々僕は派手な女性が好みではないから、僕にしか見せない、いつもの七緒さんも魅力的で大好きなんだけどさ。
「どうしたの? 壮介さん」
「別に、何でも」
見惚れている、と言ったらどういう顔をするだろう。恥ずかしそうに俯いて、その表情を見せないように背中を向けてしまうかもしれない。
射的で狙い落したシリコン製のうさぎの指人形を彼女に渡した。指に嵌めながら、ある場所に視線をやった七緒さんが目を輝かせる。何だ?
「壮介さん。私、あれやってもいい? まだ時間ある?」
「いいよ。大丈夫だよ」
彼女が指差した先には、大きな水槽に浮かぶ、たくさんの水風船があった。水色、ピンク、黄色、オレンジ、白、黒の丸い風船が水の中をひしめき合っている。
「何色にしようかな」
お金と引き替えにおじさんから釣り針を受け取った七緒さんは、水槽の前にしゃがんで嬉しそうに笑っていた。
無邪気なんだよな、こういうとこ。歳は一つ違いだけど学年は僕より二つ下なんだっけ。一緒に暮らしてから、こうやって様々な表情をみせてくれる彼女に僕はいつでも夢中だ。
「……全部、失敗しちゃった」
がっかりしている彼女の手を取り、露店の前を歩き出す。生温い夜風が纏わりついた。道行く人が僕たちとは反対方向を目指して歩いている。浴衣の人が多い。
「意外と運動神経悪いよね、七緒さん」
「運動神経関係ありません」
吹き出す僕に、むくれた彼女が答えた。細い指にぶら下がる輪ゴムの付いた水風船。
「いいじゃない、オマケの一個もらえたんだから」
「うん。これ綺麗な色でしょ? あ」
華奢な肩に手を回し、一瞬だけ唇を重ねた。
「な、何でそういうこと、こ、こんなところで」
肩を縮ませ慌てる彼女の手を再び取る。
「可愛いから、したくなっただけ」
「……もっと」
「ん?」
「もっと若いカップルだったら、あの……いいかなと思うんだけど」
「うん」
「私もう三十になったし、壮介さんも今年三十二になるし」
「うんうん」
ぼそぼそ呟く七緒さんの声を聴くのが楽しい。とにかく何を言っても、何をしても、七緒さんのことが可愛く見えて仕方が無いんだ。
「だから外でそういうことは」
「別に歳なんて関係ないでしょ。したくなったからする。それだけ」
「……もう」
頬を染めた七緒さんが僕の手を強く握ったから、お返しに握り返した。
通りを抜けてしばらく坂を歩いた場所に、長屋形式の建物が現れた。二階建てのそれは風情ある佇まいで、玄関入口の行灯に店の名前が記されている。
室内はリノベーションされており、柱や床はそのままに、他は真新しい清潔感に溢れた空間だった。
僕たちは二階の個室に案内された。
「ここでお食事なの? すご~い!」
「いい眺めだね」
畳の香りが良い六畳間の障子はひらかれ、窓の向こうは全面が海。そちらを正面にして、どっしりとした長方形の座卓が配置されていた。横並びに座椅子と座布団が並ぶ。
七緒さんは窓際に立って外を眺めた。
「あっちに上がるのかな。ここが少し高い場所にあるからよく見えそう」
「そうだね。思ってたよりもいい位置にあって良かったよ」
仕事関係の人に教えてもらった食事処。旅館との連携で花火大会の日は完全予約制だった。まだ新しい場所でそれほど知られてはおらず、七緒さんとの約束のすぐ後に予約が取れた。
頼んだ飲み物と豪華なお重スタイルの食事が運ばれた。どうやら人目を気にせず寛いで花火を見られるように、料理が何度も運ばれることはないらしい。
「ではごゆっくり」
店員が部屋の電気を消して出て行った。そろそろだろうか。部屋の隅にある小さな行灯だけがぼんやりと光っている。
「乾杯」
グラスビールを合わせたと同時に、始まりの合図と思われる花火が一斉に上がった。大きな音と閃光に部屋が包まれる。
「きゃー綺麗綺麗!! すごい近い!!」
「たまやーって叫びたくなるな」
「うん!」
珍しく興奮してはしゃぐ七緒さんの瞳に花火が映って、輝いていた。
冷酒を口にしながら、花火が上がる度に歓声を上げる彼女の浴衣に目をやった。前はきっちりと合わせているのに襟は大きく抜いているから白いうなじがよく見えた。後ろで纏めた髪にはガラスの玉がついている簪が挿してある。
今、七緒さんが身に着けているのは全て僕が買い与えた物だ。所有欲をくすぐる事実を前にして、意外にも心地良い気分になっている自分に驚く。
「やっぱりその色、いいね。七緒さんによく似合ってる」
箸で煮物をつまんだ彼女が、僕の顔を振り向いて微笑んだ。
「ありがとう。夜のお出掛けだからと思って、地をベージュにして暗い中で映えるようなのを選んだの」
「この花は何だっけ」
「藤の花」
淡い桜色と柔らかな藤色の細かな花が彼女を優しげに彩り、濃い紫色の帯がそれを引き締め大人の色を魅せていた。
「壮介さんのも素敵。男の人の黒い浴衣って色っぽいです」
「そう? ありがとう」
思わず頬が緩む自分がいた。七緒さんに褒められるのは素直に嬉しいよ。
「お刺身の味が濃くて美味しい」
「海の傍はそれがいいよね」
熱海、伊豆、湘南。彼女と行った場所を振り返り、しみじみ思った。
ビールからグラスワインに替えた七緒さんの首筋が、ほんのり赤く染まっていた。体を近付け、その肌に唇を寄せる。
「あ……もう、壮介さん」
繰り返し押し付け、少しずつ上に移動させて耳朶を口に含んだ。
「や、食べられない、ってば」
「七緒さん、僕のこと、好き?」
箸を持っていない方の手を握る。指を絡ませ、頬にキスした。
「……好きに、決まってます」
まだたまに使う彼女の敬語を聞くと、出逢った頃を思い出して胸が痛んだ。僕はもう、あんな思いはしたくないんだよ、七緒さん。
食事が済んだ頃、食べやすくカットされた西瓜と、かぼすのシャーベットがデザートに運ばれた。
「僕の分も食べていいよ」
ごろりと横になり、七緒さんの膝に頭を載せる。
「あーいい気持ちだ」
「花火見えるの?」
「見たくなったら起きるよ。七緒さん実況して」
どうやって? と七緒さんが楽しそうに笑った。僕も一緒に笑う。……幸せだ、本当に。
しゃくしゃくと彼女が西瓜を食べる音を聴きながら、太腿に手をあて優しく撫で摩った。少しずつ手を上に滑らせると、くすぐったい、と身を捩らせて彼女が笑う。しつこく胸元に手を当て続けた。
「いや、もう。こんなところで……胸触らないで」
「誰もいないんだからいいじゃない。キスしてよ、七緒さん」
僕を見下ろした彼女の瞳が潤む。フォークを皿に載せた音がした。かがんだ彼女が僕に唇を重ねる。手を伸ばし、細い首の後ろを押さえた。
「ん、んん……」
舌をねじ入れ、口に残る西瓜の味を楽しんだ。舌を絡ませ頬の裏まで舐めて吸い取る。唇を離すと、七緒さんは頬を上気させて溜息を漏らした。
「西瓜の味がしたよ。デザート美味しかった?」
「……うん」
「部屋に戻ったら」
僕の顔を見つめる彼女の唇を人差し指で優しくなぞる。
「さっきの続きしたい? 七緒さん」
「!」
七緒さんは目を泳がせて答えに言い澱んだ。嫌だと言わないってことは、いいんだよね?
連続で花火が打ち上がった。起き上がり、彼女の肩に頭を載せて、華々しく夜空を飾るフィナーレの花火に酔い痴れた。
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新幹線を降りたホームは蒸し暑かった。
「ここで降りるの久しぶり」
「ああ、河津に行った時以来かな、僕も」
河津桜を見たのは三月。あの時は……七緒さんを旅行に誘うだけで緊張していたっけ。本当の妻になってもらえるまでの数か月は、僕にとって気が遠くなるほど長いものだったよ。
熱海駅を出てタクシーに乗り込む。夕方に迫る時刻の道路は早速渋滞が起きていた。
「やっぱり車で来ないで良かったな」
「すごい混んでますね」
僕と七緒さんの会話に運転手が反応した。
「今が一番混む時間なんですよ~。花火が上がる頃はそれほどでもないんですが。お客さん方も今夜見られますか?」
「ええ。その予定です」
「そうでしたか。海上の花火はなんとも言えず、艶があっていいもんですよ」
「それは楽しみです。ここで見るのは初めてなので」
梅雨明け直前の夕飯時、夏着物を脱がせて彼女を堪能した後、浴衣を着てどこかへ行こうと約束をした。八月中旬を過ぎた今日、その約束を果たしに七緒さんを連れて、ここ熱海にやって来た。
タクシーに乗って五分ほどで予約をしておいた旅館に到着した。こじんまりとした雰囲気の良い部屋に荷物を下ろし、ひとまず大浴場の温泉を堪能する。花火は八時過ぎにスタートで、食事はそれに合わせて七時半からの予定だ。
風呂上り、七緒さんと手を繋いで部屋に戻った。彼女の体から昇る石鹸の香りが僕の欲をくすぐった。
「七緒さん。一緒に作った浴衣、僕の分も荷物に入ってるよね?」
「はい。私のと一緒に」
「じゃあもうそれに着替えて、出ようか。縁日のとこ通ってく? それとも送迎バスに乗って行く?」
「縁日に行きたいな。あ、でもお食事のところまで遠いの?」
「いや、徒歩で十分くらいって説明あったよ」
僕たちが花火を見るのは海沿いではなく、この旅館の裏側の坂を上った先にある御飯処だ。
浴衣を出した七緒さんが、僕に手渡しながら問いかけた。
「あの、ここで着替えるのよね?」
「いいじゃない夫婦なんだから、今さら恥ずかしがらなくても」
「……うん」
頬を染めて僕に背中を向けた七緒さんは和室の隅に行き、旅館の浴衣を脱ぎ始めた。いつまでも初々しい彼女の様子に気持ちが昂る。服を脱いで新しい浴衣を着る僕の耳に、七緒さんが着替える衣擦れの音が届いた。帯を簡単に巻いてそちらへ近付く。
手間取ったのか、まだ浴衣の袖を通しただけの彼女を後ろから抱き締めた。
「七緒さん」
「え、ちょっと……駄目、壮介さん」
以前見せてもらったことのある和装用のブラを着けている。上から手を差し入れ、滑らかな肌を撫でた。
「浴衣でもこういう下着着けるの?」
「……綺麗に、着られないし、脇から中が見えちゃう、から」
和装ブラの前ファスナーと一気に下げて外すと、形の良い大きな乳房が零れた。
「や、着られな、あ……っ」
後ろから覆い被さるようにして零れた乳房を僕の右手で包み、左手は裾避けを割り入れ、彼女の太腿の内側に指を這わせた。眼鏡、やっぱり邪魔だな。後でコンタクトに替えよう。
髪を結わいて露わになったうなじに何度も唇を押し付け、彼女の匂いを吸い込み陶酔する。うなじを舐めながら胸を揉み、下着に入れている指を柔らかく温かな湿り気の奥に、ゆっくりと沈ませた。
「皺になっちゃ、う、ん……ん」
反応した七緒さんの愛液で濡れた僕の人差し指と中指が、動かす度に卑猥な音を立てている。
「七緒さん、すごい溢れてくるよ。期待してたの?」
「ち、違……っ」
二本の指を動かしつつ、さらに薬指を入口に押し当てた。
「だってほら、三本目もすんなり入ってくよ?」
耳元で囁いた途端、挿れた指がぎゅうぎゅうと締め付けられる。三本の指をバラバラと動かすと、七緒さんは我慢しきれないと言ったふうに甘い声を漏らした。
「あ、駄目、あ、ああ」
駄目と言いながら腰を動かし始めた七緒さんから、無情に指を引き抜いた。
「残念、時間切れだ。もう行かないと」
「え……」
「ごめんね、七緒さん。後でゆっくりしよう」
軽く唇を重ね、わざと優しい声を出した。
「どう、して、謝るの」
息も絶え絶えに涙目で聴いてくる彼女の声と表情に煽られるのを、どうにか耐え忍んだ。そんな顔をされたらすぐにでも挿れてしまいたいのは山々だけど、それではいつもと変わりなくなってしまうから。
「そんなに顔赤くしてちゃ、最後までしてあげなくてごめんね、ってなるでしょ。僕もつらいけどさ」
俯いた七緒さんは深呼吸をしてから呟いた。
「浴衣着て、下着も……替えます」
「濡れちゃったもんね。じゃあ、僕はあっちで着替えるから。もう何もしないよ。邪魔してごめんね」
「う、うん」
焦って前を合わせる七緒さんが可愛い。
どうやって自分から欲しがらせようか。最近いつも僕ばかりが迫っているから、今日はどうしても七緒さんから言って欲しくて、わざと途中で止めたんだ。
部屋の浴室へ行き、そこで浴衣の帯を締め直した。ついでに眼鏡を外してコンタクトにする。
旅館を出て、まずは夜店の通りへ向かった。花火大会のある海とは逆方面だけれど、花火を見に行くついでに寄る人が多いのだろう、思ったよりも混雑していた。
隣を歩く七緒さんの下駄の音と、僕の下駄の音が交互に鳴り、時に重なったりした。彼女はキョロキョロと出店を見ている。
金魚釣りにスーパーボール、綿飴、りんご飴、たこ焼き、焼きそば、くじ引き、射的。
「何かする? 七緒さん」
「まだ時間あるの?」
「少しなら平気だよ。僕は射的やろうかな~。七緒さんが欲しいの狙ってあげる」
「欲しいもの、あるかなぁ」
くすくすと笑う彼女の横顔が、露店の灯りに照らされて美しかった。
彼女は和服を着ると途端にがらりと雰囲気が変わる。清楚だけれど妖艶で、届きそうで届かない場所に行ってしまいそうな儚さがあった。
七緒さんの普段の様子と、このギャップが、たまらなくいいんだよなぁ。元々僕は派手な女性が好みではないから、僕にしか見せない、いつもの七緒さんも魅力的で大好きなんだけどさ。
「どうしたの? 壮介さん」
「別に、何でも」
見惚れている、と言ったらどういう顔をするだろう。恥ずかしそうに俯いて、その表情を見せないように背中を向けてしまうかもしれない。
射的で狙い落したシリコン製のうさぎの指人形を彼女に渡した。指に嵌めながら、ある場所に視線をやった七緒さんが目を輝かせる。何だ?
「壮介さん。私、あれやってもいい? まだ時間ある?」
「いいよ。大丈夫だよ」
彼女が指差した先には、大きな水槽に浮かぶ、たくさんの水風船があった。水色、ピンク、黄色、オレンジ、白、黒の丸い風船が水の中をひしめき合っている。
「何色にしようかな」
お金と引き替えにおじさんから釣り針を受け取った七緒さんは、水槽の前にしゃがんで嬉しそうに笑っていた。
無邪気なんだよな、こういうとこ。歳は一つ違いだけど学年は僕より二つ下なんだっけ。一緒に暮らしてから、こうやって様々な表情をみせてくれる彼女に僕はいつでも夢中だ。
「……全部、失敗しちゃった」
がっかりしている彼女の手を取り、露店の前を歩き出す。生温い夜風が纏わりついた。道行く人が僕たちとは反対方向を目指して歩いている。浴衣の人が多い。
「意外と運動神経悪いよね、七緒さん」
「運動神経関係ありません」
吹き出す僕に、むくれた彼女が答えた。細い指にぶら下がる輪ゴムの付いた水風船。
「いいじゃない、オマケの一個もらえたんだから」
「うん。これ綺麗な色でしょ? あ」
華奢な肩に手を回し、一瞬だけ唇を重ねた。
「な、何でそういうこと、こ、こんなところで」
肩を縮ませ慌てる彼女の手を再び取る。
「可愛いから、したくなっただけ」
「……もっと」
「ん?」
「もっと若いカップルだったら、あの……いいかなと思うんだけど」
「うん」
「私もう三十になったし、壮介さんも今年三十二になるし」
「うんうん」
ぼそぼそ呟く七緒さんの声を聴くのが楽しい。とにかく何を言っても、何をしても、七緒さんのことが可愛く見えて仕方が無いんだ。
「だから外でそういうことは」
「別に歳なんて関係ないでしょ。したくなったからする。それだけ」
「……もう」
頬を染めた七緒さんが僕の手を強く握ったから、お返しに握り返した。
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「ここでお食事なの? すご~い!」
「いい眺めだね」
畳の香りが良い六畳間の障子はひらかれ、窓の向こうは全面が海。そちらを正面にして、どっしりとした長方形の座卓が配置されていた。横並びに座椅子と座布団が並ぶ。
七緒さんは窓際に立って外を眺めた。
「あっちに上がるのかな。ここが少し高い場所にあるからよく見えそう」
「そうだね。思ってたよりもいい位置にあって良かったよ」
仕事関係の人に教えてもらった食事処。旅館との連携で花火大会の日は完全予約制だった。まだ新しい場所でそれほど知られてはおらず、七緒さんとの約束のすぐ後に予約が取れた。
頼んだ飲み物と豪華なお重スタイルの食事が運ばれた。どうやら人目を気にせず寛いで花火を見られるように、料理が何度も運ばれることはないらしい。
「ではごゆっくり」
店員が部屋の電気を消して出て行った。そろそろだろうか。部屋の隅にある小さな行灯だけがぼんやりと光っている。
「乾杯」
グラスビールを合わせたと同時に、始まりの合図と思われる花火が一斉に上がった。大きな音と閃光に部屋が包まれる。
「きゃー綺麗綺麗!! すごい近い!!」
「たまやーって叫びたくなるな」
「うん!」
珍しく興奮してはしゃぐ七緒さんの瞳に花火が映って、輝いていた。
冷酒を口にしながら、花火が上がる度に歓声を上げる彼女の浴衣に目をやった。前はきっちりと合わせているのに襟は大きく抜いているから白いうなじがよく見えた。後ろで纏めた髪にはガラスの玉がついている簪が挿してある。
今、七緒さんが身に着けているのは全て僕が買い与えた物だ。所有欲をくすぐる事実を前にして、意外にも心地良い気分になっている自分に驚く。
「やっぱりその色、いいね。七緒さんによく似合ってる」
箸で煮物をつまんだ彼女が、僕の顔を振り向いて微笑んだ。
「ありがとう。夜のお出掛けだからと思って、地をベージュにして暗い中で映えるようなのを選んだの」
「この花は何だっけ」
「藤の花」
淡い桜色と柔らかな藤色の細かな花が彼女を優しげに彩り、濃い紫色の帯がそれを引き締め大人の色を魅せていた。
「壮介さんのも素敵。男の人の黒い浴衣って色っぽいです」
「そう? ありがとう」
思わず頬が緩む自分がいた。七緒さんに褒められるのは素直に嬉しいよ。
「お刺身の味が濃くて美味しい」
「海の傍はそれがいいよね」
熱海、伊豆、湘南。彼女と行った場所を振り返り、しみじみ思った。
ビールからグラスワインに替えた七緒さんの首筋が、ほんのり赤く染まっていた。体を近付け、その肌に唇を寄せる。
「あ……もう、壮介さん」
繰り返し押し付け、少しずつ上に移動させて耳朶を口に含んだ。
「や、食べられない、ってば」
「七緒さん、僕のこと、好き?」
箸を持っていない方の手を握る。指を絡ませ、頬にキスした。
「……好きに、決まってます」
まだたまに使う彼女の敬語を聞くと、出逢った頃を思い出して胸が痛んだ。僕はもう、あんな思いはしたくないんだよ、七緒さん。
食事が済んだ頃、食べやすくカットされた西瓜と、かぼすのシャーベットがデザートに運ばれた。
「僕の分も食べていいよ」
ごろりと横になり、七緒さんの膝に頭を載せる。
「あーいい気持ちだ」
「花火見えるの?」
「見たくなったら起きるよ。七緒さん実況して」
どうやって? と七緒さんが楽しそうに笑った。僕も一緒に笑う。……幸せだ、本当に。
しゃくしゃくと彼女が西瓜を食べる音を聴きながら、太腿に手をあて優しく撫で摩った。少しずつ手を上に滑らせると、くすぐったい、と身を捩らせて彼女が笑う。しつこく胸元に手を当て続けた。
「いや、もう。こんなところで……胸触らないで」
「誰もいないんだからいいじゃない。キスしてよ、七緒さん」
僕を見下ろした彼女の瞳が潤む。フォークを皿に載せた音がした。かがんだ彼女が僕に唇を重ねる。手を伸ばし、細い首の後ろを押さえた。
「ん、んん……」
舌をねじ入れ、口に残る西瓜の味を楽しんだ。舌を絡ませ頬の裏まで舐めて吸い取る。唇を離すと、七緒さんは頬を上気させて溜息を漏らした。
「西瓜の味がしたよ。デザート美味しかった?」
「……うん」
「部屋に戻ったら」
僕の顔を見つめる彼女の唇を人差し指で優しくなぞる。
「さっきの続きしたい? 七緒さん」
「!」
七緒さんは目を泳がせて答えに言い澱んだ。嫌だと言わないってことは、いいんだよね?
連続で花火が打ち上がった。起き上がり、彼女の肩に頭を載せて、華々しく夜空を飾るフィナーレの花火に酔い痴れた。
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✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
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※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
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